(3)

 さすがだ豪華温泉旅館。朝食バイキングも豪華絢爛です。屋台まで出て、できたて熱々おにぎりとかカニ丼とか! おかわりしまくり。もう至福っす。


 しかも、南高が誇る美少女ふたりと一緒です。周囲の客から降り注ぐ羨望の眼差しが、背中に心地よく痛い。曰く、――あっちのイケメンならまあ分かるが、何でまた、この地味男が同伴? こんなの連れて来るくらいなら、俺と替われ! 的な。ふふ。いいだろ~羨ましいだろ~。


 だけどやつらはご存じない。俺たち四人の、世にも不思議な関係性を。説明しろと言われても言葉に詰まる。てか俺自身、もはや何が真実で何が幻想なのか、分からなくなってきた。のでここでちょっと整理しときますね。復習も兼ねて。


     *


 まず、件の美少女ふたり。気の合う大親友で大の仲良し。ミカが旅立つときには、たぶん確実に、抱き合ってふたりとも泣いちゃうレベル。そこには一片の嘘もありません。今この瞬間にも、ふたりで和気あいあいのバイキング真っ最中です。


 だけど、女子ってほんと複雑だよね。マルチレイヤー構造――。仲良しレイヤーの下に、もうひとつの底流アンダーカレントが、不気味な通奏低音を奏でている。それはなんと、ちりちりと緊迫感あふるる恋敵こいがたきの感覚だ。お互いに、相手をライバルと見なしているのです。しかも驚くべきことに、それぞれが想定してる男子は別人という・・・。


 例えば今。たまたま月島とミカが、同時に立ってビュッフェに向かった。その背中を目で追う花染さんの、突き刺すような視線が怖い。


 花染さんはこう信じてる。花火の晩、ミカは月島に振られた。でも諦めてない。隙あらば取り戻そうとしてる魔性の女。でもそうはさせない。月島くんはあたしだけを見てるんだから。(たぶん、未来のあたしをも見てる。でもこれは半信半疑。)


 かたやミカ。たまたま花染さんと俺が、小皿を取って戻ってきた。それを迎えるミカの笑顔は、心なしか、氷点下にこわばっている。


 ミカはこう思ってる。花火の夜、花染さんと俺はデートした。俺は、ほんとは花染さんみたいな地元民が好きなのであって、ミカとは仕事で付き合っただけ。悔しい。許せない。


 今朝だって、俺を拒否る気満々だったけど、うかつにもお風呂で窮地を助けてもらったので、拒否るに拒否れない。しぶしぶ、一緒に朝ごはんを食べる羽目になった。・・・これって、俺にしてみれば、首の皮一枚でつながっている、きわどい崖っぷち状態です。結局、ミカは俺のことを、かけらも許してくれてない。まあ口をきいてもらえただけでも、喜ぶべきなんでしょうね・・・。


 とにかくですね、いったん形成されてしまった確固たる世界観を覆すのは、俺の経験上、ずばり無理ゲーと断定させていただきます。美少女たちの揺るぎない世界認識力――まこと尊敬に値します。


 このおふたりに比べたら、俺たち男子二匹なんて、もう単純明快、直情径行、分かりやすいのなんのって。単細胞生物です。月島はステージ3の幻影に取りつかれた、ただのアホ。俺は謝り方すら知らないただのゴミ野郎。そんだけ。


 でも――まあいいや。俺のお勧め「ごまプリン」のお皿を取って、戻ってくるミカ。こんな風に、すぐそばで、優雅に歩いてくるその姿が見られただけで、もういいです。ただひたすらに嬉しい。それに! 今朝のあの信じがたい僥倖。あの浴衣の中に秘めやかに包まれた、女神のような無垢のお姿も、一瞬だけだけど、拝見させていただき――ぶぶぶぶおおおっ! また鼻血がああっ。


 え? ・・・なんですかミカさんそのジト目は。しかも赤面してらっしゃる。いやいやいや。まさかまさか。それ違います! 俺は、あなたが思ってるような、そんないかがわしいことは、まったく考えておりませんですよ。バスタオル越しの、濡れた体の柔らかい感触とか、そんなの、一切思い出しておりませんからっ。


     *


「・・・でもほんと、びっくりだよ! 月島くんにここで会うなんて。なんで誘ってくれなかったの?」

「そりゃこっちのセリフだよ。みどりだって、僕に言わなかったじゃないか」

「そりゃまあそうだけど・・・」


 花染さんと月島のやり取りを横で聞きながら、俺は脳内ツッコミを入れていた。そりゃ花染さんは、ミカを誘った時点で、月島は絶対に呼ばない決意を固めていたんでしょ。それに月島は、ステージ3症候群を断ち切る覚悟で、敢えて花染さん抜きで隔離保養に来たんだよね。うんうん。


 でも、屈託のない二人のらぶらぶ会話が羨ましい。それに比べて俺とミカなんて、会話のぎこちなさがもう絶好調です。


「あの。ミカさん、スキー嫌いじゃなかった?」

「うん。でもみどりにどうしてもって誘われて。断れなくて」

「はは。そうなんだ」


 話が続かない。・・・もっと楽しい話題にしたかったけど、やっぱりどうしても気の滅入る方向へ行っちゃう。


「あの。・・・引っ越すんだって?」


 ミカは一瞬はっとしたように俺を見たが、すぐ目を逸らして、


「うん。聞いたの? みどりから? ・・・そうなの。ちょっと急だったけど。びっくりした? ごめんなさい。山本くんには言うつもりだったんだけど」


 謝るなよ! ミカは悪くないじゃないか。全部俺が悪い。


「行くのはいつ?」

「三月。たぶん」

「そうなんだ。・・・あのうちはどうするの? 立派なうち」

「売りに出すの。もう業者には頼んだって。すぐ売れると思う。いつもそうだから」


 さすが国際人。フットワークが軽い。うちみたいな庶民とは大違いだ。うちの親なんか定年過ぎまでローンぎっしりだから、それで何となく、戸建て一軒家っていうのは一生もんだと思い込んでいた。ミカの場合も、あのうちはそのままキープして、じきにすぐまたヨーロッパから帰ってくるんじゃないか、――なんて、一瞬でも期待していた俺はクソ大バカ野郎だ。


 だけど、よく考えたら、こんなの普通じゃん。俺だけの人生に、突如降りかかった一大悲劇、ってわけじゃない。どこにでもある話。突然の引っ越しとか転校とか、そんなの――小説でも映画でも歌でもテレビでもアニメでも実社会でも、いくらでも。


 悲しいけど、泣くけど、仕方ないって、みんな我慢するでしょ普通に。そんなもんだよ少年。そんなもんだよ人生。誰でもそういう経験を経て、大人になってゆくのさ。人格形成の肥やしだよっ。辛い体験をすればするほど、優しくて立派な大人になれるんだよっ。たぶんねっ。


     *


 ケータイでチェックしたら、らっきい。今朝はどうやら滑れるみたい。まあせっかく来たんだし――それでは参りましょう! いざ白銀の世界へ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る