第9話

「どこで、これを・・?」


薬瓶を軽く振りながらオッサンが龍に尋ねる。

静かな声だったけど、怒ってるのはなんとなくわかった。


「お前の工房に決まってんじゃねーかよ、ご丁寧に薬効まで書いた紙が同封されていたから

持って来たぜ、蘇生薬!

つか、人ん家でアイテムを捜索するのは勇者特権だぜ!」


「そ、蘇生?!すげー、マジでゲームのアイテムみてぇだ!あるんじゃねーかよ!そーゆーの!」

「これは、まだ実験中のものなんだよ・・」


オッサンは「やれやれ」と呟くとローブの袖に瓶をしまい込んだ。


「まだ効果を試した訳じゃないんだから、今回は運よく蘇生したけど・・・」


オッサンは俺のまわりでご機嫌で飛び回るチビを見て「代償はその身体の一部」という事は判明したね」


「ただでさえ、成長期間が長いドラゴンを生まれる前、卵の中に戻したと言っても過言ではない、真君

彼の鱗を触ってごらん」


「?」


言われてた通りにチビを呼んで、肩に乗せて背中の鱗を撫でる。



「あ、確かに!なんかすげーやわらかくなってる!!!」

「そんな鱗では体を守る事は出来ない、暫くの間は僕が預かっておくよ、また無茶をしたら今度こそ蘇生できるかも定かではないからね」


「・・・・チビ・・俺のせいで・・・」

「生き返ったんだからいいじゃねーか!それより、トロール2匹の賞金をもらいに行こうぜ!」


オッサンのローブに仕舞われる時、不思議そうな顔で俺をみたチビを思いだすと心が痛む。


「どれくらいしたら、元のチビに戻るんだ?」


オッサンに聞いてみたけど


「はてね・・・、ドラゴンの卵だって貴重なもので、僕も一つしか持っていなかった・・、孵化した事自体珍しい事だ。

だから何とも比べようが無いね」


「オッサン怒ってる・・のか・・?」


「怒ってなんかいないさ・・ただ、勇者の無茶にはいつもいつもいつも、迷惑をかけられている、それだけは言っておこう」



「でも龍は俺の為に・・」

「それはこの先の村で起こる楽しい事にも直結しているから、彼の本当の姿をみるがいい」



やっぱりオッサンは怒ってるのかもしれない・・・。

ドラゴンの孵化を見せてくれたのだって特別な事だったのかもしれないし・・・

そんなチビを守れなかった俺に・・・・

勝手に薬を持ちだした龍に・・・




やがて近くの村につくと、龍は大声で「村長は居るか!!!」と叫んだ。

村は本当に小さくて30軒くらいの家があって、畑があって・・・・そんな小さな村落だった。


やがて村長だろう、人影が現れた。

いかにも・・・と言った感じの老人で、娘さんだろうか・・女性に支えられながら龍の前に来た。



「魔王同士の戦いがあった事、承知しているな?」


龍が偉そうに言うと


「・・え、ええ・・・、村で逃げ出す準備をしていた所です・・・」


村長は途切れ途切れに言葉を吐くと、大きく溜息をついた。


「安心しなよ!村長!トロールは勇者がやっつけたぜ!!」


俺の言葉に、村長も・・・周りで事の成り行きを見ていた村人も、喜ぶ・・・どころか落胆した表情を見せた。

・・・?なんでだ?


「勇者条約により、この村は俺の所有物になった!よって、お前らの財産は俺のものとみなす!

さぁ、金だ!!金を持って来い!!!!!」


・・・え、


「卑劣な」「悪魔」「あれが勇者の本来の姿です」


俺の側でオッサン達の声がするが・・オッサンたちの姿は見えない。

村に近づく前に「魔王や獣人は人間から恐れられるから」という理由で「不可視の布」というアイテムに

身を包んだ3人は景色と同化して俺にも、村の人間にも見えないようだ。



「おい、龍!金って何だよ!」

「金は金だよ、あー宝石貴金属でもいいぜ!隠すなよ、隠してもどうせあとでバレるんだからな!!!!」


ギャハハハ!!!!・・・と笑う龍は、確かに「悪魔」に見えた。



「村の近くで魔王同士が闘ってただけで、村には何も被害はないだろ!なのに金品を巻き上げるなんて図々しいにも程があるぜ!

なぁ、龍・・」

「馬鹿だなぁ、真ちゃんは、真ちゃんはあの闘いで大切なドラゴンの幼獣を失ったんだぜ?!」


大げさに言うから、村人たちがさらに落胆の色を見せる。


「俺だって見てみろ、この白い鎧についた返り血を!俺はシルバークラスの勇者だから、死ぬなんてヘマはしないが・・

この鎧が、どれほどの価値があるか・・・お前らにはわかるよなぁ?!えぇ?!おい!!!

それにあの魔王をそのままにしておけば、必ずこの村は滅びただろう!!」


村人が・・少しずつお金を持って集まってくる。


「わかってんだろうな!金を隠したり、出し渋ったりしたら、今後一切この村は、何が起ころうと勇者は助けに来ない!!!」

「承知しております・・!皆、早く財産を勇者様に・・・」

「フヒヒ・・それでいーんだよ!はー疲れたわー、たかが家の金持ち出すのに何時間かかるのかねぇ・・酒でも出す店

で一休みすっかー!!!!」


龍が歩き出すから俺も仕方なく続く・・・

村人は龍を睨むでも憎むでもなく・・・黙々と家の中で財産になるものを探していた。


やがて一軒の・・多分定食屋みたいな店を見つけると「チッ・・しけてんなぁ・・」と言いながら・・悪魔と化した龍は

店に入り、堂々と真ん中の席に座るとテーブルに足を載せて「酒と、何か食えるもん持って来い!!!」と横暴な注文をした。


勿論誰一人逆らうものは居ない・・。

店の店主夫婦も、諦めたように酒や食事を運んで来た。



「こんなのやりすぎだって・・龍・・」

「バッカお前、魔王退治をタダで引き受けるようなバカ勇者は居ないっつーの」

「誰も助けてくれなんて言ってないじゃねーか!村長さんも逃げる準備をしてたって言ってた!

これじゃだたの追剥じゃねーか!魔王と同じだよ!」


バンと机を叩くと、龍は俺をつまらなそうに見て・・・・・


「魔王は意味無く人間の命を文字通り踏みつぶす、力の無い女子供老人も関係なく。

勇者は魔王を殺せる、そして・・・・」


龍は聖剣を指さした。


「コレは同じく人間も殺せる」


「だが勇者連盟の庇護下に入った村は別だ」


「近くに魔王が現れれば、勇者の誰かがその魔王を殺す、命を懸けてな」


「俺たちは命を懸けてる、その庇護下にある人間から鎧や剣、アイテムを買う金を奪って何が悪い?」


「その金は謂わば先行投資だよ真チャン、自分の命を守る先行投資、俺があのオッサンの工房から薬を頂戴しなかったら

真ちゃんは悲しみに暮れたまま、項垂れていただろうよ、それを救ったのは誰だ?俺だよな?」

「・・・そ、それは・・・・」

「真チャンは親友だから金はとらない、でもこの村は別だ、なにせ、自分達から勇者連盟に助けを求めたんだからな」


勇者・・・連盟・・・・?


「あぁ!クッソ!誰かと思えばお前かよ!!!」

「生きてたのか、死ねばよかったのに」



店に着くなり悪態をつくのは、大柄な男と、小柄な少女。

どちらも龍と同じような鎧を身にまとっている・・勇者・・・なのか?


「よー、ギスンにレイティ、相変わらず仲良しコンビだな!」

『仲良くない!!』


ギスンと呼ばれた男はスキンヘッドで顔中に切り傷や、大きな傷跡があった・・戦士そのものだ。

レイティと呼ばれた女の子・・長い髪を無造作にひとまとめにしている・・・も頬に大きな切り傷があり、

俺を見ると「何?ソッチの趣味があったの?」とクスリと笑った。


「お前ら遅いぜ、魔王は俺が始末した、この村は俺のものだ」


「今まで東の街で魔王退治してたんだよ、こんなチンケな村じゃなくて街だからな、報酬が楽しみだぜ」

「報酬は出動した勇者で分け合うんでしょ、どうせ大した額にはならないわ・・この村もね」


二人は俺たちの隣に座ると「酒と食べ物を頂戴、大丈夫私たちはちゃんと金を払うわ、多めにね」と店主に告げる。

店主は少し嬉しそうな顔をして厨房に消えた。


「魔王の死骸はどうしたの?解体するなら金額次第で手伝うけど?」


レイティ・・・さんは龍を見て・・・俺を見て軽くウィンクした・・・解体・・どういう意味だ・・・


「解体は俺がやるさ、相手はトロール二匹だ手間はかからないだろう」

「でも、緊急招集の信号を受けたわ?5mは超えるトロールだったんじゃ・・」

「そんなデカブツ俺一人で相手に出来る訳ねーだろ、村人の見間違いさ、慌てて緊急招集弾を打って今頃後悔してるぜ・・・

なぁ!」


丁度飲み物と食べ物を持ってきた店主に龍が威圧的に相槌を求めると・・・・店主は「・・え、えぇ・・まぁ」と曖昧に言いつつ

逃げるように厨房に消えた。



「ふぅん・・・まぁいいわ、今まで何してたか知らないけど、とりあえず死体にならなかったアナタに乾杯ね」

「サンキュー」

「さんきゅう・・?どういう意味だ・・、ま、お前さんが居ない間この世界は平和だったって事だけは覚えておけよ!」

三人はまるで海賊漫画みたいに木製のジョッキを合わせて・・中身を飲み干し・・・飲んだ瞬間に・・・・



『不味っ!!!!!』

とジョッキを床にたたきつけた。



「オイコラ!てめー!!!店主!!!!なんだこりゃ、馬の小便かよ!!!」

「よくもこんなくそ不味いもの飲ませてくれたわね!!!ブッ殺してやるわ!!!」

「いいぜレイティ・・、リューの村なんだからな・・何人か間引きしても釣りが来らぁ・・・」



俺は・・慌てて今にも死にそうな顔色をした店主の前に立った。


「まままま!待てよ!多分これ地ビールなんだよ!最初は口に合わないと思うけど、そのうち飲まずにいられなくなるっていう・・」

っていうのは父さんの受け売りだ。

ビールなんて飲んだ事ないけど・・・


「地ビール・・・・・」「何よそれ」「わかんねーから殺そうぜ、こちとら生き死にかかった仕事後の一杯がこれじゃあ腹の虫も収まらねぇ」


もぅう・・・何なんだよ勇者ぁ~

村人を助けてくれよぉおお・・

これじゃ山賊と変わらねぇよぉおおお・・・!!!


「地ビールっていうのには色々ありまして・・・、その土地特有の特産物を使って、職人が試行錯誤しながら作る酒の事で

多分まだ試作品なのかなー・・・、それともこの土地に住んでる人にしか響かない特上酒なのかなぁー」



俺は必死に店主にウィンクをして話を合わせるように促す。


「・・いいえ・・その酒はいつも店で出している酒です・・リグニア商会から毎月買い付けている酒です・・・確かに安物です

お気に召さなければどうぞ・・・私の首を落としてください」



店主はすべてを諦めたように床に膝をついて項垂れた。


どどどどd、どうしよう!もう店のオッサン諦めちまってる!

カウンターの向こうで、多分奥さんと子供が泣いてる声もするし・・どどどど、


「やめろ!このくそ勇者ども!!!!」



俺はグロリアスチェインを引き抜くと龍と対面した。


「村は助かったんだ!皆助かったんだよ!なのにお金全部取られたらこれからどうやって生きて行けばいいんだよ!」


「いいんだよ!坊ちゃん!勇者様に逆らってはいけない!!」

店主が俺の腕を押さえるけど、こんなのってやっぱりおかしいよ!


「何それ白けたわ、またね」レイティとギスンは席を立つ。

「金儲けの情報があったらちゃんと報告しろよ!リュー!」


ふたりは店を出ていった。

やっぱりあんなの勇者じゃねーよ!!


俺は龍と向かいあう。


「俺とやりあったって無駄なのは承知で挑むのか?死ぬぜ?真ちゃん」

「・・・・っ・・・」


くっそ・・龍の悪魔みてーな目に睨まれて冷や汗が噴き出る。

龍のやつ・・・本気だ。



「リグニア商会か・・・」急に話が変わって俺は立ち尽くすしかない。


「そっちの方が儲かりそうだ・・、いい話を聞いたぜ」


多分悪魔ってこんな顔をするんだな・・・・・。


「立ちなオッサン、首はまた付けといてやるよ、それより金だ金、金持って来い!!!!」

「はっ・・・はい!!!!」


店主は店の奥に消えた・・。



暫くして、店には村人がお金や宝石を持って集まって来た。

龍が持ってた皮の袋には半分も満たなかったから多分大した額じゃない・・



「本当にシケてやがるぜ・・これじゃ籠手を新調する事もできやしねぇ・・」

「申し訳ありません・・」


村長が頭を下げる。

村人たちも龍を恐れるように頭を下げた。


「なんだこの村はよ、トロールに潰された方が良かったんじゃねーか?

ま、命があっただけ幸せだと思って死ぬ気で働くんだな!

あと、軽々しく緊急招集弾なんてつかうんじゃねーよ。」


「・・・孫の・・」

「あ?」

「明日孫の結婚式がありまして・・どうしても・・・二人を・・・危険な目に合わせる訳に行かなくて・・・」

「おじいちゃん・・」「村長」


村長もお孫さんも村人も、皆泣いている・・・。

ちいさい村だから・・・皆家族みたいなもんなんだろうな・・・・


「ほぅ、世代交代ねぇ・・・」あ、龍がまた悪い顔をしている・・・・・・・・


「いーか、てめーら!ここは俺の村だ!このまま寂れさせるのは俺が許さねぇ!

男も女も頭使って死ぬ気で働け、山を切り開け、田畑を耕して作物を作れ売りさばけ!

てめーらが死んだ目ぇしてっからパチモン押し付けられんだよ!

ここの店主も安酒で儲けがでりゃそれでいいと思い込んじまってる!

まぁ俺に有り金巻き上げられるのも、トロールに潰されるのも同じようなもんだ、命あっただけありがてーと思いな!」



「あと」


と龍は革袋の中から指輪をふたつ取り出した。


「個人名が刻まれたものには魂が宿る、売り物にもなんねーから返すわ、じゃ!」


龍は颯爽と店を出て行く・・・・

小さな声で「ありがとうございます」と涙声がした。




「なぁ龍・・・お金返してやろうぜ・・」


村を出て、何度か言ってみたが「これが勇者連盟の決まりだからな」としか返ってこない。


「それでもあの人たち・・明日から・・」


「喰いもんまでは奪っちゃいねー、なんとか考えてシノいで生きるだろうよ、あんなチンケな村人がチンケに金なんか持ってるから

成長が止まるんだ」


「成長?」


「人は追い詰められねーと何もしない、何でも人頼みだ、勇者なんて呼ばないでさつさと荷物まとめて逃げればよかったのによ。

あの村の畑を見たか?酷い有様だったぜ、ろくに手入れもしちゃいない。

街から来る物売りから買う方が楽だって考えてるんだろうぜ、いい土なのにもったいねぇ。

畑を耕して、すぐに芽が出る野菜でも育てて、山を切り開いて薪を売りに行けばそこそこの金になる、そこでまた俺が金を徴収に行く」


「お前本当に悪魔かよ!!!!!」


「あれは俺の村だ、あの若夫婦が次の村長にでもなって繁栄してもらわなきゃ困る・・あと、酒場はグレードあげなきゃな。

真ちゃんが持ってたゲームにそんなのあったよな!」


ははは!!と笑う龍の、言ってる事は何となくわかったけど・・・

お金と命と・・・どっちが大事かって言ったら、やっぱり命で・・・・

「俺の村だから」「俺が繁栄させる」っていうのは、村にとっては良い事だったんだろうか・・悪い事だったんだろうか・・



明日・・結婚式をあげる二人の気持ちは・・・。



「大丈夫ですよ真ちゃん」

「え」


いつの間にか不可視の布を取った夏樹が俺の側を歩いていた。


「あの村は・・悔しいですがあの男の言う通り・・・・これから繁栄の道をもう一度目指すのです」

「もう一度・・?」

「えぇ・・、誰もが最初にあの村を開拓した時を思い出し、村人全員で心を一つにするでしょう、そこに少しのお金があれば

良きことに使える事もありますが、無駄になってしまう事もあるのです・・」

「あの村の少し先には、いい鉄が取れる山もあったし、大丈夫!」

「ほんと、心底嫌な事だけど、あの勇者の行いは時に役に立つ」


そっか・・・

龍はそこまで考えて・・・


「まぁ、ただの金ヅルを見つけた。としか思っていないだろうけどね、彼は」


ふうとオッサンが溜息をつくと


「聞こえてんだよ!褒めるかけなすかどっちかにしやがれ!!!!」


先を歩く龍の声は、少し照れているみたいに聞こえた。



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