第8話

異世界転生ものには「チート」がつきものだ。


突然異世界に転生したんだから、「それくらい」のオマケは「当然」だ。

それくらい「異世界」の現実が厳しいというのもあるんだろうけど。



「ねーよ?そんなもん」

「ねーの?!!!!」


俺は龍の前に膝をついた。



「俺だって真ちゃんとおなじ人間だぜ?でも勇者にはなれた、だから大丈夫!」

「・・・なんか・・もっとこう・・あるじゃん・・街を救って、王様に呼ばれて勇者になるとか。」

「いやいや、だから勇者って沢山いるから、特別扱いされないから」

「・・じゃあ、訓練とかすんのか?今から?その頃には俺、爺さんになってる気がする・・・・」

「大丈夫」


適当に言って龍は立ち上がる。

右手を振ると木刀が現れた。


「おぉ!すげー!!!!!て、それ、俺のグロリアスチェインじゃねーか!!!」

「ちげーよ、これは普通の木刀、で、」


龍の左手にはもう一振りの木刀が現れて・・・・


「これが真ちゃんの「グロリアスチェイン」だ」


言われるなり放り投げられた相棒を俺はなんとかキャッチする。



「剣の振り、型、一通りは教える、あとは実戦で頑張ろうぜ!」


バチンとウインクする龍に俺はメロメロだった。







「このままでよろしいのでしょうか・・・」


窓辺でその姿を見ながら心配そうに魔王を見る夏樹に魔王は「大丈夫さ、あれは基本なだけで真君は勇者になる、そうだろう?」


「はい!お兄ちゃんは大丈夫だと思います!!!」


咲の確固たる言葉に、夏樹は曖昧に頷いた。









「まずは回復ポーション20本、毒消しポーション10本、刃こぼれした時用に武器を7本くらい・・

あとはキャンプ用品一式、松明用に乾いた木切れを20本・・あとは」

「もう無理だよ!鞄パンパンじゃんか!!!」


龍が小さな鞄にどんどん詰め込む度、鞄は苦しそうに形を変える。

何を入れても小さなリュック程度だったから、これが異世界チートってもんだよ!と鞄を担いでみたが

それは、中身相応に重たかった。

そして俺はそのリュックの重たさに耐えきれず、立ち上がれずにいた。



「あはは、こんなの慣れだよ、慣れ!

勇者はこれを背負って戦う時もあるんだぜ?

もし、この荷を失くしたら雪山で遭難・・・なんて普通にあるから」


「チート下さいチーーート!!!!異世界ものにはチートが必須だろ!チーーーーーーーーーーーート!!!」


俺は情けないとは思ったがじたばたと暴れてみる。


「真ちゃんなら大丈夫だから!」


龍のウインクに、俺はまたしてもメロメロになってしまった・・・・・。







「何かおかしい」


信じられない程の豪華な夕食。

豪勢な風呂・・・。

そしていい香り・・・・・


それらに包まれて眠りに落ちる寸前、俺ははっと気づいた。


「いやいやいいや、チートもなしに剣の型だけとか、チートも無しに腰が折れる程の荷物持て、とか!

ありえないだろ!!!」

「あれはチャームという魔法だよ」


俺の部屋にオッサンが居るのに驚いて「キャーーーーーー」と思わず叫んでみたが・・・・・・

確かにオッサンの言葉は府に落ちた。


「チャームなんて可愛いものじゃないかな、あれは勇者特権の魔法みたな呪術の類だね」

「・・なんだよ・・・、また龍が俺に何かしようとしてんのか?ありえねー、親友とか言っといて」

「それそれ「親友」それを楔にして、勇者は真君に暗示をかけているのさ」



・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

正直面白くない、のは確かだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも龍は親友で・・・・・・・・・

勇者になりたいと、言ったのは俺だ。




「暗示なんかかけたって・・・強くなれる訳じゃねーんだろ?」

「そうだね」

「・・・・じゃ・・なんで・・」

「勇者という職業は、簡単になれるものではないんだ、真君の世界でも「レベル上げ」とか「周回」とかあっただろう?

あれと同じさ」

「じゃぁ・・俺は勇者にはなれないの?」

「なれるさ、要はコツを掴めばいいだけなんだから」

「コツ・・」

「そう、コツさ。ただ、この世界は、真君にとっては異世界だけど、ログインボーナスなんてもらえるぬるゲーじゃない、現実なんだ」

「オッサンもそこそこアプリやってたんだな・・・」


オッサンはコホンと咳払いすると。


「現実なんだよ。ただ、真君には奇異に見える世界なだけで、現実には変わりないんだ」

「・・・簡単には勇者にはなれないから・・頑張れって・・事?」


オッサンの腕?がカサカサと音を立てて揺れる。

どうやら拍手をしたみたいだ。


「そう!そういう事さ!」

「コツ・・頑張る・・・」


額に木の枝が触れると、俺は目を閉じた。


「そう・・・現に君はもう倒れる寸前まで頑張ったんだよ、それを君が認めないのは・・・僕は悔しいな・・・」


魔王の言葉は深い眠りについた真には届かなかった。





次の日も特訓は続いた。


特訓とは言え、涼しい顔の龍が片手で構える木刀に斬りかかってはいなされる・・そんな感じだ。

必要なものをぱんぱんに詰めたリュックは持ち上げる事も、引きずる事もできなかった。


その次の日も、次の日も・・・・


「チート能力、くれよ、オッサン」


夕食の時俺はふて腐れて言ってみたが「いいけど、副作用で死ぬかもしれないよ?それもでもいい?」と言われて

項垂れた。


なんだよ、異世界・・

いつでも肩に居てくれるチビスケ(竜の名前)だけが心の支えだ・・・・



あと・・・


「真ちゃんが好きなものは何ですか?この世界にあるものなら作れると思うのですが・・」


とか気を回してくれる夏樹・・・


「いやー、うちって毎日和食だったから?!このふわっふわのパンとかサイコーに美味いぜ!朝のパンも美味いけど、夜のパンもうめぇな!」


ははは!なんて笑うと、夏樹は安心したように笑ってくれる・・・。

顔色は良さそうだ・・、あ、元々病気なんかじゃなかったんだよな・・

それは・・いい事なんだけど・・・。

はー・・白飯に唐揚げ・・・食いてぇなぁ・・。


「真ちゃんは、白米に鳥の唐揚げが食べたいって顔してっけど!」

「してねぇ!!!」


ぎゃははと龍が笑う・・・・・なんで分かるんだよ。




そんな日が何日続いただろう。

カレンダーとか、季節感とかないからわからない。


朝、陽が昇ると起きて、飯食って修行して

昼、飯食って修行して

夕、咲が用意してくれた「疲れをとる薬」を肩や腕で脚に塗ってもらって、飯食って寝る。


そしてある日、


「そろそろ行くか!」


と朝飯を食べてる時に龍が言って立ち上がった。



「・・・行く?どこに・・・?」

「魔王を倒しにさ!」



龍は俺が持ても引きずる事も出来なかったリュックを軽々と担いで部屋を出てゆく。




「え、え?!行くの?もう?!」

「我々も支度いたしますね」


夏樹と咲が頭を下げて部屋から出て行く。

え?!夏樹たちも行くの?!!!


俺は・・・オッサンを見た。

見たのは、別にオッサンについてきて欲しいとか、今の状況ををどうしようとか・・・そういう事じゃなくて

ただ、その場にオッサンが居たから見た、ただそれだけだ。



「全く、あのポンコツ勇者は・・・でもここぞというタイミングだね・・・僕も行こうかな」


カサカサ・・・・ッと音がする。



「え、でも・・・、オッサン・・・死にかけなんだろ・・その体」

「死にかけなんかじゃないよ!ま、研究に没頭した結果「こう」なっただけで・・・」


オッサンは胸から取り出した小瓶の蓋を空けながら「まったくあのポンコツ勇者は何とでも言うんだから・・」

とぶつぶついいながら、枯れた指を瓶の中に浸した。


それは、あまりに一瞬で・・・・・・

あまりに懐かしくて・・・・・・


顔を隠していたフードを取りさったオッサンは俺の知ってるオッサンで・・・・・


「・・・泣いてくれるの?」

「泣いてねぇ・・・・・!!!」

「そうかい・・」



俺の頭を撫でる・・・懐かしい・・・・この感じ。

何も知らなった俺に、オッサンは時々こうしてくれたっけ。

意味のわからない俺はいつもその手を払っていたけど・・・

枯れ木なんかじゃない・・・これはいつものオッサンの手で、嬉しくなったのは・・・・・・・・・・・事実だ。






そして、やっとの事で


勇者龍、勇者見習い俺、聖獣人族、バウニーの夏樹と咲、そして・・「良い」魔王のオッサンは

旅立ったのであった!!!!!!!!!!





・・・・が、旅は過酷だった。


旅に出て一時間もしないうちに根を上げたのは俺なんだけど・・・・・



「まーだなのかよ・・、どこに行くんだよー・・・・なんか移動方法とかねーのかよー」


足が痛い、大部軽くしてもらった荷物が重い・・・・、歩いても歩いても森は抜けねーし、

木々は鬱蒼としていて暗いし、目的も何もわからないし、敵が出てくるわけでもない。



「情けねーなー、真ちゃん、何ならバウニーの背中にでも乗せてもらうか?!」


ギャハハ・・とバカにして笑う龍の声が忌々しい・・・。

でも龍は俺が持てなかった荷物を軽々と持って先頭を歩いている。

何も言い返せない・・・。



「お兄ちゃん!あんな奴のいう事気にしないで!」

「ええ、真ちゃんは人間属なのですから、疲れを感じて当然です・・・少し休みましょうか」


咲と夏樹に励まされている自分も情けない・・・・。


「いや、大丈夫・・・もう少し・・」


俺は力を振り絞って立ち上がった。


異世界に行きたいと言ったのも俺で

勇者になりたいと言ったのも俺で・・・

皆はそれに強力してくれているんだ。俺がやらないでどうする。


腰に差したグロリアスチェインの柄を握りしめる。





「ほぅ・・これが、勇者の感知能力か・・」




オッサンの言葉と共に地面が揺れ始めた。


「何だ?!」

「真ちゃん!」「お兄ちゃん!!!!」


俺は夏樹と咲、二人に抱きかかえられるように木々の間を移動する。

その衝撃の原因をわかっているかのように、二人は俺を安全と思われる場所まで運ぶと同時に

山が吠えたような・・そんな音がして大地が揺れ・・・・・・・




倒れて来たのは身長が数十メートルはある巨人だった。

緑色の体躯に、金色の鋭い眼光、口元には伸びた牙・・・・・


俺が昔、絵本で見た「トロール」と呼ばれる怪物によく似ていた。



「初心者にはおあつらえ向きの魔王だ!行くぜ!真ちゃん!!!!」



そう言い終わる頃には、龍は・・・本物のグロリアスチェインを手に、俺達に目の前に倒れた「魔王」の喉元を切り裂いていた。




何が初心者向きなんだよ!こんなでかいの。

しかも、龍がこいつを倒したら終わり・・じゃないのか?!!!!



だが、地面はまた揺れ動き。

俺は夏樹たちに抱きかかえられたまま木の上まで避難した。



「なんで避難すんだよ、もう終わりじゃ・・・」


その時の俺は・・・自分でも最低最悪の表情をしていたと思う。

「敵は龍が倒したのに、なんで逃げるんだよ」と、「逃げるには理由があるのか?!」と、「そりゃ一体何なんだ」と、

まるで夏樹たちを責めるように睨んでいたと思う。


視界の隅にもう一体、同じような体格をしたトロールが居たから・・・・・




そうだ、こいつらは自分が「魔王」だと思って陣取り合戦をしてるんだ・・・・あいあつは・・その相手だ。

でも人間の事なんか相手にしていないはず・・

なら、逃げよう・・・・でも、逃げればこの勘違い「魔王」は・・・・・・遥か向こうに見える村みたいな集落を

何の意味も無く襲うのだろう・・そう、何の意味も無く・・・、ただの通り道として歩くだけでもこれだけの地鳴りがするんだ・・・

あんな小さな村なんか簡単に滅ぼす事が出来る・・・・・・・・・




ふと・・・家族の顔が浮かんだ。



「キュウ!」鳴いてとチビスケが飛び出した。

俺の気持ちが伝わったのか、トロールの顔のまわりを飛び周り気を引いている。


「・・はぁ!はぁ!はぁっ!!!!!」


自分でもおかしいくらいに息が荒い、心臓が痛い程脈打っている。


「勇者がまだ闘っております、我々も加勢します!」「はいっ!姫様!」


夏樹たちは俺に「ここから離れないでくださいまし」と言い残すと、驚くほどの勢いでトロールに向かって行った。


「まぁ、ここに居れば安全だよ」


いつの間にかオッサンがいて、俺は・・・安心して息を吐いた。


「・・あれが初心者用モンスって・・・龍も人が悪いよな・・」

「いや、確かにトロールは戦闘知能が低いから勇者初心者には恰好のエサだよ」

「・・マジで・・?!」

「確かに事実だけれども、君が必ず勝てるという事ではないよ?そこは勘違いしないでね」


・・そんな事わかってる。

俺なんか何の役にも立たない・・・

まだ・・今はまだ勇者になるには早いんだ。



「ここで・・待ってたら、経験値貰えるとか・・」と笑ってみた。

「自分自身が行わない行動に、経験値も何も無いだろう」と、冷たく返された。


わかってるって・・・・言いかけた時


「キュウウー」と小さな鳴き声が聞こえた。


「チビスケ?!!!」

「あぁ、あれはもう駄目だね・・・トロールの一撃を喰らってしまった・・・、成獣ならまだしも産まれたての火竜はトカゲ並みの生命力しか・・」


オッサンの言葉を聞く前に、俺は木の上からなんとか地上に降りて駆けだしていた。



「チビ!チビ!!!!!」


全力で走っているあいだも、トロールの足踏みだろうか大地が揺れてバランスを崩す。

それでも走って走って・・・、気づいた時にはトロールをすぐそばで見上げる位置まで来ていた。




トロールは龍に最後の一撃を受けて地面に倒れる所だった。

その衝撃に耐えて・・・・・倒れたトロールの近くにチビを見つけた。



「チビスケ!!!チビ!!!!」


そっと抱き上げる、その体は元々それほど温かくはなかったのだけれど・・

今はその体も冷め切って、小さな口からは血の泡を吐いている。



「チビ!!!」

「あぁ、そいつのおかげでトロールの気を引けて楽勝だったぜ」


龍が剣を納めながらこちらへ歩いてくる・・白い鎧はトロールの血の色で染まっていた。

夏樹と咲はすまなそうに俺を見ている。


「死んだんだったら皮と爪、内臓も保存しようぜ、ドラゴンは何かと高値で売れるからな」


俺は龍に背を向けてチビスケを抱きしめた。


「真ちゃん、そいつは真ちゃんを守る為に死んだんだぜ?」

「わかってるよ!!!そんなの!!!!!!」


俺は叫んだ。

俺が悪い。

俺が弱くて、ビビってたから、チビは俺から敵を遠ざけようとしてくれたんだ。

わかってる、


でも。


「オッサン!!!チビを助けてくれよ!!!」


叫んだ・・・・

願った・・けど・・・



「もう死んでしまった魂は、人であれ獣であれ戻ってはこないよ」


「夏樹!咲!!どうにかできないのかよ!!!」


こんなの八つ当たりだ、わかってる・・・・


「駄目だよチビ、俺、異世界に来て何もしてないじゃんか・・・・なんで・・俺より先に最強のドラゴンが死ぬなんて

ありえないよ・・・・チビ・・・チビ!!お前ドラゴンなんだろ!生き返ってくれよ!!!!」


涙が零れる。

悔しくて・・悲しくて・・たまらない・・・・

何より、すべてが自分のせいだって事が一番腹立たしい。


「しゃーねーなぁ・・・・・」


龍が言って、俺の側にどかっと胡坐をかいた・・いつもみたいに。


「これくらいのチビの器を満たすなら、これで十分だろ」


竜は淡く光る液体が満たされたビンを手にして、それを一滴チビに垂らした。

すると、チビの体躯は一回り小さくなったが・・・血は止まり・・・そして俺の掌にほのかな温かさが蘇ってきた。



「チビ!!!!!!!チビ!!!」

「・・・・・ャウ・・・・??」

「チビ!!!!」


俺はチビを抱きしめた。

そして


「龍!ありがとう!!!龍!!!」と龍にも抱き着いた。


「長命な龍だから出来た事だぜ?俺じゃなくて、ドラゴン属に感謝するんだな・・」

「ありがとうありがとう!!!龍!!!!!・・・っ・・・でもその・・薬・・大事なものじゃないのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・、まぁいいさ、どっちみち俺には使い道がない代物だったんだ・・・・・真ちゃんにあげるよ」


龍は立ち上がると、「レアなものには変わりないから、魔王にでも預けておけばいい」と笑った。


俺は訳が分からず・・オッサンを見上げると・・・

何故かオッサンは苦虫を噛み潰したような顔でその瓶を受け取った。




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