第3話 反芻

 それからというもの、浩一はあの女達の事ばかりを考えるようになった。少なくとも悪意があって話に来たわけでない、ということがわかって心がワクワクとしていた。ただ、美少女が過ぎて淫らな妄想というよりは、健全な付き合いをしたくなるようにさえ感じた。けれども、女に飢えた浩一には、てんで無理な話だった。


 先陣を切って歩いていたのは井上美咲だろう。数か月間行っていない、学校の女子の制服は、少し浩一にとって遠い存在に思えた。紺のブレザー、首元のリボン、そして脚の見えるゆれるスカート……。おでこを出し、前髪をきちんと分けて流していた。美咲の髪の長さは学校の規則で定められている肩までを守っている。その姿はさながら生徒会長のようであった。制服姿は凛々しく、体は小柄ではあったが、抱きしめやすそうである。白のソックスが似合う姿、あの自信に満ちた声、その声から性格を察するに、ボランティア活動などに精を出すタイプだろう。自分のようなひきこもりを支援する、ということもありえそうだ、と浩一は思った。

「浩一くん、あなたのことが好きだったの。あなたは知らないだろうけど、私は浩一君のことずっと気にかけてた」

 冷たい深夜、扉の前から美咲の声が聞こえる。その声は甘ったるく、初めて聞く声だった。溌溂とした姿から想像もできない声だ。今日は美咲一人で来ていた。

「浩一君への気持ち、もう我慢できないよ。お願い、扉を開けて」

 美咲の声は、あふれた気持ちを一生懸命に伝えようとしていた。とぎれとぎれになりながらも、声がかすれながらも、一言一言じっくり言葉を紡ぐようだった。浩一はその思いに応えるように扉を開けた。そこにはすでに裸になっている美咲がいた。美咲の体は細く白雪のようだ。その上に少しばかりのおもちと少しばかりの桜でんぶが乗っている。

「寒いだろ、部屋に入りなよ」

 浩一は言った。すると、美咲は浩一の腕の中に入り込んだ。美咲は凍えるような声でこう言う。

「私、こんな気持ちになったの浩一くんが初めてなの」

「しょうがないな」

 浩一は美咲をぐっと抱きしめると、そのままベッドに押し倒した。美咲は抵抗せずにごろんとベッドに転がった。

「私、初めてなの」

 浩一は小さくうなずいた。

 

 背が一番高かったのは間宮小春だろうか。中二と言っていたが、黄緑色のジャージから突き出たあまりにも大きい胸が浩一の脳裏に何度も蘇る。髪形はベリーショートで、活発なスポーツ系少女のようだった。浩一よりも体は大きく、どこか包容力のある少しハスキーな声をしていた。小春は、部活動に熱心なのか、この冬の時期でも肌は焼けていて、一番女体として、浩一は興味を持った。あの体、あの先輩の事を思いながら何度もオナニーをした。頭の中で次第に性格は、強気な姉御肌になっていき、浩一を満たした。

「あなたの走ってる姿いつも見てた。かっこよかったよ」

 小春は豊満な肉体を揺さぶりながら言った。どうやら扉にもたれかかったようだった。浩一も扉にもたれかかった。扉越しに小春の思いが感じ取れるような気がした。

「あたしはさ、部活動ばっかりで、あんまり女扱いされることが少ないんだ。でも浩一は違った。あたしをお姫様のように思ってくれる。まるでナイトのようでかっこよかったよ。あーあ、でもこのままじゃ、全然守ってくれないよね。残念」

 浩一は焦った。たしかにひきこもりのままでは小春の事を守ることができないからだ。でも浩一は人生で初めて、一度きりの決心をした。

「僕が守るよ、小春の事……」

「ありがとう。あたしのナイト様……」

 浩一は扉を開けると、小春は裸だった。小春の目線は高く、そして涙ぐんで濡れている。陸上の部活で引き締まった体には不釣り合いなほど、女らしいものがついていた。

「さわって……」

 恐る恐る浩一は小春の女を触った。柔らかいそして温かい。小春は誰にも見せたことのない女の表情をしていた。

「あたし、はじめてなの」

「僕もだよ、小春」

 そして浩一はベッドに小春を押し倒した。


 一番小さい娘が清水千紗だろう。制服がまだ真新しく、てかてかと輝いていた。ボブカットで、体は小柄で小学生のようだった。きっと先輩たちに憧れているのだろう。特に浩一や引きこもりといったものに興味ある人間とはとても思えなかった。何の気なしに憧れの先輩についてきたという感じだ。浩一とは一度も対面は無く、来る理由が特に見当たらない。ちょこまか動く姿はハリネズミのようで、見る人が見たらかわいらしいのだろう。少女漫画が好きそうな女の子だ。

「私も二人みたいになれるかな」

 千紗は呟くように言った。千紗は憧れの先輩たちについて回るだけの自分にうんざりとしていたのだ。

「なれないかもな」

 浩一は笑った。

「もう、なによ浩一ってば、他人事だと思って」

「ははは、悪い悪い。でも人はみんなそれぞれいいところがあるものさ。千紗にもあるよ」

「じゃあ、例えば……?」

 二人はベッドの中で、ピロートークを楽しんでいた。浩一は千紗に腕枕をしてあげている。千紗の細かい髪が浩一の腕にかかっていた。

「そうだな、美咲先輩はしっかりしていて、小春先輩はスポーツが万能。そして千紗は……」

「千紗は……?」

「食いしん坊だな」

「もう!」

 千紗はふとんをかぶった。

「悪い悪い、……好きだよ。千紗」

「私も。浩一……。ずっと一緒にいてね」


 いまや浩一の中では、三人のハーレムが築かれていた。三人の顔と、体形、声が浩一の中で反芻した。三人は何度も何度も浩一を求めてきている。いきりたった浩一を何度も何度も受け入れてくれる。なぜこんなにも尽くしてくれるのか、浩一でさえもわからないほどに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る