第25話「二週間ぶりの驚き」


 おいおい、まじかよ……。


 俺は目を疑った。


 いや、目など疑っても意味はない。俺が疑っていたのはむしろ運命かもしれない。奇跡という名の確率論的矮小な数字を、目を見開いて耳もかっぽじりながら疑っていた。


「おい……まじかよ……」


「あれ、知らなかったかな?」


「シュールだね」


 デジャヴ。

 ほんの二週間前の入学式での出来事を思い出した。あの日の放課後、いろいろな話を聞くために先輩と一緒に帰って、同じエレベーターに乗り驚いたそれと一緒だった。


 エレベーターに今度は一人増えていた。


「僕は十五階だけど、相坂君は確か五階だったっけ?」


「え、そうですけど……先輩あんなセレブな場所に住んでるんですか?」


 そう言えば、確か最上階である十五階はたったの二部屋しかなかったはず。4LDKとの特別室だ。


「あ~~、あれだよ、家族と住んでるんだよ? 僕の家は母子家庭だけど母さんがシナリオライターやっててね」


「そうそう、結城君のお母さん凄いんだよね~~」


「またまた、自分の方がでしょ~~」


「あ、ちょっそれ!」


「っ——!?」


「(言わないでっ言ったでしょ!)」


「ん~~~!」


「(分かるようなこと言わないでよっ‼‼)」


 先輩は急に慌てて結城先輩の口を塞いだ。額には冷や汗が滲んでいて、かなり焦っているのが窺える。どうやら、いろいろと裏がありそうだ。

 

 しかし、考えるとシナリオライターで最上階に住めるのは凄い気がする。自分は何者でもないし、働いたこともないから単価とかそこら辺の数字設定は知らないが家の家賃から察するに最上階の部屋の家賃は二十は下らないだろう。いやぁ、恐ろしい。考えただけでも身の毛もよだつ様な金額だ。


「はぁ……飛んだ偶然っすね」


 俺は溜息をついた。


 別に、このマンションに先輩方がいるということが理由ではない。ただ、なにか、心の中にぽっかりと穴が開く。自分の聖域を汚されたかのような、変なざわめきを感じていた。


「びっくり——」


「んぐ…………まぁ、びっくりはびっくりだけど…………」


 先輩はもたつく。


「どうしたんすか、先輩」


「っひぇ?」


「ん~~??」


「どうしたの、そんな顔赤くしちゃってさ、椎奈?」


「んぐっ――——‼‼」


 先輩の顔は紅潮の域を超えて、蒸発していた。


「部長でしょ! 相坂君いるんだから、呼ばないで‼‼」


「……あ、そう言えばそうだね」


 ニコニコしている結城先輩、さすがは天然だ。これっぽっちも動揺していない。それに対して、隣を見ればおどおどしてすっかり地味子に戻っている先輩は動揺どころじゃなかった。しかし、そんな風にしている姿も逆に、先輩の場合は——いいと思う。


 そして、エレベーターが五階で止まった。


「じゃあ、俺たちはここで」


「……また、明日…………」


 俺の冷静な挨拶の隣で頬を赤らめた先輩が俯きながら手を振っていた。

 

 ——いや、しかし。


 本当に世界って良く分からないことが多い。


 小説のフォロワーに同じ高校の先輩がいるし、その先輩が地味子演じてるわりにはナイスバディでかわいいし、先輩にはイケメンで明らかに天才な先輩がいて————不公平で、突発的で本当に良く分からない人間関係がわんさかしているのだから。


「先輩」


「⁉」


「おどおどしてるのも、結構可愛いっすよ」


 失敗したとは思ってはいない。


「っ————!?」


 こうやってびっくりして口を開け、あうあうと言い、本気で震えながら恥じている先輩もすっごくいいなと思うドSな俺がいたのだった。


<あとがき>


 少し結城先輩の性格が変わりましたが、初登場回も変えてみたので第15話もご覧ください!

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