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 ・・・とは言ってみたが、ここで衝撃の告白をせねばなるまい。俺・・・地元民なのに・・・スキーできないんですっ(泣)。


 え? ですが何か? 地元民が全員スキーの達人って、ただの偏見でしょそれ? この機会に、そんな固定観念は捨てて自由になろうよっ。ねっ。


 俺は今でも思い出す。小学校のスキー合宿。みんなけっこう上手いのに、俺だけコケまくった。あまりにものべつ幕なしにこけ続けるので、こけることこそが俺の存在証明と化した。クラス全員の女子に大笑いされた。俺の人生に無数に点在する、輝かしいトラウマの一墓標です。


 なので、本当は、特に女子の前では絶対スキーなんてやりたくなかったんだけど。でも、ならミカと会わなかった方が良かったのかと問われれば、もちろんそんなことないもん。いいもんいいもん俺滑るもん。・・・でもやっぱ、ほぼ見る専で行こうっと。とりあえずリフト券の証拠写真は撮りました。


 おお! ミカ! むちゃくちゃ上手い。完璧なフォーム。完璧なストックさばき。何だよっ。嫌いとか言うなよもう。嫌味にしか聞こえないよそれ。ツェルマット仕込みだっけ? サンモリッツ? もうそのままスキーウェアのポスターでモデルお願いしますっ。


 対する花染さん。さすがです。地元民の鏡。だてに毎年来てませんね。甲乙つけがたい。でもちょっとだけミカが上かな? 洗練さの点で。私見入ってる?


 そして月島が来た。あれ? 意外と大したことないじゃん。普通。・・・ははあ。なるほど。ホスト道の心得その一。選択と集中。オワコンに労力を浪費するなかれ。もしバブルの時代に生まれていたら、トップクラスのスキーヤーになっていたことは間違いない。ったく。やなやつ。あのな。いやしくもスポーツマンなら、あらゆる場面で爽やかに全力投球しろよっ。


 さて。じゃあ俺も、ちょっとだけ滑りますかね。ごく軽く。目立たぬよう慎ましく。・・・あ! ミカがこっち見てる! ミカに注目されちゃってます! うあああっ。緊張するな! 俺っ。いいとこ見せるんだっ。美しいフォームでっ。・・・こけた。


 極端にぶざまなこけ方だったんで、ミカが慌てて寄ってきた。雪に埋まった俺を覗き込んで、心配そうに、


「大丈夫?」


と言ったかと思うと、こらえ切れずに笑い出した。でも俺に悪いと思ったのか、無理に真顔に戻り、それからまた我慢できなくなって吹き出した。聞き慣れた笑い声が、人影まばらなゲレンデのひんやりした空気に乗って、心地よく響いた。


 俺もつられて笑い出した。笑いながら鼻水が出た。目から。


     *


 お昼はスキーセンターで食べよう。バブル以前からの伝統を今に伝える、トラッドな山小屋ちっく・無骨スキー野郎御用達のだだっ広い食堂の横に、妙に最新アプデされた、お洒落なカフェを発見。・・・すごい! 〈クラウドファンディング・期間限定オープン〉だって。二十一世紀へようこそ。


「それって麻婆豆腐カレー? どお? おいしい?」


 興味津々のミカが覗き込んだ。


「うまいっす。食べてみる? 一口」

「・・・えっと。いいです。やめときます」


 ふたりとも黙り込んでしまった。はあああ。隣では、あんなに打ち解けた会話が進んでいるのに。


「・・・月島くんは、スキーあんまり好きじゃないんだ?」

「まあね。今はやっぱスノボだよな。やるならスノボ。僕もまだ、やったことないんだけどね」

「やってみたら? 月島くんだったらすぐ上手くなるよきっと。そしたら、あたしもちょっと教えてもらおうかな。前から興味あったし。でもむずそう。めっちゃ転びそう」

「みどりなら問題ないよ。・・・そうだな。さっき親切そうなボーダーいたから、ちょっといろいろ聞いて情報仕入れてみるよ。先に滑っててくれる?」


     *


 楽しい時間が飛ぶように過ぎ去るのはなぜでしょうね? ミカの滑る姿を目に何度も焼き付けていたら、何となく自分も上手くなれそうな錯覚を覚えて、よせばいいのに俺も滑り始めた。例によってこけました。でも、ミカが親切にいろいろアドバイスをくれたおかげで、日が少し傾くころには、ちょっとだけど滑れるようになっていた。まあ、来たのは無駄じゃなかったわけです。


 それにしても、月島がいっこうに現れない。何やってんだろ。いつもの気配りはどこ行った? 花染さんが寂しそうじゃないか。気になったので、俺は早めに切り上げてスキーセンターに戻ってみた。


 食堂の片隅で、月島が誰かとしきりに話し込んでいる。まさかナンパ? 花染さんの眼前で? 一瞬、俺はぎょっとしたが、――相手は男だった。ボーダーだな。大学生かな。なかなかのイケメン。ずっとスノボのレクチャーでも受けていたんだろうか。それにしても長いが。


 やつは夢中で話しているので、後ろから俺が近づいていっても気づかない。だが、途切れ途切れに聞こえてきた言葉の端々は、俺をその場に凍りつかせるのに充分だった。ちょっと待て月島! お前、気でも違ったのか?


「・・・すごく良い子なんですよ。今日一日でいいんです。ちょっとスノボ教えてあげて、ちょっといい感じに、仲良くなってもらえれば・・・」


 てめえ! 何やってんだ! もうそれ、もろ、出会い系斡旋業者やん! 歌舞伎町の客引きかよ! 明白な違法行為ですよそれっ。


 対するイケメン好青年ボーダーは、明らかに困惑の体だ。そりゃそうです。だってここ歌舞伎町じゃないし。家族連れも楽しむ健全な空間だし。月島! 場所柄をわきまえろよっ。・・・って、歌舞伎町でならやっていいって意味じゃないけどっ。


「いや~、だからね。さっきから言ってるじゃない。スノボのコツとか教えてあげるのは構わないけど、まあやっぱり、最初は時間掛かるよ。スキーみたいに、すぐにささっと滑れるようにはならないよね。・・・それに、『仲良く』って何? 君の彼女なんでしょ? ちょっと意味分かんないんだけどそれ」


 当然です。その意味が分かるのは、世界広しといえども月島ただ一人。・・・てか、俺も分かっちゃう! いやだあああっ。分かりたくない。けど完璧に分かっちゃう。やつの歪んだ精神のロジックが、完璧にトレースできちゃう。


 この好青年を、当て馬にする気だ! 今日一日限定で、花染さんをこの男にくっつけて、すぐに取り返す。それで、ステージ3の美とやらを引き出すつもりなんだ。ヴァカかよおおおおおっ。


 そんな荒唐無稽な筋書き、エロゲでも企画段階で却下だぞっ(たぶん)。考えるだけでも理性ヤバいのに、なんと実行に移すとは! もう暗黒の向こう側、逝っちゃってますっ。温泉のふぃ~はどこ行ったの? 充実の癒し空間で、疲れ切っていた身も心も、きれいさっぱりリフレッシュしたはずでは? ・・・そう思って月島の横顔を見た俺の背筋は、スノボのエッジ並みにパリパリに凍った。


 幻影に追い詰められ血走った眼が、虚ろにすわっちゃっている。ホラーかよ。ゾンビかよ。これはもういけません。直ちに拘束して、更生施設に直送せねば。もちろん今となっては好青年も、やつのただならぬ必死の様相に気づいて、しゃきっ、と引いちゃってます。


 この場面での俺の本音は、ずばり、知らない人になりたい! 素通りしたい! だけど、やっぱりしょうがないので、急いで話に割り込んで、「すいません全部趣味の悪い冗談でした」ってことにす――。


 そのとき、俺の肩に、そっと静かに手を置く者があった。既に凍結済みの俺の背筋に、ファイナルな駄目を押すがごとく、背後から、絶対零度の風が、ふぃぃぃ~っと吹き込んできました。


 花染さん・・・いつからそこに?


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