第2話:霹靂神《はたたがみ》

(1)

霹靂神はたたがみ:激しい雷のことだそうです。


**********


 そんなこととは露知らず、とは正にこのことだ。その晩はケータイ画面を前に、のんきに悩んでいた。


 ミカにラインすべきだろうか? 無事に着いたかどうか、とか。・・・まあ要らないよね今さら。万が一、迷子にでもなったんなら、向こうから何か言ってきたはずだし。


     *


 俺がこんなことで悩んでいるのは、もちろん、委員会の用事以外では女子とろくにラインしたこともない、恥ずかしい男子だからだ。自慢じゃないが、女子にラインを尋ねたことすらない。というのも、女子というのは、気乗りしない相手でも(断ると角が立つので)聞けばたいがい教えてくれるもんだが、それにぬか喜びして実際にラインしてみると、返信が異常に遅い。「あ、ごめ~ん。昨日ライン見てなかったの~」とか言われちゃう。既読なのに。そういう頭脳戦で惨敗したやつの話を、いやってほど聞かされたので、すっかり恐怖症になっちまって今日に至る。


 なので、気軽にメッセージを送っていいのかどうか悩んでるわけ。そもそも彼女が、誰にでも連絡先を教える社交的人間なのか、それとも、この「友だち」が実は超貴重なもので、俺は選ばれたことに泣いて感謝すべきなのか、それすら分かってない。まあたぶん、教えてくれた理由は、チャリを返すときの連絡に便利だからだろうし、俺としては、「不審者」から「友だち」に格上げしてもらったことに、素直に感謝すべきなんだろう。


 俺は、素直になって「無事着いた?」と送ってみた。さて。返信はいつになるんでしょうかね。


「大丈夫」


 瞬時に返事が来て驚いた。暇なんですかね? ミカはすぐに続けて、


「明日の夕方よろしく」


 は? よろしくって何? 俺は急いで問い合わせた。


「と言いますと?」

「自転車返すから〈マモ~レ〉で待ってて」


 あ、なるほど。でも俺、今日行ったばかりだし別に行く用ないし、また明日JRで行くのだるいし。


「俺のチャリなら、鍵かけて〈マモ~レ〉に停めといてくれればいいよ。そのうち取りに行くから。鍵は、うちの郵便受けにでも入れてくれれば」


と送ったとたん、ライン電話が来た。びっくり。


「山本くん? だめよそれ。盗まれたらどうするの? それに夜中に放置してたら、店の人に撤去されちゃうわよ」

「いな――地方中核都市だから大丈夫だよ。東京ならだめだろうけど」

「でもやっぱり心配だから来てくれない? 暇でしょ? 用事あるの?」

「・・・ないですけど・・・」

「ついでに案内してもらおうと思って。〈マモ~レ〉。ずいぶん詳しそうだから」

「ほお?」


 そうですか。と俺は、思わず身を乗り出してしまった。それはそれは。どうやらミカさんにも、あそこの偉大さが、やっと分かってきたようですね。遂に不肖ワタクシめの出番が来たようです!


 案内をせよとな。良い心がけです。僭越せんえつながら申し上げます。この私ほど、その役目にふさわしい人間はおりますまい。隅から隅まで、ずずずいいいっと、ご説明させていただきます。最低でも5時間ほどかけましてですね――。


「・・・簡単でいいから。店閉まっちゃうから。じゃ明日ね」


     *


 その夜、俺はなかなか寝付かれなかった。完璧にマスターしているフロアマップを頭に思い浮かべながら、1Fと2Fのどちらを先に案内すべきか、東口と西口のどちらから攻めるかなど、綿密なガイディングプランの構築に余念がなかったからだ。翌日はそれどころじゃなかったのに。虫の知らせも何もなかった。


     *


 さてその翌日だが・・・。担任との面談の日だった。入学早々、早くも志望校なんかを相談するっていう、例のやつ。少なくとも、俺はそう思っていた。


「・・・山本、と。山本は地元の大学志望だったか? 将来は公務員?」


 面談室で書類をめくりながら尋ねているのは白鳥教諭。男口調ですが女性です。アニメテンプレっぽいが、実際そうなんだからしょうがない。年は二十代前半に見せようと努力しているアラサー、といったところか。逆かも。知らんけど。


 去年南高から移ってきたって話だが、どうもあっちで何らかのトラブルがあったせいらしい。美人ということもあって、生徒の間ではその噂でもちきりです。一説によれば、女生徒の彼氏を巡る恋愛沙汰だったとか。また別の説では、同僚のおばちゃん先生を巡る暴力沙汰だったとか。どちらの説を取るかで印象がまるで違ってくるが、そのどちらも、いかにもありそう、と思わせるふところの広さが、この人にはありますね。


「・・・でもな。もったいなくないか? うちは県内有数の進学校なのに。国語の成績は良いじゃないか。漢字もそこそこ書けるし。東大狙ったらいけるんじゃないか? どおだ東大?」

「いや他の成績ご存じですよね。どう見ても無理じゃないすかそれ」

「大丈夫だ! 奇跡3回ぐらい起こればいけるぞ。若いんだから6浪ぐらいまでは頑張れるだろ? 東大入ったら、将来明るいぞ」

「今どき、そうとも限らないんじゃないですか。東大出てもフリーターとか、いるみたいですよ」

「君の将来じゃない。私のだ。東大一名につき教頭レースで10ポイントゲットだ」


 先生それ正直すぎます。それじゃ出世無理ですって。


「それにしても、若いのに、ちょっと小さくまとまり過ぎてないか? 地元大学も公務員も悪くはないが。もっとこう、将来の夢とか。世界に羽ばたくとか。オリンピック選手とか。まあ今回は間に合わんが。ノーベル賞とか。東大とか」


 結局そこですか。


「いや運動神経ないですし。そもそも東京嫌いですからね。東京の大学とか、行くやつの気が知れないですよ。殺伐としてますからね。東京砂漠」

「そこまで言うか。だいたい行ったことあるのか?」

「もちろんですよ。ディズニー行きましたよ子供のとき。それがですね。めっちゃ混んでて。人が多すぎて、気持ち悪くなって吐いちゃったんですよ。そしたら周りのやつら、誰一人助けてくれない。みんな、よけて逃げてっちゃう。ほんと冷たいですよ東京のやつら」

「こっちでも似たようなもんだと思うが・・・。親御さんはどうしたんだ。一緒に行ったんだろう?」

「真っ先に逃げてましたよ」

「・・・」


 先生は殺伐とした家庭環境に思いを馳せたのか、黙り込んでしまった。気まずい。俺はしょうがなくて快活な自己フォロー。


「地元大学、いいじゃないですか。この街好きなんですよ。コンパクトシティ。豊かな大自然と――」

「それ四月から3回聞いた」

「公務員もいいですよ。県庁とか市役所最高! 不祥事さえ起こさなけりゃ定年まで安泰。これって、先行き見えない今の日本で貴重じゃないですか」

「公務員ってのは公僕だぞ。本来、市民のために、身を粉にして働くという。まあ言ってて虚しい気もするが」

「いや! 安定生活だけじゃないですよ、もちろん! 俺の場合、ちゃんと理想も踏まえてます。この街の豊かな環境を、さらに豊かにし、市民の皆さんに届けます! 全国の方々にも、この街の魅力を最大限にアピールし、転入人口のアップを目指す所存であります!」

「政治家の方が向いてるんじゃないか? まあいいが。今のところは。先生は諦めないぞ。東大もいちおう考えとけ。不可能に挑むのが青春だ。進学指導は以上だ。・・・ところで山本」


 ここで先生は、鞄から、妙にうやうやしく別の封筒を取り出した。


「ここからは、折り入って、内密の話がある」

「は?」


 先生は、つ、と立ち上がってドアの所へ行った。


 なぜドアの鍵をかけるんだ? 俺は一瞬びびった。先生、何かの発作ですか? エロか暴力か選べるなら、前者でお願いしたいです・・・。


「これはどういうことだ」


 表情と口調が一変している。そして、目の前に叩きつけるように置かれた、大判の写真。俺は、うっと息をのんだ。


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