旅立ち 第二節
白熱化する騎士団と盗賊の戦いの中で、ビルドとドハンはその逞しい肉体と豪腕で自分達を包囲せんとする騎士や兵士達を容赦なくなぎ払っていく。
「あまいあまいっ!貴様らの未熟な筋肉如きでは我らを止めることなぞできん!」
「おのれ…!」
膠着した状況に焦り出す騎士一人が剣で二人に強襲する。
「ぬぅん!」
だがビルドの大剣がいとも容易く彼の剣を弾き、「せりゃ!」すかさず繰り出されるドハンの戦斧の一撃が騎士を吹き飛ばした。
「うわぁっ!」
その騎士が木にぶつかる前に、ウィルフレッドが後ろから受け止めた。
「大丈夫かっ?」
「あ、ああ…」
砕けた鎧が頑丈だったお陰か、騎士の負傷は幸い、さほど厳しくはなかった。
「ここは俺に任せて、君はエリー達の方に後退しろ」
「か、かたじけない…っ」
騎士が後退した途端、ビルドとドハンがお互い得物を仰々しく振り回しながらウィルフレッドににじり寄る。
「ここにいたのか貴様…っ!」
「ここで会ったが百年目よ!」
ウィルフレッドは慌てもせず二人に素手で構えた。
「ほう、我らの前で素手で戦うというのか。筋肉に余程自信があると見える」
「だけど所詮は変な魔法頼りの見かけ倒しですよビルド様。…貴方っ、覚悟なさいっ!前はアタシ一人だけだから油断したけど、今度はビルド様もいらっしゃるからねっ!」
「そのとおりっ!我らは二人で一人!互いに美を究極まで追求した筋肉の絆がっ、貴様を木端微塵にしてくれよう!」
ビルドとドハンが武器を構えて叫び始めた。
「エキサイトッ!」「マッスルッ!」
そして互いに武器を前に交差させ、その肉体を遺憾なく発揮するように華麗なポージングを取った。
「「フォーメーション!」」
そんな二人を少し目を張ってはくすっと笑うウィルフレッド。ビルドが目を細める。
「なにがおかしい?」
「いや、二人とも自分に素直で活気に溢れて、やはりあんた達は嫌いじゃないと思っただけだ」
嫌味でも皮肉でもないウィルフレッドの心からの感想だったが、ドハンにとってはただ火に油を注ぐだけだった。
「このっ、またもやそうやってアタシ達を愚弄しよって…っ。」
「焦るなドハン…我らがチームワークが、そのすました顔をすぐに潰してくれるわ!」
「はいっ、ビルド様っ!」
ドハンとビルドが仕掛ける。怒涛の連撃がウィルフレッドに容赦なく叩き込まれる。
「えいっ!えいっ!」
ドハンの戦斧が連続突き刺してウィルフレッドを後退させて間合いをとると、
「ふんっ!」
すかさずビルドの大剣が間合いを薙ぎ払うように大振りの一撃を叩き込む。
ウィルフレッドは極限まで身を低くしてそれを避けて反撃しようとするが、
「させないわよっ!」
すかさずドハンが再び突きと横薙ぎの細かい攻撃で彼の動きを封じ、ウィルフレッドは再び後退した途端にビルドが追撃してくる。
(なるほど、確かに良いコンビネーションだ。先にどちらかを片付けた方がいいな)
「! 兄貴…っ」
後方で支援していたカイは、ビルド達と対峙するウィルフレッドを見て弓で援護しようとするが、二人の攻勢は正に竜巻のようで、とても割り込む隙を見つけられない。
「ちょこまかと動く!ドハン!あれを仕掛けるぞ!」
「わかりましたビルド様!」
次の攻撃に備えるウィルフレッドの手前に、ビルド達は同時に武器を大きく構えると、地面をかすめるように大きく振り上げた。
「「ぬぅん!剛筋砂塵撃!」」
ブワッと大きな砂埃がウィルフレッドの視界を阻むよう巻き上げられ、彼の周りを砂塵が包み込む。
「うっ!」
「ここまでよっ!」「往生せい!」
ビルドとドハンはウィルフレッドの左右側に分かれ、互いに必殺の交差攻撃を食らわせようとした。
(もらったわよ!)
ドハンがそう思ったとたん、ウィルフレッドが砂塵の中からあたかもドハンが見えていたかのように、彼の懐へと一直線にもぐりこんだ。
「え」
そして両手を軽く彼の腹に置き、
「はっ!」
片足を重く地面に踏み出すと、ドゴンと鈍い音が、体全身の骨が軋む程の衝撃とともにドハンに叩き込まれる。
「ぶほああぁぁぁぁっ~~~!」
ドハンは弾丸のように三人を包む砂塵から飛び出し、遠く森の中へと吹き飛ばされていった。
「ドハンッ!?」
ドハンの叫び声を聞いて間もなく、ウィルフレッドが砂塵を突き破り、鋭い右ストレートをビルドに叩き込んだ。
「! ぬぅおっ!」
間一髪で大剣でその一撃を受けるも、まるで鋼鉄に叩きつけられたように大剣ごと吹き飛ばされる。
「ぐぅぅっ!なんのっ!」
地面に削り跡を作りながらなんとか踏ん張るビルドだが、いまだに大剣がびりびりと、痺れる手にその震えが伝わってくる。ウィルフレッドが目を細める。
(あの距離で反応して防いだ?あの筋肉はさすがに伊達じゃない…いや、力を抑えることに意識しすぎたからか)
「おのれ小癪な…っ!」
大剣を再び振り回そうとするビルドだが、先ほどの一撃による手の痺れがそれを阻み、これを機にウィルフレッドは更に踏み込んで連続してパンチを叩き込む。
「ぬっ、ぬおおぉっ!?」
それらを次々と大剣で防ぐビルドだが、一撃叩き込まれる度に衝撃が剣から手に、腕に、そして全身に伝って行き、骨の髄まで響いていく。間合いを取ろうととするも、ウィルフレッドは決してそれを許さず、軽やかなフットワークでビルドとの至近距離を保ったまま追い詰めていく。
(なっ!なんたる膂力!そして速さ!しかも素手だぞ!?この男、いったい何者!?)
「お、おい見ろよあいつの動き…!」
「あの筋肉ダルマと同等にやりあってるぞ!しかも素手で!」
「凄い…っ!」
「おっ、お頭…っ!」
レクスの兵士達や盗賊達がウィルフレッドの獅子奮迅たる戦いに目を引かれていく。レクスもまた、彼の戦いぶりについ目を離せなくなった。
(うひゃ~これは強い。さっきの戦いといい、かなり戦慣れてる感じだね。でも素手で剣を弾くほど身体強化できる魔法なんてあったっけ…?)
「ぐっ、おおっ!」
強烈な連撃パンチで洞窟の出入り口まで追い詰められたビルド。ウィルフレッドは足を深く強く踏み出し、その勢いとともに二度目の強打を打ち込んだ。
「ぬああっ!」
強烈な一撃を叩き込まれた大剣にヒビが入り、ハンマーに叩かれたかのようにビルドは大きく後ろへと飛ばされる。
「おぉぉぉっ!」
再び全身の筋肉を総動員してなんとか足を地面につけるビルド、たが。
「ぐふぅっ!」
その屈強な体はついにダメージに耐えられず、膝をついてしまう。それを機にウィルフレッドはトドメの一撃を打ち込もうとした。
「くっ、ペチッ!こっちにこいペチッ!」
一瞬、ビルドの後ろの洞窟からただならぬ殺気が発する。ウィルフレッドがすぐさま後ろへと飛び下がる瞬間、洞窟から飛び出したなにかが、先ほど彼がいた位置をその大きな爪でひっかき裂いた。
「なんだあれっ!?」
洞窟から飛び出したものを見てカイは驚き、その周りにいる兵士や盗賊達も慌てて後退する。
「あっ、あれは…!」
「ワーグ…!しかもただのワーグじゃない、クリムゾンワーグだっ!」
レクスとマティもまた驚愕する。狼をより凶悪したような風貌、軽くブタ一匹を飲み干しそうな巨大な体躯、片目に大きな傷跡、そして黄土色を基調に鮮血色の毛並み。ゴフゥと大きく息を吐いては、禍々しい牙と爪を剥きだして毛を逆立てさせる。
元々ワーグは非常に攻撃的な
「ふははははっ!やるな貴様!だがペチ相手ではその怪しげな体術も無力!」
ビルドは大剣を背中に収めると、ペチの背中へ飛び移ってはウィルフレッドを見下ろす。
「いけない…っ!」
レクスは急いで笛を吹くと、マティは周りの兵士達を率いてウィルフレッドに加勢しようとする。
「みんな急げ!ウィルフレッド殿を援護するんだ!」
「兄貴っ!」
「ウィルさん…っ!」
カイも急いで他の弓兵とともに援護するよう弓を構えた。エリネもペチの唸り声を聞いて直感的に危険な魔獣であることを察し、援護の呪文を唱えようとする。
「こうしちゃいられない…!」
レクスは前方で指揮できるよう、木から降りてはウィルフレッドの方に走る。
「あいつ…っ」
先ほどからずっと木々の後ろに隠れてたフードの女性がそれを見ると、マントを翻して同じ方向へと走りだした。
「! お待ちください!」
もう一人の男性が彼女を追っていく。
「ペチは小さい頃から俺様とともに育ち、俺とともに無数の屈強な騎士たちを打倒し、それを己の糧とした!いわばドハンと同じ俺様の無二の親友でもある!」
高らかに語るビルドを乗せ、ペチはその凶悪な赤い目でウィルフレッドを睨んでは、じりじりと迫っていく。一方ウィルフレッドは完全に動じず、ただ目の前の凶悪な魔獣と周りの様子を観察していた。
「貴様もその騎士達と同じくペチの餌と化すがよい!いけぃ!」
ビルドが足でペチの背中を蹴ると、身も凍える吠え声を挙げて恐ろしい口を大きく開けては、ペチがウィルフレッドに素早くとびかかった。
「ウィ…っ」
レクス達が叫ぶよりも早く、ウィルフレッドはペチの、一撃で鎧を着込んだ騎士を数名たやすく切り裂ける引っ掻きを瞬時に前転して避けると同時に、地面に落ちた剣を拾って素早くペチの後ろ脚に一刀を浴びせた。
「ギャゥア!!!」
それを目にしたものはみな、怪訝と大きく口を開けては固まった。
「ばっ、ばかな!?」
驚愕するビルドだが、それでもすぐさまペチを振り向かせては再びウィルフレッドに跳びつこうとする。だがウィルフレッドは既に地面の槍を拾い、腕に力を込めてそれを投げては、槍がさながらバリスタにも匹敵する勢いでペチの右肩あたりに深々と突き刺さる。
「ガワゥッ!」
ペチが悶える隙に、目にもとまらぬスピードで反対側へと駆けて更に一太刀、左肩の方へ深い一撃を食らわせた。
大きな歓声を挙げる兵士たち。
「なんて奴だ!あ、あのワーグに、クリムゾンワーグに一人であそこまでやりあうなんて…っ!」「信じられねぇ!」
ようやく前へと駆け付けたレクスもマティとともにその光景を見ては驚きの声をあげる。
「凄い…っ、反射速度だけではありません。ワーグの肉体は非常に強靭かつ頑丈であるはずなのに、それをただの刀剣であそこまで深く切り込めるなんて。人間より身体能力の強いエルフでもこのように戦える狩人なんてそうそうありません。彼、思ったよりも強い剣士だそうですね」
「確かに…それにあの速度、切込み、さっきビルドと対峙した時以上だ…。今のが彼の本気ということ、か?」
「こんなことが…っ!ペチの一撃の速さはたとえ俺様の筋肉でも避けきれぬほどなのにっ!貴様はいったい…っ!」
それもそのはず。ペチの体温、血の巡り、眼球の動き、果ては筋肉の一挙手一投足すべてがウィルフレッドの
「ぬうぅっ!怯むなペチ!所詮は一時のまぐれだ!今度こそ彼を仕留めようぞ…ペッ、ペチ!?」
ビルドが驚く、ペチは依然と攻撃的な唸り声を挙げてはいるが、足は後退していた。剣を持ってペチを睨むウィルフレッドに怖気づいたかのように。
「お、おい、あのワーグ、ひょっとしたら怯えてるのか?」
「まさか…?」
兵士達の言う通り、ペチは戦意こそ依然と高揚しているが、それとは裏腹に獣としての本能は、今自分を見るウィルフレッドの物言えぬ威圧感と恐ろしさを敏感に感じとり、足が勝手に後退してしまう。
(やはり目立ってしまったか…いや、この獣相手に、兵士達に無駄な死傷が出るよりは良いか)
ウィルフレッドが剣をかざす。
「ここまでだビルド、周りを見ろ。お前の部下達は殆ど拘束された。これ以上抵抗しても無意味だ。その獣を抑えて投降しろ」
「ぬっ、ぬぐうぅぅ」
ビルドは周りを見渡す。確かに殆どの部下たちはすでに取り押さえられており、残るは自分ひとりだけで勝敗は決まったも当然。だが前に出て立っているレクスを見つけると、ビルドはニタリと笑いだす。
「くくくっ…筋肉はまだ我を見捨てておらぬわ!それっ!」
「ルォォオオオッ!」
ビルドがさらに強くペチを蹴ると、獰猛に吼えては傷も意に介さずに狂った闘牛の如く突進する。だがウィルフレッドにではなく、レクスのいる方向へと。
「あ」
その意図に気付くレクス達。
「! しまったっ!」
ウィルフレッドがそれを阻止するよう動くが、ペチの動きがあまりに早い。
「レクス様を守れ!」
マティ達はレクスをかばうよう彼の前方に武器を構え、レクスはその場から移動しようとするが、とても間に合わない。
「大将を制すれば戦場を制するっ!我が大脳筋の狙い通りよぉっ!」
「レクス様!」「レクス様…!」
カイやエリネ達が叫ぶ中、ビルドと共にペチがその巨躯をレクス達へ突っ込もうとする瞬間―――
「―――
眩い雷が空から振り落とされ、空気をも震撼させる程の勢いと共にビルドとペチに直撃した。
「ぬわあああぁぁぁっ!!!」
「ギャオアァァァァッ!!!」
衝撃の爆風が過ぎ去ると、真っ黒に焼き焦げたビルドと、チリチリと毛がファッション的になったペチが、ぐらりと重い音とともに倒れ込んだ。
「む、無念…」
「これは…いったい…」
「! レクス様、そちら…」
レクスはマティが指す方向を見やる。魔法を使った手をゆっくりとおろすフード被りの人と、後ろに立つもう一人の姿を確認した。
――――――
戦いが一段落し、騎士団は粛々と押さえられた盗賊達の輸送と、洞窟内での確認作業を行っていた。ペチは洞窟内にあった檻をそのまま利用して搬送し、意識を失ったビルドもまた厳重に拘束されては運び去られていく。
最初はペチが暴れることを危惧していたが、ウィルフレッドが暗にペチを目線で威圧してたため、意外と大人しく檻に入っていった。檻の中で静かに座り込むペチに彼は多少申し訳なく感じていた。ここの人々にとっては恐ろしい
エリネが傷ついた兵士達の傷を対処し終わると、カイと一緒にウィルフレッドのところへ向かった。
「ウィルさん、怪我はありませんでした?」
「ああ、問題ない。君達の方も無事で何よりだ」
「さすが兄貴だぜ、あのでっかいのが出てきた時は焦ったけどさ、まさかそう簡単にあしらうなんて、やっぱ兄貴は強ええや」
ウィルフレッドは慣れない賞賛で少々照れながら、フード付きマントの二人と会話するレクスとマティの方を見た。
「さっきの雷は、あの人が…?」
「多分そうだと思います。どこかの魔法使いの方かも」
「さっきは危なかったな。あともう少し遅ければ、レクス様達は間違いなく大怪我してたから」
確かに、あの時もう少し魔法が打ち込まれるのが遅かったらアルマ化せざるを得なかった。それだけは極力避けたいと思うウィルフレッドだった。
「さっきの魔法は君が使ったものかな?どなたか知らないけど助かったよ」
「いつでにやったまでだ、礼には及ばん」
年若い、凛とした女性の声。
「騎士団の旗から察するに、そちらは領主ロムネス殿のご子息レクス殿と見受けられるが、相違いないか」
自分を知ってることに少し驚くレクス。
「合ってるけど、君は…?」
「ロムネス殿の力をお貸ししたい。彼との面会を手配して貰えないのだろうか」
レクスとマティは顔を合わせると、申し訳なさそうな表情を浮かんではレクスが応える。
「ごめん、父は二ヶ月前に他界してしまって…」
「なんだと…」
女性が少々驚く声を上げる。
「ひょっとしたら父とご縁のある方?そうだったら、自分ができることであれば僕が代わりにお助けしますよ」
女性は暫し考えて、振り向いてはボソボソともう一人と相談し始めた。
エリネはルルを肩に乗せ、カイやウィルフレッドと共にレクス達の容態を確認した。
「レクス様っ、そちらにお怪我はないですか?」
「やあエリーちゃん、ありがとう、僕とマティとも無傷だよ。ウィルくんとカイくんもご苦労さん。ごめんね、客人のはずなのに盗賊退治の手伝いまでさせてもらって」
「気にしなくていいよレクス様。村を荒らした奴だし、そのままほっとく訳にもいかないしさ」
「ああ、それに先日のお茶のお返しとしては丁度いいさ」
「はは、義理硬いねウィルくん。みんなありがとう」
彼らの言葉にレクスは嬉しく笑顔を浮かべた。
女性は相方との相談が終わると、レクスに話しかけた。
「…分かった、ことの詳細はできればそちらの館で説明したい。頼めるか?」
「構わないよ、それじゃ皆いこうか。マティ、二人の方に馬を用意して頂戴」
「かしこまりました」
兵士達に対してもパンパンと拍手して撤収を命じると、一行はその場を後にした。草むらに吹き飛ばされて、誰にも気付かずに昏倒していたドハンだけを残しながら。
【続く】
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