第30話「線香花火の蕩け」3


「——パンツを」


「——見た」


「「⁇」」

 

 静まり返るその場、時間が経つとともに先輩の表情も強張っていく。それに対して、俺も困惑が勝って動けなくなっていた。


「……っ」


 くすくすと笑いっている先生。酒の力があるのか、今にもはち切れそうなほどに肩を揺らしていた。確かに、高校生のしょうもない恋路の悩みに大人は不意を突かれたかのように笑ってしまうのかも知れないが、俺と先輩にとってはかなり恥ずかしいことだった。


「え?」


 吉原先輩が数秒黙ってから、首を傾げる。


「——はい」


「そ、そうなんだ……」


「まぁ、いろいろとありまして……その、なんというか……」


「い、言わないでっ……相坂君っ!」


「え、えぇ」


 言ったのはあなたでしょうが、と言いかけたがなんとか喉の奥に抑え込む。しかし、それにしても静まり返るこの場を俺はどうにかしたかった。


「——ははっ、案外可愛いんだね、椎奈も」


 すると、結城先輩が口元を隠しながら呟いた。


「え」


「そのくらい、先輩なんだから広い心でいかないと——余裕ないの?」


 ニコッと微笑む結城先輩、それに対して頬を赤く染めながら俯く先輩。

 納得はしたが、最初の印象とは打って変わった陰キャラで引きこもりがちな先輩には難しいだろう。


 もっとも、結城先輩と先輩の交友関係は全然長そうだし、下着を見るくらいの出来事はあるだろうけど。


「な、ないもん……」


「もう……ほんと、先輩として情けないなぁ……」


「ま、まあ、誰だって下着を見たら驚きますよ、結城先輩」


 俺は苦笑しつつもフォローを入れた。


「……ごめんね、うちの椎奈が」


「うちのっ⁉ ははははっ‼‼ いつからお前は強大になったんじゃよぉおお‼⁇」


「先生は一回黙ってください」


「——はい」


 しょんぼりする先生を睨みつける結城先輩の目はかなり鋭かった。ただ、その目からはなんとなく、先輩を守りたい意思を感じた。


「ってわけでさ、気を入れ直してBBQの続きやるぞ~~!」


「おおー」「おー」

「……」

「先生なんて所詮はだめ……」


 ぎこちない雰囲気。

 しかし、そんな雰囲気こそが学生らしくてよかったかもしれないと今の俺はたまに思い出す。



「……先輩」


 俺は先輩の肩を叩いた。

 すると、焼き鳥の櫛を咥えながらこちらに振り向いた。リスのように膨らんだ頬と、たれで汚れた唇。パチッと大きく開けた目が俺の瞳を覗いている。


「?」


「さっきはすみません……その、いろいろと」


「——そ、それは私も、悪かったし……」


「先輩は悪くないですよ、不可抗力でもありましたし。俺が少し重要視しちゃっていたので」


「で、でも」


「ほら、大丈夫ですからっ、食べてください!」


 そうして、俺は箸で掴んだ豚バラ肉を先輩の口に頬り込んだ。




<あとがき>


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