第24話

背筋を伸ばして立ち、両手を前に水平に差し出し

拳を握り、開く・・それを繰り返す。


「それは何だい?何かの術式なのかい?」


オッサンが珍しそうに俺を観ている。


「だから筋トレのひとつだってば、これは握力をつける運動」

「先ほどまでは違う動きをしていた。」

「あれは腹筋と背筋を鍛えてた」

「その場で足踏みしたり」

「腿上げ、全部筋トレだってば!見られてるとやり辛ぇよ!!」

「・・・筋トレ・・筋肉をつける為の運動・・。何故そんな事するんだい?」

「・・・・・外出れないし、暇だし・・、剣を振るうには筋力が必要だろ?

だから・・・、なぁ、筋トレってそんなに珍しいの?」


俺の動きをじっと見てるオッサンにジムとか見せたら

ハマりそうだなぁ・・・・


「剣を振るう、筋肉が必要・・」

「オッサンだって、腕太いし筋力あるだろ?トレーニングしないと

筋肉はすぐ落ちるんだぜ?」

「僕の体は「どうとでも」なるから必要ないよ?そうか・・人間は訓練しないと

筋力が落ちて戦闘能力が落ちるものなのか・・・、では僕が「筋力」を増幅する

薬を作ってあげるよ」

「いいよ!そんなの!自分でやらないと意味ねぇから!」

「・・・・ふむ、その根拠は」


俺はトレーニングを止めてオッサンと対峙する。


「この部屋はオッサンが俺の部屋にしてもいいって言った部屋だよな?」

「ああ」

「ここは俺の部屋なんだから、俺が何かする度に壁すり抜けて入ってくんの

やめてくれよ、せめて声かけてくれ」

「了承した」


了承した、といいつつ。

オッサンは俺をまじまじと見てくる。


「僕は人間にはあまり興味がなくて、今まで無視してきたものだから

真君の生活や思考、行動が・・・珍しくて仕方ない。


でも僕は君を守る魔王なのだから、君を理解しなければいけないと、

そう思うのだよ。」


「その気持ちは嬉しいんだけど」

「ならば、もう少し僕に君を理解する時間を貰えないだろうか」


オッサン目は・・・魔王と言うだけあってなんか怖いんだよなぁ・・・

しかも無表情だし・・・・近づいてくるし・・・・


「本当は真君の脳や体を解剖するのが一番早いんだろうけれど」

「解剖?!!殺すって事?!!」

「殺さないよ、少し・・そうだね・・少し、アンデッドになってしまうかもしれない。

でも安心して欲しい。殺しはしない」


「もういいいから!出て行けってば!!!」


俺は少しも動かないオッサンを何とか部屋の外に追い出・・・

くそ!全然動かなねーー!!!

というか・・・オッサンの体に触れる事も出来ない。


「わかった。出て行くよ、そしてまた来る」

「来るな!!!」


オッサンは少し不思議そうな顔をして部屋から消えた。


今まで、何でも冗談みたいに話をしていたのに

このオッサンの緊急避難所に来てからは俺の何もかも知りたがり

何かと薬を作りたがり、それを俺に飲ませようとしてくる・・

これが「智」の魔王な本当の姿なのだろうか・・・・


魔王の薬・・それを飲んだ方が早く強くなれるんだろうか・・

でも、それは何か違う気がして。


俺は自然と拳を握り、開くを繰り返していた。

せめて、握力が着けば、剣を強く握りしめる事が出来れば

剣の威力も増すはずだ。


後は素振り。

龍の動きを思い出して剣の振る。

より強い力で、そして早く。


俺の一日はほぼ筋トレで占められていた。

それしかやる事がない・・そして確実に早く強くなりたい。

少しでも早く。



「本当は走り込みとかもやりたいんだけど・・

外には出られないしな」

「走り込みとは?」


・・・・あれだけ言ったのに、オッサンは何事もなかった

ように部屋に入って来ていた。

・・もうこうなったら。



「オッサン、この部屋を広げる事は出来るのか?」

「出来るとも、この空間は無限だからね」

「じゃあこの位置から100メートル広げてくれ」

「ああ」


オッサンの言葉通りに部屋がぐんと広くなる。


「それで何をするんだい?」

「走り込み」

「ああ、真君は全力で走る事が好きだものね、傾斜もつけようか?

あの山道みたいに」

「おお!そんな事も出来んの?!!」

「勿論だとも」


俺の目の前で空間が歪んで、ただの平坦な道が傾斜がかかる。


「走りこみ、というもので、何を?」

「心肺機能を鍛える!この部屋をぐるぐる走り回るのは飽きたし・・・

この感じなら・・・」


俺は軽装備だが、腰に剣、最低限の道具袋をベルトにつけて

準備体操をすると、走り出した。

さすがに・・・傾斜はきつい・・・、でも勇者ならこの装備で走りながら

敵の攻撃を受けつつ反撃もしないといけない。


まずはこの山道にみたてた道を・・3往復!!


さすがにバテたけど・・久しぶりに思い切り走った気がする。

まだまだ!

もう一度だ!!!



あの敵、暗殺者と言った女。

あんな動きは出来なくても、俺は女の動きを見る事は出来たんだ。

でも反応は出来なかった。


もっと素早く剣を抜いていれば、もっと早くアイテムを使えていたら

もしかしたら・・・・

一撃でも受けられたけもしれない。


あんな風に跳んだり跳ねたりは無理だけど・・・せめて。

攻撃を受ける力、体力くらいは、俺だって!!!


「え?今・・なんて?」


さすがに疲れ切って部屋に転がっていた俺にオッサンが告げる。


「また少し魔法反応が上がった」

「魔法?!俺、魔法使えるのか?!!」


オッサンは床に溶けるように消えると、すぐに戻ってきた。

手には紙を糸で束ねた・・よく狸の焼き物が持ってるような・・・あれを持っていた。


「何だそれ!!魔法アイテムか?!」

俺はオッサンに渡されたそれを早速めくってみるが、中はすべて白紙だった。


その白紙にオッサンが手をかざすと、赤い魔法陣が映し出された。


「・・・これって、魔法紙?道具屋で売ってた・・・」

「そうだよ。この紙は魔法を呼び出す魔法陣を映し取る事が出来る。

でも魔力がない人間が使っても魔法の威力はその半分にも満たない。

そもそも、魔法紙に「どれ程度の力を込めるか」にも寄る。

魔法力が少ない人間がいくら魔法陣に力を込めてもあまり意味はないという事だね。


でも僕は「魔王」だ。その僕が今、炎の魔法をその紙に閉じ込めた。

その紙を破いて、魔法を放つように敵をイメージして広げてごらん?」


「・・・・う、うん・・・」


手が・・震える。

俺は紙を破ると、あの女を目の前にイメージして広げた。


炎の魔法陣が部屋中を覆い尽くす程巨大になり、無限の広さをもつ部屋を覆い尽くす

大火になった。


「うわ!!!」

「大丈夫、もう少し敵に的を絞るイメージをして」

「で、でも部屋が!足が!!」

「敵を見るんだ」


・・・・そうだ、敵に・・・


炎は一瞬で収まり、一本の大きな矢のような形に変わる。

その矢が何十にも何百にも別れ、一斉に無限の彼方に放たれた。


「僕の火の魔法の・・10/1程の力」

「・・いま・・ので・・・10/1?・・・・マジで・・そんだけ・・??」

「でも君は魔王である僕の魔法を使えたんだよ?」

「・・まほ・・つ・・・か・・・」


力が抜けて座り込む。息が上がる。


「うむ、もう少し・・・魔法を押さえるか、真君の魔力と同等くらいの・・」

「・・・い・・・」


俺はオッサンを見上げた。


「・・・・き・・鍛える・・から・・っ・・」

「・・・・」

「れん・・しゅ・・・する、から!じゃないと・・あの女にも、その仲間にも

ボスにも・・っ・・・!勝てない!!」

「君だけがそんなに頑張る事はない」

「俺は、今・・出来る事は全部やる!全部前もって用意して、挑む!!」


ずるずると部屋の床に倒れ込む。


「・・・生きる・・覚悟で、挑むんだ・・・・」


「ふむふむ・・・人間か・・本当に面白い生き物だ・・

力、精神力が安定すれば地上で最強の生物になれるのに、何故だ

食べ物がなければ死に、自然に淘汰されて死に、睡眠を摂らないと精神が死ぬ。

同じ種族で殺し合う一方、愛し合う。不可思議で全く整わない。

紫の魔王はそれを解明しようというのか・・・それは、なんとも充実した一生になる事だろう。

何せ・・答えは・・、おそらく「無い」のだから」



魔王は真を抱き上げると、ベッドに横たえる。


「力もないのに・・闘うと言う。

また僕を守ってくれる気でいるのかい?


大丈夫、「次の敵」はすぐに殺すから・・・・


でも・・なんだろうね・・君に守ってもらえるのは、ほんの少し・・・

なんだろうね・・意味不明なのだが・・ね。

そんな姿も見てみたいと思う僕もいるのだよ。」



魔王は、初めて真を家まで届けた時・・・真の母親がしたように

その前髪を指先で撫でてみた。


何の感情も湧く訳がない。

心など持たないのが魔王の証なのだから。


「さて、魔法紙に少し細工を施して、魔法を映そうか。」


魔王は床に落ちた紙束を拾い上げ、部屋を後にした。





『魔王!!』



真が魔力を使い果たし気を失っている頃。


「わかっているとも、大きな声を出すものではない・・」


針金の鳩は勇者の声に呼応するように小さく震えて、コトンと横に倒れた。


『お子様魔王一味は西に出ると思ってた、俺はそれをルイナに報告して

・・勇者達は西に出立した。

だがあのお子様、てめえの事を諦めちゃいないみたいだ』

「手下の一人が、肉を削がれて戻ってきたんだ、手ぶらでね・・。

諦めはしないだろうここには魔王がいる。

欲している知識もある。いちいち村をつぶして回るより簡単に

魔王が手に入るのは「今ここ」しかないのだから」

『クソが!お子様が来れば手っ取り早いのに』

「人間の勇者に後れをとるような半魔が、魔王である僕に勝てるとでも?

きっと少しづつ魔力を奪うなり、アイテムを使うなりの策で対抗するさ。

自らは絶対に僕とは対峙しないよ。」

『今度の相手はデカい剣を持ってる、剣士だ。闘えるか?』

「誰に尋ねているんだい?」

『お前の魔力だって無限じゃねーだろ、バウニーも俺だって力を貸したいが

何度も死線をくぐるのは・・かなり嫌だし、断りたいぜ・・・』

「でも、勇者。君はここへ来るのだろう?そうやって憎まれ口を叩きながらも」

『・・・・』

「憎まれ口をたたき、興味がないと嘯き、僕の反応を伺っても無駄さ。

素直に言ったらどうだ、「真君はどうしているのか」と」

『・・・ばぁっか!俺はな報酬が欲しいだけだ!出来れば楽に手に入れたい!』


魔王は倒れた鳩をそっと起こし


「そんな急いで馬を走らせなくても構わない、敵は僕が足止めしておくし

真君もここに居れば安全だ」

『てめ、こないだ少し危なかったじゃねーかよ』

「もう無理さ・・僕に隙は無い」

『せめてバウニーに手助けを頼むんだな!俺もすぐ行く!!』


ガサガサ!バリバリ・・・・ッ・・と騒音の後に通信は途切れた。


勇者がその話を聞いたのは、西の都ライタスに勇者が向かった後の事だった。

自身も西に向かうつもりで馬に跨った。

・・その前に少し魔王にアイテムの事で相談してみようか・・何か役に立つものを持ってる

かもしれない、ついでに真でもからかってやるか・・


そんな軽い気気持ちで魔王城跡に向かった。

そこには魔王の隠れ家があり、皆無事だと聞いた時は柄にもなくほっと安心した。


「・・にしても疲れたなぁ・・・、西に馬で5日走って、サユリスとすれ違って2日・・・

1日後に追い付いて・・・ルイナに戻って報告をし・・もう何日馬に乗ってんだ?

半月くらいか??・・・ケツが痛ぇ・・・・・・。

少し魔王の城で休ませてもらおう・・水や食料も調達して・・・・」


ルイナの村を出て山道に出ようとした時。

青ざめた顔をした村人と入れ違いになった。


「おい!お前、どうした、東からきたのか?」

「あ、あぁ・・・ゆ、勇者・・」


村人はガタガタと体を震わせて今来た道を指差した。


「・・俺・・、すぐそこに・・薪を拾いに行ったんだ・・・」

「街から出るのは禁止されているはずだぜ?」

「・・でも・・すぐ・・そこで・・、俺・・元は森の中で暮らしてて・・・木こりをしてて・・

た、頼まれたんだ・・、少しづつでもいいから・・・薪を街に運んで欲しいって・・

もしもの時の為にって・・ミルズさんに・・」

「そこで何を見た」


村人は再び震えだし・・・


「いや・・何か・・あった訳じゃ・・ないんだ・・・、た、体格の良い戦士が歩いて行った・・

その後ろ姿を見た・・ただそれだけで・・・」

「報奨金目当てに集まってきた奴らだろ?そいつがどうした」

「わか・・・・・らないけど・・・・、後ろ姿を見ただけで・・体中氷ついたみたいに・・

なって・・・、冷や汗が出て・・・ここまで・・どうやって戻ってきたのか・・わか・・っ・・」


普段勇者や冒険者を見慣れている村人がここまで怯えるには訳がある。

それは「人間」じゃなかったからだ。

人智を超えたそれを、ただの村人が目にした時「こう」なるのは仕方がない。

例え後ろ姿を見ただけでも。


「そいつは・・・まっすぐ東に歩いて行ったんだな?」


村人は頷いた。


「この街に居ればもう大丈夫だ。薬屋に行ってカルムとアコリの葉を煎じて飲め。

そして忘れろ、いいな、この街はもう「大丈夫」だ」


村人は・・初めて安堵したように息を吐いた。




東に向かった。

徒歩で向かっている、今度の相手は恐らく「戦士」だろう。

「暗殺者」がやられたから、次のコマを出してきた。


戦士は馬でもなく、走るでもなく、悠々と歩いている。

余程腕に自信があるのだろう、行先もわかっているのだろう。


「くそっ!!」


勇者は道具袋から薬草を取り出し、生のまま噛み潰した。

精神が恐怖にとらわれるのを防ぐ為、落ち着く為だ。

そして鳩を取り出し魔王に連絡を取った。


馬を歩かせる。

馬を走らせれば間に合うのか・・いや一人では相手は無理だ。


もう少し先まで行けば、綺麗な更地になった魔王城跡が一帯が見える。

そこに敵が居れば・・・


勇者は少し小高い丘に向かい、馬を降りて望遠鏡を取り出した。

ここからでもその姿形が確認出来る・・・

人間が持てるハズもない分厚く長い大剣を引きずりながら、体中が

筋肉の塊のような男が城跡に向かって歩く姿が確認出来た。


「は・・・、さすがは魔王の手下・・・、どんだけ足長いんだよ・・

いや・・体が・・・デカすぎんのか・・・・・」


後ずさる足をなんとか留める。


「くっそ・・・!逃げるとか超かっこ悪ぃんだよ!!クソが!!」


勇者は馬に跨るとその腹を蹴った。


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