第6話

「お別れはもう済んだのかい?」




静かな声に、少女達は頷く。




「・・・咲ちゃんは何も言わなくてもよかったのですか?」




黒髪の少女に言われ、ふわりとした桃色の髪色をした少女は


きゅ と唇を結ぶ。




「おにい・・・真様にご迷惑をおかけして、おばあさまにも良くして頂き色々な知恵を


授かりました。・・・おばあさまは少しわかっていたようですが・・」




「そうですか・・」




黒髪の少女に優しく肩を促され、二人は夜に淡く灯る中心へ歩を進める。






「魔王様」


「なんだい?」




何度かとまどいつつ、黒髪の少女は口にした。




「本当にご協力して頂いてよろしいのでしょうか」




「勿論、君たちがこの世界に飛ばされたのは多分、僕の工房の近くに居たからだと思うし、


今回の転生の結果を見ても、元の世界に還れない場合も想定して、頭数は多い方が良いと思う。


夏樹という人間の「入れもの」がなければ、君はそのまま時空の間に飛ばされ死んでいたかもしれないしね。


帰還を願って、人数は多く、近くあれば何かあった時に対処できるかもしれない、保険さ、保険」






おどけるように言いながら、今やただの黒い影になった男は地面に描かれた魔法陣の文字をひとつひとつ確認している。




「保険だと!貴様!


貴様さえ姫をあのような場所に呼び出したりしなければこんな事には」




桃色の髪の少女が武器を構えるのを見もせずに、手で制して影は言う。






「だから、ごめんて。


どうしても欲しかったんだよ、月の滴が。でもそれには姫もついて来るって言うから仕方なく我が工房に招いた・・」


「月の滴は我が一族の象徴!おまけみたいに言うな!逆だ逆!!姫こそが月の滴なんだ!!!」


「はいはい、ごめんごめん、それは初耳。力は抜いてリラックスしてね。何が起こるかわからないんだから・・・、と」




影は一通りの確認を終わらせたのだろう、何度か頷いて・・・すっと体を起こすと「それは初耳だな・・」と呟いた。










「さぁ、還ろう、僕たちの世界へ」




影も光の中央に向かった。


そこへ-








「ちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、まったぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




男が一人飛び込んで来た。




白銀の鎧を着た男に3人は驚くしかない。






「龍君?」


「そんな・・切坂君・・」


「龍お兄ちゃん?!!!!」






「待たせたな!てかその魔法陣を先に作ったのも、力を満たしたのも、ずぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんぶ!


俺様の所業だから!お前らに使う権利はないね!どきな!!!」




勇者はスラリと大剣を引き抜いた。






「・・・じゃあ・・君が・・・真君にあんな酷い暗示を・・・」


「おかげで助かったろ?お前ら」


「・・・酷い・・・事を・・」


「貴様!真お兄ちゃんをだまして!!!よくも「親友」なんて・・私たちの前で・・・よくも!!!」




「死にかけ魔王と獣人、死体を持ち帰ったって報奨金は出るだろうから・・・ま、首だけにして持ち帰ってやるよ!」




勇者が3人に斬りかかる、が、鋼のような障壁に弾かれる。




「おいおい・・・俺の魔法陣だって言ってんだろ!刻印も入れたぞ!なんで弾かれるんだ?!!」




ガィンッ!!


ギィインッ!!!




剣が魔法陣に触れようとする度、拒絶するように重い金属音がそれを弾く。






「やれやれ、あんな不細工な魔法陣なんか僕がさっさと上書きしたさ、刻印もね」


「あぁあん?!!」




勇者は3歩後ろに下がる。




「よくもあんな稚拙で不細工な魔法陣を描けたものだ、しかもサイン入りで、僕なら恥ずかしくて死んじゃう」




魔王が、ゆっくりと1歩前に出た。




「僕が上書きしなければ、真君は今頃もっと酷い事になっていただろう。」








そしてもう1歩。




「そうか・・・、君が・・・真君の親友を装って暗示をかけ、大切な幼い頃の記憶や感情を奪い・・・私にばれないようここには


一切近づかず、僕に接触もせず・・・・」




もう1歩。






「僕は真君との付き合いが長い方だと思っていたけど、君はその前にもう、僕には「非道」と思え躊躇った事をいとも簡単に


あっさりとやっていたんだね、勇者」




「んだよ・・・文句あんのか・・・魔王。お前らが何人の人間を殺した?何人実験に使った?知ってんだぜ?人間牧場作って人間を


家畜扱いして改造解体して遊んでるド変態魔王をよ・・・・・」




勇者は一歩前に出た。




「それに比べたら、真チャン一人の命なんて・・・・」






2人が同時に振り向く。


少女たちの長い耳がピクリと反応した。








「・・・・は・・ぁ・・、は・・・、りゅ・・・・龍・・・・」










そこには全速力で走って来たのだろう、手足はいくつも木の枝に引っかかれ、血が滲み、それでも


全速力で走って来た真が居た。








「まこ・・・と・・」「真君」「!!」「お兄ちゃん!!」






「龍・・・、オッサン・・・・、咲・・・・・・・夏樹・・・・・・ぃ・・・・・・」




































上手く息ができない・・言いたいことが言えない・・。


俺はシャツの胸を強く握った。










「・・行こう」






オッサンの声がした。




「え、ちょ、待て!その魔法陣は!!」




龍の声がした。




「・・・真ちゃん・・」「お兄ちゃん・・」




夏樹・・・・咲・・・・・。






「大丈夫だよ、真君、このポンコツ勇者も連れていくから、君はもう安寧な道を歩んで行きなさい」




「うらぁ!ポンコツってなんだゴラァ!てかはな・・・っ・・離せ!クソ魔王!!!ド畜生が!!!」




「ごめんね・・もう、家まで送ってあげられない・・傷も治してあげられない・・守ってあげられない・・・


だからね真君、ごめんね・・・、気をつけておかえり・・・」




「・・つ・・・っ・・・、は・・ぁ・・・、は・・・」




なんでこんなに息が苦しいんだ・・走って来たから?中々息が整わない。


目の前の景色から空気を奪われているような・・そんな気さえする。


だから・・・俺は腕を伸ばす。






「さわんじゃねぇ!!!!!!」




強い言葉に、思わず手をひっこめた。


オッサンに担がれた龍が俺を睨んでいる。






「この光は結界だ、この魔王が許した者以外通さねぇ!クッソとろくさいお前の細腕なんかブッ飛んじまうぞ!!!」


「・・・・・は・・・はぁ・・・っ・・・」


「もう何もしねーよ!もう何もお前の・・・・っ・・何も・・・奪わなくても・・・・・・良くなったんだよ!!!バカ野郎!早く帰って寝ろバカ!」


「・・・・りゅ・・・・う・・・」






でも、でも・・・






光が徐々に強さを増して、蒼い小さな炎が円を描き、空へ・・・・月へ・・・・・昇ってゆく。




だめだ・・このままじゃ。


俺、何も言えてない!!


言えてない!!!!!!!!!






「ばかやろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっつ!!!!!!!」






俺は叫んで、全力で脚を踏み出した。




「ばっ・・!!!早く呪文を解け!!クソ魔王!!」


「やってる!」


「真ちゃん!!!!!いけません!!」


「お兄ちゃん!!本当に危ないの!!!来ちゃダメだよ!!!」








光の中に飛び込む前に、ボロボロになった太い腕が俺の首根っこを掴んだ。




「龍!俺たち親友じゃんかよ!友達だろ!お前が何でももういいよ!どこにもいくなよ!!!!


俺、明日から誰と遊べばいいんだよ!!!誰が解説役やってくれるんだよっっ・・・」






龍の顔は見えない、俺は硬い何かに押さえつけられて、赤い布みたいなのに包まれていた。




「クソバカが・・、お前は人間なんだぞ、転移に耐えられるかもわからねーんだぞ!このくそ・・・ばか・・・っ・・・」


「馬鹿は君だよ勇者・・君の腕、転移成功したら治してあげるけど・・今はそう・・真君だね」




後ろからオッサンの声がした。




「オッサンも・・・っ・・・いつも・・・迎えに来てくれて、家まで送ってくれて・・・ありがとうって・・・っ・・言いたくて俺・・っ・・」


「そんな事・・・考えなくていいのに・・君は全く・・本当に無茶な子だよ」




地面の感覚がなくなって、身体が動かせない。


龍とオッサンが支えていてくれているんだって・・なんとなくわかった。


・・・あと・・・




「皆、真君を中心に固まって、出来うる限り球体をイメージして、特にポンコツ勇者、君の魔法は僕がフォローする。


姫は月の滴を使って。「使う」という作業がどういうものかはわからないけど、とにかく真君に。」


「はい」




辺りがふわりとした甘い香りに包まれて、やっと見えた布越しに柔らかい何かが触れた。


「ポンコツって何だ!」「いいから今は集中!」


「・・っち・・ッ・・・くそが、勇者様の腕の中で、姫様とキッスなんかしてんじゃネーボケ!」


「集中っ!!!!」




・・・キッス・・・?


硬いトゲみたいのやら、黒いブニブニの何かとか、柔らかい何かとか・・・・・色んなものに包まれて・・・・・・・・


体中から力が抜けて・・・・俺の記憶はそこで途切れた。




































「ばかやろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」




叫んで真が魔法陣に向かって飛び込んでくる。


魔法陣の障壁は剣さえ弾き、切り裂く。




魔王が封印解除を試みるも、魔法が発動してしまった今、この場での解除は不可能に等しい、それに不安定になってしまった魔法陣からどんな副作用が産まれるか・・・・・自分たちの世界へ還ることが一番の選択であって、真に未練を残してはいけないと、魔法発動を速めた事が裏目に出た。もう、手は無い。


どうすれば・・・、その時、肉が焼ける嫌な臭いがした。




勇者が、龍がその半身を鎧と共に結界の戒めに焦がしながらも真の体を抱きしめて、飾りだと思っていたマントにその体を包み込み


アイテムボックスから、焦げて炭化しかけた手で回復アイテムを6本掴み出すと・・一気に飲み干した。それでも腕の火傷はまだ赤く爛れていた。
















「ふふ・・ポーションを一気飲みとはね、あれは計算かい?そのマントもハデなだけではないようだ」


「・・・・・・不死鳥の毛が2.3枚織り込まれてる・・・、これで包んでおけば例え怪我したって、時間はかかるが、無いよりはましな感じで治る。・・・・・・・・・・・・・・・・・・って聞いた。」


「どっちなんだい、まぁいい、さ、腕を出したまえ」


「・・・」


「どうしたの?」




と、いいつつ、いつまでも傷口を見せようとしない勇者の腕を魔王が撫でるようにすると、傷はあっという間に治ってしまった。






「おーーーーーーーーーーーーーー!すげぇ!!!・・・・って・・・・礼はいわねーからな!魔王なんかによ」


「構わないよ、君の勇気が無ければ、真君はあの場で死んでしまっていた事だろう・・・今はこうして・・・・」






和かな日差しが差し込む天蓋つきのベットには、そのベットの大きさに余りある小さな人間が眠っていた。


傍らには聖獣族の姫とその御付きに見守られながら・・・すやすやと寝息をたてている。




そして、ゆっくりと目を開いた。






「これでもうお前は!完璧なラノベ主人公だな!真ちゃん!」

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