第29話「始まった夏駆け出しの合宿BBQ」 2
午後七時。
あんなにも燦燦と地上を照らしていたはずの太陽がすっかりと沈んで、大人の時間、つまり夜が俺たち人間を包んでいた。
しかし、俺の家には彼女がいた。
「ね~~、今日はどこ行ってたの?」
「あぁ、札幌駅に行ってましたよ」
そう、高倉椎奈。
俺の小説のフォロワーにして、我が(強制的に入らされた)文芸部部長の地味系女子高生。
最近はよく、俺の家に来てくれるのだが最初はあった危機感が抜けて、今日はキャミソール姿でソファーに座っている。この位置からだと先輩の胸の谷間覗けてしまって少し罪悪感がある。
「さ、札駅に? いいな~~私も行きたかった~~」
「まさか、先輩があんなところ行ったら怖くて震えちゃうんじゃないんですか?」
「んぐっ――、あ、あれは……もう治ったし……っ」
「ははは……じゃあ今度、お遣いを頼んでいいですか?」
「え、なんの?」
「札駅に美味しくて高いパン屋さんがあるんですよ、俺の久々にそこのパンを食べたくなってきてしまって……克服した先輩ならもう、ちょろいのかと……」
「っう……ひどい、相坂君……」
「まあ冗談ですよ……っ、先輩が行きたいなら今度誘ってくださいな」
「う、うん…………って、なんで私が下に見られてるのよ!」
「いやぁ……なんか、外的な面では俺の方が上だとは思いますけど?」
「でも! 私だって、成績高いから皆よりも高いから……絶対……先生には、良い評価……うけ、てる……もんっ……うぅ、うぅぅ」
徐々に弱気になっていく先輩の口調。それが明らかに自信のなさを示していた。
「あれ、自信ないんですか?」
「っう……あるもん……あるもんっ」
「どっちなんですかっ笑」
さすがの態度の豹変の様に、俺も少しだけ笑ってしまった。
「それで……今日のご飯は何がいいですかね?」
「ご飯? う~~ん、今日はあんまりお腹減ってないから軽めのでいいかもしれない……」
「かも――じゃ困りますよ、もっとこう、具体的に言ってくれないと……」
そう言うと、先輩はたぷんっと跳ねた胸を腕を組んで抑えつけながら考える。
ゴクリ――ッ。
そんな色気を醸し出した彼女の体がすぐそこにあると思うと、男子高校生であり童貞の俺には少々刺激が強い。
「——でも、その前に」
「っえ、あ」
俺はソファーに置いてあった学ランの上を先輩を覆うように被せた。
「これ……さすがに、目のやり場に困るから……」
「っへ……ぁ、ぁあ、うん……っ」
「た、頼みます……」
いきなり過ぎたのか、俺も先輩も何も言えていなかった。微かに香ったラベンダーが無防備な俺の心を侵食する。きっと、柔軟剤だ。先輩は香水を掛ける柄じゃないだろうし。
「あ、はははっ……ははっ‼‼ び、びっくりしちゃった! あれだね、私も少し油断しちゃってたよっ! ごめんね~~‼‼」
俺の学ランをがっしり掴んで、全身を隠すように彼女は覆った。そんな先輩の肩は震えていて、きっと顔は真っ赤になっているだろう。
「じゃ、じゃぁ……軽い料理ですね?」
「う、うん……」
そしてもう一度、先輩は学ランを深く羽織った。
台所へ向かう途中、横顔がチラリと見えて、頬が赤らめていたのがすごく印象的だった。
「……かわいいな、先輩もやっぱり」
昨日の成神も小泉も——俺から見ればみんな女の子らしくて、優しくて、本が好きでいてくれて、離しやすくていい所もいっぱいある気がする。それでも、譲れない。俺の小説を読んでくれている
「よしっ、やるか!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……どうですか先輩?」
そして、午後8時。
すっかりと真っ暗になった夜空に、目立った月明かりが札幌の街を照らしている時間。
その一角、俺の家では先輩と二人の晩餐会。
「これ、美味しい……やばぁ、軽いはずなのに、美味しいんだけど……?」
「疑問形とは……そんなにですか?」
「うんっ、このパスタ……なんまら美味しいっ——‼‼」
「そ、そうすか……ありがとうございます」
褒めように動揺してしまう。
こう思えば、中学時代に母親に料理を教わっててよかったかもしれない。当時はやりたくないものをやらされていると思っていたが、「台所に立つ男はモテる!」という決まり文句を言われて教わり続けていた甲斐がある。
「……あしたからもう、合宿ですか」
「あむ……はむはむ……んっ、そうだよ~~」
「すっごい楽しそうですね、先輩は」
「うん、そらそうでしょ~~。私が部長になって初めての合宿だし、気合入れていかなきゃだよ!」
「まぁ、先輩が楽しいなら、それで大丈夫ですね」
「うん!」
そして、先輩が帰り、食器を洗って、風呂から上がって午後10時。ようやく俺はノートPCを開いて、執筆作業を始めたのだった。
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