異世界ハルフェン 第二節

穏やかな木漏れ日が照らす森の小道で、エリネとカイについて行きながら、ウィルフレッドはまるで好奇心に満ちた子供のようにずっと周りを見渡し、数歩あるくたびに大きく息をする。


途中で風が吹き、近くの木から花びらが舞うと、彼は思わず身構えて一歩後退する。

「わっ、なんだなんだ?」

その動きにカイ達が訝しむ。

「どうしたんんですかウィルさん?何か気になるものがあるのですか?」

「あ、いや、なんでもない、ちょっと葉っぱに驚いただけだ…」


「ふふ、面白い方ですね」

「どっちかっつうとおかしい方じゃないかな…」

ひっそり耳打ちして歩き続ける二人に苦笑すると、ウィルフレッドはひっそりとセンサで木に咲く花をスキャンした。…やはり、はない。今の地球に生息する野生の花の多くは、毒性を含むか変異して生き物に針を見舞う危険な変異種だ。


けど目の前の花は栽培種でないにも関わらず、ただそこで美しく咲いて心地良い匂いを放つ、至って普通の花だ。改めてまばらに白い雲が浮かぶ青空を見上げた。雲の隙間から射す日の光が、非現実的なほど心地良い。


念のためもう一度周りをスキャンしたが、やはりそれは仮想空間サイバースペースやホログラムでもなく、催眠とかの類でもない。極めて幻想的ファンタジーな光景でありながらも、間違いなく現実の光景だった。疑う余地もない。それは正に記録上で見た永い冬ロング・ウィンター以前の自然の風貌そのものだ。


もう一度大きく息を吸うと、新緑の木々の香りと新鮮な土の匂いが、オイルや重金属の匂いがこびり付いた鼻と人工肺サイバーラングを心地良く洗い、人々の騒音と銃声に慣れた耳を傾けると、小鳥の囀りが気持ちよく響く。


特殊状況での訓練を受けていなかったら、きっといま胸を躍らせる興奮を隠し切れなかっただろう。何もかもが不明瞭のままだが、今はただじっくりとこの雰囲気を満喫したいとウィルフレッドは思った。


やがて森を抜けた先、小さな山に囲まれては畑やブタ、鶏小屋が点在する小さな村、ブラン村があった。この世界ではありふれたほど一般的な村だが、穏やかな天気のためか、それがよりのどかに感じられたと、ウィルフレッドはカイ達についていきながら思った。


「やあカイ、今日も結構獲れたそうだな」

「ああ、ウサギしかなくて残念だけどな」

「エリーちゃん。この前はうちの旦那さんの傷見てくれてありがとう。今はもうすっかりピンピンしてるよ」

「それは良かったです。またなにかあったらいつでも呼んでくださいね」

「カイくん、あの人誰?」

「ああ、ちょっとしたお客さんでね、教会に招待することになったんだ」


村人がエリネ達と他愛ない会話を交わしていく。人々も地球視点から見ればありえないぐらい友好的だ。さっきみたいに地球での癖で怪しまれないようにしなければと思うウィルフレッドだった。


村を通り抜けると、やや離れた森の縁に、柵に囲まれた素朴で小さな二階建ての建物が見えてきた。その正門の上には、円形内に正三角形という形の奇妙な紋様が描かれていた。


「そこの教会が私達の家なの」

「オレ達、そこのシスターのお世話になってるんだ」

「そうなのか」


母でなくシスターと呼び、エリネがカイを兄と呼ぶのに姓が違うことから、ウィルフレッドはおおよそ事情を察するが、それ以上深く聞き入ることはなかった。


教会に近づくと、庭で青いフード付きローブを着た一人の中年婦人が庭の手入れを終え、道具を小屋に収めていた。婦人は、走るルルを先頭にエリネとカイが一人の見知らぬ男を連れてやってきたのが見えた。


「シスターただいまっ」

「ただいまシスターっ」

「エリーっ、カイっ、二人共無事なのっ?」


シスターと呼ばれる女性は慌てて二人の元へと駆けつけては、エリネの頭を撫でて心配そうに二人の容態を確認する。

「さっきなんだか大きい雷が落ちたようでとても心配してたのよ。二人とも怪我はなかった?」


「うん、大丈夫、自分達がいたところには落ちてないから」

エリネは事前にカイと話したとおりに説明した。空から人が落ちてきたなんて、説明するのもややこしいと思ったから。


「ならよかったけど…こちらの方は?」

シスターはやがて、二人の後ろに立っているウィルフレッドに目を向く。身の丈の高さと、見慣れない服装に鋭い目つき、そしてどこか物言えぬ違和感を漂わせる男。村の人ではないのは明らかだった。


「ああ、こいつ、遠いところから来た旅人でさ、さっきの大きな雷に打たれて、そのショックで記憶喪失になったらしくて。そのまま放っておくのもあれなんだから連れてきたんだ」

ウィルフレッドは少々かしこまっては、シスターに軽く一礼する。

「ウィルフレッドと申します。その…カイの言うとおり、落雷で名前以外の記憶が混乱してて…ご迷惑になるのは承知してますが、少しお邪魔になれれば助かります」


困惑していたシスターだが、ウィルフレッドの丁寧な態度とその表情に安堵する。

「まあ、そうだったの?大変だったでしょう。…でもその割にはあまり怪我してるようには見えないわね」

「それは、こちらのエリーの手当てが良かったから」


エリネが心配するように付け加える。

「でも確か脇腹あたりとかはまだ完治にはなってないですよね?早く中に入ってちゃんとした手当しないと」


「ああ、大丈夫、そこらあたりも含めて殆ど治っているから」

「まさか、さっきまだ痛そうに抱えてたのに、そんなにすぐ治る訳…」

「本当に治ってるんだ」


ウィルフレッドは回復の具合をシスター達の方に見せるよう、脇腹あたりまでシャツをまくり上げると、さっき重傷が負ったとは思えないほど、健康体そのものの肉体がそこにあった。


「まあ、確かに傷があったとは思えないぐらい良くなってるわね?」

「え、そんな、ちょっとすみません」

「あ」

「お、おいエリー」

手で彼の脇腹に触れ、ぺたぺたと脇腹を満遍なく触るエリネ。彼女のいきなりの行動にウィルフレッドは気まずくなる。


「うそ、本当にもう治ってる…」

さっきの魔法でだいぶ良くはのは確かだけど、完治にはまだ少し手当が必要なはずなのに、今やもう傷ついていたと思えないぐらい完璧に治っていた。


「すまない、その…」

「ちょっとエリー、失礼よ」

「あっ、すっ、すみません」


ふと自分の行動に気づき申し訳なく手を放すエリネ。そういえば先ほど、彼の一部傷が物凄い速さで回復していたのを思い出し、何か特殊な薬草とか魔法を使っているのだろうかと憶測するが、もう治ってる以上相手の体について聞くのも失礼だと思い、気にしないことにした。


「この通り体の方は治ったのだが、その…、申し訳ないけど、できれば何か食べ物を恵んでくだされば…」

「ええ、勿論かまいませんよ。丁度昼食の時間ですし」


シスターは改めてウィルフレッドに笑顔を向けては歓迎する。

「改めて、ブラン村の三女神教会へようこそウィルフレッドさん。私はこの教会のシスター、イリスと申します。女神のご加護のもと、どうぞごゆっくり寛いでくださいね」

「はい、ありがとうございます。それと、自分のことはウィルで構いませんから」

「ええ、ではウィルさん、どうぞこちらへ」

ウィルフレッドは感謝を述べて一礼すると、イリスと彼女を囲むカイとエリネと共に教会へと歩く。


「シスター、今日は果物いっぱい採れたの。汁も多くてとても甘いんですよ」

「こっちもウサギだけなんだけど、四匹も獲れたからウサギシチューがいっぱい作れるぜ」

「まあまあ、二人ともご苦労さん、客人もいることだし、今日は私も踏ん張って美味しい料理作らないとね」

「やったーっ」

「キュキュッ」


三人の後ろを歩くウィルフレッドは、睦ましい三人のやりとりをただ意味深長に見つめていた。



******



「はい、お待ちどうさま。今日は私とシスターがよりをかけて作ったウサギシチューに果物添えの野菜サラダですよ」

案内された風通しの良い食堂で暫く待つと、エリネとカイにイリスが作りたてのほかほかなシチュー、色鮮やかな野菜の果物添えを食卓に並んだ。四人は着席し、カイとウィルフレッドがイリス、エリネと向かい合うように座る。


「女神様、今日も慈悲深き食の恵みに感謝を…」

イリス達が祈りを捧げるのを見るウィルフレッド。

「いただきま~す」

祈り終わるとカイが真っ先に大口でシチューを食べ始めては満足そうに頬張る。


「うーんウマいっ。やっぱシスター達の作るシチューは格別だなっ」

「もう、お兄ちゃん行儀悪いわよ」

「ウィルさんもどうぞお構いなく召しあがってくださいな」

ただ呆然とシチューを見つめるウィルフレッドにイリスが優しく語りかける。

「あ、はい…」


ウィルフレッドは少し躊躇いながらスプーンを持ち上げ、ゆっくりとシチューを口へと運んだ。…濃厚ながらもさっぱりしたシチュー、程よく煮込まれた柔らかな肉の甘味が、口の中を満たしていく。

「…うまい」

「それは良かったです」

満足な評価に嬉しそうなエリネ。


次に野菜サラダを果物と一緒に口に運ぶと、シャキシャキした食感に、すっきりながらも自然味あふれるさわやかな風味、そして果物の丁度良い甘味が、味覚を洗っていく。今やごく一部の上流階層しか味わえない味だった。


いや、工場の栽培品ではなく真に天然の、資料でしか見たことのない未変異の自然の恵みに溢れた料理という点では、恐らく地球の誰でもこの味を味わったことがないのだろう。


「これも、凄くうまい…」

「だろ?トーマスじいさんが植えた野菜は村でも一級品のうまさだからな」

気持ち良い日差しが射しこむ食堂。


「エリー特製の苺タルトがないのが残念だけどよ。甘いものは好きじゃないけどあれだけは別格なんだよなぁ」

爽やかな風が窓から吹き込んで。


「仕方ないわよ、良い苺が採れるまでにあと少し時間が要るからね」

「確かあと数日ぐらいで熟れるはずだから楽しみね。エリーの苺タルト、久しぶりなんだもの」

傍には親切で睦ましい人々の暖かな交流に、ちゃんとした食事。


「あら?ウィルさんどうしたの?」

「お、おい?」

イリスとカイが突然驚く。

「い、いや、なんでもない、その、料理がとてもおいしくて」

「ウィルさん…?」


震える声ウィルフレッドの声で同じく異状を感じたエリネ。ウィルフレッドの目から、とめどない涙が流れていたのだ。

「本当に美味しくて、その…」


ウィルフレッドはカタカタと幸福すぎて震える手で、涙を拭いては流して、次々とシチューや野菜を運び、その味を噛みしめると、ずっとため込んだ感情が幸福感と混ざり合い、爆発してスプーンが零れ落ちる。


「…ぅぅ…」

嗚咽しながら手で口を隠してそっぽ向いてはごまかそうとする。それでも決壊する感情は、食卓に伏せて泣き声とともに溢れだした。

「ちょっと、そんなに料理がうまいからってそこまで泣かなくても…」


いつぶりなんだ、以来、このような暖かい気持ちになれたのは。許されるのだろうか、が、こんな平和なところで穏やかな気持ちになるのは。分からない、ただ様々な感情が心をかき回しては去来し、ひたすらそれを泣き声とともに吐き出していく。


「…時間は十分ありますから、ゆっくり食べてくださいね」

訳が分からないカイをよそに、シスターは何も聞かず、ただ彼を優しく見守る。

「おかわりだって、まだまだありますから」

エリネもまた、彼のを静かに聞いては微笑む。泣き崩れるウィルフレッドは、ありがとうとしか言葉を絞れなかった。



******



カイが食器を洗うと同時に、エリネがほのかな香り漂うハーブティーを淹れ、片付けられた食卓に配っては座りなおす。食卓に飛び移ったルルにくるみをあげると、ルルは嬉しそうにそれを齧っていく。


「さっきはその、すみません。つい、取り乱してしまって…」

「いいのよ別に」

イリスとエリネはやはり何も問い質さずに微笑むだけで、先ほどの自分の有様を思い出すウィルフレッドは少々申し訳なく俯く。


「…その、さきほど言ったように、自分は記憶がかなり混乱してますので、回復のヒントとして色々と教えて頂ければ助かるのですが…さっきこちらのエリーがしてくれた魔法…。あれはなんでしょう。だれでも使えるものなのですか?」

「そんなことも忘れたのか?結構重症だな」

皿を洗いながら厨房から声かけるカイ。


「お兄ちゃん。別にいいでしょ」

イリスも特にそれを不審とは思わずに説明を始めた。

「そうですね、では勉強を始めたばかりの学生と見なして最初から教えましょう。魔法というものは、三女神の加護の下に扱う力で、素質のある人が加護の洗礼を受けて初めて使えるものです」


「三女神の…加護…」

ウィルフレッドは、先ほど教会の礼拝堂に入った時に見た三つの女神像を思い出す。「ええ、太陽の女神エテルネ様。月の女神ルミアナ様。そして星の女神スティーナ様。この三女神のご加護があればこそ、魔法は成立し、この世界ハルフェンは成り立つことが出来るのです」


ハルフェンと言う名の世界、三女神という信仰、今の地球では殆どなくなった風景と人々、そして何よりも、魔法という法則の存在。ウィルフレッドは自分の世界とはかけ離れた概念を素早く理解し、受け入れていく。


「本当は三女神を源にする魔法以外に精霊魔法とかもあるし、素質や洗礼にも細かいルールはあるけどここは割愛しますね」

「ちなみに、私がウィルフレッドさんを治療した時の魔法はスティーナ様由来の力ですよ」

先ほどエリネが自分の傷を治した時に発した淡く青い光を思い出す。


「じゃあ、君が不自由なく歩けるのも、魔法によるものなのか?」

自分の目の事を言っていると理解するエリネ。

「あ、これはちょっと違いますね」

「この子はね、目は生まれつき見えない代わりに、他のあらゆる感覚がとても鋭くて、周りに漂うマナの流れも他人より敏感に感じ取れるの」


「マナ…?」

「大気や生き物に流れる命の源。三女神の加護の証でもあり、世界万物を構成する礎となる素です」

エリネは頷く。

「その流れを感じ取れることを利用して、私はある程度周りの状況を知ることができるの。ただ、分かるとしてもある程度しか分からないし、自分から離れるほど精度が落ちてしまうけれど」


「そこであっちにいるルルの出番ってわけだ」

皿を洗い終えて席に座るカイが、美味しくクルミを齧るルルを指差す。

「ルルが道案内としてエリーの前に歩けば、ルルの鳴き声や動きで起こす音などでエリーに安全な方向とか教えてあげるんだ。小さく見えて結構器用なんだぜこいつ」

盲導犬みたいなものだろうか、とウィルフレッドは食べ終えて楽しそうにエリネの肩に跳びつくルルを見る。


「他にも空気の流れや音の反響でも、結構周りを知ることはできるし、マナが弱いところでも、この腕飾りに念を込めれば、マナを発しては打ち返す感覚で同じように周りの状況が分かるから、そこまで行動に不便は感じないわ」

エリネは、腕に付けられた宝石付きの腕飾りを見せると、時折淡い青の光が宝石の中で小さく脈動するのが見えた。恐らく魔法の技術で作られて道具か何かとウィルフレッドは憶測する。


「それでも不測の事態は起こるし、何か感知できなかった危険もある場合もありますから、基本的に出かける時は私かカイと一緒ですけどね」

「それだけでも凄いと思います。さっきの彼女の治癒魔法と良い、便利なんですね、魔法というのは」


地球では、盲目の人は基本的にサイバネアイなどの生体部品を付ければ解決は着くが、質のいいサイバネ部品はすべて軍か大企業に握られ、上流階層の人たちの贅沢品と言っていいぐらいの高価品だ。一般の民間に流れてるのは全て上から流用される粗悪品かダウングレード品で、サイバネ技術を扱える人もそう多くはない。あと数十年待てばより良い技術が普及されるかもしれないが…と、ウィルフレッドは密かに思った。


「あれ…」

「どうしたエリー?」

エリネが外に通じるドアの方を向いて耳を傾ける。慌ただしい走り音に、荒い息。かなり緊張して急いでいるようだ。


「誰かが慌ててこっちに向かっているみたい」

「まあ、誰なのかしら?」

「俺見てくるよ」

カイが椅子から立って食堂から出る。


(それにこの息遣い…どこか変…)

「エリー?」

ふとエリネも立ち上がって外に出るのを見て、イリスとウィルフレッドもまた付いて外へと出る。


教会から出たカイは村の方向から村人が一人、教会に向かって走ってきているのが見えた。

「ぜぇっ、ぜぇっ、カ~イっ!」

遠くからカイを見て、中年の男性は大声を出しては更に速く走っては、彼の前に手を膝について息を上げる。


「なんだ、バルトのおっさんじゃないか、何かあったのか?」

丁度イリス、エリネにウィルフレッド達も外へと出てきた。

「ハァハァ…と、盗賊だ!盗賊が村を襲っているんだ!」

「なんだって…っ?」

カイとエリネ達が顔色を変え、ウィルフレッドの顔がやや引き締める。


「反対側の森から潜んで接近したから気づかなかったんだ。今トーマスじいさんあたりの畑と倉庫が襲われている」

「騎士団の方はっ?誰か連絡しに行ってるかっ?」

「メリーがもう行ってるけど間に合うかどうか分からないっ。コリー達が一応抵抗してはいるが、相手は結構の人数だ、騎士団が来るまでの時間を稼ぐためにも人手がいるんだっ、今すぐ来てくれっ」

「くそっ!分かった、すぐ行くよ!ちょっと待ってくれっ!」

カイが装備を取るために教会内へと駆け付ける。


ウィルフレッドがイリスに尋ねた。

「さっきエリーも言っていたが、この辺りは盗賊がよく荒らしに来るのですか?」

「いいえ、昔は騎士団が定期に巡回もしてたけど、最近大きな戦争が起きて騎士団がその対応に追われてるのを機に各地で荒らしまわってるの」

「戦争…」


イリスが説明すると、エリネは血の匂いに気づく。

「…っ、バルトさん貴方怪我してるのっ?」

それを聞いてはっとするイリスは彼の背中を確認すると、そこに付いたいくつかの傷に気づく。


「大変っ、早く中に入って手当てしないと!」

「いや…今は一人でも惜しいんだ…それに大したことじゃ、うぐっ!」

痛みが強く走り、倒れそうなバルトをイリスがなんとか支える。

「ほら、無理言ってる場合じゃないですよっ」


弓矢を携えてカイが駆け寄る。

「準備できたよおっさ…、ちょっ、お前こんな傷負って走ってきたのかよ!?」

「はぁ…俺だけじゃない、他にも傷ついた奴が結構いるんだ。だから早くいかねぇと…っ」


無理やり立とうとするバルトをイリスが制止する。

「無理しないでっ、そんな傷じゃ行っても戦えないですよっ」

「けど、それじゃ人手が…」

「人手が欲しいなら問題ない」


全員がウィルフレッドの方を見た。

「俺も行く、それで足りるだろう」

「おお…確かにあんた強そうだな。すまないが、頼めるか?」


カイが心配そうな顔を見せる。

「いいのかウィルさん?傷治ったばがりだろ?」

「ああ、体の回復を図るには丁度いい。だからバルトさんはゆっくり傷を癒してくれ。シスター」


イリスは頷いてバルトを担ぎ上げる。

「すみませんウィルさん。大変な時に貴方を巻き込んでしまって…」

申し訳なさそうなイリスに顔を向け、ウィルフレッドは軽く自分の首飾りに触れる。

「いえ、気にしないでください。助け合うのは当たり前のことですし…」

小さく微笑んでは答える。

「手当と、最高に美味しい食事のご恩も、返さないとといけませんから」

「ウィルさん…」


「私も行くわお兄ちゃん。ほかに傷ついている人たちも治療しないとっ」

「ああ。バルトさん、あいつら今はトーマスじいさんのところにいるって言ってたよな?」

「そうだ、コリー達が足止めしてはいるが、いつもつか分からない、早く行ってくれ…っ」

「分かった、行こうウィルさん、エリー!」

二人も応じると、カイを先頭に村の方向へ三人が駆けつけて行き、イリスとバルトは彼らの背中をただ見送った。




【続く】

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