第12話

見上げても見上げられない程巨体のドラゴンがゆっくりと首をもたげる。

赤黒い鱗、金色の瞳、生えそろった牙・・・太い爪は大地をがっしり掴んでいた。


「魔王!!!」


龍が叫ぶ。


俺はオッサンに掴まれて空を・・飛んでいた・・・。


「バウニーは目を狙え!」


「言われずとも!」


夏樹と咲が大地を蹴り上げると、同時にドラゴンはさっきまで俺が居た場所に

業火を放った。

大地を焦がす真っ赤な火が、オッサン・・俺にめがけて飛んで来た。


オッサンがローブで炎を防ぐ。


「ギャァアアア!!!」


また、耳をつんざくような音がして、それがドラゴンの咆哮だとわかる頃には。


あのバニー姿の夏樹と、咲が、ドラゴンの顔めがけて拳を放っていた。

その拳は人間のものではなく、第二関節くらいからふかふかの毛で覆われていて華奢な夏樹の腕は3倍以上大きく

なっていた。

その拳が、ごうっ・・・と風を切り裂きドラゴンの右目に・・同じく咲の拳は左目にめり込んでいた。


ドラゴンは叫び声をあげ、ふらふらと2.3歩後ずさる。

森の木々など、おもちゃのように倒れて・・



「冥界の力、「鎖」となって、そを地に繋ぎ縫いとめよ」



オッサンが右手を伸ばす、指先が印を空に描くと、魔法陣が一気に5重になって表れて

龍めがけて落ちる・・・・と同時に、地面からいくつもの透明な鎖が淡い光を放ちながら伸びてドラゴンを拘束した。


「ゴァアアアア!!!!」


ドラゴンが暴れても鎖は少しも緩むことなく、ドラゴンは動きを封じられたままだ。




「よっしゃぁああああ!!穿てぇええええ!!!グロリアス・チェィン!!!!!」


龍の聖剣がドラゴンの翼に突き刺さる。

突き刺さるだけではなく、何度も何度も衝撃が走ってドラゴンが叫び声を上げる。


とうとう聖剣はドラゴンの翼を貫通した。

そのまま縦に切り裂くと、ドラゴンの翼は完全に体から切り離された。




「死ねや、このくそトカゲ野郎!!!!!」



一旦ドラゴンから距離をとった龍は、素早くポーションや、小さな袋を手に

もう一度ドラゴンに突っ込んでゆく。


だがドラゴンも、鎖に押さえつけられたまま、龍めがけて炎を吐き出す。


「うぉっとーぃ!」


龍はその炎をギリギリかいくぐり聖剣でドラゴンの口許を切り裂こうとするが

体勢もあって力が入らなかったnだろう、派手な音を立てて弾かれた。



「こなくそっ!!」



体勢を立て直そうとする龍の前に、オッサンの魔法が解けたのか鎖が軽い音を立てて弾けた。



「不甲斐ない」「全くです!」


夏樹と咲がドラゴンの顔面に蹴りを放つ。

それでもドラゴンは、少し揺らいだだけで倒れず、その場に伏せるように唸っている。





ここで、俺はやっと息を吐き出した・・・気がした。


「困ったね」オッサンの声がして、俺はいつの間にか地上に降ろされていた。


失くした翼を僅かに動かして、ドラゴンは俺を見据えて恨めしそうに吠えた。


「・・・ん、な・・・んで・・・、俺を狙ってる?!」

「そうみたいだ」

「なんで?!」

「おいしそうだから、じゃないかなぁ・・・」


「喰らえ!」


龍が僅かに開いたドラゴンの口・・・牙の間から、あの道具屋で買った火薬を詰め込んで、

脚元に「鉄の粉」をばら撒くと、その粉はあっと言う間に解けて地面とドラゴンの脚を接着させた。


ドラゴンは吠えて、脚をばたつかせると


「お黙りなさい!」「そろそろ、静かにして下さい!」


夏樹と咲の息のあった攻撃がドラゴンの顎を蹴り上げると、ドラゴンの口の中で爆薬がさく裂した。


さすがに効いたのか、ドラゴンは地面に倒れた。

その隙を、龍は見逃さない。


「最後だ!グロリアス・チェイン!!!!」


ドラゴンの頭上に聖剣を突き刺すと、また何度も衝撃が走ると、今度こそ何も言わず地面に伏せて動かなくなった。



「っしゃああ!ドラゴン討伐完了ぉおおお!!!!」



「ふう」オッサンがほっとしたように息を吐く。

「・・・・・」「あぁ、いくら僕でもねここで魔法を使い続けると、歯止めが利かなくなるから・・・あのポンコツが正真正銘、勇者でよかったよ」

「・・・・・・・俺・・・何もできなかったし・・・、このドラゴンも俺が一番弱そうだから狙ってきたのかな・・」



俺・・チート勇者なのに・・何も役にたたなかった・・・、オッサンに、皆に守られていただけだ・・・今までも・・・これからもそうなのかな。




「なーにシケたツラしてんだよ!ドラゴンだぜ!ドラゴン!ドラゴン討伐なんて、勇者30人がかりで、前もって準備しても

倒せるかどうかって怪物だ。さすが真ちゃん!チートだなぁ!」

「俺は・・何も・・・」

「ドラゴンの鱗一枚でも結構な金になる!おい、魔王!解体よろしくな!鱗と牙と爪は俺が貰う、その他はあんたにやるよ」

「よかろう」



二人の間には契約でもあるのだろうか・・・話はスムーズに進んで行く。



「ドラゴンの肉って食えんのか?」「無茶はしない方がいいな、ドラゴンの中には毒を持つものも居る」

「チッ・・」


呆然と立ち尽くす俺に「真ちゃん・・大丈夫ですか?」「お怪我はないですか?お兄ちゃん」女子二人にまで心配されて・・

それでも俺は何も言えなかった。

解体されたドラゴンはあっと言う間に、地面に焦げ跡だけを残し綺麗に無くなっていた。



今回は・・相手も悪かったし、突然だったし・・

よし、次こそは!

それにしても夏樹・・・



「夏樹・・強いんだな」


「え?あ・・そんな・・・」


いつもの姿になった夏樹は頭から不可視の布をかぶってしまった。


「バウニーは戦闘部族だからな、人間で言うと「綺麗、美人」とかいう褒め言葉が「強い」なんだよなー」


からかうように言う龍を睨んで、咲が俺の側に来る。


「・・お兄ちゃん、私は・・」

「咲も凄かったよ!強くて、びっくりした!俺にも体術とか教えてくれよ!」


咲も恥ずかしそうに笑って不可視の布に隠れてしまった。


あの息のあった攻撃・・凄かったなぁ・・

それに合わせられる龍も、オッサンも。


俺もいつまでも初心者じゃなくて、周回頑張ってレベル上げるぞ!







「この辺に罠でもかけとくか」

「罠?」


龍は針金のようなもので輪を作ると、それをいくつか作って茂みに仕掛けて行く。



「森に入って動物が一匹も出なかったのは、ドラゴンのせいだったんだな

そろそろ獣臭さも消えて、動物も出てくるだろ。勿論俺たちの食料だ」

「食料は街で買えば・・」

「保存食ばかりじゃ飽きるからなー」

「鳥の唐揚げ喰いてぇ・・・」

「この世界じゃ難しいかなー」




さっきの闘いが嘘みたいな日常会話に戻って・・・


俺たちは、歩き始めた。




夜、俺は火の番をするというオッサンの側で相棒の素振りを始めた。



「また、明日も歩くんだから、早めに休んだ方がいいよ?」

「なんか、少しでも体動かしていたいんだ・・次は・・俺だって・・皆の・・訳にたつ!」

「今日の敵はあまりに強大だったのだから、そんなに気にする事はないんだよ」



そう言ってくれるのは正直嬉しいけど・・・



あぁ・・・・俺のやる気上がったり下がったり・・忙しいぜ・・・


他のチート勇者はもっと上手くやってたのになぁ・・・・。

凄い魔法で敵を一撃で倒したり。

伝説の剣が語り掛けてきて、思うままに敵が倒せたり。

元から天才だったりってのもあるよな・・・




ガザッ



音がして、俺は飛び上がるほど驚いて音がした方を見た。


何だ、何だ・・?



ガザ、ガザ・・・・・・相手は何体もいるみたいだ。

出て来たのは小柄な・・・・所謂ゴブリンだった。



緑の体に、とがった耳、そして耳まで割けた口・・

ギャアギャアと、仲間と連絡を取り合うように1匹が叫びだした。



「うわ・・・うわ・・・・・」

「落ち着いて・・・、真君、彼らはこの中には入ってこられないから」

「・・・っ・・・」


鼓動が逸る。

ゴブリンの体格を考えれば俺の方が・・・・


「うわぁあああああ!!!」

「真君!」


木刀を振り下ろす。

その先にはゴブリンはいない。

いつの間にか俺の背中に上ったゴブリンは太い木の棒で俺の頭を砕こうとしていた。



死・・・っ・・・



一瞬過った言葉は、ゴブリンの悲鳴にかき消される。


「ふぁぁー・・・、だから夜は寝ろって言ったろ、真ちゃん」


もう1匹・・もう1匹・・・


俺が「危ない」という間もなく、龍は次々と現れるゴブリンの頭を剣の鞘で叩き潰してゆく。

足元の小石を拾うと俺の後ろに忍び寄っていたゴブリンの顔めがけてそれを投げつけた。

それだけで、その小石はゴブリンの顔面にめり込み、言葉もなく倒れた。


「統率するものは居ないようですね」いつの間にか夏樹が俺の側に居て。

「もうこれが、最後です」と、俺の足元に忍び寄っていたゴブリンの頭を踏みつぶした。




また、何もできなかった。

また守られて・・


「・・れだって・・」


「真ちゃん?」


「俺だって!こいつらくれー倒せたさ!皆が邪魔しなければ!勝てたのに!!!」



自分でも下らないと思う・・・こんな事言っても助けてもらったのは事実だ。

俺が役に立たないのも事実だ。

俺は異世界転生もののチート主人公じゃないのか?!




なんでこんなにも!

何もできずにいるんだよ!!!!!



俺は走り出した、泣きそうだったからだ。

すぐに躓いて転んだ、足元は真っ暗だったからだ。



「大丈夫だよ、真ちゃん」


側には龍が居た。

俺は地面に顔を突っ伏したまま、何も言えなかった。




「大丈夫さ、まだこっちに来て日も浅い、だから体がついて行ってないだけなんだよ」


「・・・でも・・・っ・・おれ・・っ・・・シルバーの・・・ゆうじゃ・・・・にっ・・・、チート・・能力っ・・・はっ・・・いつ・・・

はっぎ・・でぎんだよ」



「何言ってんだよ」


龍が俺の体を起こしてくれる。




「真ちゃんが居たから、俺たちこの世界に戻ってこれたんだぜ?」


「え・・・」



「それだけでも十分チートだってーの」


「・・でも・・オッサンの魔力が・・」


「魔王の魔力でも俺たち全員を五体満足で異世界へ転移させることは難しかっただろう、と俺は考えてる」


「・・・」


「全部、真ちゃんのおかげだ。そんな真ちゃんを命がけで守って何が悪い?」


「・・・・・でも・・・っ、俺も・・・活躍とか・・・したい」


「大丈夫、言ったろ?周回だって。冷静に敵の弱点や動きを判断するには経験が必要だ」


確かに・・・・龍の言葉には納得できた・・・


「ドラゴンなんて、滅多に出くわさないレアモンスターなんだぜ?ゴブリンだって、集団でかかられれば手を焼く、

俺たち勇者だって何度もパーティ組んで、下調べして、魔王を倒してきた、その経験をこれから積んでいけばいいだけさ

おっと、真ちゃんはチート勇者だから、そんなに経験積まなくてもすぐに強くなるだろうからな!」


「龍・・」


「さ、夜は冷える、もう寝ようぜ、明日の為にな!」


龍に真面目に諭される言葉はもっともで・・・俺は何も言えず・・・


心配そうに俺を出迎えてくれた皆に「ごめん、ありがとう・・」と言って布にくるまって横になった。
















「よくもまぁ・・ペラペラと回る口だな」


魔王の言葉に「うっせ、ああでも言わなきゃ収まんねーだろうが・・」龍は言葉を返して

寝息をたてて眠る真を見やる。


「俺だって例の件がなきゃこんなガキ、てめーに押し付けて、さっさとトンズラしてるぜ」

「これはお前という罪深きポンコツ勇者に付けられた鎖だ」


夏樹と咲も、心配そうに真を見守る。


「これは我々全員に課せられた使命でもある、心せよ」


魔王は自らの心臓を指さす。


「気持ちか、体か・・・どこかはわからないが・・・

我々は真君と、繋がってしまった。


実際私が最初に真君の魔力に気づき

勇者には、真君と同じ場所に切り傷がついた。


バウニーにはまだ症状は現れてはいないが、力は感じるはずだ。

よって、


真君が傷つけば我々も

真君が死ねば我々も・・・という可能性は十分にあり得る」


龍は忌々しそうに親指を見る。


先日、勇者の登録をする為に真の親指を少しナイフの先で斬りつけた・・その同じ場所に傷が残っている。


「そして、我々がこの世界に還る、その中心にいた真君は、魔力・・・、真君の世界でいう体力も精神力も空っぽだった。

そこに、異世界の・・私の魔力やバウニーの月の滴、勇者の経験値などが流れ込んでしまった。

よって真君は我々の力を身に宿す「アイテム」になってしまった。


この世界で常に魔力を放出し続ける真君は他の魔王や魔族には、恰好の餌に見えるだろうよ・・・。


そしてそれが皮肉にも我々の力をも底上げしてくれている事もまた事実。


だから我々はこの世界に生まれてしまった魔力増幅アイテム・・真君を手放す事は出来ない・・・・

まだ「繋がりの波」は小さいが、そのうち真君の感情の揺れ幅が大きいと我々にも支障が出ない、とは言えないからね。」



「ガキをなだめすかして、適当に勇者ごっこしてろって話だろ、クソがわかってんよ。」

「原因の一番はお前にある事を忘れるなよ、勇者」


「・・・チッ」


「もしかしたら、長命の我々魔王やバウニーの寿命も、お前ら人間と等しくなってしまったのかもしれないのだ」

「だからわかってるっつーの!!その繋がりを断ち切る方法は、お前らがなんとか探せよな!」


「私は・・真ちゃんと同じ寿命も構いません」「でも・・姫・・それではバウニー族は滅びて・・・」


夏樹と咲は手を取り合い、そして真に視線を映す。



「真ちゃんも・・・私たちに出会わなければ・・」「あの日・・・あのバカ勇者が口を滑らせなければ・・・」


「うっせーつの!寝ろ!クソが!!!」




あぁああああ!!!そうだよ、全部俺のせいだよ。

でも確かに真ちゃんの側に居るとドラゴンなんて珍しいモンスターも寄ってくるし、闘った後の疲れも少ない。

使えるぜ・・・。

魔王やバウニーの事なんか知るかよ。




ふと・・・


光の中で手を伸ばしてきた真の姿が浮かぶ。








・・・・・・・お前らに言っても信じねーだろうけど・・。




「あいつは俺を・・・・親友って・・言ったんだ」

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