異世界ハルフェン 第三節

「た、頼むっ、もうこれ以上持ってかないでくれ…っ」

「じゃまだジジィ!」

「ああっ」

自分にしがみつくトーマスを蹴り飛ばしては、悪漢達が次々と倉庫から穀物袋を自分達の台車に積み込んでいく。


村の縁にあるトーマスと近辺の家が、この盗賊たちの最初の餌食となった。ある人たちは家畜の牛などを引っ張り出し、ある人たちは家から貴重そうなものが入っている箱をお構いなしに運び出している。さらに村の奥へと向かおうとする盗賊をコリーら若者が鍬や斧などを持って対峙するが、人数の差が大きく、既に何名か傷ついて倒れており、長くは持たないことは一目瞭然だった。


「これ以上いかせるかよ…っ!」

若者達の中でもっとも屈強なコリーは斧を大きく振るってようやく一人切り倒したが、すぐに次の盗賊が斬りかかっては防ぎきれずに傷ついてしまう。

「うおっ!」「コリー!くそ…っ!」

隣の若者が鍬で援護するが、人数の差は歴然で、コリー達の情勢はただ悪化する一方だった。


「ほらほらもたついてんじゃないのっ!いつ騎士団の人たちが来るか分からないわよ!」

その後方で、筋肉質な体をしながら濃厚な香水の香りがまとわりつく、女性的な化粧をしたけばけばしいリーダー格の男が、長柄の戦斧を担ぎながら盗賊達を催促していた。


「心配ねぇですぜ、ドハンのだん…アネキ。人数の利はこっちにあるし、すぐにでも倒してみせるよ」

「そーそー、こういうのはなんて言う?うごーの衆って奴なんだよね?」

男の傍に立つ二人の部下がへつらうようにドハンに扇を煽ぎながら語る。

「はやくしてよね、ここでの戦利品は全部われらの敬愛なるお頭様に貢ぐための大事な品なんだから」


「ぜりゃ!」

コリー達が勇ましく盗賊達と切り結ぶのをドハンは興味深そうに見つめる。

「それにしてもただの村人にしては中々やるわね、良く見ると結構男前な顔してるし。お頭には勝てないけど、ここで何人かの男をお持ち帰りするのもいいかも…」


(ドハンのあに…アネキまた男を物色してやがる、たまったもんじゃねえな…)

(しっ、お陰でこっちは気色悪ぃ目に合わさずに済むからいいんだよ)

ドハンの悪趣味にげんなりしている二人をよそに、コリー達は徐々に押し負けては後退してしまう。


「ちくしょ……うお!」

盗賊の大降りの一撃でバランスを崩して倒れてしまうコリーを、盗賊は容赦なく止めを刺そうと斧を大きく持ち上げる。

「ここまでだぜ兄ちゃん!」「!コリー!」


身動きが取れない他の若者の虚しい叫びと共に、斧が振り下ろされようとする瞬間、突如飛来した矢が盗賊の肩へと深々と刺さる。

「なんだぁっ!?」

さらに立て続けに膝、手に矢が刺さっては、盗賊がよろめいて後ろに倒れ込む。他の悪漢達も咄嗟に後退し、その隙に若者達はコリーを後方に引きずる。


「コリー!みんな!」「カイか!」

後方から、カイとエリネ、ウィルフレッドの三人がコリー達の元へと駆けつける。

「しっかりしてコリーさんっ、今すぐ治療しますから…っ」

「エリーちゃんも来たのか…。おれよりも他の皆を…」


エリネがコリー達を手当てするのを見て、カイが他の若者達とともに盗賊達と対峙する。

「てめぇら、よくも村をめちゃくちゃにしてくれたなっ…。戦争という一大事って時に、こんなひどいことしやがって…!」

「今だからなのよ坊や」

扇を二人の部下に持たせて煽らせるドハンが、前に歩き出してカイ達を見ながら不敵に立つ。


「盗賊という仕事は不安定でね、戦争という最高のタイミングで最上の利益を叩きださないと、生活するのも辛い哀れな職業なの。愛人達を養うために、なによりも敬愛する我らお頭のためにも!」


大きく両手を広げてドハンは高らかに語り

「スマートに!ハイリターンを狙う!懐も潤ってお頭の寵愛も貰う!それがアタシのモットーなの…」

憂いそうな表情で口に指を当ててはか弱く言葉を結ぶドハン。


「そのため、あんた達にはワタシの愛の踏み台になってもらうわ。安心して、あんたのような子は趣味じゃないけど、他の何人かは生かしてアタシの僕にして貰うから」

怒りで弓を握る手に力が入るカイ達。

「こいつ、ふざけやがって…っ。」

「ああ、悪趣味な服装や香水なんかも付けて、頭に来るぜ」


若者の言葉でドハンは不敵に笑う。

「アンタのような貧弱ものにはわからないでしょうね。服装や化粧に気を遣い、己の肉体を美しく鍛えるのが淑女の嗜み…。服は旅の商人からもらったブランド品だし、香水も前の街で貰った天然品を使ってるのよ」

「略奪の間違いでしょ…っ!」

うっとりと自分の服装を誇示するようにポージングするドハンに、エリネは思いっきり皮肉する。


「雑談はここまでよ、あんた達」

ふざけた口調から冷徹な声に変えてドハンがクイッと指示すると、盗賊達は獰猛な笑みをしながら一歩前に出た。カイも他の若者達と並んで備え、緊迫した空気が両側の間で高じていく。


「!? おい、あんた!」

「ウィルさん!?」

一触即発の雰囲気の中、ウィルフレッドが独りでに前へと歩き出し、カイと他の若者達が訝しむ。


「あいつ、武器一つも持たずに何するつもりだ…?」

「ウィルさん…?」

村人達がどよめく中、エリネも心配そうにウィルフレッドの方向を向く。カイが急いで彼の肩を掴んでは耳打ちする。

「ちょっとウィルさんっ、何一人で勝手に前に…」


「大丈夫だ」

カイはやや呆気に取られては彼を見つめる。

「俺を信じてくれ」

振り返って自分を見るウィルフレッドの眼差し、そして大丈夫という言葉に、自分でも説明できない妙な説得力と力強さを感じられたからだ。


カイの手を下ろさせ、自分をニヤニヤと陰湿な笑みで見る盗賊達の前に立つウィルフレッド。

「あら、一人で前に出るなんて、ひょっとしたら志願してアタシに仕えたいの?」

ドハンはジロジロとウィルフレッドを下から上まで舐めるように見定める。


「う~ん。コート越しでは良く分からないけど中々の逸材そうね。服装から見て異国の人かしら?ラインぎりぎり合格…」

「あんたにとってお頭は大事な人なのか?」

「え?」

突拍子もない質問にドハンは少々驚く。


「敬愛なるお頭、あんたはそう言った。あんたにとって、そいつは家族のような大事な人なのか?このような非道をする価値があるほどの」

今度は盗賊達がどよめき、ドハンはくすりと一笑する。


「何を聞くかと思えば…当然よ、家族なんてものじゃない。あの完ぺきな肉体美、荒くも逞しい気性…。アタシだけではないわ、ここにいる部下達全員、お頭の素晴らしきプロポーションに魅入られたから彼に忠誠を誓ったの。自分はあの人と出会ったとき一目で分かった…、この人こそアタシの運命の人…。いつかあの人とともに偉大なる筋肉王国を築き上げるのがアタシの宿命なのよっ!」


苦しそうに手を胸に当てては熱い思いを、潤った視線と共に豪快に手を広げて語り出すドハンに、多くの部下達がげっそりとした。

(勘弁してくれ。単にお頭のプロポーション勧誘をアレ以上見たくないからついて行っただけなんだ)

(あのプロポーションだけはもう二度と勘弁だからな…)


部下達だけでなく、カイを含む村人たちも、なんとも言えない微妙な表情を浮かんでいた。

「なあカイ、おれなんか無性に腹が立ってきた…。」

「ああ…こんな奴らに俺達の村が荒らされたと思うと虚しくなるな…」


「そうか…大事な人を持つのはいいことだな。生き生きとしている君の性格も嫌いじゃない」

ウィルフレッドは笑みを浮かばせる。軽蔑でも、皮肉の笑みでもない。心のそこから本気でそう思っての言葉と表情だった。


「あらやだ、ここに来て告白?」

「…大事な人のために一生懸命なのはいいことだが、残念ながら見逃す訳にはいかない」

抑揚のない口調に変わったウィルフレッドが、片手を鳴らしては拳を握り締めてドハンに言い放つ。

「奪った荷物を今すぐ全部置いて立ち去れ。立ち去らないのならば全員痛い目に遭ってもらって拘束する」


今度はドハンや盗賊達のみならず、カイ達村人達までもが大きく目をひん剥いてウィルフレッドを見る。やがてドッと、盗賊達が腹を抱えてげらげらと大笑いし、ドハンもまた涙が出るほど顔を歪めて豪快に笑う。

「あはははははっ!愉快!愉快わよあなた!妙に人に気を遣ったり、こんな面白いジョークまで言えるなんて!」


盗賊達が大笑いする中、カイ達に心配そうに見られるウィルフレッドは表情一つ変えずにただじっくりと彼らを観察スキャンした。

(…人数は26…武器は全部斧や剣、ボウガンなど簡単なものだけか。体の改造…そもそもそういう概念も無いようだ。力加減しなければ…)


ようやく笑い終わったドハンは手で指示すると、精悍そうな盗賊三人が残忍な笑みを浮かべながらゆっくりとウィルフレッドを囲むように移動する。

「あ~笑った。久しぶりに大笑いしたわ。お礼としてあなたは下僕ナンバーツーにしてあげる」


丸太じみた腕を下し、号令する。

「やっちまいなさい」

三人の盗賊が同時に切りかかった。

「ウィルさ…っ!?」


一瞬の出来事だった。ウィルフレッドに切りかかった三人の盗賊は、気が付くと白目むいて、右手の拳を腰に構える彼の周りに倒れていた。カイや、コリー含む村人達、そしてドハン達も、突然の出来事に意識が追いつかず、エリネだけが、何か鈍い打撃音が三回響いたのを覚えていた。


「え、なに―――」

「警告はしたぞ」

ウィルフレッドが目にも止まらぬスピードで盗賊達の中に突っ込む。ハッと気付く盗賊達は急いで応戦し、ドハンもようやく反応して命令する。

「あ、あんた達、かかりなさい、全員かかりなさいっ!」


カイ達は今度辛うじて見えた。ウィルフレッドが途轍もない速度で盗賊達の攻撃を避け、いなしては、拳や蹴りのみで次々と悪漢達を無力化して行くのを。


「ふんっ!」

盗賊の振り下ろす斧の軌跡を左手で流麗に逸らして足を踏み出し、顎に右ストレートを打ち込むと、相手が強く揺れて糸切れた人形のように倒れる。

「…んばっ!」


「こいつ…っ!」

拳の勢いに乗せて身を屈み、傍からの一撃をかわしては手を地面に着いて、上半身が逆さになるような姿勢で鋭いカウンターの蹴りを繰り出す。盗賊は一回転して地面に叩かれる。

「つぁべっ!?」


「ぬううっー!」

自分に迫って剣を振り下ろそうとする盗賊に向けて前進し、右手で剣を持つ手を軽快に逸らす。

「なっ!?」

そのまま身を捻っては背部全体で体当たりし、吹き飛ばされた盗賊は豪快に他の盗賊達とともに倒れた。

「ぅぼぉっ!?」


ウィルフレッドの勢いは留まることなく、自分を囲んで叩こうとする盗賊達をやすやすと跳び越え、次から次へと盗賊を無力化していく。


見たこともない戦い方にカイ達が呆然と見入る。まるで全ての無駄がそぎ落とされ、流麗で洗練された千変万化の動きは確実に、正確に盗賊達へと叩き込まれる。その一撃一撃は、例え傍から見ても分かるほど非常に速く、重い!


一瞬で半分もの部下たちが倒されるを見て焦りだすドハン。

「なっ、なんなのこいつ!」

傍の委縮している二人をウィルフレッドに向けて押し出した。

「ほら、あんたたちも行きなさいっ!」


「ア、アネキィ!」「ひでぇっ!」

突如押し寄せる二人をウィルフレッドは容易く打ち払う。だが。

「隙ありー!」

二人の後ろから奇襲を図るドハンがその大きな戦斧を素早く、全力で振り下ろしていく。


「危な…っ」

カイ達の叫びの中、ウィルフレッドは殆ど反射的に、熊さえも容易く殺せそうな戦斧の一撃を、


「え…」

そして、勢いのまま

「きゃあ!」

その衝撃でドハンが倒れ込む。


(しまった…!)

ウィルフレッドは気付いた。村人と盗賊含む全員が自分を見たまま固まていることに。つい反射的にそうしたことを悔やむ。ここでこれは


「こ、こいつ…」

「アネキの鋼鉄製の戦斧を…」

「素手で砕きやがった…」

放心してウィルフレッドを見るドハンは小さく震え、やがてぐしゃぐしゃと悔し涙を流す。


「ひ、卑怯者めっ、変な魔法使いおって…!」

慌てて後ずさりしては立ち上がり、手を挙げて命じた。

「みんな撤退よ、撤退~!」

残りの盗賊達もとうに戦意を失い、奪ったものもそのまま放り出して森の方へと逃げ出していく。

「覚えてなさいよ~!」


盗賊達が去るのを見て、ウィルフレッドはやや気まずそうに村人を振り返った。

「…すげぇ…」「凄い…!」

口を開いたままの村人のどよめきは、一気に歓声と化して、カイ含め村人たちがウィルフレッド元へと駆け付ける。


「ウィルさんあんた凄い!凄いよ!」

「あの斧を素手で砕けたなんてっ、何か魔法をつかったのか!?」

「どうやったらあんな動き出来るんだ!?」

傷ついた人たちの手当てを終えたエリネもまた走り寄る。

「ウィルさん凄いっ!あんな大人数を一人で倒すなんて…!」

賞賛と感謝の声に囲まれながら戸惑うウィルフレッド。


「! おいあれ!」

村人の一人が指す方向から、多数の騎馬兵と兵士たちが旗を挙げて駆け付けてくる。

「レクス様の鷲獅子騎士団だっ、ようやく来てくれたかっ!」

彼らに向けて再び歓声を挙げる村人たち。ウィルフレッドは目を凝らしてみると、その旗には獅子の体と鷲の頭、翼を持つ動物が、三日月と共に描かれているのが見えた。



【続く】


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