第13話
リュー=マステス=シンス=レス=9世
シンスレス家は代々続く勇者の家系で、俺は3男だった。
シンスレス家に産まれて、幼い頃から勇者になるべく教育を受けて来た。
俺は自分で言うのも何だが「天才」だった。
兄弟たちにも、年齢差も関係なく、力を見せ付けてきた。
剣術も、人間には難しいとされる魔法学も誰より早く上手くなり。
誰より早く勇者になった。
だから3男ながら9世の名と、聖剣「グロリアス・チェイン」を手に入れた。
兄弟の嫌がらせがなかったかって?あるに決まってるじゃないか。
だが俺はそれさえ軽くあしらう頭と、話術も持っていた。
俺は完璧だった。
勇者になっても完璧だった。
仕事を完璧にこなし、たまには他の勇者の獲物を横取りし、上手く世渡りをし、
そんなある日勇者連盟から仕事を請け負った。
魔王の討伐などは、予定通りに起こるものではないので依頼なんて起こらないが
眠りから目覚めた魔王の様子見・・・なんてものは依頼が来る。
その魔王が領土を奪い合うような魔王なら先に討伐してしまってもいい。
領土争いに興味が無ければ、辺りに魔王が居ないか調べるのも仕事だ。
少し面倒な仕事だが、いい金になる。
たどり着いた先には、魔王城と城下町とまではいかないが小さな村があった。
・・・・城を持つ魔王とは珍しい・・・・
村があるって事は、まさか魔王は再び眠りについたのか?
色んな事を想定しつつ村に近づく。
いや、魔王は最近目覚めたと聞いた。
この村も最近できたものではないだろう。
村人は皆広い畑を耕していた。
その表情は皆明るい、そして勇者の俺を見るとその表情は恐怖に変わる。
勇者を見てそんな顔するか・・・?
どういう事だ。
「おい、あの城の魔王が目覚めたというのは本当か?」
俺の質問に村人は「え・・ええ・・・・」と曖昧に答える。
「領土争いを望んでいるのか?」
「いいえ!魔王様はそんな方ではありません」
村人は慌てて答え
「あの方は我々の先祖を戦争から救って下さり、文字や歴史を教え、生きる術を教えて下さった
偉大な方です」
いつの間にか、俺のまわりに村人が集まり始めている・・・
「今も農作物の研究を続けてらっしゃって、うちの村で採れる野菜は
行商人が高値で買い取ってくれるんですよ。」
「この畑は季節違いの作物も育つんです!凄いでしょう?」
村人は続々と魔王が村にもたらした貢献を報告してくる。
「・・・まさか・・魔王様に・・何か良からぬ噂でもあるのでしょうか・・・」
村人の魔王への信頼は厚いらしい。
『討伐に来た』と言えば、冗談でも・・・手に持った農具で撲殺されかねない。
そんな殺気さえ感じた。
なにせ俺の鎧は、ここへ来る途中偶然出会った雑魚敵を数体相手にした返り血がついていたからな。
勇者が魔王を討伐に来たと思われても仕方ない。
「俺は勇者連盟から派遣されただけの勇者だ。魔王が討伐対象でないのなら何も問題はないさ」
村人達はほっとしたのであろう、「良かった」と口々に言っては仕事に戻って行った。
まぁ、いいか。
村人がこれだけ信頼しているのだから、研究に没頭するタイプの魔王なのだろう。
城のまわりに結界が張ってあったから馬は念の為村の外に繋いでおいたが、
俺でも通れる程のものだったし、いざという時に村人を守る、という結界なのだろう。
俺は村を後にする事にした。こんな簡単な仕事なら馬で来るんだったぜ・・・
その時・・・・初めて見てしまった。
村の入り口に建てられた左右を木で支えられた木の板には、てっきり村の名前でも彫られているのだろうと
思っていた。
だが、そこには、掠れて消えかけてはいるが
「人間牧場」
と刻印がしてあった。
「っ!!!魔王!!!!!」
俺はグロリアス・チェインを抜いた。
何が「魔王様」だ、村人を言いくるめて、いや、暗示でもかけて実験の材料にでもしてやがるんだろう!!!
「一番 「タチの悪い」 魔王だ!!!!」
その瞬間。
パン!と何かが弾けた音がして、目の前が白く輝いて何も見えなくなった。
村人の攻撃か?!と思ったが、声も無く・・痛みも無い・・・・・
何もない虚空に放りだされたように辺りは静まり返り、俺が恐る恐る目を開くと・・・
そこは異世界だった。
見た事もない景色、見た事もない文字、ふらふらと立ち上がると、向こうからもの凄い勢いで
馬車のようなものが走ってくるのが見えて、とりあえず近くの茂みに身を隠した。
「なんだよこれ・・・ここは、どこだ・・・」
そして、真ちゃんと出会った。
真ちゃんは、いい意味でも悪い意味でも馬鹿だった。
暗示にひっかかりやすく、俺の思う通りに動いてくれた。
魔王が言うには、魔王の結界と俺の聖剣がぶつかり合った結果俺だけ先に異世界に送られたのではないか・・・との事だ。
この聖剣は我が家に伝わる本物の聖剣だからな、それは十分にあり得る。
俺は俺なりに元の世界に還る方法を模索した。
その結果がこれだ。
真ちゃんをよくわからない「魔力製造機」にしちまった。
実際魔王の奴も口ではああ言っているが、真ちゃんを解剖して調べたいに違いない。
俺としても、真ちゃんが側に居るだけで聖剣の威力も違うし、体力も温存できるし良い事づくめだ。
でも、その副作用はどんなものだろう・・・
今の所、俺達の傷や疲れが真ちゃんへ影響する事はないみたいだ。
例えば俺が死ぬほどの恐怖を覚えた時、真ちゃんは感じた事のないその恐怖によって死んでしまうかもしれない・・
魔王が過ぎた力を使えば、体中の魔力を使いすぎて死んでしまうかもしれない・・・
バウニーのバカ力の衝撃が伝われば、骨を折るほどの大怪我をするかもしれない・・・・・
その副作用がいきなり訪れた時、俺たちだって死ぬかもしれない。
一蓮托生・・・「だから」仕方ない。
一番最初に真ちゃんに異世界へ行く事を刷り込んだのは俺で。
「だから」俺が真っ先に真ちゃんを守らないといけない・・
自分の身可愛さが8割、使命感が1割、あとは・・・「親友割り」だ。
だから、どうかこのまま・・・、
出来れば真ちゃんが元の世界に還りたいと言った時に、涼しい顔で「いいぜ!」と言えるように。
その方法も探し出しておかないとな・・・。
次の日
また朝から歩く事数時間。
俺は生まれて初めて「スライム」に遭遇した。
草むらから急に飛び出して来たそれは、昔遊んだおもちゃのようにドロッとしていて、緑色をしていた・・・
魔物は緑色が定番なのか?
そしてスライムは俺に向かってくる。
「うわ!」
思わず引き抜いた相棒で弾く事が出来た。
この異世界に来て初めての「反撃」だ!
「やった!こいつなら倒せる!」
逃げようとするのを、少し可哀想だと思ったけど思い切り相棒で叩き付けると
スライムは動かなくなり、そして、俺の相棒の切っ先に吸い込まれるように消えてしまった。
次に現れたスライムも、その隣に居た奴もまとめて叩き付ける。
次は一撃で仕留める事が出来た。
「やった!!!レベルアップの音楽が聞こえてきそうだぜ!」
俺は相棒を手に皆を振り返ると同時に、大き目なフードが視線を隠す。
今朝、オッサンからこのローブを着るように言われた。
サイズが全然合わなくて、裾も長いし引きずって転びそうだし嫌だったんだけど
「寸法直しするよ、その方が力が凝縮されて良いだろう」
「?なんかの魔法アイテムなのか?これ・・・」
「そうだよー、真君のステータスを上げてくれる優れもの、魔王の一点ものさ!」
オッサンが、まるで指揮者のように腕を振ると、ローブはあっと言う間に俺のサイズにまで小さくなった。
「俺、魔法使いじゃなくて、勇者なんだけど・・・」
ぶつぶつ文句を言うと
「これ以上鎧を装備するのはまだおすすめしないよ。重くて戦闘にも向かないだろ?
このローブなら軽くて、重さも感じないはずさ」
確かにローブは軽くて、着ているのを忘れるくらいだ。
実際さっきまで忘れてたぜ。
だけど、視界を遮られるのは勇者として・・・・
でもスライムを倒せたのもこのローブのおかげかもしれないしな!
俺は顔にかかったフードを上げて、皆の所に駆け寄った。
「なぁ!見てた?!今の!!一撃だぜ一撃!!俺の聖剣グロリアス・チェインも強くなったもんだぜ!!!」
「ああ、ちゃんと、見ていたよ」『魔物の死骸を取り込む所もはっきりとね・・・』
オッサンはどこか遠くを見て、龍は珍しくおとなしい。
『スライムくらいで騒ぐな』とか言いそうなのに・・・・。
僕がその変化に気づいたのは、日が昇る前の事だった。
草むらからバウニーが姿を現し、首を左右に振る。
確かに昨晩、月は出ていなかったけれど、僕たちは計8匹のゴブリンを討伐したはずだ。
皆が寝静まった頃、僕は「そういえばゴブリンの始末をしていなかった」と思い立ち上がる。
何せあいつらの体液は腐臭が激しくて、使える部位もなくて、討伐するだけ無駄な生き物だ。
朝、真君が目覚めてゴブリンの腐臭を感じたり、死体を目の当たりにしたら、また気に病むかもしれない・・
そう思って「掃除」に取り掛かろうとすると、ゴブリンの姿が1匹も見当たらない。
念のためバウニーに協力して死骸を探してもらったが、結果は同じ事だった。
ポンコツ勇者は人間なので夜目が利かない、役にも立たないからそのまま寝かせて置いて
真君が起きる前にたたき起こし、今回の件を説明した。
「んだよ・・てめーらが喰ったんじゃねーのかよ」
「食べないよあんなもの」
ああ・・・考える事は好きだ、未知を知る事にも興味がある。
だが、相手が真君の事となると話は別だ。
僕は・・・僕自身も含め皆を異なる世界に送り、そしてその世界から真君を連れ去ってしまった。
正直解剖して、色々調べてみたい・・・・
けれど、この子だけは駄目だ。
守らなくてはいけない、出来れば元の世界に安全に戻し、
あるべきはずの人生を送らせてあげなければならない。
元の世界に戻す方法はいくつか考えがある。
しかし我々の「何か」と「同期」してしまった真君を「今の状態」では還してあげることは出来ない。
とりあえず、昨日のような大型魔獣や魔王に狙われない為にも、魔力の気配を遮断するアイテムを作った。
出来ればブレスレッドや、アンクレットのようなさりげないものが良かったのだが、真君の力は強大だ、
大事なアイテムをしまい込み、包み込むようにように「ローブ」という形にした。
これで、大型の魔物はその魔力に気づかないだろう・・・
考える事は山ほどあるのに、またひとつの謎が増え、そして今朝その謎は解けた。
真君が何年も愛用していた木刀には「折れないように」刻印を施してある。
ただそれだけだ。
けれどさすがは真君の相棒・・・・・、真君の力に反応してか、魔物を喰らう「魔剣」になってしまった。
「強くなりたい」という想いがただの木切れを剣にした。
きっとこの子の「感情」は他の人間より遥かに強い。
何しろポンコツ勇者に喰われた記憶を埋める事をも自力で「何でもない事」に成し遂げたのだから。
勇者は自分の暗示が真君に作用していると思っているだろうが、あんなお粗末な暗示が長年効果を維持できる訳がない。
それが真君の強さだ。
「馬鹿」とも「単純」とも言えるだろう。
好きな事に時間を忘れて打ち込み、一人で痛みに耐え、皆で喜びを分かち合い、人の悲しみさえ自分のものとする。
何が「親友」だ。
馬鹿げている。
相手は君の大切なものを、ただ自分の為だけに散々奪って来た奴だというのに。
いっそ魔剣に勇者を喰わせてみるか。
新しい聖剣ができるに違いない。
「テメー今、変な事考えてたろ」
おや珍しい、ポンコツ勇者にしては勘の鋭い事だ。
「そんな事はないよ、僕はね、考える事が沢山あるんだ」
そう、考える事が沢山あるんだよ。
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