第二章  2話  戦乱の人々

 本陣横から少し外れた森に来ると、馬を木に繫ぎ、飼い葉を持って来るとそれを与える。それから、近くの少し大きな木の根元を掘り始める。その間も遠くからは戦の喧騒が響いてくる。


(この様な最後……。さぞ無念であったろうな……。甲府に連れて戻ってやれぬ事、そして、五体満足に弔ってやれぬ事、許してくれ)


 自らが掘った墓穴に使者の遺体を横たえると、その脇差を引き取る。


(必ず生きて戻り、お主の遺族に形見として渡す事、ここに誓う……)


 しばらく、両手を合わせて冥福を祈っていた鷹綱の背後に、一人の人物が近づく。


「拙僧が、経など唱えてしんぜよう……」


 そう声をかけてきた人物を、鷹綱は振り向きもせずに「頼むと」と言葉を続ける。


「されば……」


 僧衣を身にまとったその人物は、そこで死者の魂が安らぐようにと、経を唱え始める。しばらく共に冥福を祈っていた鷹綱だったが、ゆっくりと死者の墓に土をかぶせていく。鷹綱の作業が終わるのと同時に、死者への弔いの経も終わりを告げた。


「すなんな、仁」


 そこで初めて鷹綱は僧衣の人物、彼の親友の一人であり、僧侶の神崎仁に向き直る。


「何、気にすることはないよ。だいたい、戦場で傷を癒すより、死者の魂が迷わずあの世へと旅立つ手助けをする方が、本職であるしね」


 穏やかな笑みを浮かべつつ、彼はそう答える。この時代、合戦場には侍と呼ばれる武士以外にも様々な職業を生業としている人々も参陣する。


 仁の様に「僧」と呼ばれる人々は、仏教の力や「回復術」と呼ばれる術を使い、戦場では味方の傷を癒し、時には外交使節として戦場に赴く事もある。中には「僧兵」として武器を振るう者もいる。


 彼ら同様に、平時は医者である「薬師」と呼ばれる人々は「神通力」や「医術」と呼ばれる秘術を使い、僧同様に、あるいは彼ら以上に味方の傷を癒す。


 また、戦場での吉凶を占い。出陣前には戦勝祈願を。戦場では様々な神の奇跡を代弁して味方に強力な加護を、敵には様々な災いをもたらす「神職」と呼ばれる人々。

 陰陽道の方術で、自然界の土、水、火、風の力を駆使し、時には魑魅魍魎さえもその力で支配し、その力を戦に使い、その豊富な知識で軍師的役割を果たす者もいる「陰陽師」


 普段は情報収集、隠密行動、潜入調査を行い。戦場ではその素早い動きで錯乱や混乱を起こし、鍛え抜かれた肉体で、敵に忍び寄り必殺の一撃を与える「忍者」


 戦乱の時代だからこそ、刀剣・甲冑製造に力を注ぐ戦国大名の下で、その技術を惜しげもなく発揮し、戦場では武具の手入れや、その刀剣・甲冑製造で鍛えられた、強靭な肉体で味方の盾となる「鍛冶屋」と呼ばれる職人達。

 この様な職業の人々も、彼らの様々な思惑の元、戦場に立つのである。


「それより、よく君がこの様な仕事を引き受けたな。意外だったよ」


「なんじゃ、その言い草は……。それでは、おれはただの戦好きではないか」


 気心の知れた相手に、自然な言葉使いで言い合う二人である。


「違うのかい?」


「違わなくも……ないがな」


 少し拗ねる仕草の鷹綱の姿を愉快そうに笑って見つめる仁であった。


「ははは、冗談だよ。君が使者殿をほっておけない性格な事くらい、百も承知さ」


「ほんとかのぉ~」


「ああ、本当さ。だから、ここに私がいる」


 おどける様に言い切る仁の姿に、鷹綱も笑みをこぼし「違いない」と続ける。


「今回の戦はどうだい?」


 先程までの笑顔から、真顔に戻ると前線の方向を見ながら仁は鷹綱に尋ねる。


「どうだろうな……。砥石城は堅牢だし、攻撃を開始してからかなりの時間がたったが、特に戦況が動いた様には思えんし……。どちらにしろ、ここは戦場ではないから、わからん」


「わからないのかい?」


「ああ、わからんな」


 自らの質問に対し「わからない」ときっぱり言い切る友に、彼は驚きを込めて聞き返す。


「戦うことが本職である君がかい?」


「まぁ、戦が本職ってのはどうかと思うが、下手にわかるなど言うつもりはないぞ。この場所では戦況を正しく知る術もない。戦場に立ち、肌で感じるって事もあるのさ。と、偉そうに申す程に合戦を経験しているわけでもないけどな」


 自嘲気味に肩をすくめると、鷹綱は尚も続ける。


「戦況を正しく理解し、合戦の流れを感じ取るには、悲しいかな戦場に多く立たねばならないって事になる。それは、多くの「死」を見つめる事にもなるのかもな……」


(横田様はこれまで34回の戦に赴き、31箇所にも及ぶ傷を負ってあると聞く…その都度いったいどれだけの「死」を見つめて来られたのだろうか……)


 自らの尊敬する宿老が時折見せる悲しい顔を、彼は何度か見掛けた事があった。だが、未だに一度たりともその悲しみの訳を聴けずにいた。


「なるほどね」


 少し自分の考えに没頭してしまった鷹綱は仁の言葉で現実世界に戻される。


「出来れば無駄な戦は起こして欲しくないしね。多くの人々の命が失われるのは辛い……」


「ああ、だからしっかり精進して、怪我などたちどころに治せるくらいに徳をつけてくれ」


「そのつもりだよ」


「今の言葉、忘れるなよ」


 笑顔をかわす二人だったが、真顔に戻ると振り向き、先程、木に繋いでいた馬の元へゆっくりと歩き出す。


「とにかく本陣に戻ろう。戦況も気になるし、そろそろ負傷者の数も増えていよう」


 そう言って馬の前まで来た鷹綱であったが、森の奥に目線を移すと、その視線の先で何かが動いた。気のせいかと思ったが、何故かその場所から目が離せない。と、視界の先で白い物が微かに見えた。白い布の真ん中には、丸い円がありその中には……。


(白旗……「丸」の中に「上」の旗印!)

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