第21話

目の前に広がるのはただの平地。


そこに何があったのか、または今から何かを作る為なのか。

ただ、広い場所が主に忘れらたようにそこにある平野。



魔王は何かを確認するように地面を見ながら歩いている。

そして、かつては城があり、その地下は何百年も研究を重ねた工房があった。

それに未練がある訳ではなかった、すべては頭の中にある。

ここにかつて存在したのは・・・

研究、人間の生活、村が栄える度に笑顔で応えてくれる村人、その個人のささやかな生活

それを統べる智の魔王として、存在した「個である魔王」のすべてがここにあった、それだけの土塊。



「オッサン」


真が泣きそうな顔で魔王に声をかける。

気付けばよかった。


『昨日の夕方・・あの村の跡からでも城の屋根くらい見えてもよかったんだ・・、見えなかった時点で

オッサンはわかってたんだ・・・』


「俺の事なんて気にしないで!あの凄い魔法で城に戻ればよかったんだよ・・なんで・・・・」

「・・いや、これは真君の責任などではない。これが、魔法であれ、魔術であれ、誰の仕業であれ、気づけなかったのは

相手が相当な術の使い手と言う事。

おそらく、これは3日前にはもうこの状態にされ、放置されていた。僕はそれにも気づかなかった。ただ、それだけの事さ。

研究はまた続ければいい、魔王という存在の僕がここにいる限り、それは何も変わらない。

気になるとすれば・・・・この行いをした者と、目的。今、僕の興味はそちらにある」


あまりに無表情に言葉を紡ぐ魔王を見上げて、真は泣きたくなるのをぐっと堪えた。


「よし!そいつ探そうぜ!な!龍も、村の敵とるんだろ!」

「敵ねぇ・・・・・」


勇者は大きく伸びをして


「いや、このテのものは人間が手に負える相手じゃねぇよ、それに相手は俺の村、魔王の城は潰したが

サスの街には手を出してねぇ、まだ「小さな村しか相手にする事が出来ない、力が足りない」のか「ただの気まぐれか」

どちらにせよ、何か起こってるか・・ま!俺たち人間の出番はねぇって事だ!」

「そんな・・」


真は俯いて手を握りしめる。


「このままここに居た方が、事態を飲み込めるのか・・・場所を移動した方が安全なのか・・・」


龍は独り言のように呟いて空を仰いだ。


「あら、意外と冷静なのね」


急に声がして、構える間も無く真の前には魔王が、その隣には龍がその声の主の前に出る。


彼女は褐色の肌、身軽そうな装備に、手には刀身が細い短剣を持っていた。


「一応、潰した場所を確認するように言われていたのよ。私は無駄じゃないかって思ったんだけど・・・

何せ、魔王の城は結界もなかったし・・村にいたのもただの人間だったしねぇ・・、ま、これも契約だから。


私が用があるのは魔王だけなんだけど。

あなた達、それで退いてくれるかしら?」


「僕に利用価値があると、君が、「人間」が言うのかい?」

「勿論私じゃないわよ、私は雇われてるだけ、一緒に来て欲しいの。後の事は知らないけど」

「ふむ。悪いが僕はここを離れる訳にはいかない・・研究は続けなければ」

「一緒に来てくれたら、研究はやりたい放題みたいよ?好待遇でうらやましいわ?」

「雇い主が魔王であれば、ますます断るしかあるまい、我々は常に「個」である、それが魔王だ」

「・・・っあー・・・もう・・・・」


苛立ったように言うと、ふと彼女の姿が消えて、次の瞬間には魔王の眼前に迫っていた。

その体は龍の聖剣が止める。


「あら、抵抗するの?」

「こっちもこの魔王に用があってね、それが終わったらアンタの好きにすればいいさ」

「どういつもこいつも面倒ねぇ・・」


勇者の大剣を細い剣刃が弾き飛ばす。

体勢を崩すのはなんとかこらえた勇者には既に二撃目が放たれていた。


それは無数の剣で、その剣は魔王の前ですべて弾かれる。

彼女は少しの動揺も見せず、それどころか「くすっ」と笑った。


「仲良しさんなのね、貴方たち」

「やめてくれ」「仲良くなんかないよ」


勇者と魔王はしっかりとハモると・・・お互いに嫌そうに表情を歪めた。


「兎に角、ここは一度引いて・・そうだなぁ・・100年後にまたどうぞ。その頃にはもう俺たちには関係ない話になってるからな」

勇者の進言に

「だめよ、私これでも殺し屋なの。契約に背くと違約金が発生するわ」


普通の声色で話をしている女と勇者の間合いが少しづつ開いてゆく。


「俺と魔王、後ろには訳あってバウニーも居るぜ?俺たち全員相手にするつもりかよ」

「それが契約だから」


女は不敵に笑い、動いた。

その一瞬を勇者も見逃さない。

一撃目、勇者の剣が女の剣とぶつかり合う。女の剣は勇者の剣を滑らせるようにいなすと体を反転させて

勇者の鎧の隙間を確実に狙う。

それを腕甲で弾くと、今度は反対側に回った女の剣先が勇者の脚を狙った。


「くそ!ちょこまかと!!」

「うふふ、殺し屋ですもの!」


勇者が剣を大地に突き刺す事で攻撃を躱すと、女は笑いながら腰の後ろに手を伸ばし今までない形の剣を抜いた。


「いくつ武器持ってんの?」

「ナイショ!」


女は勇者を飛び越えて、魔王の後ろに回り込んだ。


「!」


真と女の目が合う。


「魔王様!真ちゃん!」


夏樹の、バウニーの渾身の蹴りが女の体をかすめる。


「お兄ちゃんから離れて!!」


女は空中で体を反転させて着地した、その足元に咲の足払いと、拳が待っていた。

それらも軽く躱し・・女はまるで踊るようにバウニーをあしらうと、手を伸ばした魔王のその先に居た。


「?!」初めて驚いたような顔をして女は魔王を見る。

「君の武器、返そう」


女の足は何者かにからめとられ動けない。

その体に、自らが放った無数の短剣が突き刺さる。


「やった!」真が思わず言った時、女は身をかがめると、自分の足を剣で撫でた。

そして魔王の呪縛から逃れると、すべての短剣を手足の指の間で器用に受け止めた。


「コレ、私しか使えない武器で消耗品だから・・・助かっちゃったわ」


4人を相手にしても尚、余裕で笑う女に勇者が斬りかかる。

バウニーも勇者の剣激の隙間に拳で挑む。


「いいのかしら、あなたたち」

「何がだよ!」

「私、言ったわよね。用があるのは魔王だけ・・・」


ひゅっ・・・と体をくの字に曲げて空に舞い上がった女は、再び魔王の前に舞い降りる。


「ばぁか!人間が魔王の結界に入れるかよ!」と勇者が言い放つ。

魔王も、真と自身を守る為に結界を張っていた。


それを・・・女の剣がスラリと・・まるで紙でも切り裂くようにその結界を破り、その返し刃で魔王の体を斜めに切り裂いた。


「あら」

「!!」


勇者の言う通り・・・

魔王の結界を人間が突破できるはずはない。聖剣でさえ弾くその結界が己の意思意外で消えた事に驚いた。

あれは、呪いかまじないをかけた特殊な剣なのだろう・・・・、と考えを巡らせているうちに意識がおろそかになった。

自分の側に置いておけば無事だろうと・・・・思っていた真が自分の前に両手を広げて立っていた。


真っ赤な体液が魔王のローブを濡らす。


「嫌だわ、もう使いたくないわね、これ」



「・・・真ちゃん!!!」

勇者が聖剣を投げ捨てて真の元に走り寄った。

膝から崩れ落ちた体は魔王が支えている・・・切り開かれた皮膚から血と内臓が見えている。

「死」は確実だった。


「おい!真ちゃん!!!しっかりしろ!!魔王!蘇生薬は!!」

「使ったよ」

「魔法は!!治癒魔法だよ!!早くしろ!!」

「今・・・常に使っている」

「じゃ、なんで血が止まんねーんだよ!!」


勇者は道具袋から包帯と止血剤を取り出すと、薬剤をありったけかけて、包帯を真の引き裂かれた部位に充てる。


「・・・り・・・・」


自らの血で赤く染まった手が、何かを探すように動いた。


「真ちゃん!おい!!!しっかりしろ!!!おい!!!」

「・・・お・・・・っ・・・さん・・・だい・・・じょ・・・ぶ・・・か?」

「ああ、真君が身を挺して守ってくれた、僕はここに居る」

「・・・ゴボッ!!!」


口から鼻から大量の血を吐き出して、「よか・・・た」と笑う真にはもう、表情も血の気も失われている。

その首がかくん・・・と、糸が切れた人形のように落ちた。


「はぁ?嘘だろ?!何だよこれ!何やってんだよ!魔王なんか死んでもいいのに!!!

お前は駄目だよ!お前は死んじゃ駄目だろーがよっ!!!真ちゃん!!死ぬな!バカ!!てめぇ!!死ぬな!!!この世界じゃ死んでもコンティニューなんか出来ねーんだぞ!!!ゲームじゃねーんだ!!!起きろ!おい!真ちゃん!!

真!!!真!!!真っっ!!!!!」


「もう、死んだよ」


「・・そ、そんな・・」「・・・・」夏樹も咲も地に座り込む。

否定するように首を左右に振る。


魔王は真の瞼をそっと撫でて閉じさせ、その体を地に横たえた。

「皮肉な事に、これで力を解放出来る。」


「・・・・あら、やっと本気になったって事?人間の子供一人死んだくらいで大げさね」

女は笑う。

「そうだね」

見えない腕が女の腕を拘束するが、その腕も剣で切り裂かれる。

だが幾重にも幾重にも伸ばされる腕に、女の顔色が少しづつ変わってゆく。


「千の矢」


魔王が魔法を放つ。

千の光の矢が女を追い詰める。

いくら弾いても魔王の攻撃は止まらない、それどころか重ねて魔法で攻撃されてさすがに疲弊したのか

女の体勢が揺らぐ。


「天から降り注げ、力の矢」

「ちょっ!」


女が空を切り裂く、光の矢は止まらない。女を拘束しようと追ってくる手も止まらない。


「あんた!結界が張れない程弱ってたんじゃなかったの?!」

「生憎だが、今、初めて「人間」であるお前を「殺したい」と思うばかりで。質問には答えられない。」


魔王の指先が地を差す。


「地より出よ、千の剣」

「ちぃっ!!!」





「力もねーくせに・・・馬鹿がよ・・・。皆を守る勇者になるんじゃ・・なかったのかよ・・・・」

「真ちゃん・・真ちゃん・・」「お兄ちゃん・・やだぁ・・・・やだよぅ・・」


魔王の猛反撃が続く・・闘いの音が遠くに聞こえる。

魔王の結界に守られたその場所は静かだった。


「見ろよ、魔王のヤツ・・・ブチ切れて・・・・、あんな魔法も使えるんだな、さすが魔王様だぜ

真ちゃんが見たら・・「かっこいい!」って騒ぎだすんだろうな・・俺も・・魔法・・・・使いたいって・・言って・・・」


勇者が聖剣を拾い上げ、真の体の上に置く。


「俺が・・聖の魔法を使うのは・・・特別な時だけだ・・・・。

死したる御霊が痛みもなく天に行くようにって・・・な、ただの儀式だけどな・・・・・・っ・・・」


聖剣が仄かに光を帯びる。



夏樹は真からもらったペンダントを両手で包み、祈った。

祈りが終わると、真の髪をなで、頬を撫でて、その唇に唇を重ねた。


「私・・あなたを・・愛しております。

今までもこれからもずっと永久に・・っ・・すき・・・だい・・好きです・・・」


咲は泣き声をあげないよう、夏樹とお揃いのペンダントを握りしめて蹲る。





・・・・・・・

そこはあまりに暗くて冷たい空間で・・・真は他人事のように自分の死を感じていた。


「これが・・死・・か・・・・。あっけねーな俺・・一撃だぜ一撃・・・、自分でも笑える」


はは、と笑う声も、声にはならず、どこかで自分の声が響くだけだ。

何も出来ないから、やろうとした。

皆に「龍が一番の原因だ」と「自分の大切な記憶を奪われた事」を聞かされても何も感じなかった。

実際覚えてない、何も。


覚えている・・・楽しかったのは・・・

「異世界に行く勇者ごっこ」に付き合ってくれるオッサンと、それを話すと笑って背中を押してくれる龍といた日々。

触れば壊れそうな・・大好きな夏樹と交わした少ない言葉。

何かと世話を焼く妹を褒めると、本当に喜んでくれて・・・・そんな・・・ありふれた日々。


「でもオッサンを助けられてよかった・・・、これで・・・?ん?何だ・・・?」


遠くから呼ばれているような気がして目を凝らす。

身体の感覚は無くなって、呆然とした何かになった自分がふわふわと浮いているような・・

「それ」が、音を聞いた。


『生きる、覚悟』


・・・・きる・・覚悟・・・。

確かに、自分は死ぬつもりなんてなかった。

手はしっかり相棒を掴んでいた。もう片手には煙玉も持っていた。

闘おうとしていた。

村を、魔王の城をその城下に住む人達を・・あんな風景にしてしまった敵と。


龍が剣を振るい、夏樹と咲が攻撃してくれたおかげで、女の軌道はわかっていた、だから身構えていた。

生きる覚悟は、龍の教え通り、腹の一番底に持っていた。


ふわふわと得体の知れない何かが、形を作ってゆく。


「なんだ?凄い・・力が流れ込んでくる・・・・・、これがオッサンの魔力・・か?

龍の・・声がする・・・、夏樹の気持ちも・・・咲の涙も・・・全部・・、流れ込んでくる・・・・」


死んでない。

俺・・まだ生きてる。


足に力を入れて立ち上がる。

最初は上手くいかなくて躓いて、倒れて・・それでも、「足」に集中して立ち上がろうとする。

それに呼応するように、切り裂かれた場所からどんどん魔力が流れ込んでくるのを感じた。


「なんだ、俺・・こんなに力持ってたのか・・早く気づけばよかった・・、あぁ、もしかしてこれがチート??」


足を進める、一歩、また一歩・・・・・

そしてそこに辿りついた。


「チートにしてはマジでキツいけど・・・もっとこう・・スマートにいかないかなぁ・・・」





真が目を開けて起き上がる姿を

龍も夏樹も咲も・・・・ただ茫然と眺めていた。


最初はふらつく足取りで・・次第に強く大地を踏みしめて・・・次は

敵めがけて走り出した。相棒を手に・・


「うわぁああああ!!!!穿て!グロリアス・チェイン!!!!!」

「何?!」


魔王の相手だけでも精一杯だった女は完全に虚を突かれ、その脇腹を聖剣と同じ、いや、それ以上の衝撃を受けた。

グロリアス・チェイン・・一度定めた場所に繰り返し衝撃を与え、確実にその部位を削り、千切り取る。


「穿てっ!穿てっ!!!!穿てぇええーーーー!!!!!」

「っ・・・・!!!」


渾身の一撃にとうとう耐えきれず女は姿を消した。

真は肩で息をしながら

少しだけふらついた体は、相棒が、龍が魔王が夏樹が、咲が支えてくれた。


「く、苦しいよ・・・」

「うっせ、バカ・・死ぬか生きるかどっちかにしろ・・っこの・・・馬鹿野郎が・・・・っ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君の体を一度解剖させてくれやしないか」

「嫌だよ怖いよオッサン・・」

「まこっ・・・・とちゃん・・・、真ちゃん!真ちゃん!!!!」

「ごめん夏樹・・また泣かせちまって・・・」

「お兄ちゃんお兄ちゃんおにいちゃん!!うわぁあああん!!」

「ごめんごめん・・咲もごめんな?」

真は改めて相棒を握りしめ、「お前もありがとな、本当の聖剣みたいだったぜ」と言葉をかけた。


真が3年間振るって来た木刀。

魔王が「折れないよう」力を授けた木刀。

勇者が授けた「儀式」を賜った木刀。

そして、何より持ち主である真の「生きる覚悟」を吸い込んだ木刀は今、本物の聖剣に生まれ変わったのだ。

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