第20話 「先輩の先pie?」


「はぁ~~面白かったっ~~‼‼」


「…………長かったっすね、読むの」


 先輩が俺の作品を読んでから実に一時間は経っていた。普段、俺よりも多くの小説を、幅広い小説を、読んでいる先輩ならばたかだか素人の書く数千、数万文字はものの数分っていうとこだろう。


 しかし——ということだった。


「あ、いやね、これがすっごく面白くてねぇぁぉ~~」


「これ……?」


 欠伸あくびと伸びをしながらこちらに見せてきたのは僕の書いている小説ではなく————まあ、この人が面白いとか言って見せてきたのが自分のなんて考えたくはないが、とりあえず見せてきたのは違うものだった。


「とある魔術の禁書目録……?」


「うんっ、めっちゃ面白くてね~~もう三巻辺りまで読んじゃったよ!」


「うぇ……」


 三冊をたった一時間とか、マジかよこの人、人間じゃないぞ。


「ん?」


「いや、別に……それで、僕の小説は読んだんですか?」


「うんっ! それも面白かったんだけどさ、なんかたまたまそこにあったこっちも読みたいな~~って思って読んで見たらめっちゃ面白かったんだよ!」


「そ……そうですか」


「え、どったん……?」


「いや別に、なんでもないです」


「そ、そう? ならいいけれど……」


 俺もまあダサいな。

 だいたい、シリーズ累計3100万部売れてる小説シリーズに嫉妬するのもしょうがないか。鎌池和馬先生と比べる事すらおこがましい、大体あの人化け物だし。それにやはり、あの人が書く一巻分のページ数は四百を軽く超えるし、そんなのを三冊を一時間ってやっぱおかしい。


「でもまあ、その小説面白いっすよね、僕も好きですよ!」


「え、ほんと? どこまで読んでるのぉ、相坂君は⁉」


「ん~~と、多分ですけど六巻くらいまでですかね? 妹達シスターズ篇ら編までだと思います」


「う、うーーんと分からないけど、ってことは小説も持ってる感じ?」


「あ、はい、一応旧約って呼ばれているのは全巻持ってますよ?」


「おぉお、ほんとにぃ⁉」


「ちょ、な、なんですか? ほんとですよ……」


 隣に座っていた先輩はその強大なる武器を携えて俺に寄りかかってきた。ぷにっとしたそれが……円周率が……πが肩に当たっていた。


「近いです……」


「何照れてんのぉ~~っ」


「照れてないです、先輩のがおっきいからです」


 頬が厚くなったのは事実だがここで認めてしまえばいじられる気がしたため、俺も攻めに徹した。すると、先輩は口をパクパクさせる。


「あわ、あ、な、なな、ななな、ちょ、え、ちょっと、な、何を言って……///」


「あかいですよ~~顔が~~さっきの威勢はどこに行ったんですかね~~⁇」


「っく……!」


 漫勉の笑みで煽り返すとすぐに身体を離して限界まで奥へと逃げた。


「ははっ。さすがですね、先輩もその程度ですか……」


「っぐ」


「外も怖いし、度胸がない……笑えますねっ——ははっ」


 ははぁん、さぞ恥ずかし家だっているんだろうな~~! もう楽しいよ、こうやっていじるのはね。俺にもプライドっていうものがあるんだし、こうなってもらわないと困る。


「な、な、な!」


「え——?」


「なんですとぉおおお‼‼」


 しかし、その瞬間。

 獣の形相で先輩がこちらに飛びついてきた。


「っちょ、いきなりっ——うわっ⁉」


 がっしりと掴まれた俺の体はいくら華奢で女の子らしい先輩でも振りほどくことはできなかった。馬乗りになっている先輩の先πが顔面十センチ上に存在していた。


 雪のように真っ白な首筋から鎖骨を通って、目線のすぐ先にある豊満なそれに俺の鼻息があたり、それにビクッとした先輩が顔横で身体を支えている腕をガクッとさせて——


「っむ……⁉」


「っひゃ!?」


 鼻先に当たって、俺の花咲からは感触という名の花が咲いた。

 

 そこで気が付いたが、先輩は爆乳だという————最強の女性だった。ただ、コミュ障で、小心者で、本が好きな、最強女子高生だったのだ。


 ん、言ってることが分からない?


 ああ、気にすんな——俺も良く分からない。


「ん~~うわぁ……いててて……」


「っぐふぅ」


 ヤバい、鼻先からめり込んで口元まで覆っている。息が、できない。


「ったた…………え?」


「っぐふ……?」


「ん……なっ‼‼‼‼ ななな、なな、ななに、なにしてるんだよぉおおお‼‼」


「っぐふ……ふぁ、ふぁなれてくだふぁぃ……」


「……っ」


 あっという間で離れていく彼女、さすがの二回目ともなるとどうやら分かったようで何も言わずに引いていく。


 さすがの俺も、そこまでへこんでしまっているような顔を見れば何も言えない。ちょっとやり過ぎたかもしれん。


「……その、ごめん」


「え、いや……ま、まぁ……よかっ——じゃなくて大丈夫です」


「よかった……?」


「い、言ってナイデスヨ?」


 俺は言っていない、言ってない。

 それを心の底から言い聞かせる。


 言いかけたが、言ってはいない。


 つまり、セーフだ《謎理論》‼‼


「言ったよね……よかったって……⁇」


「言ってないです、断じて」


 俺の断固崩さない表情を見て、怪しむ先輩。

 ぐぬぬ……と喉を鳴らしながら、頬を赤らめこちらを見つめる——いや、睨んでいる。


「言いかけましたが」


「言ってるじゃん‼‼」


「言ってないですっ! 言いかけたんです‼‼」


「それを言ってるって言うんでしょ‼‼」


「言ってない、言いかけたんです‼‼」


 まあ、みんなも分かっている通りで、俺の逆ギレ的なところはある。いやしかし、俺は断じてセクハラはしない! ラブコメ主人公として、それはしてはいけない! していいのはラッキースケベ展開だけなのだ!!


 あ~~はっはっは‼‼ あ~~はっはっは‼‼


 はっは……はっはっは……はぁ、はぁ、はぁ。


「言ったよね?」


「はい、言いました」


「ん‼‼」



 刹那、俺の左頬に激しい痛みを感じて————記憶は途切れていた。



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