第30話「線香花火の蕩け」2


 それから小一時間が経ち、コテージの外でこじんまりとしたBBQ大会が始まった。着いてからまだ一時間も経っていないのにご飯を食べるとはいかがなものか――という考えも浮かぶが腹が減っては戦は出来ぬとも言われるわけで、小説を書くための体力は蓄えておく意味もある。


「っ~~ぷはぁ!」


 先生は一人で先に生ビールの缶を開けて乾杯もせずに泡髭を付けて飲んでいた。


「……先生」


「いやぁ~~‼‼ 昼から飲むビールは上手いなぁ‼‼」


「はぁ……」


「仕方ないですね……」


 溜息をつく先輩に、苦笑を浮かべる結城先輩。その二人の顔を見て俺は多少安心した。曲者ぞろいのこの部活でもしっかりした考え方も持っているというのは嬉しい。


「せんせー、もうやめた方がいいんじゃないんですかね?」


「何を言ってんだーー‼‼ 昼から酒を飲めるっていうのに、教師なんてやめられるわけないだろぉ‼‼」


「酔ってますね……先生」


 呂律も回ってない、そして筋も通っていない言葉を口に出す文芸部の顧問。普通に考えればふさわしくはないのだが、この曲者しかいない部活の事を考えれば事も荒む。ただ、教師として生徒の前で酒を飲むのはどうかしているがな。


「まぁ、無視して僕たちも食べようかな」


「そうだね、しんj——いや結城先輩の言う通りだわ……」


「……俺も、うん」


「せんせーなんか、ほっときましょ」


 珍しく、俺たち部員は全会一致の満場一致だった。


「じゃあ、しましょうか!」


 先輩の短い音頭の末、俺たちは互いにコップをぶつけ合った。


「「「「かんぱーーーーいっ‼‼‼‼」」」」


 


 牛肉のステーキに、牛タン、そして豚バラ肉に骨付きソーセージ。タレと塩が振ってある焼き鳥が数十本、ここまでと言わんばかりの品数、さらには野菜と肉の比率の大きな差が生まれて、健全な日本男児である俺は非常に舞い上がっていた。


「っうまい‼‼」


「ほんとだ、これめっちゃ美味しい‼‼」


 あまりの美味しさに「うまい」としか言えない俺、その隣にはニコニコと微笑みながら骨付きソーセージを頬張っている。


「……美味しいね、これ」


「え、うん……そうですね」


 いつも通りの笑顔とともにふと出る「美味しい」の言葉、それに対して先輩は動揺しながらも答えていた。


「どうしたの、元気ないの?」


「そ、そんなわけじゃないけど……」


 徐々に小さくなっていく先輩の声、彼女は言葉を言い終えると恥ずかしそうにこっちを見た。


「え——」


「ん、相坂君はなんかあったの……?」


 案の定、疑問を提示する結城先輩。

 しかし、俺も中々答えるわけにもいかなかった。

 まさか、先輩がパンツを見たんです――――なんて堂々と言えるわけもない。お互い恥ずかしいし、先輩の名誉にも傷がついてしまう。


「——え、いやぁ……そのぉ、いろいろあったというかなんというかぁ」


「……なにが? 色々って?」


「んん、それはちょっと……なんと言ったらいいかぁ」


「美味しい‼‼」


「ぷはぁ~~‼‼」


 端で肉を平らげる吉原先輩と先生を横目に、俺は逃げ場を失ったことを悟った。しかし、いくら結城先輩でもこんなこと言えるわけがない。


「——だぁ、その——」


 しかし、俺が誤魔化そうとした瞬間。

 遮った何かがあった。


「————ぱ、パパ、パンツを見たんです‼‼」


 刹那だった。

 ほんの一瞬の閃光と共に、会場は静まり返っていた。

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