第2話 学校からの刺客 美少女3人組み襲来

 浩一の気分はもう天上の人のようだった。大きくなった自尊心が、こぶしに力を入れる。なぜこんな優れた自分が、未来のスターが、ひきこもらなきゃいけないのか、わからなくなる。

 一方で、何もなしえない自分に虚脱感を覚えるようにもなっていた。自尊感情の揺れは暴力となって現れた。まくらやベッドをひたすら殴り続ける。そうすることで爽快感を味わうことができたのだった。

 暴力行為がでてき始めて、ある日のこと。なんだか一階の玄関が騒がしいことに気が付いた。浩一は嫌な予感がして耳を塞いだ。その予感は的中することになる。

 しばらくすると、大勢の人物が階段を騒がしく登ってくる気配がしたのだ。浩一は扉にカギがかかっていることを確かめ、ベッドの中にひそんだ。

 足音がどんどん部屋に近づくにつれ、動悸が激しくなる。もう自分の部屋に来る人物など想像もできなかった。

 しばしの静寂が流れた後、ドアをノックする音が響いた。その音はか弱い軽やかなリズムだった。そうそれは、付き合いたての彼氏の家に尋ねてくるような彼女がするノックの音……。

「渡瀬浩一君?」

 その声の主は女だった。張りがあり自信に満ちあふれた女の声。浩一には彼女なんていない。女友達さえいない。浩一の頭の中には、同じクラスの女子の顔が浮かんでくる。家まで来るような人物がいただろうか。いや、いない。

「渡瀬浩一君? 聞こえるなら返事をしてください」

 さっきの声とは別の声だった。今度はハスキーでよく通る女の声。

 浩一の心には下心が生まれ始めていた。引きこもり生活には女っけはなかった。中学生で性欲の盛りであった浩一には自分に語り掛けてくる女の声さえも、つややかで嬌声のように聞こえた。さらに複数の女となればもう、浩一の頭はずきずきするほど脈打っていた。鼻息で頭が蒸気機関のように荒ぶっていたのだった。

 ただ浩一は返事はしなかった。耳の中をくすぐるような女の声だけを楽しむつもりだった。ただ興奮のため呼吸は荒くなり、吐く息の音は、外の女たちにも聞こえるほどだった。

「聞こえているみたいね、浩一君、ちょっと話を聞いてくれる? 私たちはあなたの味方なの、私は井上美咲、あなたが通う中学校の三年生よ」

 浩一はその人物を全く知らなかった。他学年と交流がないのだ、知らないはずである。そんな奴が家まで来て何の用だろうか。浩一はそう思った。自信に満ちたその声で呼ばれると、どこか窮屈な感じがする。返事をするかしないか迷った。欲望の赴くまま声を出したかった。ただ浩一には声を出せる自信がなかったのだ。もう数か月も声を出していない。果たしてまともに声が出せるのであろうか。行き場のなくなった唾をごくりと飲んだ。

「な、なに」

 その声は男のものとは思えないほど細く小鳥のさえずりのようだった。しかし、浩一は勇気を出し、返事をしたのだった。

「浩一君! 聞こえてるのね。よかった、私たちはあなたと話しに来たの、扉越しでもいいから話を聞いてくれる?」

「う、うん」

 浩一は狼狽しながらも答えた。浩一の頭からは下心は一切消え、ただ自分の声の小ささに悲しみを感じていた。

「私たちはね、ひきこもりが悪いことだと思っていないの。だから浩一君は、罪悪感を感じる必要なんてないのよ」

 浩一から血の気が引いた。美咲の声は優しく、すっきりした声だったが、浩一は体の芯から反抗心が沸いてきたのだ。

(引きこもりが悪い事ではない? ふざけるな、そんなはずはない。そんなこと自分が一番よくわかっている! 学校へ行かないということは大罪なんだ。この女は敵だ!)

「浩一君、ひきこもっていてもいいの。でも絶望だけはしちゃダメよ」

(うるさいうるさいうるさい! 何なんだこの女は! 急に来てお説教でもしにきたのか! やっぱり外の人間なんだ。誰の手先なんだ!)

 扉越しに美咲を睨みつける浩一、その扉はただの木製の板でしかなかった。浩一の目からは涙が溢れていた。何故涙が出ているのか自分でもわからなかった。鼻をすする音が部屋をこだまする。その気配は外にも漏れていたようで、美咲の声から同情が見え隠れするようになる。

「浩一君、今ね、三人で来ているの、私と」

「二年の間宮小春です」

「えっと、一年……同学年の清水千紗です」

「私たちはあなたが学校に来ても来なくても大丈夫って事を教えに来たの」

 美咲は言った。浩一はもう返事をしなかった。する気も起きなかった。早く帰ってくれ、時間よ過ぎてくれ、そう願うしかなかった。

「今日はあいさつだけにするけど、今度来たときは顔を見せてくれる?」

 静寂。美咲は独り言のように続ける。

「そっかー。残念だな。じゃあ今日は私たち帰るね。またくるね、浩一君」

 帰るという言葉に安堵した。彼女たちが来てから三十分も経っていた。階段を下る音がすると、浩一からはどっと息が漏れた。安心すると今度はその女たちの顔を見たくなった。家から出てくるであろう、その三人組を、数か月開けていないカーテンから覗くことにした。

 どこか寂しくもやのような雲が、太陽にかかり、神々しい夕焼けが見えるころだった。そこにいたのは、同じ学校の制服姿の思いもよらぬほどの美少女たちだった、カーテンを瞬すぐさまにしめ、ベッドに横たわる。

 あまりの三人の美少女ぶりに、浩一は頭の中で反芻を繰り返すのであった。

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