1-8

 アカネとミーシャは城の応接室に通されていた。ミドリ改め、ミドリーヌ姫はアカネたちを応接室に通すや否や、2人がしばらく城に留まれるように王とお妃に話しに行くと言ってドレスを翻し去っていった。ミドリーヌ姫を待っている間、ビスケット人間のメイドが紅茶とお茶請けのクッキーを持ってきたのでアカネは少々面食らった。マシュマロのソファの隣に座るミーシャは早速手を伸ばした。


「美味しい!アカネちゃんも食べなよ」


 ミーシャはクッキーをもう1枚取りアカネに押し付けた。


「ビスケット人間見ておきながら食べづらい…」


 ミーシャはけろりとして言った。


「動くのと食べるのは別物なんじゃない?」


「そうかなぁ…」


 それでもアカネが食べるのをためらっていると、応接室の扉がサクッと開き、色とりどりのドレスがたくさん吊るされたハンガーラックが所狭しと部屋の中に入ってきた。その豪華絢爛な光景にアカネが目をぱちくりさせていると、どこからともなくきんきんとした声が響いてきた。


「あんた!そのだっさい服着替えてくれる?」


「「?」」


 声はするが姿は見えない。きょろきょろ部屋を見回すアカネとミーシャの目の前に、ドレスの塊の隙間からころんとマジパンスタイリストが飛び出してきた。


「まったくどこ見てんのよ、ここよここ!そこのデカいの、早く着替えて」


 マジパンスタイリストはアカネを指差した後、ドレスの塊を指差し、選べ、と指示した。この街の人間(と呼んでいいのか分からないが)は2種類いることにアカネは既に気づいていた。無口なビスケット人間と口うるさく口汚いマジパン小人だ。


 アカネは黙って指示に従い、ミドリならどれを選ぶだろうと考えながらドレスを手に取り眺めていると、ミーシャがアカネのスカートを引っ張った。


「着替える必要ないよ。アカネちゃんにはこの服が似合ってる。本当はアカネちゃんだってそう思ってるでしょ?」


 アカネははっとしてミーシャを見下ろした。つぶらな瞳がこちらを見つめている。何か言おうと思ったが言葉が出てこない。この少しの静寂をきんきんとした声が吹き飛ばした。


「デカいのはアカネって名前なの?これまたヘンテコな名前だね」


「うぅ…」


 アカネは生まれて初めて名前をヘンテコだと言われて心が折れた。そんなに変な名前だろうか。この街ではそうなのかもしれない。名前はともかく、服は自分でも着替えたかったので、ミドリーヌ姫が着ていたのとよく似たドレスを選んだ。これにはマジパンスタイリストも満足していた。そして、ミーシャは小さくため息をついた。


 ざらめのラメがほのかにキラキラするそのドレスにちょうどアカネが着替え終わったとき、今度は応接室にミドリーヌ姫が姿を現した。


「あら、アカネ、着替えたのね。素敵なドレスだわ」


 アカネは、着替えて良かったと思い、はにかんだ。ミドリーヌ姫はマシュマロのソファに腰掛け、皿に残っていたクッキーをつまむと、アカネとミーシャにも勧めた。アカネは姫の隣に腰掛けクッキーを頬張った。ミーシャが少しむっとした気がしたがアカネは気にしなかった。


 それから、アカネとミドリーヌ姫は長いこと2人でおしゃべりをして楽しんだ。ミドリーヌ姫は考え方や笑いのツボや何をする仕草もミドリそっくりで、アカネは始終満ち足りていた。

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