第二章  3話  奇襲!

 相手はまだ森の奥にいる。鷹綱の居る場所からはまだまだ距離が離れており、この様な場所に人もいないと思っていたのか、少し大胆に行動していたが、その数は時間と共に増えて来る。


(こちらから見えるとなると、あちらからも見える……当たり前だが、こちらも見つかっている可能性もあるな……)


 何事も無かったかの様に、出来るだけ自然に馬の手綱を緩める。


(これでも視力は良い方だと思っているが、相手が俺より視力が悪い者ばかり……などど思う程、世の中は甘くないだろうなぁ~)


「仁、そのまま何事も無い様に、振り向いて本陣に歩いてくれ……。合図したら駆けろ」


 その声の雰囲気を察したのであろう、仁は「わかった」と短く答えると、指示に従って振り向き、そのまま本陣の方へと歩き出す。逸る気持ちを抑える様にゆっくりである。


(それでいい……。もう少し、もう少し我慢だ……)


 自らも馬を引き連れ歩き出す。そして、森に背を向けた瞬間。


「走れ!」


 勢いよく叫ぶと、自らも走り出し、そのまま助走をつけて馬に走り乗る。そして、仁の元へと駆け寄ると、必死に本陣へと走る彼を片手で掴まえ、そのまま馬上に引きあげる。馬は速度を多少落としただけで、二人を乗せ疾走する。その僅か後ろへ、矢が数本突き刺さる。


(やはり気づかれていたか!)


 飛んでくる矢を、ちらりと横目で確認して、そのまま本陣へと駆ける。


「敵襲!敵襲でござる!村上軍の奇襲隊が本陣近くまで迫っておりまする!」


 本陣に向け、力の限りに叫ぶ鷹綱の姿を見つけた味方の見張りは、そのままの彼の言葉を繰り返す。それは人から人へと伝わり、本陣へと伝わった。


「伝令!伝令にございまする!敵、奇襲部隊!本陣に迫っておりまする!」


 次々と伝令役により、呼称され、本陣は慌しく動き出す、白旗に丸の中に上の旗頭…。それは、武田軍が包囲し、総攻撃を加えている相手である、村上軍の旗印であった。


(総攻撃で本陣は手薄!これはまずい!急がねば!)


 本来なら、本陣手前で下馬するが、彼はそのままの速度で本陣手前に走り込むと、そこで仁を下ろす。


「仁!お前も敵襲を味方に知らせてくれ!俺はこのまま、お館様の元へ行く!」


「わかった!気をつけろよ!」


「お主もな!」


 短く言葉を交わし、頷き合うと、馬首を巡らせ本陣内へ走り出す鷹綱。それを見送ると、仁も彼に与えられた役割を果たすために、敵襲を告げながら走り出す。


 鷹綱も敵襲を告げながら、そのまま本陣奥へと走り込む。晴信以下、重鎮が居並ぶ陣幕前で馬を止める。何人かの重鎮は攻撃に参加しているのであろう、主の居ない空席がいくつかあった。


「馬上より失礼仕る!村上軍の奇襲隊と思われる一隊が、本陣に向かっておりまする!急ぎ全軍への指示を承りたく!非礼を承知の上で、ここまま馬上にて待機し、伝令部隊へと伝えに参りたく存じまする!」


 馬上から主君を見下ろす形になる非礼を詫びているが、そこは晴信以下武田家の歴戦の猛者揃いである。時間が無い事はすぐに理解し、その事には触れずにすぐに軍議に入る

 。

(どうやら合戦は苦戦していたようだな……)


 軍議の様子を見つめる鷹綱には、その内容から武田軍が苦戦していた事が理解できた。


(そして、この状況での奇襲……。使者殿への仕打ちは、やはり挑発であったか……)


 慌しい軍議が出した答えは、撤退であった。しかし、鷹綱の考え同様に、この状況下での撤退は容易では無い事は、誰の目にも明からであった。だが、それでも多くの味方にこの事実を伝え、一人でも多く助かる事を祈りつつ、伝令部隊の元へ疾走する。


「伝令隊!本陣に敵襲があった事を伝え、砥石城からの撤退を全軍に伝えよ!との事だ!」


 本陣側で待機していた幾数人もの伝令隊は、頷くと馬に跨りまたが、全力で叫びながら疾走していく。鷹綱も伝令隊に続き、前線へと駆け出す。


 そして、彼の視界に見慣れた姿の人物が目に止まる。すばやく動き敵を翻弄しつつ、見事に味方を後退させている侍であった。その侍は鷹綱にとってかけがえのない親友の一人であり、名を天波寛大あまなみまさひろと言う。


てん!」


 その侍に彼等の間でしか使わない呼び名で呼びかけると、天波は声に振り返る。


「鷹か!」


 返事を返しつつ素早く敵の攻撃を見事にかわすと、その反動を使い振り向き様に相手に必殺の一撃を与える。

 その見事な打ち返しに、鷹綱は思わす笑みをこぼす。彼とは違う戦い方をする親友は、やはり達人の域に達しているのではないかと、改めて思い知らされる。


「撤退の伝令を伝えに来た!おれはこのまま先に向かい、折り返して本陣に向かう!寛大も声の限りに、味方に伝令しつつ後退してくれ!」


「簡単に言うな。こっちは結構押されているのだぞ?」


「わかっておる、だから先にお前に伝えに来た。何とか頼む!」


 そう言い放ち、先に進もうとする鷹綱を「あ~待った!」と一度静止する天波は、すばやく周辺を見渡すと、すぐにある一点を指差し、そのままの姿勢で言い放った。


「とりあえず、が苦戦してるから、鷹!お前!そのまま突っ込め!」


 不適に笑みを浮かべつつ、鷹綱を振り返る天波。だが、その意図に鷹綱はすぐに気が付く

 。

「心得た!その代わり、いくさが終わったら、一杯おごれよ?」


「任せろ!」


 お互いに笑みを浮かべた後、すぐにお互いにその役目を果たすために走り出す。鷹綱が向かう先には苦戦している味方部隊の姿があった。その部隊に殺到さっとうする敵に向けて、彼は馬の速度を上げると刀を抜き放ち、突撃をする。

 目の前の兵士に気を取られていた敵は、突然の騎馬武者の出現に慌てる。敵部隊の先頭の一人を斬り伏せると、そのままの勢いで走り去る鷹綱。敵部隊が怯んだ隙に味方は安全にその場を去って撤退を始めていた。


(さすがだなぁ~寛大。冷静に戦況を読み取るなぁ)


 戦況をすぐに理解し、一瞬にして苦戦している味方の場所を読み取った天波。そして彼の意図通り、敵部隊を足止めした鷹綱。


 第三者が彼らのやり取りを見ていたなら、その連携に思わず賞賛を与えずにはいられなかったであろう。それ程に見事に息があった二人だったが、幼き頃から共にあった彼等にとっては、当たり前の事であり、多くの味方の命を救う事が大事なのである。


 前線に伝令を伝えた鷹綱は、すぐに本陣に戻ると少し馬を休ませる為に、戦況を見渡した。


 すでに奇襲部隊は本陣近くまで接近していた。本陣の防衛に当たっている味方はよく戦っていたが、やはり数が少ない事が災いしていた。馬の首を撫でながら、馬の息遣いが落ちつくのを待つ。

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