1-5
アカネとミーシャは白い花畑を歩き続けていた。アカネは自身の頭の上にある大きな赤いリボンを気にしながら前を歩くミーシャに尋ねた。
「ここはどこなの?」
ミーシャは歩みを止めずに振り返り、少し微笑んだ…ようにアカネには見えた。
「そのリボン可愛いね。良く似合ってる」
「…ミドリは絶対にこんな格好しない」
アカネは小さく呟くと頭上のリボンと合わせられた可愛さ満点のフリルのワンピースを忌々しげに引っ張った。ミドリは落ち着いた雰囲気のクールな服を好んで着ていた。だからアカネもそういう格好を目指していた。それに比べてどうだ。今、アカネが着ている服は理想と正反対だ。それにしても、どうしてこんな服を着ているのか、という疑問が浮かぶとともに、結局さっきの言葉が口をついて出た。
「ここはどこなの?」
ミーシャは今度は振り返らずに答えた。
「分からない」
アカネは思わずアンクルストラップ付きの赤いパンプスを履いた足を止め、不安げに両手を口元にあてた。
「分からないって!着いてこいって言うから着いてきたのに。私を帰してくれるんじゃ無かったの?!」
眉をハの字にし今にも泣き出しそうなアカネを見上げてミーシャは慌てたようにアカネに駆け寄り抱きついた。アカネの膝が優しい感触で包まれる。
「ごめんごめん。泣かないで。でも本当にここがどこかは分からないの。だけど―」
ミーシャはアカネの膝をぽんぽんと優しく叩き彼女の様子を伺いながら続けた。
「―だけど、進み続ければいつか帰れる。これは経験上確実!」
テディベアの言うことがアカネには良く分からなかった。困惑する少女を余所にミーシャが明るい声を張り上げる。
「アカネちゃん、見て見て」
ミーシャがつぶらな瞳を心なしか輝かせて指差す方をアカネが覗き見ると、そこは花畑から突如として断崖絶壁になっていて、そのはるか下方に凸凹と洋風の建物が建ち並んでいるのが見えた。その中央に一際しゅっと高い城が周りの小さな建物を守るように聳え立っている。その城は水晶ででも出来ているのか、光を浴びてキラキラと光輝いていた。
「綺麗…」
ため息を漏らし遠くの城に見とれるアカネの様子にミーシャが嬉しそうに跳び跳ねた。
「良しっ。行ってみよう」
「どうやって?」
アカネは目の前の絶壁とテディベアを交互に見た。直角の崖は左右どこまでも続いている。降りられそうな場所は見当たらない。ミーシャはアカネを指差した。
「それで」
「?」
ミーシャの指差す先、アカネの手には、いつの間にかフリルが盛りだくさんのパラソルが握りしめられていた。
「いつの間に?!」
驚くアカネの背中にミーシャがコアラのように抱きつき、柔らかい手足でぎゅっとしがみついた。
「アカネちゃん早く早く」
「これで?行ける?」
アカネは疑っていた。本来なら疑う余地もなく「無理」だと分かるはずだが、アカネは疑っていた。不思議なことだが「そういうものかな」という気分にさえなってきた。いつの間にか知らない土地に居るのも、着ていた服が変わっているのも、テディベアが喋るのも、なんだか「そういうものかな」で済みそうな気分だ。迷うアカネにミーシャが止めを刺す。
「進まないと帰れないよ」
「分かったよ」
アカネはパラソルを開き、崖からすとんと足を踏み出した。フリルで飾られたパラソルは少女とテディベアを吊るしながら、ゆらゆらと空中遊泳を始めた。
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