第3話

 俺は様々な記憶が蘇っていく。


 魔王である黒竜を倒した記憶。


 最後の町で祭りを行って見送ってくれた町長や子供たちの顔。

 俺の奥義で五大竜ごだいりゅう赤竜せきりゅうを倒した記憶。

 奥義を身に着けた勇者の洞窟どうくつ

 

 黄竜を倒した記憶。

 竜を傷つけられないで苦悩した日々。

 人間の心を持ち、心優しい五大竜の白竜はくりゅうを殺してしまった罪悪感。


 レミナの大魔法で五大竜の緑竜りょくりゅうを倒した記憶。

 魔法の書を見つけた城、その魔法を大魔法へと昇華しょうかさせていたレミナ。

 

 五大竜の紫竜しりゅうをルーンの聖なる力で倒した記憶。

 聖なる泉でエーテルを清めたルーンの祈りの歌。妖精達のたわむれ。

 汚染された村。間に合わなかった無力感。

 

 姫から国宝級の首飾りと鎧を授かった記憶。

 王都でのドタバタ劇。

 王都にて絶世の美女である姫に出会った衝撃。ふんぞり返った国王。


 始めて三人で五大竜の青竜せいりゅうを倒した記憶。

 ルーンとレミナの大ゲンカと仲直り。

 レミナとの出会い。

 ルーンとの出会い。

 

 一人で巨竜きょうりゅうを倒した記憶。

 聖剣エーテルが鍛冶師かじしロイドによって再び輝きだした記憶。

 師匠となったゲイルとの心の修行の日々。

 聖剣であることに疑問を持ち、エーテルを振り回して折ってしまった記憶。

 

 聖剣が輝きを失った記憶。

 天狗てんぐになってしまった日々。

 

 聖剣エーテルに選ばれた記憶。

 神殿への試練を受けた記憶。


 一人旅の記憶。

 そして、故郷こきょうの村ダナン。


『勇者なんて馬鹿のやることよ‼』

 幼馴染のシエルが怒りながら泣いている。

 俺の心の深い部分に深く刻まれた言葉。




 ―――シエルに会いたい。

 



 重たい瞼を開こうとして、なんとか薄っすら開けて見えた世界は真っ暗だ。

 これはさすがに死んでしまったか?

 今の記憶は走馬灯そうまとうだったのだろうか。

 

 死の世界?


 それにしては、寝心地が悪い硬い場所で寝そべっているようだ。さすがに世界を救ったんだから、現世での功績に応じて、雲のふかふかのベットで回りは真っ白、まぁもしくはピンク色でもしておいてほしい。


「起きた?」

 レミナの声がした。


 まさか、あいつも?


 声の方に曲げると、レミナとルーンが座っていた。

 俺の脳は徐々に働き出して、状況を理解する。どうやら、俺は夜まで寝ていたらしい。二人の安心した顔を見ると、どうやら心配をかけていたらしい。


「まだ、冷めてない」

 ルーンがお鍋からお椀にスープを注ぎ、木のスプーンでスープを掬う。

「はい、あーんっ」

 ルーンの声に合わせて口を開く、人肌よりもやや温かいスープの具材は食べやすいように小さくカットされている。

「…っ、はぁ~、おいしいっ」


 魔王城に近づくにつれて、人の味覚に合うような、植物は生えてないし、モンスターも毒を持っている奴が多かったし、毒がなくても障気しょうきが臭くて、光の加護を受けている俺たちにすれば、受け入れがたい味だった。

 

 しかし、冒険者には大切なこととして、何でも食べられる力は必須要素だ。

 人里に滞在する時間なんてわずかだし、食料がほとんどないエリアを進まなければならないなんてことはざらにある。

 そして、その能力に俺はあまり長けてなかった。一人で旅をしていた時は、体重がかなり減っていたし、変なキノコを食べて、笑い転げたり、泣きわめいたり、吐いたり、お腹を壊したりしていた。

 そんな中、嗅覚や野生の草木が食えるか知っている野生的な知識を持っている少女と、繊細な味付けと調理方法で美味しい料理を作れる少女に出会ったことで、俺は冒険者としての最低限の必須能力、なんでも食べられる力を手に入れた。

 手に入れたというよりは、手助けしてもらった、の方がいいか?まぁ、いい。


「うんっ、おいしい、おいしいぞレミナ」

「ふんっ」

 レミナはぷいっと逆側を向いてしまう。


 そう、この料理たちはルーンが作ったのではない。いつも、大雑把に見えるレミナが繊細に作る。まぁ、あいつも素直じゃないが、俺が凹んでいるときは、レミナがよく気づいてくれていた。

 この料理たちも魔法を使ったのか尋ねたことがあるが、料理には魔法は使えないとのことだ。


「私が、見つけて来た。レオルド」

「あぁ、ありがとう。ルーン」

「神の御加護、レオルド」

 

 聖職者でもあり、その顔立ちや服装もあるせいか、一見大人しそうに見えるルーンの方が、食については大雑把だ。孤児院で空腹に苦しんだ時に身に着けらしいが、食えるか食えないかの野生の癇は天下逸品だ。そして、それに読書好きという食の知識もあるのだから、ルーンの食材判断に誤りなどない。過去に一度、ルーンがダメと言った、見るからにおいしそうな根菜類こんさいるいをどうしても食べたくなった俺はかじってしまった。そうしたら、三日くらいお腹を壊したのは苦い思い出だ。



 ルーンはにこっと笑って、もう一度スプーンを俺の口に持ってくる。

「ありがとな、ルーン。あむっ」

 味わい、飲み込む。


「二人とも、ありがとな。あとは、俺が見張るから二人は休んでくれ」

「思い出話でもしようよ、レオルド」

「おっ、ルーン珍しいな。俺とそんな話がしたいなんて」

 夜もだいぶ更けている。宿の時は遅くまで起きているルーンだが、野営の時は隙あらばすぐに寝ようとするルーン。それも、魔王に立ち向かってかなり疲れているはずなのに。


「だって…もう、一緒にいれるのもわずかだもん」

 ルーンの言葉にレミナは、ぼーっと遠くを見ている。

「レミナ」

 ルーンがレミナを呼ぶ。

「ふんっ」

「レミナ、私が一緒にいたいの。お願い」

「…」

 レミナは少し考えていたが、無言で立ち上がり、俺たちのそばに来る。


「仕方なくだからね」

「うん、ありがと」

 ルーンが笑うとレミナもつられて笑う。

「よし、じゃあ今日は寝かせないからな、二人とも」

「いや、寝るから。普通に。じゃないと、テレポート魔法使えないから」

「ふっふっふ、とっておきの魔力回復のイモリの黒焼きが…っ」

「だ・か・らあああっ、グロいのはやだっていってんでしょうがっ!」

「ふふふっ」

「はっはっは」

 結局三人で朝ぐらいまで喋った。俺が寝ている間も起きていた二人は、眠そうにしていたので何度か寝るか聞いたが、まだ起きていると聞かず、朝日が昇ってきたぐらいに二人はタイミングを合わせたかのようにすやすや眠ってしまった。

 俺は二人に毛布を掛けて、魔王城でも、これから報告に向かう王都でもない、自分の生まれ育ったダナンがあるであろう方向を見つめた。


「よしっ、決めた」

 俺は最後の二人の寝顔を目に焼き付け…そして、決心した。



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