(5)
先生の前では胸を張ってみせたものの、・・・正直、俺は途方に暮れている。ソフトな妨害工作。って一体どうすりゃいいんだ? 花火大会は明日に迫っている。俺は寝ずに考えた。
一番簡単なのは、月島がミカに会う前にインターセプトして、物理的に会えなくしてあげることだな。アプリで追跡して、そっと後ろから優しくぶちのめすか。自転車でやんわり突っ込んで昏倒させるか。ふふっ。想像しただけで、すかっとしますね。ふふ。
だけど問題あり。そしたらミカは待ちぼうけをくらって、雑踏の中、一人ぼっちで立ち尽くすことになっちゃう。彼女のことだから三十分や一時間は待ってるかも。お嬢さまにそんなことはさせられない。断じて許されない。待ち合わせ場所は分からないので、俺にはミカは見つけられない。くそ。こんなことなら、俺も花染さんの真似して、ミカにタグ付けしとくんだった。親戚に徘徊老人がいないのが悔やまれる。
・・・そうか! 待ち合わせ場所と時刻が分かればいいんじゃん。明日、朝イチで白鳥先生に電話する。先生の機嫌が良ければ、組織のなんとか掛に掛け合って、その後の傍受記録を検索照合してもらい、情報をゲットできるかも。・・・だが先生の冷たい顔が即座に浮かんだ。むりぽ。(でもいちおう翌朝電話してみた。先生は出なかった。泣)
うーん。だったら、ミカの方へ何とか連絡できないかな? 花染さんに頼んで、キャンセルするように説得してもらうとか。・・・できない。月島の今回のご相手がミカだってことは、花染さんには口が裂けても言えない。ヤンデレが高じてミカの身に危険が迫ったらどうする? そんなヤバい賭けはできないっ。
ええい、じゃあもう、俺が直接ミカの家まで押しかけて、事情を説明しちゃおうか? 月島がいかに嘘つきかを暴いて、説得するんだ。・・・そしたら、何で俺がメールの内容を知ってるんだって話になっちゃうよね・・・。うわあぁ。それに、ブロックされちゃってる俺が、ミカの新しいお相手をこき下ろしてるって図は、どう見ても、俺・イコール・ストーカーご乱心ですよね・・・。
八方塞がりとはこのことだ! 俺が頭をかきむしってる間に、夜が明けた。
*
もうしょうがない。時間もない。これしかない!
追い詰められた俺は、机の引き出しを開けた。いつぞやの夜を教訓に、いちおう買っておいた男の逸品――クマよけ携帯催涙スプレー。・・・まあスタンガンでも良かったんだけど。今からネットで買っても間に合わない。
こういうときは、プランはシンプルなほど良いはずだ。スプレーを月島の顔面に噴射する。やつが泣きわめいてる隙に、ミカの腕を掴んで走って逃げる。完璧だ。実にそれとなくさり気ない作戦。暴力沙汰じゃないし。スプレーのボタン押すだけだし俺。万一怒られたら、クマと間違えたって言えばいいもんっ。
*
混雑もすごい。春祭りの再来。うだる暑さの中、目抜き通りのホコ天や屋台、川沿いの大きな神社、河川敷の緑地公園、大橋の上など、とにかくそこらじゅうが人の海。「こんなに人がいたんだあ」が合言葉。老若男女、子供も大人もわんさか繰り出す。もちろん、無数のカップルたちにとっても、今夜は、この夏のロマンスを永遠に脳裏に刻み付けるべく定められた、運命の一夜となる。
そんなハイパーロマンティックな夜に、Tシャツで汗だくの俺は、一人で暗い雑踏の中をさまよい歩いている。・・・ったく何の因果でこんな目に。先ほどからサンセットコンサートの吹奏楽が聞こえていて、それが終わればいよいよ花火が始まるはず。なのに、一向に月島が見つからない!
大誤算だ。っていうのも、花染さんご愛用のアプリの出来がクソすぎ。マップに丸は出ているんだが、縮尺がデカすぎて役に立たない。神社の辺りにいますよ、ぐらいしか分からない。ズームインもできない。てっきり1メートル2メートルとか、そんな精度で野郎の位置が確認できると思い込んでいたのに。
四方を見回せど、人の頭また頭。しかも暗い。敗色濃厚になってきた。このまますごすご帰れってか? せっかくの催涙スプレーも出番なし・・・。
だけど、よく考えたらおかしい。花染さんは、おばあちゃんが部屋で寝てるのが分かるって言ってなかったっけ? 俺は慌ててアプリの設定を調べ始めた。ええと・・・詳細設定・・・マップの描画設定・・・GPSの設定・・・その他の設定・・・このアプリについて・・・バージョン情報・・・。
と、どーん! 予定より五分遅れで、一発目の花火が、漆黒の夜空に開いた。待ってました! 俺以外の全員が歓声を上げた。俺だけ下を向いてケータイいじり。隣のカップルの「こいつバカ?」目線が痛い。
どーん! どーん! 腹にくる衝撃音。ぱちぱちとはぜる音、そして火薬の匂い。そのたびに鮮やかな色と光を人々の顔や浴衣に投げながら、大輪の花が、咲いては散っていく。
俺はもう半泣き状態です。始まっちゃってるのにっ。時間がない。人非人月島と対決どころか、同じリングにも登れてない。何だこのザマはっ。もう絶対出家するっ。
そのとき、ようやく目当てのオプションが見つかった! 詳細設定>バッテリー省電力設定>マップとGPSの連携設定>外出先の設定>GPSの機能設定>「外出先でもGPSの感度を最大に保持する」をオン。そして「外出先でもマップの表示を精細表示に切り替え可能にする」をオン。するとダイアログボックスが出た。「この設定ではバッテリーの減りが通常より速くなる場合があります。よろしいですか? (はい/いいえ)」。迷わず「はい」。・・・詳細表示出たあっ。丸出たあ。月島あああっ。そこを動くなあああっ!
俺は神社の脇の小道を、川に向かって走り出した。てか、そうしたかったのはやまやまだが、実際は人をかき分けながらのろのろ進んだ。用水路を渡って突き当たりの石段を登ると、河川敷を見下ろす土手に出た。
広い土手は、対岸から上がる花火を見るには絶好のポジション。案の定、混んではいたが、ちょっとした穴場なのか、押し合いへし合いというほどではなかった。さすがだジゴロ。例によって良い場所を選んでくる。さて、丸はあの辺にいるはずだ。月のない晴れ渡った夜空を背景に、遠い街灯から微かに漏れくる明かりに浮かぶ、人々の後ろ姿。見分けるのは至難の業だが・・・。
どーん。そのとき黄色い光が一瞬、あたりを照らし出した。そこに、くっきりと浮かび上がったミカの横顔。そしてその隣に、月島の顔が見えた。
*
変な話だが、さっきまでポケットの中で握りしめていた催涙スプレーのことは、一切頭にのぼってこなかった。今考えるとどうせ使えなかったろう。スプレーがミカの顔にもかかっちゃう。そのくらい、月島はミカの近くに立っていた。
だけど最初に押し寄せてきた感情は、やつへの怒りとかじゃなかった。ただ、ミカの顔が久々に見られて嬉しい。懐かしい。それだけ。まるで何年も見ていなかったみたいだった。
どーん。何か話していたミカと月島が、同時に空を見上げた。二人の横顔を、一瞬の光が照らす。俺は、素直に美しいと思った。浴衣のミカと、よく見えないけどたぶんかっこいい服装の月島。この花火の夜に、完璧にマッチした理想の美男美女。テレビドラマか映画のワンシーンから、そのまま抜け出てきたみたい。CM会社が雇うなら、ぜひこの二人を。
どーん。俺は、〈マモ~レ〉をミカと歩いた初デートのことを思い出す。あれがデートだったとしてだけど。あのとき俺は、自分のことを恥ずかしいと思ったけど、それが単なる思い込みじゃなかったということが、今にして良く分かる。あのときすれ違った人々はみんな、実際に俺を見て笑ったんだということが。そしてたぶん、ミカさえも、俺のせいで笑いものになってしまったんだということが。
どーん。たとえ月島のカッコよさがペテン師のフェイクだとしても、それでもミカの横に並んだら、俺なんかより遥かに似合っている。てか勝負にならない。俺なんか、ミカの浴衣にくっついた綿ゴミにしか見えない。どんなに頑張っても都会人の洗練にはたどり着けない。何ですかねこの圧倒的な敗北感。
どーん。俺はミカを、月島の毒牙から救いたいとか思ってたはずなんだが、改めて目の前の二人を見て冷静に考えると、実は、これはこれで正しいんじゃないか? たしかに月島のメールは嘘だらけだが、でも結局、ミカは、その既定路線――俺を足掛かりに、北高イケメンをゲットするっていう戦略どおりに行けてるわけですよね? 予定調和っちゅうか。ちゃんと用済みの俺を、律儀にブロックしたわけだし。月島に飽きたら、次のイケメンにすれば良いわけだし。
どーん。月島の手には何か飲み物が握られている。たぶんタピオカか何か。・・・はあ? なんとストロー二本挿し! 初デートでこれかよ! この厚顔無恥ぶり。ぐいぐい行きやがる。無尽蔵の自信。俺には百年かかっても真似できない芸当だな・・・。
どーん。照らされたミカの顔が輝く。普通に楽しそう。俺と話してたときには、あんなに屈託のない顔はしてなかったような・・・。
どーん。二人の話し声が、とぎれとぎれ、微かにだが聞こえてくる。あれ? 俺のこと、話題にしてる? 「山本くんが・・・」「へえー」 そして二人の笑い声。・・・ここでも俺、笑われちゃってる・・・。
どーん。・・・なんかもう嫌だ。見ててもしょうがない。てか見てるのが辛い。俺は気づかれないように、そっと土手を降りた。
*
泣きたいけど、なぜか涙が出ない。ただひたすら自分が情けなかった。帰ろうっと。帰ったら、オフィシャルアンバサダー辞職の書類を書いて出す。それで終わり。俺のラブコメも。脳内妄想アニメも。この〈カクヨム〉連載も。
そのときいきなり耳元で、でかい声が!
「山本くん! 見つけたっ」
「ひいいいいいいっ」
「・・・そんな仰天しなくても」
まじで腰が抜けました!
「花染さんっ。どどどうしてここに?」
花染さんはかわいい浴衣姿で、俺はちょっと見とれてしまった。暗いけど。
「やっぱりうちでじっとしてられなくて。来ちゃった」
「来ちゃったって、でも! まさか欄干から飛び降りるつもりじゃ・・・」
「大丈夫。取り乱したりしないから。山本くんと二人なら大丈夫。冷静に月島くんの素行を確認して帰るつもり。ただ、――」
「ただ?」
「ただ、万一、彼が一人っきりだったりとか。今カノと喧嘩別れしたりとか。そういう場面に出くわしたら、・・・そんな彼を慰められるのは、あたししかいないって、そう思って。だから来ちゃった」
なんて優しいんだ花染さん。ううっ。
「でも俺のこと、よく見つけましたね。この混みようなのに」
「あ、それ? 実はね、例のお守りを、山本くんのポッケにも入れといた」
「ぶぼびえっ」
「むせた? わりい。今の冗談。そんなウケるとは。実際はね、月島くんの丸を追ってここまで来たわけ。そしたら山本くんが降りてくるのが見えたから」
「なるほど・・・」
とりあえず俺がタグ付けされてなくてよかった。だけど今、花染さんとミカの鉢合わせはまずい! 何とかこの場から引き離さなきゃ!
「花染さん。実は俺、結局やつを見つけらんなかったんですよ。マップの縮尺がデカすぎて、位置を絞り切れなかった。だからもう諦めて帰るとこだったんです。無駄です。帰りましょう。ねっ」
「あ、それ? それってアプリの設定が悪いんだよ、きっと。あのねえ――」
あああしまったあ~。・・・花染さんはさっと自分のケータイを出し、素早く設定画面をスクロールして説明し始めた。最速にして完璧。さすがベテランですっ。
「ね? ほら。細かい位置まで分かるでしょ、これで? ほら・・・そこ! この上の土手にいるよ! 山本くん、さっき降りてくる前ね、彼、すごい近くにいたんだよきっと」
「え? いや~そうかな~いなかったけどな~そのアプリ、精度あんま良くないんじゃないかなあっ」
「行くよっ」
「あのっ! 今行かない方がっ。土手の上、めっちゃ混んでますっ。押しくらまんじゅう状態。危ないです。落ちちゃいますっ」
「そお?」
「そおですっ」
「・・・じゃこれでいいや」
「え? それって・・・」
「オペラグラス。おばあちゃんの形見。念のため持ってきた」
やめて! 勘弁してっ。花染さん準備良すぎっ。止める間もなく双眼鏡を土手に向けて、
「う~ん。頭しか見えないけどね・・・暗いし」
「でしょ? 無駄ですって。やっぱ帰りましょっ」
どーん。
「あ! 見えた! 月島くんだっ。隣はどんなやつ? ・・・ええと・・・」
どーん。
「え? あれって? なに? どゆこと?」
どーん。
「・・・ミカ? なんで?」
双眼鏡を構えたまま、花染さんが固まった。数秒そのままホールド状態。そうして両腕を下ろしたら、顔は怒りで真っ赤だった。俺に向き直って、
「あれミカだよ! 山本くん! 相手はミカ!」
「えええぇぇぇ。まさかあぁぁ。びっくりいぃぃ」
「どういうんだ、あれっ。こないだあんたを捨てたと思ったら、もう月島くんに色目使ってんの? 何だあのメギツネっ」
「いやお言葉ですけど。俺、まだ捨てられたと決まったわけじゃ――」
「いや捨てられてっから普通に。さては、こないだのプールで目を付けたな? 月島くんとあたしのこと知ってるくせに! 泥棒猫があああっ」
「いやお言葉ですけど。ミカさんは、花染さんと月島のことは何も知らないはず。俺、言ってないですから。花染さん言ったんですか?」
「言うわけないだろっ。でもあたしたち二人のことは、当然、世界が知ってると思ってた。じゃ、ミカ知らないの? 知らないくせに泥棒猫?」
「いやそれ違います。知らずに泥棒猫はできません。定義上」
「あんたいちいち細かいんだよ! 行くぞっ。とにかく言ってやるっ。山本くん捨てるのはいいけど、チェンジ早すぎだろっ」
言い方引っかかるっ。それにヤバい! 花染さん、まさか念のためとか言って・・・バッグの中に凶器とか? 絶対止めなきゃ!
「花染さん落ち着いてください! 取り乱さないって言ったじゃないですか。落ち着いて。冷静に。ね? まだ泥棒猫って決まったわけじゃないでしょ? 何か事情があるかも知れないじゃないですか。それにちょっと見方が偏ってません? ミカさんを悪者にしようとしすぎてません? ミカさん良いひとだって、自分で言ってたじゃないですか」
「う~ん」
「月島の方から誘った可能性もあるわけでしょ? 結局、月島、嘘ついたわけだから。ね? ね? ね?」
「う~ん」
「それに土手いっぱいですから。落ちちゃいますから」
「う~ん」
*
花染さんの怒りは、ようやくちょっと収まってきた感じ。ふーっとひとつ、深いため息をついて、
「まあ。そうかも。・・・でも感心した。山本くん。あんた見上げたもんだね。人格者。バカだけど。こっぴどく捨てられて、こんなひどいことされても、まだミカをかばうなんて。ちょっと感動」
「・・・いや・・・まだ捨てられたと決ま――」
「いや確実に捨てられてるから。認めたくないのは分かるけど」
花染さんは、やるせなさそうにまた腕を上げて、オペラグラスを覗き出した。しばらく沈黙。そして、
「なに話してんのかな? 楽しそう。山本くんあんた唇読める?」
「無理っす」
「ええと。・・・あ・あ・お・お・う・ん。『山本くん』とか? ・・・笑ってる。あんた笑われてるよ」
「ははははぁぁぁぁ」
やっぱそうなんだ。花染さん、どうか俺にとどめ刺さないでっ。
「・・・なんか不思議。お似合いカップルみたい。リア充どころじゃない。完璧すぎて引く。おとぎ話の王子さまとお姫さまみたい。まるで少女マンガ」
やっぱそうなんだ。そう思ったの、俺だけじゃなかったんだ。客観的事実だってこと、改めて確認できました。ありがとう花染さん。ほんと余計なお世話だけど。
「・・・もういいや」
「は?」
花染さんはオペラグラスを下ろすとバッグにしまった。
「もうなんか、しぼんじゃったよ。あれ見せられちゃうと」
「はあ」
「正直、あたし、絶対ミカに太刀打ちできない。なんか住む世界が違う。月島くんが彼女に惹かれるって気持ち、分かっちゃう。なんかもう。はあああって感じ。分かる? この感じ」
「はあああっ」
「分かるよね山本くんも。なんかさ。これ分かるの、――今この瞬間、この気持ち一番分かっちゃってるの、世界であたしたち二人だけかも。って感じ。はは。ね? はは」
「はは」
「・・・もういい。なんか、もういいからさ。ぱーっとやろう? 二人で。同病相憐れむってゆうか。傷口なめ合うってゆうかさ。笑い飛ばしちゃおうよ。お互い。特にあんたのこと。あんたのバカさ加減とか。ねっ」
「なぜ特に俺・・・」
「じゃあちょっと何か買ってくるね。あたしのおごりだぞ。トルネードポテトどお? あとタピる? 対抗上。パッションフルーツミルクお勧め。ここで待ってて。動くなよ」
花染さんは屋台を目指して、神社の方向へと消えた。
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