第22話 「ライバルの登場?」


 彼女は言った。


「……ファンです…………」


「……ファンです、私も!」


 しかし、その瞬間。

 教室中の空気は凍りつき、絶対零度に達した皆の視線は轟轟としていて俺の心臓は破滅させた————気がした。


「え?」


「……?」


「……あれ、何か変なこと言っちゃいましたかね?」


 俺も、そして陽介も絶句してしまっていた。

 言葉が出なかった。この言葉を聞くのはこれで二度目だったがまさかこんな公衆の面前で言われるとは思わなかった。


「ど、どういうこと……ですか?」


 あまりの衝撃についつい、敬語が出てしまう。喉がガチガチに固まって出る音も出ない。


「どういうことって……そういうことだけど?」


「……ふぁ、ふぁn——って言わなかったか?」


「え、うん……そうだよ、ファンだよ?」


「どうしたんだ、急に……?」


 隣で目を見開いて固まっている陽介が見えていたが正直、驚きで気にならなかった。俺もまだ状況がつかめていない、それに皆の視線を真正面から浴びてそろそろ滅びてしまいそうである。


「ひ、ひさしぶりだな……成神?」


「ん、あ~~久しぶり……えっとぉ……なんだっけ、田中だっけ?」


「そうだけど、急にどうしたんだよ成神」


「え、いや普通に……ファンだって言ったのよ相坂君に」


「そ、それもそうだけどなんだよ、いきなり」


「別にいいじゃない?」


「いや別にいいとは言ってないんだが?」


「何言ってるのよ、私はこれのファンだって言ったのよ?」


 すると、固まった右手で掴んでいた本に指を指される。そこにあったのは俺が最近読んでいる「継母の連れ子が元カノだった」であった。


「え」


「私、その本好きなのよ! 最近ラノベっていうジャンルを知ったんだけど、その諸説面白いわよね!」


 ニコッと笑みを浮かべながら述べた彼女を見て、俺は本を見つめる。一巻の表紙には男女二人が冴えない顔をしていて直感で感じるラブコメがそこにはあった。


「あ、え……うん」


「そうよね、私も好きなのよ! その小説‼‼」


 彼女の盛り上がりに反して、その背中に広がる皆の視線は一気に瓦解した。「なんだよ」「はぁ」「びっくりしたぁ」なんていう台詞とともに俺の心にも平穏が取り戻された。隣にいた陽介も溜息をもらして、その渦中にいる彼女は周りも見ていたが目をパチパチさせて何が起こっているか分かっていないようだ。


「……なによ?」


「え、いや別に……びっくりしただけ」


 いやしかし、俺がこんなにも我が強そうな少女の事を忘れていたともなるとさすがに驚いた。周りにいる生徒とは一線を引くほどに明るい性格の持ち主であるのは確かで、陽介が驚くの仕方がないくらいだった。


「そ、そう? でもひさしぶりね、相坂君」


「あ、うん……そうらしいね」


「そうらしい__?」


 俺が俯き答えると陽介が


「あ、こいつ小学校のこと覚えてなくてよ、すまんな」


「ふぅん、で、あんたは?」


「え?」


「あなたよ、頭くるくる天パー君」


「くる、くる……え? 俺だよ、俺……昔遊んだろぉ」


「え、そうなの? 知らないわね」


「お、幼馴染だろ? 幼稚園の時から面識会っただろ?」


「……覚えてないわね」


 右上を見て考えるが彼女は知らない顔して言った。そんな彼女の言葉に対して、陽介が涙目になっていたが面白いからほっておくことにしよう。


「あ、そうだ……もう一つ」


 すると、そんな陽介などどうでもいいらしく、彼女はさらに一歩こちらに近づいて——俺の耳元まで顔をもってきた。


「え、ちょっと……⁉」


 刹那、俺の耳元に「ふぅ~~」と吐息が吹き当てられる。


「っ⁉」


 男にも変わらず出てしまった喘ぎ声にニヤリと笑って、彼女は言ったのだった。


「私、成神翔子……あなたの事が好きよ、そういうことで、よろしくぅ……っ」


「——‼‼」


 そして、俺に驚く隙も与えずに彼女、いや——成神さんは教室の外へ姿を消して行った。


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