第23話 「聖域と図書準備室」 その一


 その日の帰り道。


「相坂君?」


「え、は、はい?」


「なんかテンション低いね、どうしたの? 考え事?」


「っ——と、別に、そういうわけじゃ……」


「そう? なんかずっと、下向いてるけど……なんかあったのかな~~って」


 今日は先輩も部活とやらがないらしく、一緒に帰っていた。赤い線がはしるセーラー服が風で靡いてふわりとスカートが持ち上がる。それとともに俯いていた視線が上に上がった。


「あっ——見るなぁ」


「す、すんません……」


「っふふ……あははっ、ははっ……」


「な、なんすか……?」


「い、いや別に——なんか相坂君も男の子なんだな~~ってね、私のパンツ、そんなに見たいの?」


「……見たいって言ったら?」


「殴る」


「じゃあ、見たくないです」


「そっかぁ……Mじゃなかったか~~」


 不気味な笑みを浮かべる先輩、雲一面の具合が悪そうな空を見上げてふぅーっと息を吐いて、こちらを向くと——


「あ、そうだ」


「なんですか?」


「今週の土曜日って暇?」


「今週のですか……行けると思いますよ?」


「別にまだ、どこかに行くとは言ってないけど」


 ジト目を向けられる。いやでも、こういう聞き方する時って大体どこか行く時でしょ。


「行かないんですか?」


「……行くけど」


「じゃあいいじゃないっすか!」


「あっははは……別に~~」


「はぁ……まったく」


 しかし、先輩からそういうことを誘われることはあまりないから少し気になる.

まあ、とは言っても俺と先輩は会ってから二週間も経っていないけれど……。どっかに行くとしても、だいたい、札幌駅とか人が多い所じゃ先輩の脚が竦んでしまうし、俺もあんまり好きじゃない。俺から誘っても行きたくないって言うだろうし、案外というか——意外だけど。


「それで、結局どこに行くんすか?」


「……ん、知りたい?」


「……行きませんよ?」


「ごめんっ、教えますっ‼‼」


 この切り替えの早さだけは俺も見習いたい。

 ズバッと振り返り、俺の顔面の前で手を合わせて上目遣いを始めた先輩をじっと見て溜息を溢した。


「はぁ……はいはい、行きますよ」


「ほんとに!?」


「ほんとですよ……どうせ先輩の事です、友達とか一緒に行く人いないんでしょうしね」


「っぎく…………そ、そそ、そんなわけないもん」


「それこそ、ほんとですか?」


「……うぅ、今度はほんとだもん…………いじわる」


「意地悪じゃないですよ、当然の疑問ですっ!」


「じ————」


「なんですか……っ?」


 しかし、途端にジトっ——と視線を向けられた。それと同時に、ギクッと鋭い悪寒が背中を走る。


「信じてないでしょ」


「はい?」


「なな、なんでそれが当然のようになってるのよ‼‼」


「だって……ねぇ……俺の小説とかアニメとかラノベばっかり読んでる先輩がね……ましては外も嫌いな先輩がねぇ——ってな感じで、ですよ?」


「うぐ……」


 自分から仕掛けてやり返される、墓穴を掘る先輩を見て少々可哀想だ。さすがに、この俺も遠慮しておこう。


「それで、本題は?」


「……言うの…………?」


「今度はちゃんと聞きますから、言ってくださいっ」


「……」


「どうぞ……」


「私の部活……文芸部に…………行か、行かない?」


 真正面から風が吹く、そして————本日、二度目の。


 ————スカートがふわりと風に乗って、先輩の純白雪模様の聖域パンツが僕の目を真っ白に染めた。

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