1-4

 ちょんちょん…ちょんちょん…


 何か柔らかい素材のものが、鼻のてっぺんを遠慮がちに触れる感触でアカネは目を覚ました。


(「あれ?寝てた?」)


 アカネは眠たい目を擦り、うーんと大きく伸びをした。見上げる空が青い。


「ん?」


 アカネは我に返り、思わずテーブルを両手で叩いて立ち上がり、辺りを見回し驚いた。


「屋外?アンド花畑?」


 アカネは見渡す限り前後左右を小さな白い花々に囲まれていた。そんなお花畑で喫茶girasolのアンティーク調な椅子に腰かけていたのだ。


「気がついてよかった」


 弾むような声が聞こえて、アカネはテーブルに目を落とし、そこで2つのつぶらな瞳と目があった。そこには焦げ茶色のテディベアがちょこんと一体座っている。


「いやいや」


 アカネは一瞬このテディベアが喋ったのかと思ったがそんな訳はないと思い直し、声の主を再び探した。


「なんで花畑?誰か?いないの?店長は?」


 アカネは眠りから覚め、頭がすっきりするにつれ、自身の置かれた状況の異常さにどんどん不安が増してきた。


 胸に手を当て泣きそうな表情であたりをきょろきょろするアカネの袖を、ぐいぐいと何かが引っ張ったので、彼女はまたテーブルに目を落とした。そこにはやはり先ほどのテディベアがあり、立ち上がってアカネの袖を両手で引っ張っていた。


「どこ見てるの?ここだよぉ」


「うわぁっ」


 アカネは驚きのあまり仰け反り、その勢いで椅子につまずき、椅子ごと後ろにすっころんだ。反動で袖にしがみついていたテディベアがぶっ飛んでいく。


 アカネは地面にぺたりと座り込んだまましばらく動けないでいた。確かにさっきテディベアが喋り動いていた、その驚きで呆然とする彼女の前に、飛ばされたテディベアが体中にくっついた白い花びらを払い落としながら戻って来て、首に巻かれた黄色いリボンを器用にきゅっと結び直したあと、こほんと1つ咳払いをした。


「わたしはミーシャ。あなたを元の場所へ帰さなきゃ。一緒に来て」


 ミーシャと名乗ったテディベアは、そう言うと小さな手をアカネに差し出した。アカネは「元の場所へ帰す」という言葉に我に返り、恐る恐るミーシャの手を掴んだ。その手は柔らかく、ぬいぐるみが痛みを感じるのか分からないが、アカネは力を入れて潰さないように気を遣った。


 ミーシャはアカネと握手が出来たことに満足そうに頷くと、彼女に立ち上がるように促し、先頭に立ってとことこと歩き出した。アカネは得体のしれないテディベアに本当についていって良いのかまだ悩んでいたが、いつの間にか喫茶girasolのテーブルと椅子が跡形もなく無くなっていたので、慌ててミーシャに駆け寄り、それからはぴったりくっついて離れなかった。

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