(2)

 今回の挿入歌は ClariS 「DROP」(初々しい疾走感!)。


**********


 目に映る何もかもが、違って見えた。あらゆる色が、形が、光が、まるで今、この瞬間にこの世界に生まれ出たかのように、みずみずしく震えていた。コンビニの看板でさえ、信じられないほど美しく輝いていた。


 ひとけのない歩道を、俺たちは一度も振り向かずに走った。振り向くのが怖かった。振り向いてしまって、万が一追っ手が見えて足がすくむのが怖かった。心が萎えてしまうのが怖かった。


 ミカはお嬢さまのくせに足が速い。俺より速いんじゃないの? あ、俺が鍛えてないだけか。少なくとも、俺がミカを引っ張っているという感じはゼロだった。俺たちは、まるで、よーいどんで駈けっこでもしているみたいに、先になったり後になったりしながら走った。


 手はつないだり離したり。でもつなぐときは、いつもミカの方から。これは地味に嬉しいです。なんか、いかにも惚れられちゃってる、って感じで。うふ。


 よおし。俺も負けずに、今度はこっちからつないじゃうぞ。恥ずかしくないぞ! 交差点で信号を待っているとき、思い切ってミカの手をぎゅってした。ミカは一瞬はっと顔を赤らめて、それからぎゅって握り返してきた。うふっ。ミカの柔らかい手のひらは、最初ちょっと汗で冷たかったけど、すぐにぽかぽかと熱を帯びた。・・・俺もう死ねちゃう。うふうううっ。


     *


 逃げながらすぐに後悔が走った――なんで自転車を取りに行かなかったんだろう? でもあのときは、一刻も早く空港から離れたかった。自動ドアから逃げたかった。駐輪場で鍵をガチャガチャやっている間に捕まってしまう気がした。それに、今考えたら、やっぱりまずいじゃないですか。二人乗り。お巡りさんに止められちゃう。一番止められたくないときに。はは。


 で。俺たちはどこへ行けばいいんですかね? 実際何も考えていなかった。どっちの方角を目指すかも決めてない。こんなことで大丈夫なのか? いやダメでしょ普通に。どうする?


 改めて考えてみたら、はっきり言えます。ここまで何の計画も見通しもなしに見切り発車したことなんて、俺の慎ましやかなアンバサダー人生でも初めてですね。明らかに無茶と。そう断言できます。でも、駆け落ちって、本来そういうものなのかな? 定義上。それとも、駆け落ちする場合でも、正しいセオリーとしては、きちんと事前に最適なプランを練ってから実行に移すべきもんなの? もしそうだったら、今回はちょっと準備不足のそしりは免れないですね。はい。


 ともかく、進む方角ぐらいはさすがに決めとかないと。空港から逃げるのはまあいいとして、繁華街を抜けて駅へ向かうべきなのか? それとも反対に、郊外へ逃げる? ・・・何となくだけど、前者には抵抗がある。人に見られたくない。目撃されたくない。捕まるかもってのももちろんあるんだけど、とりあえずミカといちゃいちゃしてるとこを他人に見られたくない。どうせなら、ふたりっきりでいちゃいちゃしたいです。ちょっと動機不純ですかね? まあいいじゃないですか。この際。こういう状況だし。ね?


 それに駅まで行ったって、それからどうするの。東京に逃げる? 新幹線の車内で捕まるかも。東京、怖い人いっぱいだし。東京嫌いだし。お金ないし。


 ならば、郊外へ身を隠して、暗くなるのを待つ。そして夜行バスか何かで、若いふたりは、見知らぬ遠い町へと旅立つ。うん。これいいかも。最終回にふさわしいエモ度と言えましょう。バス安いし。いいね! よし! 決めた!


 ミカが、どっち行く? って顔で俺を見ている。俺は迷わず右を指す。郊外へ! ミカが嬉しそうに、分かった! ってうなずく。ふたりはまた走り出す。背の高い並木道は、田んぼと林の間を抜けて、どこまでもまっすぐに、限りなく南の果てへと続いているように見えた。


 ミカの顔が輝いている。嬉しそう。俺も嬉しい。初めて出会ったときからずっと、なぜかいつでもミカの顔に寄り添っていた、そこはかとない寂しさの影――そして諦めの陰り。そんなものが今は姿を消して、まるで初夏の太陽のようだ。この顔が見られただけでも、無茶した甲斐はありました。俺はそう思ったんです。


 たとえ、おとぎ話のように、南の無人島にたどり着いてふたりだけで暮らす、そんな結末が、夢のまた夢であったとしても。ふたりとも、最初から、それに気づいていたとしても。


     *


 あれ? 左側の、あの建物は? なんか見覚えが・・・。〈健康パレス〉。プール。・・・プール! そう言えば、例のプールは空港の近くだった。なんか隔世の感がありますね。もはや別世界の出来事のようだ。あれも今となっては、とっても懐かしい思い出・・・ぢゃねえ! ちげえよ! ヤバいぞ! 今この時点で、ミカに、あれを思い出させてはならない!


 ・・・手遅れだった。ミカのジト目が、横から俺の頬に突き刺さっていた。


「山本くん。・・・あれ。あのプール。覚えてる?」

「え? あれすか? ・・・はは。ははっ。なんか言われてみれば、来たことがあるような気も・・・はは・・・」


 思わず目を逸らした俺の顔を、ミカはぎゅむっと覗き込んだ。にっこり。でも目が笑ってない。


「えっと。あのね。・・・ちょっとおうかがいしたいんですけど。男の子って、やっぱりああいうこと、したいわけなの? 相手誰でも? 好きな子じゃなくても?」

「いやっ! 人のことは知りませんよ。人はともかくですね、俺の場合は――俺に限って言えばですよ。あれは、純粋に偶発的な突発事変であったわけでっ」

「でも、ああいうの、でもちょっと嬉しかったりする? 偶然でも。男の子的には? ・・・別に怒ってないから。正直に」

「いやっ! 全然ですね。そのようなことは、まったくないですね。嬉しくなど。とんでもありませんね。純粋に苦痛です。ただひたすらに辛苦です。苦しさオンリーですねっ」

「・・・う。・・・なんか、まぶたピクピクしてるけど?」

「全っ然っですねっ」


     *


 忘れていた! そういえばお昼食べてなかった。それに気づいたら、急に腹が減ってきた。ミカもそうじゃないか?


「あ。まだ大丈夫。空港で待ってる間にちょっとサンドイッチ食べたから。でも山本くん、おなかすいたんでしょ? 食べようか。コンビニで何か買う?」

「そうだね。トイレ行きたいし」

「私も」


 空港からはだいぶ離れたし、ここのコンビニなら、まあ大丈夫だろう。俺たちは、それでもちょっと用心しながら、がらんと広い駐車場を横切って、コンビニに入った。


 客は誰もいなかった。トイレを済ませてから、お弁当や飲み物をひととおり見つくろってカゴに集め、レジの前で、奥に引っ込んでいる店員に声を掛けようとした――そのときだった。声を潜めて電話しているのが聞こえた。


「・・・たぶんその二人だと思うんですが。はい。特徴が。・・・引き止めますか? 何分ぐらいで? ・・・あの。危険はないですよね? 刃物とかは? ・・・そうですか・・・」


 俺たちはカゴを置き去りにして、静かにドアから滑り出た。


     *


 ほとんど郊外デートというか、ピクニック気分でのんびり浮かれていたが、これって実は俺たち、そうとうヤバいことになってるんだなって、いまさらだけどひしひしと来るものがあった。


 このままさらに南へ進むのはまずい。今度は西へ。とにかく人のいない方へ。俺たちは全力で走った。道はすぐに上り坂、それから川を渡る橋になった。高い橋の上、欄干に沿った無人の歩道を、白昼堂々、たったふたりで走っていく俺たちの姿は、遠目でもかなり目立つだろう。車が横をかすめるたびに、見られている気がしてひやひやした。


 橋を降りた道沿いには、工場や会社の低い建物、それに長距離トラックの倉庫なんかが雑然と続いていた。こんな場所は初めて見る。さすがの俺も来たことがない。その先は田んぼ。でかいホームセンター。でかいドラッグストア。でかいスーパー。でも俺たちはもうすっかりびびってしまい、とてもじゃないが店内に入る気にはなれなかった。・・・また田んぼ。


 休校でがらんとした小学校らしきグラウンドの先に、またコンビニの看板が見えた。何となくだけど、この先はどんどん辺鄙へんぴになって、店なんかもうない予感がする。腹減った。どうする? 一か八か入ってみるか? それとも、もうここにも手が回っているのだろうか。


 ミカを見たら――ずっと必死で走ったので無理もない。さすがに疲れた顔だった。喉も乾いているだろう。とりあえずどこか休むところは? 目立たない場所で? 俺はケータイを出した。


 そのとき初めて気がついた。不在着信が山のように降り積もっている。ラインも電話も。親から。あと白鳥先生。メールも留守電メッセージもいろいろあったけど・・・ご無礼お許しくだされ。この際あえて、すべからく平等にシカトさせていただきますっ。


 ん? だけどこれは・・・重要かも?


 〈ミレーマ〉からのメッセージだった。おお。そう言えば最近はほとんど忘れていた。なんかお久しぶりですね。会長お元気ですか? 何か励ましのお言葉でしょうか?


「悪いことは言わない。引き返せ。今回の君の行動は、支援も容認もできない。常軌を逸している。未成年者の誘拐は、加害者が未成年であっても重罪だ。しかももぐらによれば〈P〉がもう動き出している。この件は、明日にはメディアに出る。やつらはその前に終わらせる気だ。幹部が独断で最高レベルの阻止命令を出してしまった。スナイパーにはもう連絡が取れないらしい。取り消せない。やつは手段を選ばない。身の安全は保証できない。どんな手を使ってでも、君を止めに来る」


 ・・・俺って誘拐犯だったんですか。知らなかったなあ。教えてくれてありがとう。


 ひょっとしたら、〈ミレーマ〉が助けてくれるんじゃないかと、微かな期待はないわけではなかった。てか、実はめっちゃ期待してました! だってそうでしょ。〈未成年者の恋愛を守る会〉なんでしょ? 正に今の俺たちのためにあるような会じゃないですか。今守ってくれなかったら、いつ守るの! 誰守るの! 何だよ! 冷たいじゃないかっ。臆病者っ。これだからいい加減なやつらは。何が名誉会員だよ。会費払わなくて正解だよっ。


     *


 マップで見たら、小学校の横を少し奥に入った裏手に、小さな児童公園があった。行ってみたら本当に小さい。猫の額。でも黄色い滑り台とブランコとベンチがちゃんとありました。よかったあ。並んで腰を下ろして、やっと一休み。


「大丈夫? ミカさん喉乾いたよね? さっき自販機あったから、何か買ってくるね」

「あ。うん。でもミネラルウォーターならあるよ」


 ミカはひょいと小さなリュックを肩からおろして、ペットボトルを取り出した。


「一本しかないけど。半分飲む?」

「えっ。でもそれって・・・間接・・・」


 ミカが吹き出した。


「何言ってるの。いまさら。私たち駆け落ちしてるのに」


 おおっ! そうですか。なるほど。やはりそうでしたか。駆け落ち。とな。ふむふむ。いや、俺も、うすうす、そうじゃないかとは思ってたんですが。でも、正直ちょっと不安が残ってたんですよね。違う解釈するやついたし。それに「駆け落ちの諸条件ご提案」「ご承認」「実現」という、正規の手続きを経ずしてスタートしちゃったわけなので。


 でもこれで安心。ミカさんご本人の口からその言葉をいただけるとは、不肖山本、これはもう存外の喜びですね。てか、むちゃんこテンション上がりますっ。


     *


 ミカと水を半分こ。ベンチでデート。うふっ。このまま時が止まればいいのに。でも腹減ったあ。しょうがない。リスク覚悟でコンビニ突撃するしかないですかね? はああ・・・。


 ん? ケータイの画面に並ぶアイコンをぼんやり眺めていたら、何か、遠い記憶に引っかかるものがあった。


 ええと。何となくだけど覚えがある。そう言えば、たしか、川を越えたこの辺に・・・。


 花火のときかな? 花染さんご推奨の見守りアプリを入れてテストしてみたときに、例の丸が、たしかこの辺りに出てきたような気がする。月島って、こんな遠い所から北高にかよってんのかって、意外に思ったんだっけ。後で本人に聞いたらバス通学とか。不便だなって言ったら、毎朝夕、ナンパできるから好都合なんだと。度し難い野郎だ。


 さっそくアプリでチェックしたら、あったあった。月島の家。しかも今、そこに丸がいるじゃない! らっきい。


 よし! 俺って頭いい!


「良いこと思いついた。食べ物買ってくる。ここでちょっと休んでて。すぐ戻るから」

「うん。分かった」


 ミカはちょっと不安げに、でも何も聞かずにうなずいた。俺、頼りにされてます! 任せなさいっ。


     *


 月島の家はすぐに見つかった。でもどの部屋かは分からない。まあいいや。たぶん二階の角の部屋じゃね? 灯りついてるし。


 窓に石ころを投げて軽く合図するつもりが、日ごろの嫌悪感が指先に出てしまった。ぱしゃりん、と小気味よい破壊音がした。


「ゴルァっ!」


 玄関が勢いよくばたんと開いて、月島が怒りの形相で飛び出してきた。が、俺を見るなりぎょっとして立ち止まり、次の瞬間にはもう戻ってドアを閉めかけた。俺は焦って片足をドアの隙間に突っ込んだ。月島はむっとしたが、諦めてドアを開いた。が、俺が足を引っこめるとまたドアを閉めようとした。俺はまた足を突っ込んだ。ドアがまた開いた。おいおい遊んでる場合ですか? 俺はもう足を引っこめなかった。


「・・・どなたですか?」

「月島くん! 冷たいっ。親友じゃないかっ」

「全然違うし。知らない人だし」

「そんなあっ」


 やつはびびりながら周囲をそっと見回して、


「つけられてないか?」

「・・・たぶん・・・」

「ここは目立つ。裏へ回れ」


 裏口のドアを半開きにして、再度顔を出した月島は、いつになく青ざめていた。


「お前、自分が何をしたか分かってんのか? バカなのか?」

「・・・いや。ええと・・・俺たちのこと、なぜ知ってるので?」

「寝ぼけてるのか? メール見てないのか? これを見ろ」


 やつが突きつけた画面には、白鳥先生からの緊急一斉メールが表示されていた。


〈当クラスの男子生徒1名と南高の女子生徒1名が、今日のお昼過ぎから行方不明になっています。個人情報保護のため匿名といたしますが、当該男子の苗字は「や**と」であり写真部所属です。また当該女子は著名な建築家のご令嬢です。クラスメートのみなさんで、何か情報をご存じの方は、大至急、担任までご連絡ください。(情報源は決して明かしませんのでご安心ください。なお有益な情報提供者には、後日、関係者より感謝状と多大なる薄謝が進呈される見込みです。)〉


〈当然常識としてみなさんもご承知とは思いますが、念のため、改めて指摘させていただきます。このような自分勝手な行動は、決して許されるものではありません。親御さんも大変心配しておられます。関係者にも、この上なく大変な迷惑です。無関係なとばっちりを受けた他の人のことを考えてください。その人の将来への悪影響を考えてください!!!〉


 白鳥先生。ビックリマークに込められたお怒りごもっとも。おっしゃりたいことは大変に良く分かります。ご迷惑をお掛けして本当に申しわけありません。でも、あいにくこちらにも事情がありまして。


 月島はぴりぴりして、


「あのな。僕でもやらんぞこんなこと。確かに君には小市民の限界を超えろとは言ったが、ここまでアホになれと言った覚えはないからな。いいか? この件に関して、僕は無関係だ。何も示唆してない。助言もしてない。僕を巻き込むなよ。取り調べのとき僕の名前を口にするな。前途有望な僕の将来に傷がつく」

「大丈夫。『何でも相談できる、一番の親友です』って言っとくから」

「それだけはやめろおおっ! こっちは公務員志望も考えてるんだからなっ」

「・・・なななんですと?」


 野郎! いけしゃあしゃあと! あれほど俺を小馬鹿にしておきながらっ。だがやつは、俺の突き刺す視線をどこ吹く風と、


「だいたいすぐ捕まるぞ。東京に潜伏用のアジトとか、ちゃんと確保してあるのか?」

「・・・ないです・・・」

「まあこの調子だと、当然、駅なんかも張り込まれてるだろうけどな。なぜここへ来た? まさか、かくまってくれとかじゃないよな? 断る。あ。でもミカちゃんだけならいいぞ。僕の部屋にお泊りさせてあげる」

「断じて要らんっ」

「だったら何の用だ?」

「あのね。ちょっとコンビニで、お食事を買ってきていただきたくっ」

「は? それだけか? ・・・だが待て。う~ん。それってこの場合、犯罪幇助ほうじょか、もしくは容疑者隠避いんぴに該当する可能性も・・・」


 月島はためらっている。けち。長い付き合いなんだから、そのくらいしてくれたっていいだろっ。だがやつはまだ納得しかねるように続けた。


「・・・そもそもお前、なんでまたこんな真似を? 飛行機の中を心配してたのか? 連中もプロだ。ちゃんと消毒とかしてるよ。それに、向こうより日本の方が安全とは限らんだろ。この先どうなるか分からんじゃないか」


 俺は思わず言った。


「そういうんじゃない」


 飛行機がとか、あっちがとか、こっちがとか、・・・あのとき一瞬、頭をよぎったけど――でも違う。そういうことじゃない。


「そういうんじゃないんだ。ただ――」


 くそ。こいつに言っても分かりっこない。自分にだって分かんねえんだから。


「――離れたくない。どうしてもいっしょにいたい。それだけなんだよ」


 ドアの奥で、日差しの陰になった月島の表情は読み取れない。だが、その眼のあたりがきらりと光った気がした。


「なんだそれ。・・・バカかよ。小学生かよ。幼稚園児かよ。バカかよ」


 月島は、待ってろ、と言い捨てて飛び出して行った。そして弁当と飲み物がたっぷり入った袋をぶら下げて、あっという間に戻ってきた。


「ミカちゃんには、最高級のお弁当をいろいろ買ってきてあげたぞ。僕が心を込めて厳選した逸品揃いだって、ちゃんと伝えといてくれ」

「安心しろ。絶対言わないから」

「山本くんにはこれ。大好物のコンビニおにぎりな。一番安いやつ。あと各種飲み物だ。代金は後で偽名で振り込んでくれ。捕まる前にな。手数料込み10万ぽっきりでいいぞ」

「ぼったくりバーかよっ」

「じゃあな。もう来るなよ」


 来ねえよ。それに――捕まったら、俺は退学処分か少年院か、いずれにせよ北高へはもう戻れないだろう。だから月島とはこれが最後かもしれない。


 考えてみれば、いろいろあった。嫌なやつだが、こいつのお陰で助かったことも・・・ないけどな。でもまあ、この機会に、最後に何か一言、言ってやるべきかもしれない。俺の心の底からの、純粋な心情の吐露を、その一言にしっかりと込めて。俺は、やつの背中に声を掛けた。


「月島」


 やつは振り向かなかった。


「なんだ?」


 俺は言った。


「お前、まさか、この中の飲み物に、変なクスリとか入れてないだろうな」

「・・・死ねよ」


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