第17話

一方、その頃。


海の街を見下ろす小高い丘で、夏樹は目の前に舞う炎と対峙していた。

石で囲った祭壇のようなものの上には、平たい動物の骨の一部のようなものがおかれ

炎に炙られてはパキパキと音を立てて割けてゆく。


その前に座り一心に何かを祈るように目を閉じていた夏樹がそっと目を開くと同時に

パキンと小気味よい音がして、骨が弾けた。


「それは何だい?君たちの部族でのまじない?」


それまで黙ってその様子を見ていた魔王が、我慢出来ないように尋ねてくる。


「ええ・・、ちょっとした吉凶占いのようなものです。」

「そう・・結果は何と出たの?」

「あまりよくありませんね・・真ちゃんが心配です・・・」

『人間も同じようなまじないや占いをするのだけれども、何故だろうね、どうやって見分けるんだい?その意味は?』


色々な疑問が頭の中を廻ったが、魔王は言葉にはせず立ち上がる。


「これは珍しい、ポンコツ勇者からの呼び出しだ」

「!やっぱり真ちゃんの身に何か・・・」


心配そうに魔王を見上げる夏樹に「大体の事は大丈夫だともうけれど、その占い、当たるんだね。今度仕組みを教えてくれるかい?」

魔王はそう言い残して姿を消した。


「真ちゃん・・」

「姫様、どのような占いの結果が出たのですか?」


咲も心配そうに街の様子を見やる。


「ええ・・とても大きな力が見えました・・・真ちゃんが巻き込まれていなければいいのですが・・」

「・・・お兄ちゃん」

「勇者はともかく、魔王様が行ってくださったので大丈夫でしょう・・ここはあの方にお願いするしかありません」



夏樹は両手を合わせ、ぎゅっと握って目を閉じた。




『何かあったらこの魔法陣で僕を呼び出すと良い』

魔王は勇者や真、バウニーににも同じように手の甲に魔法陣を描いた。

「何だこれ!かっこいい!」はしゃぐ真の手の甲の魔法陣は、その肌に沈み込むようにじわりと消えてしまった。

「通信機のようなものだと思えばいい、その魔法陣から僕にも君たちの情報が僅かだが感じ取る事も出来る・・便利でしょ?」

真は消えた魔法陣にがっかりし、勇者は「てめ、魔王のくせに何しやがる!俺の加護が消えたらどうすんだよ!」と散々文句を

言っていたが・・


『結局使うじゃないか・・・まぁ、それだけの事が起こったという事だね』魔王が呼び出されたのは街の広場で

目の前の展開に少々戸惑いつつ・・・3人を観察する事から始める事にした。

真を挟んで退治する男と女の勇者。


「あの女・・いや男?幾重にも魔神の加護が付与されているな・・・本当に人間なのか?珍しい・・・・

ポンコツ勇者の加護も・・力も、人間にしては十二分なものだが・・、確かにこれは僕を呼んで正解だよ。褒めてあげようか」



「動くな!!!」勇者が叫んだ。

聖剣の柄を握ったまま・・・サユリスの動きを止める。


「何よ、私は誰かに観られて喜ぶような変態プレイはしないの・・あれはあなたの仲間なの?じゃあ早めに退場するよう

伝えなさい?そして、このわんちゃんを置いて、あんたも・・・とっとと行きやがれや・・・」


「てめ、ぜってーに街中でそれを抜くなよ?」「お互いさまよ・・でも私、狙った獲物は絶対逃さない性なの、知ってるでしょ?」


サユリスも聖剣の柄を掴んだまま、二人はじりじりと間合いを詰め、にらみ合う。


「痛いっ!!!」


急に真が叫んで耳を押さえた。

「真ちゃん!」「わんこちゃん!!」


二人は同時に真に駆け寄る。真は暫くベンチに横になり耳を押さえていたが・・・そっとその手を外した。


「あ、今・・なんか、凄い耳鳴りがして・・・何だったんだろう」

「大変!うちで看病しなくちゃ!」


サユリスの手を勇者が払う。

「させっかよ!」

「あぁん?!クソが!邪魔すんな!」

「!!!!!」


二人が言い合いを始めるとまた、真が耳を押さえる。


「くそっ!真ちゃんから一度離れろ!てめーの剣と俺の聖剣の相性は最悪なんだよ!」

「うっせ!そっちが離れろや!私のかわいいわんこちゃんに傷がつくだろーが!!!!」

「ふたりとも・・やめ・・」


苦しそうに言う真に、勇者が一旦距離を取る。

だがサユリスは素早く真を抱き上げると、人間とは思えない速度で広場の入り口まで飛んだ・・が・・・

何かに阻まれて、着地する。

「こんなもので・・・」バキン!と音を立てて壊れたのは広場の床の煉瓦だ。


「私をとめられるとでも?!!」


サユリスは何もない空間に廻し蹴りを放つ。


「止めるつもりはないよ・・・、ただほんの少し。隙が欲しかったのさ」

「?!!」


サユリスの蹴りは虚空を切り裂き・・・、その腕から真の姿は消えていた。


「わ!私のわんこちゃん!どこ?!どこに行ったの?!!!」


彼女は左右を見渡したが、広場にはもう真の姿はおろか、勇者の姿も無い。


「いやーーー!!!私のワンコ系少年がーーー!!!」

サユリスの叫び声は、街の外まで響き渡った・・・・。




ゴリアス=メイズ=ロンドリア

はロンドリア家14女として産声を上げた。



ロンドリア家は14代続く勇者の名家で、聖剣「ダウン・クロウ」を継承する家柄である・・が

14代目当主グラウンの代になり、跡取り問題に悩まされていた。


次期当主たる男子が産まれないのだ。

グラウン夫妻は毎日天に祈った。

『次期当主が産まれますように』『次期当主をどうか・・・』『次期当主を我が家に』『次期当主が世界一の勇者になりますように』と。

その甲斐あり、ある日夫婦は二人で同じ夢を見た。


『魔を司る貴様達がいくら天に祈っても無駄だっつーの!こちとら「天」なの!天使!どっちかってーと「聖」属性勇者育てたい側なのね!

知ってるよ、貴様達様が良き信心を持つ者だってわかるわー、毎日の祈りもマジありがたいわー。でもね、無理なものは無理なの!

今まで「魔」を詰め込んで育てたきた魔剣がもうMAXなのね。MAXなの!貴様達の責任じゃないの!魔剣がMAX!なの!

これ以上貴様達の家系が続くとマジ上から私が怒られんのね!わかる?!!!!わかんないよねー!仕事ってキッついのよ!

とにかく、今身籠って産まれてくる子は女の子!諦めて!メンゴ!テヘペロ!でもここまで頑張ったあなた達の事は魔の者に伝えておくわ!』


それでもグラウンは諦めなかった。

産まれて来た子供に「ゴリアス=メイズ=ロンドリア」と名付け、男の子として育てた。

魔術師を雇い徹底的に「魔」の力の増幅を彼女に与え、魔とつくものなら何でも取り寄せた。

そしてある日・・・


「怪力の泉」の噂を聞きつけた。


この泉の水を飲めば百人力!と噂の泉を買い取り、嫌がる娘に毎日その水を飲ませた。

それが・・・・天の者が、魔の知り合いに頼んで作ってもらった「本物」の「力の水」とも知らず・・・。


こうしてサユリスは女ながらに男の力を手に入れた新人類へと成長したのだ・・・。

その性癖と共に・・・・・




「これが俺の知るサユリアのすべてだ」


勇者はぐったりしながら話終わると、目の前の紅茶を一気に飲み干した。


「お代わりは必要かしら」


紫の髪をした魔王に言われて「頼む」と告げると、勇者はもう一度項垂れた。


あれから、魔王が真と勇者を連れて身を隠したのは・・昨日訪れたばかりの「紫の魔王」の部屋だった。


「あんたには感謝してる。あいつの嗅覚は犬並みだ・・地獄のな・・・街中ひっくり返してでも真ちゃんを攫いにくるだろう・・・

魔王に匿われるのは聊か不遜だが、今は力を貸してくれ・・・・」


「これは意外な事だ」

「・・」

「ポンコツ勇者が素直だ」

魔王の素直な感想にも勇者は何の言葉も返せずにいた。


「あいつはやべぇんだよ、「俺にとってはな」それは魔王!ってめーにも分かんだろうが!」


「クッキーでも食べて落ち着いて欲しいわ。私、騒々しいのが嫌いなの」


紫の魔王が言うと、魔王は「すまないね、ここに逃げるのが一番だと思ったのだよ。君にとってそれは迷惑な話だったかな?」


「いいえ・・・この場所には私が許した者しか入れないの。ただ、魔王が再びここに来るのが早くて驚いたのよ。

驚くなんて何百年ぶりかしら、私の心は踊っているし、そこにいる少し変わった匂いのする人間には何も問いかけない事を

交わした約束を、守るわ」


紫の魔王の言葉を聞きながら「本当にな・・魔王があらかじめ逃げ道を用意してくれて助かったぜ・・、あのままだと俺も剣を抜くしかなかった・・・・、真ちゃんにそれほど傷がないのも幸いだぜ・・普通の人間なら・・鼓膜どころか、アタマイッちまっててもおかしくないからな」


「これは本当に珍しい事だよ、勇者、君は僕に感謝をしている。今までに無い事だ」


「・・・こればっかりは仕方ねぇよ・・真実だからな・・・、俺の聖剣はあいつの聖剣とは真逆の存在。

鞘から抜いて切り結ぶなんてしたらこの街が吹き飛びかねないぜ・・・

あーーー!!!あいつとは会わないようにしてたのに!なんでここで鉢合わせるんだ!」


あーーー!!と言いながら髪を掻き毟る勇者に、「ご、ごめん・・なんか・・・」と小声で告げたのは真だった。

「真ちゃんはいいんだよ、俺たちの事には関係ねぇし・・、それより大丈夫か??」


真は「俺は大丈夫」と答えるのが精いっぱいだった。


何せ魔王が二人居る部屋で、勇者同士の闘いをその一瞬でも観てしまった。

体中の震えをなんとか堪えて言葉を紡ぐ。


「・・あの人・・俺の匂いがわかるのか?!」

「ああ、言ったろ、あいつの嗅覚は地獄の番犬並みだ」

「・・じゃ・・・じゃあ!夏樹と咲の事も分かるのか?!!」


「あぁ、そういえば」と魔王が頷く。

「分かるだろうが・・・、そこに真ちゃんが居ないとわかっても何かする奴じゃない、と俺は信じたい」

「夏樹と咲は大丈夫なのか??」


誰も何も答えず・・・

真は椅子を蹴って立ち上がった。


「大丈夫なんだよな!何もしないよな!」

「・・・・・・・・・恐らく・・」

「恐らくって何だよ!オッサン!夏樹たちの所に行ってくれよ!」

「行っても無駄さ」


魔王の冷たい答えに真は耳を疑う。


「僕の属性も「魔」、奴の属性も同じ、しかも人間にとって信じられない加護を持ち合わせているあれ相手にするには

少々魔力を消費する」

「魔力なんか消費してもアイテムでなんとかなるだろ!」

「・・・うーん・・・いやそういう意味じゃなくて・・・」


魔王が少しでも本気で魔力を使ってしまった時、それが万が一真に何か影響するのでは・・・と考えている魔王も、勇者も

何も言えない。


「なんでだよ!オッサン!龍!!!!」


真は必至で二人に訴えかける。


「もう一度言うわ」


紫の魔王の声がして、真は少女にしか見えない魔王を睨む。


「私はね、騒々しいのが嫌いなの」


ふ、と体の力が抜けたように真が膝から崩れ落ちる。


「すまないね」と魔王が言うと

紫の魔王は「いいの、私も「ヒト」の親だもの。あなたたちがその子を大切に思っている気持ちはわかるつもりよ?」

と微笑んだ。

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