第3話 「にへらと笑う先輩の土下座」



「——それでそれでっ、あのボスがね、すっごく強くて主人公の攻撃なんか全然効かない感じでね——!」


 しかし、俺は甘く見ていた。


 俺なんかよりもアニメやラノベの知識があって、加えて先輩はオタクで評論家のそれと同じくらいには威厳があって、俺が付け入る隙間はなかった。


 ラブコメ小説の数だけは負けまい‼ ——と思っていた俺ですら読んでいるラブコメ小説の数「100冊 VS 340冊」という圧倒的な冊数差でコテンパンに叩きのめされてしまった。


 そこで気づいたことは一つだけ。


 上には上がいるとはまさにこのこと。加えて言うなら、井の中の蛙大海を知らずというのもこのことである。


「いやぁ……満足だよ満足ぅ」


 しかし、自分よりもオタッキーな先輩を見ていても、不思議といつものような憎しみは抱かなかった。


 いつもなら自分より知識のある人間を憎んでいたのだが(自己中だけど)、先輩は違った。


 話せば話すほどに——「にへら」と笑う彼女。高倉椎奈という同じ高校の先輩の横顔はとても可愛かった。


 最高な表情で———— 満遍の笑みとはとどのつまり、こういうことなのだろう。


「……ん、どうしたの?」


「——っえ、あ、別になんでもっ」


「……?」


 見とれていると、高倉先輩はこちらを見つめて頭を傾げた。


「な、なんでも……ないですよ?」


 苦し紛れの言い訳だった。


「ほんとかなぁ~~??」


 一歩、一歩、そしてまた一歩。

 どんどんとこちらへ近づいてくる。


 夕暮れ時の一本道に照らされた逆光のシルエットになった先輩。映える美しい景色を前に、俺は後ずさる足を止めた。


「……お、どうしたの?」


 変なことは言えない。彼女は先輩であり、俺の小説のファンだ。間違えてしまえば悪い噂がたつかもしれない。


 そして、なんとかひねり出した答えがこれだった。


「ま、まぁ——僕の話なんてどうでもいいですよっ、確かにあの小説のラスボス強いし、なんか熱くなるよねっていうことです!」


 一瞬、静寂が訪れる。


「は、はぁ……なるほど……?」


 我ながらの謎理論だったがどうやら理解はしてくれたらしい。しかし先輩は前を向き、もう一度歩き始めた————その一歩を踏みしめた瞬間。こちらを向きなおして能天気な口調でこう言った。


「——あっ、そうだ! 私、あんなこと言っておいてまだ感想とか言ってなかったわよね?」


「え? まあ、そうですね……」


「でしょでしょ! 言わないと駄目だよね、せっかく著者がここにいる事だし!」


「いやいやでも、別に言わなくても——」

 

 実際は言ってほしい。たった一人のファンは貴重だし、


「良いのよ、私が言いたいだけだもの。だから、言わせてちょーだいっ!」


 俺の羞恥なんて気にせずに、またもや能天気に楽しそうに言った。


「やっぱり……私ね、あの小説に出会ってからちょっと人生変わったんだよね~~なんかさ、心に刺さったていうか、突き動かされてしまったっていうか~~」


「……そ、そうですか……ね?」


 ——見なくとも分かる。


 今、俺の顔は歪みまくってるだろう。あまりにも嬉しいことを言ってくれたがために少し気持ち悪くなっている。


「うんっ! さいっこうだよ‼」


 心なしか、先程の笑顔よりも笑っているように見えた。そんなに俺の小説は面白かったのだろうか? 


 いやしかしまるで予想もつかない。何でも言っている通り、ブクマ一件の内のその一人があそこまで褒めるだろうか……なんて失礼なことすら考えてしまう。


「ほ、ほんとです……?」



「もっちろん! あ、っていうかサインとか書いてほしいかな、私ずっと会いたくて色々調べててね、あのねっ、ついったーで検索とかかけて特定して何とかやっと見つけたんだk————!?」



 すると、途端に彼女が止まった。


 先ほどまでの元気よさは無くなり、口をポカンと開けたままにしている。


 まるで、初めて彼女を見た時の様な無感情さ——いや焦り様が前面に現れていた。


「あ、え……?」


 そんな彼女に動じて俺すらも不安になってきてしまうが、そんな俺のことなど気にせずに彼女は両手で口を隠し始めた。


 何か重大なことでもしてしまった中学生の様な表情でこちらを見つめている。


「?」


 そんなに見つめないでほしい……ん、もしかして俺のこと好きだとか!? 


 ……なんて、それが本当なら朗報だが、いやいや現実であってほしいくらいの光栄だがなんとも可愛い————じゃなくて、そんなことあるわけがない。


 少し、ほんの少しだけ心に引っ掛かる何を感じた。


 うーん、なんなのだろう。


 ——ん、あ。


 ——なんか、思い出してきたかもしれない。


「あ、えっと……今、なんて?」


 そして俺は真相に、ついにたどり着いてしまった。


『——私ずっと会いたくて色々調べててね、あのねっ、ついったーで検索とかかけて特定して何とかやっと見つけたんだ——』


 彼女は——高倉先輩はそう言った。


 俺を特定……? 本当にそう言ったのか? それは何とも疑い深いことだった。


「……特定とか…………言わなかった?」


「……ご、ご、ごめんなさぁぁぁい‼‼‼‼」


 しかし、俺は初めて知ることになった。

 

 ジャンピング土下座が何たるかを。


<あとがき>

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