旅立ち 第三節

例の二人とウィルフレッド達を、自分の館の接待室に案内したレクスとマティ。

「そちらの方達も同席させるのですか?」

もう一人のフードの人から、やや老齢さを感じる男性の声が発せられる。


「そうだよ、カイくん達は信頼できる僕の客人でね。必要ならば人払いするけど…」

女性の方がそれを否定した。

「構わん。先ほどの戦いから、ひょっとしたら彼らの力も必要になるかもしれないからな」

何やら穏やかではないとレクス達は思うと、例の二人はフードを下した。


エリネを除く全員が思わず息を呑む。太陽の光がそのまま形を成したような、美しい金色の長髪、草原の清爽さを感じさせる緑色の瞳に、端正でありながら毅然とした凛々しさを感じさせる顔立ち。年はレクスと同じぐらいだが、幼さの感じるなかで大人びた雰囲気もあり、そこにいるだけで空気が変わるような鮮烈な印象を残す女性だった。もう一人の身の丈の高い男性は、黒髪に灰色がかかった五十代で、こちらも一目でなにかと貫禄を感じられる人だった。


「本題に入る前に一言申したいが、レクス殿、先ほどの貴方の戦いはあまり感心せんな」

「へっ?」

いきなりの物申しにレクスは唖然とする。


「笛による指揮は見事だったが、大きな戦場ではそれは使えなくなるし、剣士殿がワーグを無事対処できたのを確認したらすぐに後退するべきだった。腕に自信があるならともかく、どうもそうには見えないし、こちらが助けなかったら貴方を含め騎士団は大被害を免れなかったぞ」

ぽかんとするレクスを女性はその鋭い目で見据える。


「な、なんだよあんたっ!助けが欲しいと言いながらいきなりレクス様に文句言って…」

「いや、別に良いよカイ」

レクスはいつもの笑顔でカイをなだめる。


「あの時油断したのは確かだし、自分のせいで騎士団に大きな被害が出そうなのも事実だ。君のお陰でそれを防いだことを、ここで改めて礼を言うよ。どうもありがとう。できればその恩人である君の名前を教えてくれないかい?」

女性は顔色変えずに平淡とした口調で答える。

「ラナ。ラナ・ヘスティリオス・ヘリティア。彼は私の直属近衛騎士のアラン・ハウゼンだ」


一瞬の沈黙後、ウィルフレッドを除く全ての人たちが大声で驚嘆する。

「「「えぇ~~~~っ!?」」」

「ラナって…あの行方不明になってたヘリティア皇国のラナ!?」

カイの言葉でウィルフレッドもようやく思い出した。この前レクスが説明した時に言及していた、ヘリティア皇国の第一皇女だ。


カイとマティが無意識に構えるのを見て、ラナは敵意はないと示すように両手を上げる。

「緊張するな。自分達の武器は館に入った時に全部預けてあるだろう?この距離では魔法も容易く使えないし、別に貴方達とやりあうためにここに来たのではない」


「これは驚きだね…ラナ、様は確か、うちのオルネス領で行方不明になったはずなんだけど。それがどうしてこんな僻地まで…?」

「ここの領主…元領主ロムネス殿とは一面の縁があってな。ルーネウス王国において自分達の所在地から最も近く、かつ信頼できるのがロムネス殿の領地だったから、助力を仰ぐためにここへ来た。…亡くなられた事は存じなかったが」

哀悼を示すかのように目を閉じるラナ。


レクスは父が皇国の皇女と知り合いだったことに驚くが、そういえば下級貴族でありながら、父が何度か親善のために三国を跨った社交パーティーに参加したことがあるのを思い出す。その時に皇女と知り合ったのだろうか。


「助力を仰ぐ、と言ったよね。具体的には何をして欲しいのかい?」

「単刀直入に言おう。貴方には貴国の王、ロバルト王までの私の護衛を頼みたい」

「ロバルト陛下のところ…?」

「帝都をオズワルドから奪い返すために、だ」


単純明快な内容だが、レクス達の困惑は逆にただ増すばかりである。

「帝都を…奪い返す…?」

「ちょっと待てよっ、それ以前にあんたは失踪の罪をルーネウスに擦り付けるためにわざと行方不明になったじゃないのかっ?」


話に割り込むカイを、やはりエリネが軽く突いて阻止する。

「お兄ちゃんいつも勝手に人の話の腰を折らないでよっ」

「いやだって」

「ラナ様はレクス様と話をしているのっ。これ以上人の話を邪魔するならあとでシスターに言いつけるわよっ」

「うっ…分かったよ…」

ようやく渋々と静かになるカイを見て、レクスは小さく笑ってはラナに向きなおす。


「カイくんが混乱するのも無理はないよ。なにやら事情があるのは分かるけど、できれば詳しく説明してもらえないかい?オルネス領になにがあったのか。帝都で今何が起こったのか。助けるかどうか以前に、事情も分からないじゃ判断も付かないからね」

「勿論だ。そうだな…君たちがまずなによりも知りたいことはやはり、わが国で起こった皇帝暗殺の件についてだろう」

「まあ、そうだね。今回の戦争の発端でもあるし」

カイとエリネ達は息を呑みながら耳を傾ける。


「結論から言うと、あれは宰相オズワルドが画策したものだ。目的は不明だが、奴は私が皇国内になく、ルーネウス親善団が皇国に訪問した時期を見計らって父上と親善団を諸共に殺害し、帝都の指揮権を掌握してルーネウスとの戦争を引き起こした」


レクス達の表情が少し強張る。

「その説は普通に噂として流れているよね。ただこっちがこう聞くのもなんだけど、何か証拠とかあるのかい?」

「直接的なものはないが、間接的なものならある。オルネス領で起こったことだ」

「君が失踪になったという領主焼死事件だね」


「ああ、あの時私はアランと数名の近衛騎士とともに、親睦交流の目的で領主のテリーズ殿を訪れていた。丁度暗殺が起こって間もなくのことだが、あそこで私たちは襲われたのだ」

「襲われたって…?」

レクス達が訝しむ。

「襲われたあの夜、私たちはテリーズ殿の別荘で晩餐会をしていた―――」



******



三日月が浮かぶあの夜、ラナはオルネス領の領主テリーズの厚意により、湖畔の彼の別荘で、直属騎士であるアランや他数名の騎士とともに晩餐会に招待されていた。別荘とはいえ、華やかな大きな館ではなく簡素な木造小屋だ。晩餐会の食事も豪華絢爛なものではなく、寧ろ平民達がよく口にする郷土料理がメインだった。


「ご厚意に感謝いたします、テリーズ殿。貴方の領地を案内してもらっただけでなく、このような素敵な食事にご招待して頂いて」

温和な顔をしているテリーズはラナの言葉に少々畏まりそうになる。

「勿体無いお言葉。こちらこそまさか何もない我が領地に、ヘリティア皇国のラナ皇女様がわざわざご来訪くださるなんぞ恐悦の極みで…食事もこのような粗末なものしか用意できないのが心苦しいのですが」


「そのようなことはありませんよ。友好的で充実な生活を送っている領民達の幸せな顔。よく整頓された用水路に畑、自然の恵みと地元の味に溢れる美味しい食事。これこそ領主が土地を良く治めてる証拠。皇国のだらしない一部諸侯に貴方の爪の垢を飲ませてあげたいぐらいです」

太陽のように温かく優しいラナの笑顔に、テリーズはつい照れ笑いする。

「いやあはははっ、さすが皇女様、お口も上手ですな」


最初に彼女がここを訪れると聞いた時、軍事規模において三国最大でもあるヘリティア皇国の皇女ラナの武勇伝も相まって、てっきり強面の女性が来るとテリーズは思ってたが、いざ会ってみると大変聡明で美しい女性な上、領民とも別け隔てなく接したり、なるほど民から人気が集まる訳だと感心する。今回わざわざオルネス領へ親睦を深めるのも、政治にあまり無縁な辺境の地こそ普段では見られない物事を見て学ぶのに最適だそうで、この方、将来相当な大物になるのではとテリーズは思った。


その時、一人の兵士が息切れては突如食堂のドアを乱暴に開け、メイド達が悲鳴をあげる。

「な、なにごと!?」

驚くテリーズとともにラナとアラン達が兵士に振り向く。

「お前は…我が国の伝令兵なのか?なにがあった?」

アランが立ち上がって兵士の元へ行くと、兵士は息が上がったままラナに報告した。

「ラ、ラナ様に申し上げます…っ。エイダーン様が、エイダーン様が先日暗殺されてお亡くなりになられました…っ」


「なんだと…っ!」

「父上が…?」

それを聞いたラナは驚きの表情を浮かべ、アランや他の騎士達がどよめく。

「ルーネウスの親善団が…親善訪問の隙に皇帝を暗殺して、いまや帝都は大混乱です!」


「う、うち《ルーネウス》の親善団が…っ!?そんなまさか…っ。」

テリーズも狼狽しては立ち上がり、兵士は敵意に満ちた目で彼を見ては罵倒する。

「そうだっ、お前達のロバルト王が、今回の親善を機に我ら皇帝を卑怯にも暗殺したのだぞっ!卑怯者め!」


兵士の一言に食堂は騒然とする。

「ラナ様っ、どうかすぐに帝都までお戻りくださいっ!既に帰還用の馬車は外に用意してあります…!」

ヘリティアの騎士達が騒ぎ出す。

「そんなまさか。あのエイダーン様が!?」

「こうしてはいられない、すぐに帝都に戻らないと…っ!」

「ラナ様!」


「慌てるなばかものっ!」


ラナの一喝で、その場全ての人たちが沈黙した。先ほど驚きの表情ももはやラナにはなく、凛とした力強い眼差しで伝令兵を見据える。

「お前、名はなんという?」

「はっ、ハーベンと申しますが…」

「ハーベン、お前はどうやってこの別荘の場所を知った?」


ハーベンが困惑しながら答えた。

「その…村人からラナ様が領主と一緒にいると聞いて…」

「それは妙だな。この別荘はテリーズ殿秘蔵の場所で、知っているのは領主と彼直属の使用人しかいないと聞く。そうだったなテリーズ殿?」

「えっ?ええ…、雑務や野次馬とかから避けるよう極秘に作った別荘ですから、使用人たちにしか場所は教えていないです…」


ハーベンは少し焦り出す。

「そ、それはこいつの妄言でっ…」

「そんな嘘ついて彼になんの得がある?それにさっきからわざと敵意を煽るような言動…私からしてみれば貴様の方がよほど怪しい」


傍に置いてある自分の剣を抜いてはハーベンにかざすラナ。

「貴様は何者だ?」

突如ハーベンはその場から逃げ出そうとするが、傍にいるアランが素早く彼を地面に抑えた。

「があっ!」


ラナは剣をハーベンの首にかかり、問い詰める。

「言え!誰の差し金でここまできた!」

「! ラナ様…!」

ふと窓の外を見た騎士の一人がラナに声をかける。

「小屋が包囲されています!黒い服装を着たものが、約十数名も…っ。」


ラナもまた窓をのぞくと、騎士の言うとおり、黒衣を着たものが小屋の周りの木々の暗がりに潜めていた。外には馬車一台がある。恐らくハーベンがラナを載せる予定のものだろう。だが自分達の馬が見えない。黒衣の奴らが逃がしたのだろうか。ラナ達を足止めするために。


「…ラナ様、どうか大人しく降伏されよ。周りは既に私達の同志が囲んだ、抵抗をしてもぶぁっ!」

話も終わらずにハーベンの頭にラナの強烈な蹴りが入り、彼は即座に昏倒した。

「! ラナ様っ」

「彼は外の奴らの突入時間を稼いでいるだけに過ぎん。話を聞いても口を割らないだろう」


アランは昏倒したハーベンを置き捨てて、同じく窓の傍から外を観察する。

「どこのものでしょうか」

「分からん。だが狙いが私達…私であることは確かだ」

「いかが致します?」

「相手は人数が多い、身の隠し方からして手練れだ。ここにいてはいずれ捕まる」


「な、なにがどうなってるのですか。別荘が包囲されたって、まさかそんな」

「どうか冷静に、テリーズ殿」

メイドとともに狼狽えているテリーズの肩にラナが手を置いて落ち着かせる。

「この小屋にどこか隠れる場所は?ここへ来た道以外に村への逃げ道はありますか?」

「あ、ありません。元々襲撃を予想して作られた小屋ではありませんし、小屋の後も湖畔ですから、来た道以外に逃げ道は…っ」


ラナは暫く逃走案を巡らせると、騎士達に命じた。

「アラン、リーナ、二人は私と一緒に正面突破して森へ駆け込む。ダグラス、ルイス、シェーラは私たちが出た後、テリーズ殿とメイド達を護衛して村へと逃げ込め。彼らの安全を確保したら、あとは各自の判断で動け」

騎士達が頷く。


「ラ、ラナ様っ!?」

「ご安心なさいテリーズ殿、相手の狙いは恐らく私たち。その大半はこちらについてくるはず。その隙にテリーズ殿達は村へとお逃げなさい。彼らも村まで追っていかないはず。道中は私の騎士達がお守りしますから」


「しかしそれでは、貴方の守りが…っ」

「お気遣い痛み入ります。ご心配なく、私はそこらへんの賊にやられるほどやわではありません。寧ろこちらのせいで危険に巻き込んでしまったのが心苦しいぐらいです」

「ラナ様…っ」


「どうかご無事で。食事、とても美味かったですよ」

まるで何事もないように先ほど優しい笑顔を浮かべるラナは、騎士達に命令を下した。

「アラン、リーナ。ついてこい!シェーラ、ダグラス、ルイス、あとは任せたぞっ!」

「はっ!」


ラナとアラン達がドアを蹴破って駆け出すと、影に隠れた黒衣達もぞろぞろと彼女達を追っていく。三人は小屋に振り向くことなく、黒衣達の影とともに三日月が照らす森の闇中へと溶け込んでいった。



【続く】





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