(2)

 そこには――ママチャリに乗ったミカと俺が、はっきりと写っていた。


 しかもご丁寧に、二人の顔のところに、焼き海苔みたいな細長い黒い帯が重ねてある。個人を特定されないための目隠しのつもりなんだろうが、もろ分かりだし、逆に写真週刊誌さながらの、いかにもヤバい雰囲気を醸し出してしまっている。


「これはお前だな。認めろ」

「こ、これは・・・誰が・・・どこで・・・」

「そんなことはいい。二人乗りは厳禁だ。知ってるよな」

「えっと・・・これは俺じゃないかもです。目隠しがあるので、何とも――」

「動揺したくせに今さら何だ。目隠しのないバージョンも、情報の提供元から入手している。観念しろ」


 先生、刑事さん入ってます怖いです。


「すいません今思い出しました。確かに俺です。俺ですが、荷台に乗せたのは、ほんの一瞬です。しかも歩道です。俺は、だめだと。何度も言ったんですが、無理に乗ってきたんです。でも説得して、すぐ降ろしました。やめてくれと。危ないからと。法律違反だと。俺悪くないです! いやちょっとだけ責任あるかもですが、限りなく軽微に近いレベルです! 情状酌量の余地、ありまくりです!」


 先生の表情は冷たいままだ。


「提供元の目撃証言と、だいぶ違うぞ。それに、問題の本質がまだ理解できてないようだな。まさかお前、彼女が何者か知らなかったとか言うんじゃないだろうな? まさかお前、知らないでナンパしたのか?」

「ナンパしてません!」

「そうか。だろうな。私もおかしいとは思った。お前みたいなフツメン地味男に、彼女が興味を示すはずはない」

「・・・です・・・よね・・・」


 それ、ここでわざわざ指摘する必要あったんですかね。


「どこでどう知り合ったのか謎だが、それは後でじっくり聴取させてもらう。本当にお前は、彼女が誰だか知らないというのか?」

「ええと。ミカさんですよね?」

「知ってるじゃないか。上遠野かみとおのミカだ。上遠野と言えば、さすがに分かるだろう?」

「分かるはずなんですか?」

「まだしらを切る気か? お前本当に県民か? ニュース見ないのか? ウェブ見ないのか? ケータイ見ないのか? バカなのか?」

「・・・はあ・・・」

「上遠野 はじめ


 先生はもったいぶって言うと、俺の反応を待った。しょうがないので俺は、


「・・・そう言えばどこかで聞いた気が――」

「むろんだ。世界的な建築家だぞ。超有名人だ。しょっちゅうテレビに出てくるだろうが。ローカルじゃないぞ。全国テレビだ。しかも、この四月からこの街に越してきた。中心部の再開発で、でかい美術館ができるだろ。あの設計が上遠野一だ」

「なるほど」

「ミカは一人娘だ。VIPのご令嬢は自動的にVIPだ。分かるな? そのご令嬢が、こともあろうに公衆の面前で、よく分からん正体不明のフツメン男と二人乗りときた。しかも目撃証言によれば、なんとお前ら、抱き合ってたそうじゃないか!」

「ぶぉはっ」


 俺はむせた。何も飲んでないのに。


「ちちちち違いますよそれっ。はずみで彼女が抱きついてきただけでふっ」

「ふざけるな! イケメンならともかく、お前に、彼女の方から抱きつくはずないだろうが! 常識で分かる。お前が襲ったに決まってる! これはだな。道交法違反どころじゃ済まないぞ。良くて不純異性交遊。悪けりゃ暴行未遂だ」


     *


 俺の全身から血の気が引いた。とんでもないことになった!


「違うんですっこれは全部誤解なんです! ちゃんと説明すれば分かってもらえます!」


 俺はほぼ半狂乱だったが、それでも「誤解」「信じて」「無実」「濡れ衣」を各50回ずつはさみながら、必死で事情を説明した。田んぼ。ヨレチャリ。〈マモ~レ〉。だけどヒルと失神と風呂場の件だけは、薮蛇やぶへびなので、とことん隠し通した。言えるわけないでしょこの状況で。


「・・・なるほど。あくまでも暴行未遂犯ではなく、善意のレスキュー行為だったと言い張るわけだな」

「いやそれ、超疑ってる発言ですよね最初から。偏見入りまくってますよね。なんなら、ミカさんにも証言してもらいますから。俺の身の潔白を!」


 先生の眼が冷たく光った。


「それはできない」

「は? なぜですか。俺の話、信じてないんでしょ? ミカさん唯一の証人ですから、俺の無実を――」

「信じないとは言ってない。まあ実際信じてないがな。お前の話には、どこか部分的に、欠けてるところがある気がする」


 鋭い。鋭すぎるぞ白鳥刑事。


「・・・だがまあ、だいたいのところは筋が通っていると認めてやってもいい」

「でしょ? でしょ? だからですね――」

「だが問題はそこではない。お前の言い分を信じる信じないの話ではないんだ。そんなのはむしろどっちでもいいんだ。お前のような雑魚ざこが、退学になろうが極刑に処されようが関係ない」

「そそそんな怖いことを、真顔で言わないでくださいよ。本気にしちゃうじゃないですか。ははは・・・はは・・・は・・・」


 白鳥刑事はめんどくさそうに、「は~」とわざとらしいため息を吐いて、


「察しが悪いなお前も。しょうがない。ことの背景を説明してやろう。もはや、お前や私がどうこうできるレベルではないんだ。お前の愚かな行為がどれだけ重大な結果を招いたのか、分かるはずだ」

「・・・お願いします・・・」


 先生は、写真の端をいらいらとボールペンの先で刺しながら、話し出した。


     *


「背景その1。県と市の行政当局は、常々この街の宣伝に努めている。少子化と過疎化にブレーキを掛け、転入人口を最大限に確保するためだ。大都市圏からの移住組をゲットするには、ここの居住環境や教育環境がいかに優れているのかをアピールする必要がある。イメージ戦略が欠かせない。お前の大好きな、コンパクト何とかというやつだ。だから、日夜、ウェブやSNSで大規模な宣伝工作を行っている」

「なんか非合法活動に聞こえちゃうんですけど。もっと別な言い方が――」


 先生は俺の抗議を「ふぬっ」とペン先でつぶして、


「そういう目的のためには、上遠野のような存在は極めて貴重だ。宣伝塔といってもいい。彼ほどのセレブが、わざわざこの街に居を構えた。それはここの環境が最高であることの、何よりの証左というわけだ」

「ですよね! いい人ですね上遠野さん。よく分かってらっしゃる!」

「浮かれるな。これは両刃の剣だ。もし彼やご令嬢に、もしものことがあったらどうなる? どんな些細なことでも、ネガティブイメージは命取りになりかねん。例えばこの写真だ。これがネットに流れたらどうだ? 想像がつくだろ?」

「ああああっ」


 ようやく俺にも、うっすらとだが事態の重大性が見えてきた。


「あれほど行政当局が、大都市圏にはない健全な子育て・教育環境をアピールしていたというのに、だ。越してきてひと月で、ご令嬢が、もう不良クソガキゴミ野郎といちゃついている、ということになれば――後は分かるな。スキャンダルだ。イメージダウンだ。転入激減だ。この街へのダメージは計り知れない」

「うわああああああっ」


 背筋が凍ってます!


「まだあるぞ。背景その2だ。覚悟はできてるな?」

「すいません。しばらく猶予をください・・・おなかいっぱいで・・・」


 先生は「ふんむっ」とペンを写真に垂直に突き立てた。ちょ! それ俺の顔のとこじゃん!


「別腹があるだろ。行くぞ。実は、上遠野氏から事前に、転入の打診と、ご令嬢の高校入学もしくは転校についての相談があったそうなんだ。去年のことだ。県知事を通して県教委に――いや忘れろ。仮に〈偉い人A〉としておこう」

「しっかり聞いちゃったんですが」

「上遠野氏から〈偉い人A〉、〈偉い人A〉から〈偉い人B〉という具合に相談があった。どの高校がいいのかとか、そういう相談だ。それで〈偉い人F〉がこう回答した。南高がベストでしょう。伝統ある女子高です。校則も厳格です。変な男子は絶対に寄せ付けません、とな。というのも、ご令嬢はあの美貌だ。東京では、イケメン男子にさんざんこくられて、払いのけるのに苦労なさったらしい。だからお父上も心配されたわけだ。それで南高に決まった」

「あああああっ」


 まじでヤバい状況が、真綿で首を絞めるがごとく、俺の周囲に張り巡らされていく・・・。


「それなのにこの写真だ。これがもし公になれば――いや、上遠野氏の耳に入っただけでも――面目丸つぶれだ。〈偉い人ルート〉の権威は失墜し、信頼は粉々に崩れ去る」

「うあああああああああおおおおっおっおっ」

「つまり、この件は極秘事項ということだ。完璧に握りつぶさねばならない。こういう二人乗り現象が、昨日地球上に存在したということ、それ自体が消去されるということだ。ご令嬢に証言を依頼するなど、もってのほか。問題外だ」

「・・・やっと理解しました・・・」


 先生の表情には、凍りついた俺への同情などかけらもない。冷ややかに、


「そうかそれは良かったな。ちなみに、お前のとんでもない暴挙の発生時刻から、私が召集されるまでの時間が6時間。真夜中だぞ。普段くそノロい当局が、いかに事態を重大視しているかが分かるだろう。まあ今のところ、この写真の提供元は信頼できる筋だし、他の目撃者の存在は確認されていない。サイバーパトロールからの報告もない。胸をなでおろしているところだ。まだ油断はできんがな」

「・・・どうしたらいいんでしょうか・・・俺・・・」

「死ね」


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