序章  2話  選考試合 2

 葵の横をすり抜け、彼女の背後に回り込んでいた舞佳は、彼女に向かって来る鍛冶屋へと牽制の矢を放つが、彼の強靭な肉体と、分厚い鎧、そして、棍棒を使っての防御と、全て防がれ間合いを詰められてしまう。


「へへへ……。矢は効かないねぇ。今度はこっちから行くぜぇ」


 弓の間合いから、近距離の彼への間合いに変わった為か、源内は不適な笑みを浮かべると、棍棒を軽々と振り回し、舞佳へと攻撃を始める。


(舞佳殿は確か、普段から戦闘はあまり得意ではないと申していたな……。まして得意の弓ではなく、近距離戦は特に苦手であるはず……。それでも、源内の重い攻撃を良く避けている。再び弓の間合いを取れるかどうか……、勝負の鍵はそれで決まるな……)


 男が勝負の行方を思案していると、源内の渾身の一撃が、彼女へと振り下ろされる。その一撃を、驚きの表情を浮かべはしたが、何とか彼女は条件反射で間一髪かわす。その一撃は「ドゴォン!」と大きな音と共に、源内の棍棒は地面に飲み込まれる。大きく抉られた地面。その光景に舞佳の美しい顔に一筋の汗が流れた。


「やるねー。あんたぁ」


 不適に笑みを浮かべる源内から、再び間合いを計ろうとするが、彼はその度に、重い棍棒を軽々しく扱い、攻撃を繰り返してきた。

 舞佳はその攻撃を避けるのに必死であり、防戦一方に追い込まれた。再び棍棒が轟音と共に地面に叩き込まれる。その攻撃を避けた舞佳であったが、源内は口元に笑みを浮かべると、彼は素早くその棍棒を振り上げた。その軌道の先には、驚きの表情を浮かべている舞佳がいた。


(連撃!)


 舞佳と立会人の男が、同時に心で叫んだ直後、彼女の腹部に重い棍棒の攻撃が当たる。美しい黒髪をなびかせ、彼女は宙に舞っていた。そのまま数メートル飛ばされ、地面へ叩きつけられるが、尚もその衝撃は収まらず、地面を転がされる。しばらくして舞佳はやっと動きを止める事が出来た。


「こほっ・・・・けほっ・・・・」


 美しい髪は乱れ、頬にかかる。巫女服の上に戦用の大鎧を着込んでいた為に致命傷は避けられたが、弾き飛ばされた時に受けた衝撃で、呼吸が乱れる。その姿を見つめる立会人の男は、一瞬勝負を止めようかと悩んだ。


(しかし、源内の奴、容赦ないな……。だが、舞佳殿は棍棒の一撃を受ける直前に、自ら大地を蹴り、後ろへと跳躍したのは見事であった)


 自ら後ろへ跳躍する事で、少しでも打撃の衝撃を和らげたのである。男はしばらく舞佳の様子を見守る。美しい顔を埃まみれにし、激痛に歪ませてはいるが、その瞳に宿る闘志は消えていなかった。何とか呼吸を整えると、棍棒が当たった場所である横腹を押さえつつも、立ち上がると源内へと視線を向けた。


(舞佳殿の目は死んではおらぬ。ここは、まだ大丈夫だな)


 男は勝負を続ける判断を下すと、彼女の視線を追いかける様に彼女の対戦相手である、源内へと視線を向けた。その視線の先で彼は勝利を確信したのか、大胆にも笑みを浮かべ、棍棒を地面に突き刺したままで立っていた。その彼の行動に立会人はため息をつく。


(あ奴、油断しておるな……気がついておらぬ様だ……この距離は……)


立会人の男は再び視線を舞佳に向ける。もちろん彼女は気がついている。


(いや、或いは、わざと大袈裟に転がり、距離を取ったのかも知れぬ。流石だ)


 感心する男の視線の先で、彼女はゆっくりと瞳を閉じる。そして、歌うように、そして風が自由に舞うように神楽を舞い始める。


高天原に神留座すたかまのはらにかむづまります天津神国津神あまつかみくにつかみ

八百萬の神達共に聞食せと恐み恐みやおよろずのかみたちともにきこしめせとかしこみかしこみもう申せば、神集へに集賜かみつどいにつどいたまえへ、武の神、諏訪大明神の力をば、我に貸し与えたまらんと、願いたてまつり申す~」


 その言葉が終わると同時に舞佳の周囲は、優しい光に包まれる。先程まで汚れていた衣服や顔の埃さえも、光に包まれ消えていた。その場の空気が凛として張り詰める。光り煌く舞佳はゆっくりと瞳を開いた。


(神宿りか……しかし、これは、何と申すか……美しいな……)


 神々しい光に包まれた舞佳は、彼女自身の美しさも加わり、まさにこの世の物とは思えぬ程の幻想的な美しさを放っていた。立会人である男も思わず見惚れてしまった。彼女は「すっぅ」と視線を細めると、源内の姿を視線に捉える。その源内は驚きで身動き出来ないでいたが、事態の深刻さに気がついたのか、慌てて棍棒を抱えると舞佳へと走り出した。


(源内遅い……)


 立会人の男は内心で言葉をかける。その彼の視線の先で、舞佳との距離を詰めていた源内の動きが、急に止まった。まだ、舞佳との距離は半分しか詰まってない。それは、未だに彼女の間合いである。源内の驚きの顔には、さらに戸惑いの表情が浮かび、目は大きく見開いていた。


(金縛り……か)


 立会人は視線を舞佳へ戻す。そこには祓い串を構えている彼女の姿が目に入った。瞳に神々しい舞佳の姿を映しながら、身動きが取れない源内は彼女の動きを見つめ続ける。

 彼の視線の先で、舞佳は祓い串を仕舞うと、左手を突き出す。そして、人差し指を源内に向ける。次に親指を天へ、小指を地へとむける。その両方の指からは光の線が浮かび上がる。やがて、それは光の弓を形成した。源内へと向けられた人差し指の上には、やはり光で出来た文字通り、光の矢が周囲に光を放ちつつ、形成されて行く。その矢を光の弦で引く。


「我 神の力を借り、手に破邪の弓を構え、破魔の矢を希望の光とし射抜かん」


 彼女から発せられた言葉で、光の矢はさらに輝きを増し、煌く光矢は完全に形成された。


「すみません、しばらくの間休んでいてくだい」


 舞佳は源内に向けてそう言葉をかけると、誰もが魅入ってしまう笑顔と優雅な動作で、その矢を解き放った。矢は光跡を残し、光り輝きながら狙い違わず源内の額当てに直撃する。彼の額当ての中心にあった鋼の部分は、矢の直撃を受けて真ん中で折れ曲がる。その衝撃で彼は意識を失うと、ゆっくりとその巨体が倒れる。

 彼はその一撃で昏倒したのであった。源内が倒れるのを確認すると、舞佳もその場に片膝をつく。全身からは光消え、代わりに大量の汗が噴出していた。肩で息をし、体力の消耗も激しそうであった。


(恐らくあれは、神宿りの反動であろうな……。いや、しかし、舞佳殿の笑顔の為なら、死をも覚悟する輩は、後を立たないのではないだろうな……)


 立会人の男は、勝負のついた一組に安心したのか、少し余裕を持ってくだらぬ事を考えていた。その彼の視線の先で舞佳は、彼女の大事な親友である葵へと視線を向ける。彼女の視線を追いかける様に男も、もう一組へと視線を戻した。そこでも、先程同様、一進一退の凄ま攻防が繰り広げられていた。


侍の団十郎の素早い連続攻撃を、大薙刀を自由自在に操り、見事に防いでいた葵は、時より団十郎の隙をついては、鋭い一撃を繰り出す。


(葵殿も団十郎の攻撃を良く防いでおるな。だが、それもそろそろ……。)


 立会人の男は見事な攻防を繰り返している二人を見つめる、未だ団十郎の連続攻撃は続いていたが、やはり少し動きが鈍くなっており、対する葵も良く攻撃を防いではいたが、やはり軽症とは言え全身の至る所に見える傷や、重い鎧を着込んでいる為、体力の消耗は激し様である。男は勝敗がつく時間が迫っているのを感じた。 すると葵が一瞬だけ考え込む様に動きを止めた。その瞬間を見逃さず、団十郎は一気に勝負をつける為に重心を低くし、右手を大きく引き、左手を葵へと向ける。その手で葵へと狙いを定める様である。


「うおおおおぉ!」


 気合の雄叫びを上げ団十郎は必殺の突きを繰り出す。重く鋭い一撃は、考え事をしていた為に一瞬反応の遅れた葵目掛け迫る。あまりの剣の速さに葵は剣筋が見えず、読み取る事も出来なかった。がだ、直感が彼女に直撃である事を告げる。


(直撃する!)


 葵と立会人の男は同時に心で同じ言葉を叫んだ。だが、その瞬間、彼女は無意識にであろう、手に持つ大薙刀を振り下ろしていた。


「バキィイイイイィイイン」


 大音響と共に二人の武器は重なり合う。その衝撃の為に葵の大薙刀は彼女の手を離れ、大きく回転しながら彼女の背後に突き刺さる。対する、団十郎も右手に持つ太刀が、手から「するり」と落ちる。


「ぐっ…」


 全身の力を加えた渾身の一撃であった為、彼は衝撃により全身が上手く動かせないでいた、葵の瞳が鋭く輝く。彼女は重心を低く構え、気合い声と共に彼女自身を武器に、つまり、彼女の全身全霊をかけた体当たりを、団十郎へと向かって行った。


「やぁあああ!」


 右肩を前面に出し気合いの声と共に葵が彼目掛けて体当たりをしてくる。避けようとするのだが、先程の衝撃で受けた痺れの為に、彼は未だに動けずにいた。


「し・・・しまっ……!」


 団十郎が声をあげた瞬間に、彼女は彼に体当たりを加える。女性とはいえ、鍛え抜かれた筋肉と、彼女の着込む頑丈な鎧の重みも加わり、団十郎は宙を舞う。そのまま、後方へと弾き飛ばされた。何とか受身は取れたが、背中を強かに打ったために、彼は軽い呼吸困難に陥っていた。顔だけを上げ葵を見返すと、団十郎は笑みを浮かべ、再び大の字に横たわった。立会人の男は満足そうに頷くと、高らかに宣言した。

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