ポジティブバージョン

7人目。

 約束の時間、それは川を流れてきた。


 例の桃だ。


 まだ、世に蔓延る鬼を退治する存在が足りない。


 天は、そう判断したのだ。


 今、拾い上げる桃から生まれてくる子は、鬼との戦いに明け暮れる日々を送る事になるだろう。


 それが、不憫でならない。


(─ いっそ、拾い上げずにおくべきだろうか?)


 そんな思いが、ふと頭をよぎった。


 しかし、そんな事は出来ない。


 私は、自分の義務を果たなければならないのだ。。。


----------


「…やはり、流れてきたのか」


 川から帰ってきたおばあさん。


 その手には、大きな桃が抱えられていた。


「お告げが、間違いであれば 良かったのだがな」


「おじいさん──」


「言っても、詮無い事だな。すまん。」


 抱えていた桃を、おばあさんが まな板の上に置く。


 ワシは包丁を手に取り、慎重に刃を入れた。


 桃が切り分けられ、室内に響く産声。


 中から生まれ出た男の赤子を、おばあさんが静かに抱き上げる。


「─ この子に、鬼退治に必要な術を教えなければな」


 産湯を使わされる赤子にを見ながら、ワシは 老体に鞭を打つ覚悟を決めた。


「まだまだ天は…この年寄を楽にさせる気はないらしい……」 


----------


「桃太郎」


「はい、おじいさん」


「昨日までの修練で、お主は 鬼退治に必要な全ての術を習得した」


「…」


「ワシが教える事は、もうない」


「……」


「お主が、おばあさんの作った吉備団子を受け取る資格を得たと認めよう」


「………そ、それでは!?」


「明日、鬼退治に旅立つが良い。」


「…………ありがとうございます」


----------


「おい。」


 俺が、鬼退治の旅を始めて数日後。


 街道で、ただならぬ気配を感じた。


「俺の後ろに立つな!」


 直ぐに刀を抜ける構えで振り返った視線の先。


 そこに立っていた男の装束に、驚愕する。


 頭には、中央に桃の紋の入った 白い鉢巻。


 羽織っているのは、肩に桃の紋が染め抜かれた 緑色の陣羽織。


 背中には<日本一>の旗指物。


 加えて、その姿形。


 あろうことか、全が俺と同じだったのだ。


「き、貴様は何奴だ!?」


「─ 桃太郎」


「何を言う! 桃太郎は 俺だ!!」


「…おじいさんから、聞いてないのか?」


「な、何をだ?!」


「やはりお年かな、おじいさんも──」


----------


「貴公ひとりだけが、桃太郎ではない」


 俺と姿形が同じ男は、右手を頬にあてた。


「7人目なのだよ。貴公は」


「え?!」


「因みに某は、3人目だ」


「そ、そんな…」


「まあ 驚くのは当然だ。某もそうだった」


 <3人目>は、話を続けた。


「現世の鬼退治のために天から遣わされた存在。それが我々桃太郎だ」


「この世界には…桃太郎が6人いても退治し切れない程……鬼がいるのか?」


「最初の桃太郎は、鬼ヶ島を制圧した。当然、それで鬼が退治出来ると考えてだ。…が 少数の鬼が──」


「落ち延びた?」


「そう。その後 山岳地帯で再起を図り、都の治安を脅かす存在となった」


「要するに<1人目>が…下手を打った訳だ」


「─ 否定はしない。が、何も状況が判らない中、ただ吉備団子を持たされ、犬・猿・雉だけをお供に、鬼退治に行かざるを得なかった<1人目>を、某は責める気にはならない」


「。。。」


----------


「で、俺は どうすれば良い?」


 問い掛けに、<3人目>の口が緩む。


「話が早くて助かる」


「何せ、俺は桃太郎だ」


「お互いにな」


 <3人目>は、俺の肩を叩いた。


「現在我々は、山岳地帯に籠もる鬼を包囲殲滅する 大規模な作戦を企図している」


「その作戦に、俺にも加われと?」


「ああ」


「鬼退治への参加要請を、断る言葉を俺は知らない」


「─ それでこそ桃太郎だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る