第25話

駆る馬は疲労の為か、恐怖の為か

道半ばで制御できなくなり、とうとう一歩も進まなくなった。


「わかったよ・・ここまでよく頑張ったな、ありがとよ」


勇者は馬を捨てて走る。

全速力とはいかない。

今から魔物と闘うのだ。

力は温存しつつ歩き・・しかしその足は急いて

結局全力に近い速度で走り出す。


赤い血が噴き出す、あの光景を思い出す。

チビのくせに、弱いくせに、何も知らないくせに・・

魔王を背に庇い、命を落とすと同等の傷を負った「親友」


今回は魔王も最初から本気で闘うのだろう。

人間である自分が心配する事は無い・・だろう。


日が暮れる。

さすがに疲れて歩みが止まる。


足もとには重みのある板を引きずった跡が続いている。


「っくそ・・!もう戦闘は始まってんな・・・」

道具袋から針金の鳩を取り出す。


「魔王、おい、生きてるか?!」

『勇者!』


応えたのは夏樹だった。



勇者から連絡を受ける前から異様な魔力は感じていた。

だから、魔王は準備をしていた。


「今から恐らく2日・・・程で敵が来るだろう」

夏樹と咲を前に魔王は「鍵」を差し出す。


「どんな敵が来ようと、闘うのは僕ひとりだ。」

「私も闘います、今度こそ全ての力を出せます!」


夏樹が縋るように言葉を返す。

だが魔王はそれを手で制する。


「敵は何をしてくるかわからない、この部屋から出て

敵と対峙したら戦闘は始まってしまう。

前回の闘いを参考にしても戦闘は一瞬では終わらないだろう。

そして僕の魔法は君たちをも巻き込んでしまうかもしれない、

出来れば全ての魔力をもって闘いたいのは僕の方で、

君たちには真君と、この鍵の事を頼みたい。


この部屋はこの鍵をもってしか出る事も入る事も出来ない。

万が一僕が倒れてもその結界は破れない。

僕が倒れた時、真君を連れて逃げる事が出来るのは

今やもう君達だけだ。

勇者の事は頭数に入れなくて構わない。

とにかく西へ逃げなさい。

どれだけ人間を巻き込んでも構わない。

勇者達が集結している西の街に行けば少しは時間が稼げるだろう。


一度鍵を開いたらその鍵は捨てるように。

敵の目的はこの部屋の僕の知識だ。

君たちの事は見逃してくれるだろう。


あと、真君が僕の事に気づいても絶対に外に出さないように。」


「・・はい・・」


夏樹は鍵を握りしめる。


「真君用の不可視の布、魔力増幅させるアイテム

魔力を隠すローブを置いて行く。

逃げるときにはこれをすべて真君に装備させるように」


「はい」


「何も気にする必要はない、今はこうするのが最善な方法である。

ただそれだけなのだから」


夏樹は頷いた。




『・・それで・・魔王はもうどれくらいの時間闘ってんだ』

「もうすぐ丸2日・・でもまだ、魔王様の魔力を感じます」

『・・だから言ったろ、一人で闘うなってよ・・、悪ぃがそっちに着くのは

明日になりそうだ』

「勇者も西にお逃げ下さい。魔王様の邪魔はしない方が・・」

『あぁん!俺が邪魔だと?!!』

「魔王様は全力で魔法を使いたいと仰っておりました、迂闊に近づけば

人間のあなたでは」

『相手は剣士なんだ!聖剣の勇者である俺が助けになっても邪魔には

ならねぇよ!くそ!あのクソ魔王め!!俺が邪魔だと?!その言葉

俺の前で撤回させてもらうからな!』


ブツリ・・通信は乱暴に切れてしまう。

夏樹は針金の鳩を胸に入り口の近くで耳を澄ます。

魔力は感じるが、剣戟は聞こえてこない。


きっと魔王はもうすぐ、何事も無かったようにここに戻ってくる。

夏樹はそう信じるしかない。


「夏樹?オッサン知らねぇ?」

「!!!」


急に声をかけられて、夏樹は跳びあがるほど驚いた。


「さぁ・・でも魔王様の事・・、きっと研究に没頭してらっしゃるのでは・・」

「そっかー・・また新しいトレーニング器具作って欲しいんだけどな・・」

「それはそうと・・そのアイテム・・よくお似合いです」

「あ!これか?!」真は得意げに右腕を差し出す。


「オッサンのアイテムにしてはいいデザインだよな!」


真の人差し指の第一関節までを覆い、その先は手首に巻き付くようなデザインの

シルバーのブレスレット。

指と手の甲にはシルバーの土台に虹色に光る宝石がはめ込まれていた。


「・・カッケー!!!・・と思って早速つけてみたんだけど、

外れねーのな・・これ・・・。外し方も聞かないとなぁ・・」

「ふふっ、でも本当によくお似合いです」

「・・・お、おお・・、じゃ俺筋トレの続きしとくわ、オッサン見たら声かけてくれよな!」


真は暗闇の向こうに消える。

そこは夏樹たちは入れないが「真の部屋」があるらしい。


「あなたはいつでも強くなる為に戦ってらっしゃる・・

いつか勇者にも、いえ、魔王様が背中を預けて下さる勇者になられるはずです・・」


祈るように目を閉じる。

その手の中には、真から貰ったペンダントと、針金の鳩が重なって静かな音を立てた。



相手の体躯は2mを優に超え、その肉体は全てが筋肉の鎧に覆われていた。

顔は鉄の仮面をつけており、視線は読めない。

時折獣のような声が漏れる。

そして手にした大剣・・というよりは分厚い鉄板の先に刃先をつけたような

不格好なもの・・・彼の筋肉はそれを簡単に振り回す為にのみある事がわかる。


動きは遅い、はずなのに魔法は当たらない。

追撃の魔法も、地から伸ばした鎖さえ軽々と避ける。

体積と重力とそれに伴う負荷の計算が全く成立しない。

そして疲れをも知らないのだろう、1日中闘っても敵は息さえ乱さない。


人間を少し改造したものだろう・・・とは理解出来る。

だが、魔王の攻撃が一度も当たらないとは、傷ひとつつけられないとは・・


『かっこつけて、全力で倒すとか言っちゃったけど・・これはなかなか・・』

一瞬でも油断すると剣が飛んでくる。

敵の間合いは当然、間合いの外でもお構いなしに空間を転移して刃先が

飛んでくる。


もう何度、こうして左右の腕を飛ばされたか・・・

「無限再生」と「無限増幅」の研究をしていて良かった・・

魔王の腕やローブは瞬く間に再生する。


魔王は休む事なく魔法を放ち続け

敵はそれを避け続け、大剣を放つ

魔王の腕は切り飛ばされ再生する


気が遠くなる程、この行為の繰り返しだ。

「もう・・飽きてきちゃったな・・ぁ・・」

せめて相手の手から剣さえ奪い取れれば・・あるいは・・・

「考える事も出来ないなんて、暇で仕方ないよ・・・」

また腕を斬り飛ばされた。

そして腕は再生する。

そしてまた魔法を放つ。

敵は無傷だ。



「さっきから何して、うぉわ!!!!!」


永遠のようなやりとりの流れが一瞬変わる。


勇者が剣の間合いの外から攻撃をしかけようとして

調子にのり声を出したのだ。

しかし、敵には剣の間合いなど関係ない。

大剣が空間を転移して勇者に襲い掛かる。


魔王は極大の風魔法を圧縮し、敵の右腕に放った。

敵の腕が斬り飛ばされる。

その腕に引かれ、勇者の首を切り落とすはずだった剣も

同時に空を舞う。


魔王は攻撃の手を緩めず、切り落とした腕を更に風魔法で

切り刻み、炎魔法で追撃する。


そして左腕で敵の傷口を氷魔法で固める。

再生させない為だ。


「っぶね~」勇者は、間合いを仕切り直し、剣を構えた。


「やるならその場に留まるな」魔王のアドバイス通り・・・

勇者の足目がけて土の中から敵の腕が生える。


「やっと体勢を変えたね・・」


魔王は敵の足の膝関節を狙って風魔法を両手で放つ。

そして残った腕を切り落とす。


再生出来ないよう炎魔法で焼き払い・・・様子を見る。


「・・・っぶね・・・」「君は何をしに来たんだい?」

「うるせぇ!俺のおかげで隙が出来ただろうが!」

「そうだね。わざわざ隙を作ってくれてありがとう、礼を言う」

「もっと感情込めて感謝しな!!!」


勇者は剣を納めない。

魔王も腕を伸ばし敵の胴体を狙っている。


「ん?」


魔王の指先が何かを感知した。


「俺の悪い予感は当たる・・・」


ピクリとも動かない・・四肢を切断された胴体の真ん中が盛り上がり

キューブが飛び出した。

そのキューブは回転し、星々のように煌めき弾けた。

その光は切断された、凍った、焼けた、体の一部一部に吸い込まれる。

そこから・・

「あれが、核・・本体なのか・・、分裂して再生させるつもりか?

させないけれどね。」


魔王が天を刺す。


「業火よ、生命を焼き尽くせ!!!」


弾けた核は炎に溶けたかと思いきや・・・業火の中で尚分裂している。


「うむ、あれは核の本体ではないな・・」

「冷静に言ってんじゃねーよ!」


勇者が叫ぶ。

業火を逃れた胴体や腕の一部が再生し、2mを超えた鋼の肉体に大剣を

持ったその姿が、1体2体3体と増えてゆく。


「んなろ!!」

剣の間合いなんて意味もない。

どこからでもその首を狙って振り下ろされる剣を次々と弾きながら

勇者は魔王と背中合わせに立つ。

「こちらに来ないで欲しい・・」

「るせー!俺に強化の魔法をかけろ!」

「そんな暇はないよ、アイテムでどうにか」「もう全部使った!!」

「なら」


魔王が転移して剣戟を避ける、勇者は背後から飛んできた剣を躱し


「避けんな!魔王!てめぇ覚えてろよ!!!」


魔王に文句を言いながら、それでも剣を聖剣で弾いていく。


「少しくらい斬られても死なないだろう?それより・・核だ。

まさか核まで分裂するとは・・」

「でも・・」


勇者が距離を取り、一呼吸分・・息を整える。

そこには無数に迫る剣先・・・


「光よ・・千に斬り裂け!」


光が奔る、その名の通り光の速さで千に切り裂かれる大剣。


「さすがに核が小せーと・・剣が軽い!薄い!!!

オラオラ!!!出番だぜぇ・・俺の光の聖剣!!!!千に!斬り裂けぇえ!」


「おっと・・っと・・・」


余りの斬撃の速さに魔王は空に一時避難した。


「勇者の生身がどうにかなる前に真の核を探さねば・・」

「どこだ!!」

「隠してるんだからそう簡単には見つからな・・」


魔王の視線の先には、四肢を切断された胴体があった。

核の隠れ蓑の役目だったのだろう、その部位はもう再生しない。

その先についた顔も・・・

「一応・・」魔王はその首を跳ね飛ばす。

跳ね飛ばされた首はが瞬く間に再生した・・


「敵増やしてんじゃねー!!!バカ魔王」

「馬鹿とは、君にこそふさわしい。いいから剣戟を止めるな。

腕がちぎれてもな・・」

「っ・・・!やっ・・てんじゃ!ねーかよっ!!」


もう勇者の体力も残り少ない。

このままでは本当に腕を失いかねない。

勇者の剣戟のせいで空にいた、この距離が、今は邪魔だ。

かと言ってあの・・恐らくは本物の核が再起動をする前にその前に

確実に転移出来るか・・・


「・・・ッ・・」

「?!!」


「オッサン!!!俺が行く!!!!」


勇者の剣が止まる。限界が来たようだ。

核が弾ける、その時間があれば・・・


「飛びなさい真君!敵の核は顔の、仮面の中だ!!!」

「わかった!!!!」


真の足元に風魔法で足場を作り、真はそれを蹴って敵に向かう、

弾けた核が再生する・・そして再生した敵の剣が転移して真を襲う。


「・・せ、・・ん、に・・・・千っに・・、千に斬りっ!裂けぇええええー!!!!!」


真への剣は最後の一撃まで勇者が叩き落とした。

勇者は全身から血を噴出し、今度こそ倒れた。

白銀の鎧が徐々に赤く染められていく。


真は、あの紙束を取り出す。


「オッサンの大・大・大・魔法だ!!!くらえぇえええ!!!!!」


紙を破り捨て、仮面目がけて・・・・・超至近距離で万を超える業火の矢を受けた敵の顔は

仮面も、核も残さず消滅した。

真の右手に装備したアイテムと共に。


しん・・・と辺りが静まり帰る・・・・・


「・・・・・・・やった・・やった!!オッサン!!やったぁ!!!」


真がはしゃいで魔王に走り寄る。


「俺!やっ・・・」パシン・・・と乾いた音がした。

魔王に頬を叩かれたと気づくのに暫く時間がかかった。


「・・・え?」真は不思議そうに魔王を見上げる。


「死の道に進む君を守る事は出来ない、そう言ったよね?」

「っでも!俺!!オッサンがずっと闘ってるって聞いて・・・」

「勇者が来なくても、君が来なくても、僕はちゃんと敵を倒したさ。

真君は僕を信用しているのではなかったのかい?」

「信じてるよ!・・・でも・・、じゃあ・・オッサンだってなんであんな・・

アイテムとかローブとか金とか残して・・逃げろとか・・・

まるで・・し・・・、死ぬみたいな事、夏樹に言い残して・・・っ・・行くっから!!」


魔王は溜息をつく。


「万に一つ、と言ったんだよ。それこそバウニー達が逃げる事を躊躇わない

よう、そう言ったに過ぎない。


バウニー達を責めたのかい?言いたい放題言ってあの娘から鍵を奪ったのかい?

どうして君はそう・・・・・・・・・」


魔王は胸のあたりを掴む。


「・・オッサン・・・?痛いのか・・・?怪我したのか?」

「怪我?僕が傷など負うものか。僕は魔王なのだから・・・、さぁ説教の続きだ。

どうしてそう」

「も、無理・・・・死ぬ・・魔法・・」


魔王の足元には血だらけの勇者が転がっていた・・。



「よく死ななかったね。腕もついてる」


魔王から治癒魔法を受けて、勇者は一命を取り留めた。


ただの治癒魔法なら死んでいただろう、それだけ勇者の傷は深かったのだが

その場で完全復活する事が出来たのは魔王の魔法もそうだが、

勇者の基礎能力が高い事、そして・・


「聖と光の加護と、この不死鳥の羽が3枚織り込まれてるマントのおかげだ。

それにしても真ちゃん、俺も魔王と同意見だぜ?無理は禁物、命あっての金だ!」

「勇者があんな技を使わなければ僕が止めを刺していたさ」

「俺の剣戟がなけりゃ全員危なかっただろ!!!でもなぁ、真ちゃん!」

「うん・・、ごめん・・龍・・俺、何も考えてなくて・・・」


魔王に説教されすっかりしょげてしまった真は正座して俯いている。


勇者は居心地悪そうに頭を掻くと

「・・・ま、あれだな!・・・うん、まぁ今回はこの辺で」と拳を突き出した。

「え?」

「ほれ!」勇者は笑う。


だから真は少し笑って、勇者と拳を突き合わせた。


「ヘタレ魔王を救ったのは、俺たちの連携プレイだぜ!それだけは真実だからな!」

「・・・・・・ん・・・」



3人で魔王の隠れ家に戻る。

そこには、ただただ立ち尽くす夏樹と、夏樹を心配そうに伺う咲が

隠れ家の外で待っていた。


真は何日も姿を見せない魔王の事を夏樹に問い詰めた。

魔王の言伝を守り扉の鍵を離さなかった夏樹に


「「オッサンが死んだら夏樹のせいだ」って、俺、「絶対許さないって」って言った」


真がぽつりと告白する。


「そりゃねーわな。魔王が死んだら魔王の責任だ、そういうのを八つ当たりって言うんだぜ?」

勇者の余計な一言に、真は更に頷く。


「龍も居ないし・・、オッサンまで居なくなっちゃったら・・って思ったら、俺、怖かったんだ。

強くなる為に毎日筋トレしたり、夏樹達に体術習ったりしてたのに・・・俺、自分の事しか考えてなくて。

ごめん夏樹・・俺・・」


俯いたままで泣きそうな声に夏樹が応える。


「私は真ちゃんにどう思われても構いません」

「・・・夏樹・・」

「嫌われても構いません。それで真ちゃんを守る事が出来るなら命すら、要りません」

「な!何言ってんだよ!」

「これは私の覚悟です、だから真ちゃんが私に何をしようと言おうと・・・謝らなくてもいいんですよ?」

「・・・・」

「真ちゃんのそういう・・嘘がつけなくて、全部言葉に、行動に移してしまう真ちゃんが大好きです」

「・・・!!!!でも!やっぱり!本当に酷い言葉で傷つけた!ごめん!!」

「謝らないで・・でも、代わりにまた・・抱きしめて頂けませんか?」

「・・・・・・・・ごめ・・、・・・うん・・・」


夏樹は微笑んで手を広げる。

「どうぞ・・」

真はおずおずと夏樹を抱きしめた。




「はぁ?!魔王が魔法紙を作れる?!!!何でそういう事先に言わないかなぁ?!

俺にもくれ!全属性魔法20枚ずつ!勿論、今回の件があるから無料で!早く!」

「君に魔法紙を渡すのはかまわないが、使うと腕が吹き飛ぶと思うよ?

今回真君に渡した魔法紙は僕の魔法力の2割、そして万が一真君の腕に怪我が無いように

耐魔法具を二つも付けたアイテムを開発して装備してもらった。それでも砕けたけれども・・」

「・・・」

「聖なる偉大な光の勇者なら魔王が作る魔道具にどれほどの抑止力や、魔力が付加されるのか

わかっているとは思うのだけれど、この魔王が作成する全属性魔法紙、無料で提供するが、どうだい?」

「いらねーよそんなもん!バァーッカ!!!バー・・」


勇者は魔王に悪態をつくのをやめ。

部屋で夏樹といちゃつく(勿論本人たちには自覚は無い)真を見る。



「なんかアイツ・・・背伸びたか?筋肉もついて・・」

「几帳面な真君が、鍛錬をしたいと言うのでね、それ相応の部屋を作ってあげたのだよ。

真君の世界での書物では、戦士は皆、そういう「場所」で体を鍛え、僅かな時間で

身体能力の底上げをしていた。勿論僕はそれを参考にさせてもらった。」


「・・・その部屋だけ時間が進むのが早いとか・・そういう部屋か?」

「おや、よくわかったね」

「ば!!!」と叫びかけて勇者は魔王に近づく。


「真ちゃんは何年その部屋で過ごした事になる」

「・・・正確にはわからないが3年くらいか?」


勇者はとりあえず安心した。


真の為にとその部屋に入れば時が急速に進む部屋で真の筋トレの

手助けをしたかった魔王の気持ちも分かる。

魔王は無限に近い寿命を持つ故に人間の年齢の事にかなり疎い。

一歩間違えば、真は筋骨隆々だが80歳の老人になっていたかもしれないのだ。


「あの部屋は封鎖しろ」「何故」

「てめ、部屋からなかなか出て来ないなぁ・・と思ってた真ちゃんが

寿命を使い果たして白骨化して死んでてもいいのか?!」

「・・それは本末転倒だ。おかしいな・・あの書物ではそのような描写は無かったのだが」

「とにかく、真ちゃんには使うな!いいな!・・・3年って言うのは俺と同じ歳だ。

だが経験はしていない。

3年分の生死に関わる知識や、それを乗り越える精神力を持っていない。


魔王、お前にはわからないだろうが、

人間は人間の胎内で10か月かけて成型される」


「それくらい知識にあるさ、」

「10か月経ってもな、それでもな、産まれたての赤ん坊に出来るのは

せいぜい泣きわめく事くらいだ。自分で考える事も、笑う事も、

自分の脚で立ち上がる事も出来ない」

「何という脆弱な生き物なのだ・・・・・」

「でもな、経験を積んだ、学んだ人間は強いぜ?現に俺は強い!」

「・・・・・・・・・」


魔王と勇者は同時にため息をつく。


「俺が言いたいのは、ただチートさえ持っていても無駄だって事だ。

大魔法を放つ時長い詠唱がある。

あれを省略したり改変したりする知恵を、お前は持っているだろう?」

「勿論さ」

「でも真ちゃんは知らないんだ、ただ、魔王に渡されたアイテムと紙で

自分が強くなったと錯覚しちまう・・・、

俺たち人間には寿命があり、多く血を流しただけで死ぬ。

だからまずは知恵を経験を学なばなければ、身体が動かないんだよ」


「よくもそんな不都合な体で生きてこられ」「生きて来たさ!!!!!」


勇者は叫んで簡易の木の机に拳を叩き付けた。

机は壊れた・・・・


「どんだけ嫌味を言われても、剣士の道を邪魔されても、極寒の地でも灼熱の地でも!!!

女に騙されても、毒を盛られても、仲間に裏切られても、血の繋がった兄弟に貶められても!!!!

俺は俺の知識と経験で生き延びて聖剣を手に入れた!

魔王が何だ!俺はなぁ!生身の人間の体で聖と光の加護を手に入れた!!俺だけの力でだ!!!!!

これが経験するって事だ!それをお前は真ちゃんから奪ったんだ!!分かってんのか!!!


今回の事、上手くいったが、真ちゃんを死に導いたのはお前だぞ!魔王!!!!」


勇者が声を荒げても、真と夏樹は相変わらずだ。(勿論本人たちには自覚は無い)


「君の声が大きいから、少し結界を張ったんだよ」

「わかってんだよ!!」


勇者が壊した机も元に戻っていて、勇者はその机に脚を投げ出す。


「君の言い分は理解した・・、ただ力を与えるのは乳飲み子に乳を与えるだけの事だと」

「・・・・・・・・・・・・・・・わかってくれればいい」

「どうも・・、ふふっ」


魔王が笑う。


「んだよ・・気持ち悪ぃ・・」

「僕はね、真君があの時飛び出してきた時・・、僕自身の為に道具として使うと

思っていたんだよ、その為にアイテムも用意した。

バウニーにも言い含めた。

しかし実際はどうだ、僕の予想通りになったというのに、この胸は晴れない。

そして勇者、君の発言はまるで真君の血縁者、そうだね・・兄、のようだ。

そして僕は保護者、バウニーは真君の恋する君、そして真君の妹君・・・・・

なんだろうね・・この不思議な関係は。

僕は知らない事が何より嫌なのだけれどね・・・これを言葉に出来いんだよ」


勇者は視線を流し・・・「ばぁーっか、そんなのも理解できねーのかよ」と

言いながら、魔王から顔を背けて続けた。




「そういうのを、家族ってんーだよ」

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