学校へ行かず引きこもっていたら美少女たちに学校へくるようせがまれました

e層の上下

第1話 扉の向こう側の人々

 渡瀬浩一はひきこもりである。中学に行かなくなって数日、毎日パジャマ姿でゲームをする日々であった。食事は母がおぼんにのせて扉の前に置いといてくれる。外に出るのはトイレの時のみだ。

 そのトイレの時の話である。

 浩一の部屋は二階にあった。階段を降りねばトイレに行けなかった。するとどうしても足音が立ってしまうのである。浩一は自分の存在が許されていないと感じていたため、それが嫌で嫌で仕方がなかった。

 ある時、トイレへ行くと父が笑っている声が聞こえた。やけにでかい声だった。浩一の部屋に届くようわざと声をでかくしていたのだ。

「ほらネズミがでたぞ」

 ネズミとは自分の事だ。浩一はそう感じた。父は家族と一緒にリビングにいた。家族の前で浩一の事を馬鹿にしていたのである。それを聞いていた浩一は家族が味方ではないことを悟った。

 家族は浩一の他、四名、父、母、弟と妹の五人家族である。浩一以外はみな健康だった。足を引っ張る人間はいない。浩一だけがただ学校へ行ってないのであった。親の失敗作である浩一は、自らの姿をカフカの変身にでてくる虫のようだと感じていた。ただただエサを与えられ生かされる虫だ。誰かと会話すらすることすらおこがましい。ただなるべく蠢かず、ベッドの上では毛布もかけずじっと寒さに耐えているのが自分でもお似合いだと思っていた。

 引きこもりになった原因はそれはもうたくさんの理由がある。学校でいじめられていたこと、先輩からは生意気だと嫌われ、逆に先生たちからは言うことをよく聞く子として、散々利用された。もう心がもたなくなってしまったのだ。心のエネルギーが足りなくなり、ある朝カーテン越しのオレンジ色の光を見たとき、急にベッドから起き上がれなくなったのである。あの神々しいまでの朝日がいまでも頭にこびりついていた。そしてその中を自分が歩く資格がないと感じ取ったのである。起こしに来た母親には自分がいじめられていることを扉越しに話し、その日から学校に行かなくなった。

 行かなくなって数日もたつと夕方に友達と先生と称する加害者たちが現れた。だがもうその声は浩一には届いてなかった。耳を塞ぎ扉を睨み、壁を思いっきり蹴ることで抵抗した。あまりに強く蹴りすぎて壁に穴が開いてしまった。そうしているうちに加害者たちは退散し、浩一は心の平穏を手に入れたのである。

 引きこもり生活は快適そのものだった。朝からひたすらゲームを遊び、夜はいつまでも起きていられる、パソコンから十分に性生活を楽しめるほどの動画も得ていた。オナニーもやり放題だ。何不自由なく暮らしていたが、しばらくするとそんな生活にも飽きはじめた。ついには息苦しさを感じるようになってきたのである。これは物理的な理由ではなかった。精神的な息苦しさ、将来に対する息苦しさ……。本当は外に出て呼吸がしたかった。しかし、他人の目がそうはさせなかった。親の目、中学の知り合いの目、そして高層マンションは百目の鬼のような存在感を放っていて、被害妄想で頭がいっぱいになっていたのであった。学校には行けないくせに外には出られるのか。そんな声が聞こえて、ますます布団にもぐる日々が続いた。

 学校へ行かなくなり数か月、浩一はついに自分自身の状況を把握できるようになっていた。ひきこもりの事を自覚し、インターネットで調べ始める。そこに書いてあったのは引きこもりに対する罵詈雑言だった。

「ひきこもりの親は責任を持って殺せ」

 優しい言葉も書いてあったはずだったが、浩一の目には留まらなかった。そういう考え方の人間がどこかにいることに脅え、浩一は親にいつか殺されるのではないかと不安になり始めた。もう心の余裕は無くなっていた。学校に行きさえすれば、すべては解決すると頭ではわかっている。だがそれはもう遅いと浩一は感じていた。もう普通には戻れない。

 自分が学校にまた行った時の事を何度も何度もシミュレーションしてみる。朝、目覚めて親の目を盗み家を出て、輝く朝日の中、小学生たちとすれちがいながら歩きはじめる。小学生たちは果たして、自分を見て指をさしたりしてこないだろうか。中学校に着いたらいままで話していた人たちはどんな目を向けてくるのだろうか。クラスのドアを開けた時、大勢の目線が集まってそれに耐えられるだろうか。いや、耐えられない。浩一はもうすでに完全な人間不信にかかっていた。

 考えれば考えるほど底なし沼にハマっていく。神々しいまでの朝日を恐れ、下校が始まる夕方まで寝ていることが多くなった。昼夜逆転生活のはじまりだった。昼間は罪悪感から教科書をよんだりもしていた。しかし、時が経つにつれ無意味さが際立ってやめてしまう。逆に夜中は居心地が良い。みんな休んでいるからだ。そして夜中のラジオのパーソナリティ達はどこか自虐的で、浩一は自らの恥と重ね合わせ、少しの間、心が落ち着くようになった。ベッドの中で浩一は丸くなり、ただひたすら自らを恥じていた。早朝までの眠るまでの間、涙を流していた。ここまで育ててくれた親に対して申し訳ない、心の底からそう思っていた。

 いつしか浩一は現実逃避を始めるのであった。学校に行くのはやめ、中卒で作家になり、芥川賞を最年少でとる。他にも作曲を始め、いまの気持ちを多くの人にわかってもらうためシンガーソングライターになろうか、それとも漫画でも描き始めて、少年ジャンプに載ってやろうかとも思った。だが思うだけだった、全く努力はせず、ひたすら妄想の中で気持ちよくなっていた。大金持ちになり、有名女優と結婚し、苦労なく暮らす、そんな日々を夢見ていた。そんな日々を夢見ていたら全くもって学校に通うのは馬鹿らしいことである、と思い始めるのであった。

 もうすでに現実と妄想の境目は無くなり、自分は特別な人間なんだ、と浩一は確信していた。

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