1-7

 アカネは不思議そうに首を傾げるミドリに駆け寄った。手を伸ばし抱きつこうとした瞬間、アカネの前を鞭が走り、マジパン馭者が2人の間に立ちはだかった。


「なんだお前は!姫様に近づくな」


「姫様?ミドリが…?」


 アカネは事の成り行きを心配そうに眺めるミドリを見やった。彼女はモスグリーンのいかにもミドリが好みそうなシックなドレスに身を包み、頭のてっぺんには粉砂糖がまぶされたようなティアラが載っかっていた。この道を真っ直ぐ進めば氷砂糖の城に着く。ミドリは姫になったのか、それとも姫はミドリじゃないのか、アカネの頭は混乱し、その場にただただ立ち尽くしてしまった。そこに、アカネのスカートを引っ張りながらミーシャが顔を覗かせた。


「このお姫様アカネちゃんの知り合いなの?」


 見上げるミーシャをアカネは困った表情で見下ろした。


「そうだと思うんだけど…」


 見た目も声色もミドリで間違いないはずだが、姫の表情がアカネのことを知らないと物語っていてアカネは確信が持てなかった。だが、ミーシャはアカネの不安をよそに嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ話は簡単!…お姫様はお城に帰る途中だったのかな?」


 ミーシャが姫を見ると、成り行きを見守っていた姫は突然の話の展開に目を瞬かせながらも「はい」と頷いた。それを見て、ミーシャも満足そうに頷く。


「じゃあ私たちも城に行こう。さあさあレッツゴー」


「ちょっと待てぇい」


 片手を突き上げ城に向かってくるりと反転したミーシャの背中にマジパン馭者が叫んだ。


「なんでお前たちまで城に行くんだ」


 ミーシャはきょとんとする。


「知り合いなら帰り道を知ってるはずだから。アカネちゃんは迷子なの」


 アカネは慌ててミーシャを抱きすくめ口をふさいだ。ミーシャがばたばたと身をよじる。アカネは高校生だ。いい年して迷子だと思われるなんて恥ずかしかった。いつの間にか、街中のビスケット人間やマジパン小人が集まってきて、アカネたちを遠巻きにひそひそしていたので、なおのことなんだか恥ずかしかった。顔を赤らめるアカネの背に、親友のものと同じ優しい声が届く。


「迷子?それは大変ね。城に来たら何か分かるかも知れない。一緒に行きましょう」


「姫!?」


 マジパン馭者が驚きの余りすっとんきょうな声をあげた。姫はにっこり笑う。


「いいじゃない、困ってる人は助けなきゃ。それに私、彼女とお話してみたいわ」


 そう言って、姫はアカネに近づき微笑んだ。


「あなた、お名前は?」


 アカネは軽く頬を染めたまま勢いよく答えた。


「アカネ!」


 アカネの腕からなんとか捻り出たミーシャも聞かれてないのに答える。


「私はミーシャ。宜しくね」


 姫は差し出されたミーシャの手を取りにっこり笑った。


「私はミドリーヌ。ここ、お菓子の街の姫よ」

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