第29話「始まった夏駆け出しの合宿BBQ」 3


「よぉぉぉしっ‼‼ 行くぞ~~‼ 早く行こうよ、相坂君‼‼」


 早朝からのピンポン連打と会って早々このテンション。

 

 そんな先輩のとてつもない勢いに——俺の耳には痛かった。


 まあ、それがあってもなくても、執筆の疲れであまり寝つきが良くなかったおかげで今日は調子が悪かった。


 しかし、こうも簡単に、ストレートに起こされると俺の機嫌も悪くはなる。先輩には悪いがこっちにもこっちの事情があるのだ。


「……はぁ」


「——ん、なんで溜息するんだよぉ~~‼‼」


 初めて会ったときは愛しくも感じた可愛らしく、美しい高い声。それが今ではただの甲高い女子の声としか言いようがなかった。


「……先輩」


「ん? なに?」


「俺が、なんで機嫌悪いか知っていますか?」


「……え、も、もしかして——怒ってるの?」


 呆れ――る事すらも出来なかった。

 しかし、先輩は少し怪訝な表情を向けて首を傾げている。


「そんなことも分からないんですか、先輩は」


「う、うぅ……別に、そんなつもりじゃ……」


 涙目になって俯く彼女、肩が震えて持っているバックが地に落ちそうなところを俺がすぐに動いて支えた。


「っあ、ごめん……」


「いや、いいんですよ。ただ単に朝からテンション高くいられたら俺的には気が参っちゃうってだけだったので」


「……ごめん。私、何も考えずに……」


「大丈夫です、ささっ、早く準備していきましょ!」


「相坂君……」


「何ぼーっとしてるんですか、早く立って手伝ってください!」


「——って、え! 私も手伝うの⁉」


「当たり前じゃないですか、それでチャラにしてあげます!」


「う、うげぇ……」


 そして、俺と先輩は三十分間唸るように準備を進めていくのだった。



「——っひゃ!?」


 十分後。

 俺が持っていくPC機材を整理していると、後ろで先輩が叫び出した。驚きで肩を震わせたがすぐに振り返った。


 すると、彼女が俺のパンツを一枚持ち上げて目をパチパチさせていた。


「こ、ここ、ここここれ、これぇ――」


 あたふた様が見なくとも声だけで伝わってくるのだが、生憎、俺の家にはそんなものはない。


 ——して、先輩のようなオタッキーな人を驚かすような方は。


 しかし、そんな俺の予想というか予測というか――想像はいとも簡単なことで覆された。


「こ、これの、これ、これのぉ……この、ぱ、ぱぱ、パンツっ⁉ ぁ、ぁあ、ご、ごめんぅ……そのぉ、べつっにっ、あぁ」


「うわ、それセンパイ‼」


 俺はすぐさま飛びついて、パンツを掴み取る。赤く燃える炎の色をして勝負パンツをあろうもことか先輩に見られてしまった。


 ——くそ。


 まさかこんなこともあるなんて、考えてもいなかった。


「せ、先輩……見ました?」


「み、み、見て……見えた」


 ――当たり前だった。


 片方の手で隠してはいたが、その間からちらちらとそれを見ていたのを俺はこの眼で見ている。というより、不可抗力すぎてさすがに申し訳ない。


「……そ、そのぉ……私、こ、こんなの、あるとは思ってなくて……ぇ、ぁ」


 ただ、そんな俺の心境に反して先輩は口をパクパクさせて慌てるように俺の服の端を掴む。


「い、いやっ——これは先輩のせいじゃないのでっ、大丈夫ですよっ‼‼」


「で、でも……私も何も言わずに」


「お、おれがお願いしたことなので……俺が悪いです、すみません」


「……ごめん」


「……いえ」


 ――それから先、今日の集合場所に行くまでの時間。俺たち二人が話を交わすことはなかった。

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