第26話

地下の神殿。

地下水に埋まりそうな虚空の部屋に

ポツンと、残された王座。

そこに座る王・・・


魔王たるローブを羽織っているのはまるで

「魔王ごっこ」をしている子供だった。


「一体どうなってんだよ!」


子供らしい声が神殿に響く。


「勇者は「人間」だから簡単に殺せるんじゃなかったの?

折角加護もつけてやったのに負けて怪我してのこのこ戻って

来てさ・・。お前の命を助ける意味はあったの?」


「そうは言われてもねぇ・・」


王座の間、その壊れかけた柱に背を預けて女は

綺麗に切りそろえられた爪をもつ己の手を眺めている。


「智の魔王ってのは、一人きりで生きているものなのに

あいつには仲間が居たんだもの。

仕方ないじゃない。


まぁ?でも、仕事はしくじったんだから、殺して貰っても

私は構わないわよ?

ボクちゃんの仲間が一人減るだけなんだから」


「お前なんか仲間じゃない、僕だって智の魔王だ。」

「人様の研究結果を横取りして何が・・」


バシャン・・!


柱中に女の血と肉片が飛び散る・・

そんな幻影を見せて・・・


「・・幻影でも一応痛みは感じるんだから・・・・、

もうやめてくれない?その趣味の悪い遊び」

「僕に逆らうからさ!言っておくが、僕だって本気を出せば

本当にお前を殺せるんだ!

大陸一の殺し屋だって言うからわざわざ僕の前に居させて

やってるのに!!少しは口の利き方を覚え・・・」



魔王が立ち上がる。


「馬鹿な・・空間転移と、再生核をいくつも埋め込んだ・・

アイツが・・・死んだ?」


「あらら~、ボクちゃんの作った人形も効かないのね、

何なのかしらあいつ等」


「・・っく!!!何故だ、何故「智の魔王が「勇者」や

「人間」と共闘する・・・見つけた魔王の殆どは自我を失った

枯れ木共で、生きてる魔王は戦闘方法も知らない

クズばかりだったはずなのに・・・」

「あいつは諦めたら?他の魔王を探せばいいじゃない」


魔王は小さな拳を握る。


「それができたら、僕自ら外に出ないんだよっ!!!

智を追い求める魔王・・

あいつらは必ず地下に住処を作る。

何事にも縛られず、誰の目にも触れない為だ!

産まれ落ちた時から何らかに興味を持ちそれを解明

する事だけに何百年もかけて、やがて木になって死ぬ。

智の魔王が持つ知識は、全部僕のものにしなきゃいけない

んだよ!人間なんかに邪魔されてたまるかよ!!


奪って取り込んだ重力の魔法は莫大な魔力を消費するのに・・

地下までは届かない・・っ・・・」

「ボクちゃんが大人になるまで待ったら~?」


魔王は女を睨む。


「あらごめんね?あんた半魔だから、

ある程度の寿命しかないのよね?だから智の魔王を

取り込んでるんだったわね」

「・・次その言葉を吐いたら、本当に殺すぞ」


「はいはい・・で?次はどうするの?

ボクちゃんには街の結界を壊してまで圧殺する魔力はない、のよね?」

「・・・・・」

「私、面白い話を聞いたんだけど」

「言え」

「海辺の街にね、魔王が育てている子供たちの一味が居るんですって。

その子供・・子供って言ってもオッサンだろうけど・・・そいつを攫って

魔王を仲間にするのはどう?」

「・・・仲間・・・」

「ええ、ボクちゃんはまだ子供、その魔王にもきっと気に入られるわ?

ママに・・なってくれるかもしれないわよ?

それに・・その魔王、生きている智の魔王よ?


私、その魔王を見た事があるのね・・、大陸にいた時に・・・・」


女が薄ら笑いを浮かべる。


「紫の長い髪の女の魔王でね・・、私が大陸で食べ物欲しさに仕事を

している時に偶然見かけたの・・・


魔王は女の胎内から「人間」を取り出して、消えたわ。


最初は幻かと思った。


でもね、魔王でもなきゃあんな事出来ない。」


「その魔王は何を求めている」

「人間の胎内から子供を取り出したのよ?恐らく人間について

知りたいんじゃないかしら・・・、ボクちゃんの作るデクより

ずっと強いものを作れるんじゃないかしら・・・・・」

「・・・・・僕は街には・・・入れない」

「私が行くわよ、傷を綺麗に直してくれたお礼」

「・・・」


女は小さな魔王に背を向けて歩き出した。


女は思いだす・・。

戦争ばかり繰り返す大陸で、ほんの少しだけ

配給される食糧をめぐり殺し合う大人たちを。

そんな中、痩せた女が裏道をふらふらと歩いていた。


女と魔王は一言二言会話をし、

魔王は女の腹から血の塊を取り出した。


女はすぐに出血多量で死んでしまった・・

その口元に笑みを浮かべたまま。



紫の髪。

吸い込まれそうな紫の瞳。

それは、赤く染まった両手を優しく握り姿を消した。


初めて魔王を見た女は言いようのない恐怖で凍り付き

振るえる体を骨と皮だけの両手で自分自身を抱きしめた。


あれは異形

決して人間とは交わらないもの・・

「っは・・・!・・何が・・違う・・・」


女は大陸に鳴り響く大砲の音を遠くに聞きながら思う。

「魔王と人間の何が違う、人間こそ異形だ・・・

こんなに、こんなに・・同種同士で殺し合う。

大人が子供を殺す。

それこそ異形・・ではないの・・・?


何なの・・この世界は・・・」


女は人間を憎んでいた。

だから同じように人間を憎む小さな魔王の配下に

なり、「平和そのもの」の島国に来た。


この島は大陸と離れていて、国交も無いため戦火から

も免れていた。

人々は大陸で何で何が起こっているのかも知らず

笑顔で生活をしていた。



最初、魔王が小さな村を一瞬で圧縮し、人間も家畜も

全て容赦なく叩き潰した時・・・

人間は「こうなるべき」と、自然とそう思った。



人間は死ねばいい。

ボクちゃんの考えに私は賛同する。

知恵も貸す。


私なら街の結界も簡単に抜ける事が出来る。

だって・・ただの人間の女だもの。

女の口角が吊り上がる。


「魔王でも、子供を殺されれば泣くのかしら」




情報にあった「シャミラ」という店には人影もなく。

店の扉には鍵がかかっていた。


それを難なく開錠する、人間は一人もいなかった。

ただ、店の中には死体がいつくつも転がっていて・・


店の奥に続く扉には施錠もなく、その部屋にも

同じように死体が転がり・・その中央には

男が一人、首筋を切って死んでいた。


「あらら・・少し来るのが遅かったかしら・・?」


女は男の死にざまを観察する。



「急に暴れだしたのよ。

アルはね、自分の兄弟皆殺してしまった。


私は蘇生を試みたのだけど・・・・


アルは「死なせてほしい」と願ったの。


一生この部屋に居るのは「地獄」だと言ったわ。

だから、そのままにしてあげたの。


子供のわがままを聞くのは親の務めですもの」


女は男の死体を盾にするように、その背に身体を隠す。


「ああ、逃げなくてもいいの・・

『私はあなたに興味は無い』のだから」


女の全身から汗が噴き出す。

いくつも死線を潜ってきたのに、いつになっても

「絶対的な恐怖」は新鮮だ。


武器を手に「話があるの、紫の魔王」と

振るえる声で告げる。


「私はね、アルの事をとてもとても愛していたの」

「・・あなた、人間の子供の事が知りたいのよね?」

「あんなに愛していたのに・・」

「いい話があるの」

「どうしてかしら、私・・・」

「今度は半魔の子供を育ててみない?」


紫の魔王の言葉が止まる。

「半魔?何かしらそれは」

「言葉の通りよ。半分は魔王、半分は人間・・

だから70年生きていても苦労してるのよ。

道を示してくれる、ママが必要だわ・・・」

「・・まぁ・・」



いつの間にか魔王は女のすぐ側に居て

その瞳を覗き込む。


「まぁ!まぁ!あなた女の子ね!

私は女の子も育ててみたかったの!

それに半魔・・その子はとてもとても素敵!!」


紫の魔王はダンスでも踊るかのようにくるりと一回り

する。

女は警戒しながらも安堵する。


「・・・どう?・・半魔の子の新しいママになって・・・くれる?」

「勿論よ!勿論だわ!」

「そう、良かったわ・・・」

「さぁ行きましょう!その子の場所に!!」


グラリと空間が歪む。

女は思わず目を閉じた。



「まぁまぁ!あなたが半魔の子供?!

男の子ね!素敵だわ!


今度は失敗しないわ。」



急に現れた魔王に、小さな魔王は言葉も無い。

女を街に行かせてまだ一週間も経っていないとうのに・・

それにこの場所は小さな魔王の結界が張ってあるはずなのに・・


「な・・、何だ・・!こいつが例の魔王か!」

「だめよ、いけないわ。ママは騒がしいのが嫌いなの、

知っているでしょう?」

「・・は?僕は・・」

「いけないの、ママのいう事にさえ従っていればいいの!

そうすれば、もう失敗しないわ!」


紫の魔王は見た目は子供と魔王とそう変わらない。

その小さな体で小さな子供を抱きしめる。


「あら?・・失敗・・?何の事だったかしら・・・・。

そんな些細な事はもう関係無いわね・・・・・

今日から私があなたのママよ?」


小さなは魔王は戸惑いながら女を見る。

女は床にへたり込んだまま動かない。



「いいわね?」


紫の瞳に見つめられ、小さい魔王は眉を歪めた。

服従の魔法・・・それに従う訳にいかない・・・。


どうにかこの魔王を「利用」しなければ。


「お前は僕のママではない!」

「・・・」

「本当のママになりたければ・・・、まずは

その力を僕に見せてほしい」

「・・・ええ、構わないわ・・。可愛い坊や・・

あなたはママの何が欲しいのかしら・・・」


紫の魔王は

その魔を冠するにふさわしい笑顔で

問いかけた。


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