第23話「聖域と図書準備室」 その二

 そして、来る週末。


「あ、あの先輩」


「ん、どうしたの?」


「いや、なんでもないです」


「ふぅん、そっかぁ……」


 休日の先輩の雰囲気は少し違っていた。先週の人ごみに怯える先輩がまるで消え去ったかのようで、冷静に歩く先輩がどこか新鮮だった。風になびいてストレートな藍色の髪が揺れる。シャンプーのいい香りが俺の鼻腔を刺激した。


「でも先輩、先輩が部活行ってるって意外ですね」


「い、意外ってひどいなぁ……」


「だって教室でもあんな感じなのに」


「あ、あんな感じって……どんな感じなの!」


「言っていいんですか?」


「んぐ……やっぱいい……」


「でしょうね」


 グヘッと苦笑いを浮かべる先輩を見て流石にやり過ぎたと思い、話を変えることにした。


「どんな部活なんですか? 先輩の事だし、本を読む感じなんですかね?」


「う、う~~んと一応そんな感じかなぁ……」


「やっぱり……でもなんか、それじゃあ小説書いたりはしないんですかね?」


「っ————」


 すると、図星を指されたかのように先輩が動きを止めた。


「どうしたんすか?」


「え、い、いやぁ~~別に」


「……」


「な、なにかなっ⁇」


「いや別に」


「こわいよぉ……」


「ははっ、さすがは先輩、泣き虫ですね」


「な、泣き虫じゃないっ!」


 目を瞑って必死に否定するが覇気のは文字も感じない。先輩先輩といつも言ってはいるが背も低めで、俺にいじられてばっかりで正直後輩みたいに感じている近頃。もう少し自制した方がいいのかもしれない。


 だが、必死な表情を見せる先輩は————ほんとに可愛いと思う。俺だけがこの顔を見れると思うと、すっごく心が騒めくのに俺は気づいた。


 

「はぁ~~ついた~~!」


 ぐっと伸びをして、大きく叫んでいる先輩を凝視するダンス部の先輩方。それに気づいていないのか、こっちに振り返って早く早くと手を振っていた。


「ちょっと早いですよっ」


「相坂君が遅いんだよ~~早く靴履き替える!」


「ちょっと待ってください」


 相当楽しみなのか、先輩はぴょんぴょんと兎のように飛び跳ねる度にセーラー服のスカートがふわりと空を舞う。これが先輩でよかった。他の女子みたいにスカートの丈が異常に短かったらきっと聖域パンツが昨日のように見えていただろうしな。


 ————別に見たいわけはないぞ、断じて。


「ここだ!」


「としょ、じゅんびしつ……」


「そうだよ~~、ここが私たちの部員のたまり場なんだよ~~」


「たまり場?」


「ん、あ~~それはまあ言葉の綾というかね~~、ままっ、ほら入る!」


「え、っちょ!」


 ぐっと背中を押されて、ガラガラと開いた部室に俺は無理やり入室させられた。

 そして、同時。

 急に入ってきた俺と先輩に視線が向かう。


「おっはよぉ~~」


「……お、おはよう、ございます」


 勢いに飲み込まれて挨拶をしてしまうが、五秒の沈黙がこの場を支配する。ごくりと唾を飲むが皆の毅然とした視線に負けそうになり、もう一度出直すため、身体を向きなおそうとした瞬間。


 ——そんな空気に終止符を打ったのは爽やかでイケメンな男子生徒だった。


「高倉部長、おはようございます」


 しっかりとした低温ボイス。女性ではない俺でさえも惚れてしまいそうな声と雰囲気だけで作っているわけではない圧倒的な顔面のイケメンさに右脚が半歩後ろに下がる。


「結城君、おはよう~~」


「お、おはようございます」


 俺も挨拶するがポカンと首を傾げる、結城? という先輩。その反応から察するに爽やか且つ天然であることが明白だった。しかし、それも束の間。俺の目を見てニコッと微笑む始末。


 やば、マジで惚れる。


 ここに来て、俺のラブコメにはライバルが現れたのだった。


「そう言えば、彼が新人君かい?」


「え、新人?」


「そ、そうだって聞いたけど……昨日ラインで新人君が入るからもてなしてねって……?」


 何の悪気もない視線を向けてくる結城先輩。しかし、それに対して隣にを向くと——


「ひゅーひゅーナントコトカナーー⁇」


「先輩?」


「な、なんの、コトカナ?」


「先輩……?」


「……こと、カナ」


「せ・ん・ぱ・い?」


「……ご、ご、ごめんなさいっでした‼‼」


 そして、この時。


 いつしか聞いたはずの謝罪がデジャブのように——いや、デジャブがそのまま蘇った。

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