第5話 「隣人っ————?」 その二
10分後。
「————にしても、長くないすかね?」
もう、我慢はできなかった。
だって当たり前だろ? かれこれ歩き出して30、いや40、いやもっと言えば50分くらいは経ってるぞ。事実だ、紛れもない事実。その時間同じ道を歩いているのはさすがにヤバくはないか?
本気で、まじで、いや本当にストーカーなんじゃないのか?
「え、なに?」
「なにって、いったいどこまで付いてくるんですが先輩」
「ついてくるって、別に私もこっちなんだよ……それに君だって」
「……何が、だって……?」
「——やっぱり何でもないよ」
「ほんとにですか?」
「……なな、なに~~疑ってるの?? 私は本気なんだけどな~~」
「は、はい……ちょっとは」
正直、かなりだ。
やっぱり怖いぞこの先輩。未だニコニコと笑ってるし、可愛いっちゃ可愛いが肌身で恐怖を感じているぞ俺は。
「もう……疑われるのはちょっとショックだな……」
「それは——まぁ、その……」
っく、それは反則ですよ、急に悲しそうな顔しないでください……。
「分かりましたって、疑いませんから——そんな泣きそうな顔しないでください!」
「ほ、ほんと?」
「ほんとです」
くそ、なにこれめっちゃ可愛い。先輩ってこんなに背が低かったっけ? 上目遣いがまた愛らしい。少しだけ大人の威厳を見せるような女らしさというか、凛々しさような妖艶さと言うか……まあとにかく俺には我慢する道しか残されていなかった。
————☆
「————いやいや、これはもう確信犯でしょ?」
開口一番……? 別にそうでもないが、声の張り方はそれだった。
「え?」
え、じゃないですよ。なんで先輩が俺の住んでいるアパートのエレベーターに乗っているんですか、これはなんだ、新手のストーカーを通り過ぎた革命のストーカーじゃないか?
「先輩、ここ俺のアパートですよ?」
「う、うん? そうなんだ?」
「そうなんだ? ——って、言ってること分かってます?」
「分かってるよぉ、もぅ……私の事、馬鹿にしてるの?」
「いや別にそう言うわけじゃないですけど……でもっ」
「——でも?」
「でも……」
でも、ここまで送りに来てるのなら気持ち悪いですよ。
————なんて、言えるわけがなかった。くそ、本気でそうは思っているのだがもしも泣かれてしまっては困る。どうやら本気で彼女がいったいどんな人なのか分からなくなってきたぞ。
まさか——もしも、もしもだが同じ家だとか————そう言うこともあったりするのか? でもそれじゃあなんであの時間にバスに乗っていたのかって言う理由が分からないし……さすがになぁ……。
頭の中を突き進む情報の数々、しかし結局考えても答えは出てこなかった。
「……何でもないです」
「!? え~~」
「いや、なんでもないです、別に気にしないでください」
「え、いやそんなのっ、気にするに決まってるでしょ!」
「……こればっかりは言い返せないですが、なんでもないんですよ」
「……そ、そうなの?」
「はい」
「……な、ならいいけれど……」
こちらをちらちらと何度も見ながら下を向く先輩、行動一つ一つに怪しさはなかったがいったい何を考えているのだろうか。そんなことは俺には分からなかった。
「「——え」」
そんな——そんなまさかだった。
いやいや、きっと先輩も不思議だったのだ。俺がエレベーターを降りると先輩も後を追うようについてくる。でもそれは、先輩の視線から見ればまるで自分の家の場所を把握しているようなものだ。だからだった、だから先輩は何度も動揺を見せていたのか。
『うん、でも私の家もこっちだし……ぃ』
これも。
言い方は大分シビアだが、確かに言葉の先々が震えていた。
『ついてくるって、別に私もこっちなんだよ……それに君だって』
これも。
小さくて聞こえていなかったがそんな感じのことを言っていたような気がする。
それに、何度も何度も下を向いては俺の目を確認しようと上目遣いをしていたのもきっと——そう言うことだった、というわけか。
そうだ、何故なら先輩は————
「——俺の家の隣だったのっ!?」
「——私の家の隣だったのっ!?」
俺が一人暮らし用に借りた部屋の隣が——高倉椎奈先輩の部屋だったのだ。
〈あとがき〉
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