第15話
店の中は薄暗く、甘い香りの靄が広がっていた。
どこか目が映ろなものが居れば、カードゲームに興じる男たちも居た。
色目を使う女を侍らせて酒を飲む男・・・
急に銃声が聞こえたかと思うと湧き上がる笑い声。
『尋常ではない、これだから人間はわからない・・』
魔王は店の内部をぐるりを見渡して、暫く待った。
勇者の言った通り、男が一人慌てた様子で入って来てカウンターの男に告げる。
「猫の脚、鷹の目、蜥蜴の舌」
『あれが合言葉か・・・』カウンターに居た男が、首を左右に振ると、男は奥の部屋に消えた。
『なるほど、合言葉を言い、鍵をもらい、次の部屋へか』
魔王は静かに男の後を追い、鍵のかかった扉をすり抜けて中に入った。
次の部屋は、表以上に酷い有様で。
縋り付くように水パイプを咥える男や女。
鎖に繋がれた獣人をアナイフや鞭で弄る男たち。
誰かに土下座をして、懇願する男。
虚ろな目の少女・・・・
魔王が追って来た男は、部屋の中央に居る男に
「3番のルダだ」と告げると、「見りゃわかるさ、何の用だ?」男はにべもなくそう応えて
葉巻を深く吸い込んだ。
ひときわ豪勢な椅子に女を侍らせて座っている男の体躯は2m近くはありそうだ。
白髪だが歳は30手前程の、その髪をオールバックにして、顎鬚を蓄えている。
いかにも「ボス」という風格の男だ。
「み、店に・・ドラゴンの素材を持ってきた奴がいて、それを巻き上げようとしたんだが・・その
手下が全員帰ってこねぇ・・シルバーの勇者だった、身なりもそれなりに良かったし・・その・・・」
「話がよく見えねぇな」
「あ・あぁああ・・・すまねぇ・・・、手下どもは近くの路地で3人とものされてた。一人は手に剣を突き立てられてて・・
そいつに話を聞くと・・・この店の名前を教えたらしい・・それで・・・」
ルダという男は禿げあがった頭に脂汗をかきながら、必死に言葉を続ける。
「合言葉や、この店の構造はあいつらは知らない、勿論アンタの事も、ボスの事も」
「・・・・・・・・・・・・・で?」
「いいチャンスだぜ、あれは正真正銘ドラゴンの鱗で、奴は袋一杯にそれを持ってた、牙や爪も
あるに違いない。奪い取れば金になる・・」
「・・・・・」
「すまないが、腕のたつ兵士を何人か貸してくれ、魔導士がいい、相手は子供を連れてた
子供を人質に取れば容易いさ、今奴らが泊まってる宿を探させてる」
「子供を連れた勇者一人に、てめーの手下はやられたんだろう?」
「あ・・・ああ!あつらは・・その、不意をつかれたんだ。」
「それで、ベラベラと組織の秘密を喋った。」
「それは!」
「組織の秘密を言わなければ殺されると悟る程、相手は強かったんだろう」
「そ、そうだ!そうなんだよ!!だから・・!!」
「そして、頭もよかった」
「・・え」
ヒュ・・・
と風を切る音がした。
魔王が少しでも動いたら、そのナイフは不可視の布に「当たり」床に落ち、そして魔王の存在もばれた事だろう。
だが魔王は微動だにせず二人の話を聞いていた。
正確には二人のやりとりから目が離せなかったと言った方が正しい。
『やれやれ・・どうも人間を観察する癖が抜けないな・・』
男たちの話は続く
「相手の仲間にも魔導士が居たらどうする?合言葉はおろか、この部屋や俺の顔まで
あそいつらには丸わかりだ・・・てめー・・俺がなんで毎日毎日毎日毎日こんな狭い部屋に居ると思う」
「あ・・・あ・・・」
ルダは、無意識に「違う」と呟きながら後ずさった。
「アレを表に出すとな、バレちまうんだよ、色んな事がなぁ。
だから俺がここにいる。
アレは金の卵を産む鶏だ、バカな俺たちに「金儲け」って知恵を授けてくれる神なんだよ・・わかってるよなぁ?」
「わかっ・・わかってる・・!!わかってる!!」
「でもドラゴンの素材はいいネタだ・・・アレもきっと興味を持つ・・、久しぶりに「外」に出すか」
男は立ち上がり、部屋の奥に消えてゆく。
魔王もその後を追った。
男はある場所で立ち止まり、ふっとその姿を消した。
『魔法陣・・』
魔王も床をすり抜けて男を追う。
『ただ階下に降りるものではないな・・、転移魔法だ。
どこまでもどこまでも・・徹底したものだ、人間の仕業ではない、魔王のものだ・・』
転移先はただの暗い空間。
そこにぽつんと扉がある。
男は魔王に気づく気配もないままその扉を開いた。
部屋の中は広く、明るかった。
その中には少女が一人、子供らしい声で「珍しいわね、いらっしゃい」と声をかけた。
男は「ああ」と答えたが、少女は「あなたに言っているのではないわ、そこの魔王に言っているの」
少女は床まで伸びた紫の髪を揺らして
同じ紫色の瞳で魔王を見た。
「隠れなくてもよくってよ。あなたがこの街に来た日からここへたどり着けるよう、余計な魔法は使わずにおいたの。」
「それは良かった・・僕にも少しは技があるけれど、転移魔法を組み替えるのは難しいからね」
男は声も出せず、信じられないといった表情宇で不可視の布を外した魔王を見た。
「!てめ・・」
「お黙り、アルベルト。ママが騒々しいのが「嫌い」なのは知っているでしょう?」
少女にチロリ・・・と睨まれただけで男はおとなしくなる。
「お前もこちらに来てお座り、ママがお茶を淹れてあげるわ」
部屋の中央には小さなテーブルと4つの椅子があり、男は少女に言われるがまま素直に椅子に座った。
先ほどの様子とは余りに別人で、魔王は少し笑ってしまう。
「どうしたの?」少女が尋ねる。
「いえ、先ほどの彼とはまるで別人で・・ね、少し・・、いや失礼」
少女は「おほほ」と上品に笑うと。
「ええ、ええ、あの「小屋」の様子は私も知っているのだけれど。アルはママが居ないと何も出来やしないのに
ああして沢山の兄弟たちを従えて王様にならなければ気が済まないのよ。
最初の子供だから甘やかせすぎたわ」
ふわりふわりと宙に舞うティーポットからカップにお茶が注がれ、3人の前に音も無く置かれると
どこからともなく、焼きたてのクッキーも現れて、「お茶会」が始まった。
「さぁさ、お話をしましょう。まずはアル、ママはあなたのお話が聞きたいわ」
少女が小首をかしげて男に尋ねる。
「・・ヤクの密売ルートにほころびができてる、今度の役人は頭が固くて賄賂も受け取らねぇ・・
他のやべぇ仕事もそうだ。魔獣の素材を流すのも・・手下が増える度にこうして・・くそっ・・」
「人間の口に永遠に蓋をする事を難しいわ。それにこれ以上あのお薬を街に流通させてはいけないの。街が滅んでしまう。
獣人や奴隷の売買もそのうち禁止になるでしょうね。何故かわかるかしら?アル」
「・・・」
「お薬を買う為に仕事を求める人材を、今の政府は募集しているのね、正しく治療をして、正しく働く事を説いているの。
とてもとても正論。正しい事だわ。
そうするとね、今奴隷や獣人達の仕事を人間がするようになるわ。
獣人は野に解き放たれても生きてゆけるけれど、人間は
あまりに脆くてか弱いから、この地に留まるしかないの。または新しい土地で獣人や魔王に怯えながら生きてゆくしかないのよ?
ならば・・と、この土地で正しく仕事をし、恋をして結婚して子供を作り・・またこの街は大きくなってゆくの。
でもね、そう、そうして大きくなった街にはまたあのお薬が流行り出す。人は快楽に耽り、自分の仕事を獣人達に強制させる。
人間の言葉にもあるわ「歴史は繰り返す」それまではこの「小屋」で大人しくなさいな。
あなたの「体」は大きくなりすぎたのよ。」
「それって、いつの事なんだよ!」
「いけないわアル、ママにそんな口をきくなんて・・、でもそうねぇ、4~50年程かしら。でもその時にはあのお薬や奴隷の売買にも
いまより厳しい規制がかかっているはずよ、ますます「お金」儲けができなくなるわ。
でもねアル安心して、アルだけはママが守ってあげるわ。」
「っ!!!!」
魔王は長寿だ。
だが人間からしてみれば50年とう数字は人生の大半を占める。
この男は今、自分の「母親」に50年という時をこの場で、外に出る事も出来ずに過ごすよう、命令された。
逆らう事は出来ない、相手はこの街の「魔王」なのだ。
男は何かをいいかけたが、言えずに。
立ち上がろうとしたが、出来ずに俯いた。
「人間の営みは素晴らしいわ・・・我々魔王がどこの何から生まれ出るものなのかわかりもしないのに、人は人から生まれ
人を愛し、人を殺す。私はね、魔王」
少女は無邪気に言葉を紡ぐ。
「人間の胎児を解剖して、その生命の根源を解明してみたくなったのよ。まず手始めにアル、この子を妊婦から取り出したわ。
まだ人間になる前にね。」
「ほぅ・・・その考えはなかったな・・」魔王も冷静に言葉を返す・・と言うより、本心から感心しているようだった。
「この子はね、最初はとても小さな、魔獣のような形をしていたの。けれども数日たって目が出来て、手足が生えて、すぐに
人間になったわ。産声を上げるこの子を見て私はとてもとても感動したの。
すぐにこの子は大きくなって、私は読み書きを教えたり、この世の理を教えた。
アルはとてもいい子なの。頭がいいの。すぐに、ママである私を
「利用する」事を覚えた。
なんて素敵なのかしら、アル。
あなたは私に言ったわ、人間が心底溺れるような薬、中毒性のある薬をたくさんたくさん作って欲しい。
それがばれないような「秘密基地」が欲しい。
ママの作る薬を流通させる「道」を作って欲しい。
仕事を手伝う兄弟たちが欲しい・・・・
あぁ!アル。ママはすべてあなたの望みを叶えた。
そして今、現実を伝えた。
ママはあなたを愛しているの、あの小屋に閉じ込めたのはあなたを守る為なのよ?
ママが今更、ドラゴンの素材「なんか」であなたを解放するとでも思ったのかしら、アル。
ママはあなたを愛しているの、だって私はあなたのママだもの」
まるで詠うかのように言って・・・・
男は項垂れたまま・・・
魔王だけは「素晴らしい」と拍手した。
「僕も人間には興味があって観察はしているのだけども、なにせ人間の感情がわからない。
だから他の研究をする事にしたんだ。」
「まぁ、どんな研究を?」
「農業だよ!魔獣が人間を襲う理由は、単純に食料難から来ている。人間だって食べ物が無くて時に争う。
僕は海の向こうから戦災孤児を幾人か攫って、食べ物や着るものを与えた。読み書きや作物の作り方を教えたんだ。
そして、少し目を離した隙に、彼らは自ら生きる事を学び、農作物を育て、商売をし、村を作った!
それが僕の研究にどれほど役にたったか・・!全く人間とはすばらしい!」
「まぁ、あなたも人の「親」なのね」
「そうさ!今正に気づいたよ、僕はあの子達の親なのだ、だからこうして「守る」という使命感が生まれたのだね」
人間が聞いたら狂気じみた会話を、
二人の魔王が喜々として語る。
男は相変わらず項垂れたまま・・・実の親を殺して母親に成り代わった「ママ」を見ているしかなかった。
「・・話が長くなってしまった、で、これがドラゴンの素材だよ、何か興味を引くものがあればお譲りするが」
「いらないわ、ドラゴンなんて北の山脈に山ほど居て山ほど殺したもの。」
「そうか・・では無粋だが、この手のものを高く買ってくれる店は」
「ここしかないわ」
「それはありがたい、正直、金勘定には疎くてね・・」
「魔王なら仕方がない事、「売り方」を教えてあげてもいいけれど、すぐにお金が必要なら必要なだけお渡しするわ。」
「売り方・・」
「あら、興味があるようね。ものを売るにはまず人間の「欲」を理解するの。まずドラゴンの鱗15枚程で鎧が一つ出来るわ。
でもそれはせいぜい鎧の一部にしかならない。人間は自分でドラゴンを討伐した、と吹聴したい者や、全身を龍の鎧で包みたい・・・
この素材をお金を沢山持ってる人に売りつけて更にお金を増やしたい・・・
15枚買ったら、次は倍の値段で更に15枚、次は更に・・と言う具合に、道具屋に求めてくるわ。
あるいは、奪いに来る。」
「・・・高価なもの程目の前でちらつかせる、時には力を使う事も必要・・と。」
「そうね、人間にとって魔王との駆け引きはとてもとても簡単なものでしょう、
私たちには金銭感覚というものが欠落しているもの。さ、これでいいかしら・・あなたは他の事も聞きたいのでしょう?」
「話が早くて助かるよ・・」
「ええ・・あなたからは人間や獣人の匂い・・特別なものを感じるもの・・・、その事を聞きに来たのでしょう?」
「ああ!そうとも・・・しかし、あまり多くの事は話せない、契約をしてくれるかい?」
「勿論よ、そのために扉を開けておいたのだから・・・」
二人の間に封をされた巻物が現れ、少女がそれを開き、掌の上で炎に焼かれた。
「これで契約成立」
「本当にありがたい・・・同じ魔王とこんな機会が持てる事、何より嬉しく思うよ」
「あまり力になれなくて、申し訳ないわ・・ごめんなさいね・・」
「いいや、気にする事はない、あなたの空間転移の術式は本当に見事だ。参考になったよ
他に何か「思いだす」事があれば僕を呼んで欲しい、それだけだ」
少女は微笑み、魔王もそれに応えた。
男は死んだような眼で、地上へ還る為の魔法陣を踏んだ。
街はすっかり暗くなっていた。
魔王は不可視の布をかぶり、勇者と真の宿泊している宿へ向かう事にした。
「おせーよ」
開口一番・・・・・わかってはいたが文句を言う勇者を無視し、眠っている真を確認する。
「大体お前らの時間経過の間隔は「少し」で10年過ぎてたりするんだからな!気をつけろよ?全く!」
「真君はこの街で「アレ」をみたのかい?」
「よくわかったな。売り物の獣人やら、こき使われてる獣人を見てかんっぺきに落ちたわ、見せるつもりは
なかったんだが。隠す事でも無い。本当の事を教えて優しく介抱してやったよ、で、金は」
魔王は「どうして君はすぐにそう、金、金とせっつくんだい?」
「金がなきゃ魔王討伐の道具も買えねーだろ、真ちゃんの事守れないじゃないか!で、金は?」
魔王はローブの裾から大きな袋を取り出した。
「全部売れたのか?」「まだ少し手元に残してある、いざという時の為にそうした方がいいとアドバイスを受けたよ」
「うわ!全部金貨じゃねーか!いくらあるんだ!」
「知らないよ、勘定は向こうの言う通りにした、この街で一番高く買ってくれるのはあの店で間違いないと確信したからね」
勇者は大金の入った袋を抱いてベットに転がった。
「くー!!これでポーションや粉をケチらなくても済みそうだ!!お前にしてはよくやったな!魔王!」
「なに、相手も魔王だったのさ。だから話が早くついた。勇者が倒した人間たちももう追っては来ない、暫くここで過ごすのも
いいかもしれないね、真君の気持ち次第だけど。」
「魔王が居たのか」
勇者の声が低くなる。
「僕と同じで、特に人間に害を与えるものではなかったよ。とても静かに暮らしていた。
転移魔法が得意らしくて、それを少しご教授願っていただけさ」
「素材を高値で取引して、街に薬をバラまいて、人身売買の胴元をしてる魔王が何を言う」
「それは人間だって率先してやっている事ではないのかい?それに彼女は直接の原因ではない。
それにあの魔王はポンコツ勇者の手に負える相手ではないよ、僕と同じくね」
「・・・・・・・・・ッチ」
勇者は舌打ちして、金の入った袋を魔王に返す。
「・・・いらないのかい?」
「50枚程抜いた、そんなでけー袋持って歩けねーだろ。てめーは暫く俺の金庫だ」
「ふむ・・・、ところで真君の感情の波はどうだった?」
「俺には何も影響はなかった・・あの傷の一件以来、傷や気持ちの共感はねぇな、まだ。」
「そうかい、ではバウニーの様子でも見に行こうか・・・おやすみ勇者」
魔王の姿はたちまち消えて、勇者は首を傾げる。
「おやすみ、だと?気持ち悪ぃ・・・あいつ店で変な薬でものまされたのか??」
ぶつぶつと言いながらも、財布の重みを感じて頬を緩め「あー出来ればずっとここで豪勢なホテル暮らしと行きたいところだぜ」
と、今度こそベット転がり目を閉じた。
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