第26話「あ、俺って結局文芸部なの?」


 今週の授業も一瞬だった。


 月曜日の一限目である古典から始まり、金曜日の六限目である化学基礎で終わる一週間。ようやくこの教室の雰囲気も安定してきたのだが結局、俺の友達はこいつしかいなかった。


「んでよ、今日も行くのかよ?」


「ん、どこに——」


 名前は知っての通り————え、覚えてないって? そうか、まあ覚えられないかも知れんな、俺もこいつの名前覚えるのに一年はかかったしな。


「嘘こけ」


「——は、なにがよ」


「なんでもない、そう言われた気がしたんだよっ」


「へぇ……」


 田中陽介だ。

 そこら辺に居そうな名前過ぎて忘れてしまうのが盲点だな。


「あのな、久しぶりに一緒に帰ろうって言って——」


「すまんがあるんだよ、部活が」


「裕也、お前……昨日はまだ入ってないって言ってただろ?」


「……でもな、部長に来いって言われたんだよ」


「それはただのパワハラだ」


 陽介は忠告するように強調した。


「いいんだよ、仮入部ってことで」


「何日仮入部する気だ」


「え、一週間だけど?」


「————」


 つーーっと死んだ魚の様な瞳をこちらに向ける。人に向ける目じゃないのは確かだ。


「仮入部期間は三日だし、お前なら二日前に終わってる」


「でもやってる奴いるじゃん、山田とか岸田とか」


「それはスポーツ部のやつらだろ? 体育会系は別だぞ……文芸部と一緒にするなよ」


「そうなの?」


「ああ、あのおっぱいデカい部長さんに聞いてみろよ」


「うるせ」


「じゃあ俺から言ってやるか? なんなら入ってあげてもいいぞ?」


「……陽介…………よくモテるよなそれで」


「……悪いか?」


 ——っち、俺は舌を鳴らして教室を去っていった。


 無論、答えは悪いだ。


 それでもモテるから何も言えなかっただけだ。羨ましくないと見栄を張るわけじゃないが、俺とあいつじゃポテンシャルがまず違う。


 それに先輩のことも、俺の小説読んでくれるくらいだったからワンチャン―—って思っていたけど、絶対無理だ。


 あんな爽やかイケメン系幼馴染結城信二先輩が現れたら勝ち目なんてない。俺はもう、応援役に徹した方がいいしな。


 文芸部室がある一階を目指して階段を下る最中、楽しそうなカップルがすれ違った。どちらも顔が凄く良いとは言えないが、その笑顔は満点だった。顔ではなんでもないけどって感じを顔に出していても、二人の眩しい姿は俺の心に深く突き刺さる。


 いや、別に告ってもないし、好いてもいないし、失恋じゃないし、何考えてんだ俺。


「はぁ」


「あれ、溜息~~、新人君?」


「え——あ、昨日ぶりです、吉原先輩」


「硬いな~~新人君はさ~~」


「硬いっ?」


「うんうんっ、私は確かに先輩で一個上だけど大して年は変わらないじゃん?」


 そう言ったのは吉原華乃よしはらかの、文芸部の副部長で先輩の同級生だ。背の低さがネックで、階段を上っていた俺の二個上の階段に足を着けてようやく同じ目線で話せるくらい。童顔で可愛いと評判が高いのだがあまり恋愛には興味がないらしい。


「それでも敬語で話すのが日本の縦社会ですよ」


「——社会にも出てない高校一年生のガキンチョが何を言ってるんだよっ!」


「さっきの理論で行けば吉原先輩もガキンチョですよ?」


「んぐっ―—」


 ガキンチョ―—正確には子供という言葉に弱い。背丈と顔と雰囲気で察せられる通り、彼女は子供に見られるのが嫌なのだ。先輩ぶって失敗して子供っぽいと言われるのがハッピーセット。


「破綻してますね、ガキンチョ先輩?」


「だ、誰がガキンチョじゃいっ!」


「行きますよ~~」


「んな、無視するなっ!」


 はいはい、と適当に返事をして俺は先輩の頭をポンポンと撫でて先に部室へ向かった。


「頭をポンポンするなっ‼‼」



 そして、部室に入る。


「お疲れ様でーす」


「お疲れ様~~」


 俺と吉原先輩が一緒に入ると中には二人が待っていた。


「あ、二人ともおそいよ!」


「昨日ぶり~~」


 先輩と結城先輩では温度差があったがどちらにせよ、あまり怒ってはいないらしい。


「まぁ、ゴミ出し行ってたんで」


「行ってないでしょ~~」


 俺が毎回使ってる言い訳「ゴミ出し」を見破られたが隣に立っているこの人には対処法がある。


「勘のいいガキは嫌いだよ」


「……んぐっ!!」


「ああ~~、もう、相坂君! 華乃ちゃんいじめちゃダメだって~~」


「ごめんなさい先輩、嘘つくので」


「嘘ついてるのはそっち!」


「はぁ……二人とも、もういいからいい合うのはやめて」


「あははっ、にぎやかで何よりだね~~」


 明らかに一人だけ温度差が違うのだがこれはこれでこの部室内の均衡は保てているため敢えて口には出さなかった。


「あの」


「ん、どうしたの、相坂君」


 そして、俺は開口一番。

 訊くことにしてみたのだ。


「俺って、仮入部ですよね?」


「そうだけd————」


 予想通り、先輩はその場にてフリーズをしたのだった。

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