第5話

3歳から始めた空手。




「男はやっぱり空手バカ一代だろう!」というお父さんの言葉は何ひとつわからなかったけど


空手は好きだった。


強くなるのも好きだった。




練習も頑張った。


辞めたくなる日もあったし、先生は厳しかったけどやめなかった。


大会にも出て全国優勝もした。




何年も続けた空手、小学4年の時、大会の前日に交通事故にあっと言う間に全てが終わった。




「もう空手はなどのスポーツはしない方が良いでしょう」という医師の言葉に、意味がわからない、わからないけれど。


師匠や皆は励ましてくれたけど・・




右手首の腱と左足首の複雑骨折。




回復はするらしいが、「以前の」ようにはならないらしい。


今までのすべてが無くなった、でも俺は笑っていた・・・らしい。



「覚えてねぇだろ?」


龍の言葉に俺は頷いた。


「確かに空手はやってた気がするけど、すぐやめた気が・・・」


その後はサッカー部に入った。


人気だったし、退院したてで体を動かしたかったからだ。




スポーツは無理だと言われても、また空手に復帰する気でいたからリハビリにと始めた。

運動神経は元々よかった方だからすぐにレギュラーになれた。

勿論努力もした、沢山した。嫌だったけど病院にも通った。

整体や、針治療も親に頼んで連れていてもらった。

医者も俺の回復が「信じられない」と驚いていたのが嬉しかった。


俺も嬉しくて、嬉しくて、誇らしかった。

そして、広いフィールドを駆けまわるのが大好きになった。


今度こそ交通事故になんか遭わない。

なにせ地元は田舎でアスファルトの道路も少なかった。


俺は買ってもらったばかりの自転車で練習場に向かう。

帰り道で車とぶつかったのは、相手が携帯見ながらわき見運転をしてたからだ。



なんで俺だけ


どうして何もしてないのに


あんなに頑張ったのに


あんなに好きだったのに・・・・



「真ちゃんは、悔しくて悔しくてたまらなかった・・・覚えてるか?」


「・・いや・・・サッカーはたまに・・皆とするだけで・・・

すぐ飽きて辞めたぜ?」



-そういう強い想いは、俺が全部喰っちまったんだよ-



俺が気づいたのは、この異世界についてすぐだった。

いつもの魔王退治、いつものザコ敵。

今回の報奨金は・・と頭で計算してたら・・・・・あらま、異世界に飛ばされてびっくらぽんだよ。


俺が「運」だけに特化してると感じたのは、他の誰より「先に」

ここに来た事だった。

他の誰より先に、この「草壁 真」に出会えた事だった。


真ちゃんは、初めてみたであろう・・鎧甲冑を身にまとい、魔獣の返り血まみれの俺を見て目を丸くしていた。




「ゆ・ゆうしゃ・・?」

「そうだよ?」


俺はグロリアスチェインを振り上げる。

子供であれ敵かもしれない・・・容赦は出来ない、でも・・なんだこの子供・・、まるで・・・・・


「ゆうしゃだーーーーー!!!!」


子供がいきなり大声を上げた、そのからっぽの体にみるみる力が・・・魔力が

・・満ちて行く。

その力は俺にも流れてきた。

同じ人間属だからだろう。


この子供は・・・大きな努力と共にそれを失くし

それを・・繰り返したのだろう・・・、でなければこんな子供が「こんなにも」空っぽの体になる訳がない。

ここは戦地なのか・・・いや・・辺りを見る限り平和な農村に見える・・では。家族を失くしてここにきたのか・・?


「ゆーしゃ!一緒に行こう!!!」


子供は見た事も無い二輪の乗り物らしきものに俺を誘う。


「お父さんに言うんだ、お母さんにも!!!行こうよ勇者!!俺!勇者になるのが夢なんだ!!!!」


俺の体に力が、想いが流れ込んでくる。



-これは使える-




そう考えた。




俺はこの子供が俺の年に近づくまでその力を頂戴し続けた。


俺の姿をみれば子供はその体中に力をみなぎらせて俺を見てくる。


その力を、力と記憶を奪うことを何度繰り返しただろう。


記憶を奪うのはちょっとした催眠術みたいなもんで、簡単な事だった。


それまでの間、この山道の先に続く、およそ人間が近づく事のないであろう場所に魔法陣をかいた。


魔法は苦手だ。それでも、この世界から転移するくらいの基本魔術はなんとか覚えていた。


ここに魔力を溜めれば・・・なんとか、他の場所にいけるか・・、何より今よりは改善策があるはずだ。




やがて子供はおれと同じ年頃になった。


そして晴れて・・








「俺は真ちゃんの親友になった、ここまではわかるか?」


「・・うーん・・なんとなく・・でも・・俺にそんな力があったのかどうか・・わからない・・・」








「憧れ・・だったんだろう?勇者になる事が」




龍がぽつりと独り言のように言った。




「異世界に行って、悠々とドラゴンを駆って魔王を倒す勇者に憧れていた、だから俺の姿を見る度に


夢がかなった気がしたんだろう?・・・・なにかの「代わり」を見つけたんだ」




「でも・・・」




「お前くらいの年齢の子供の憧れや感情ってのは、俺「たち」にとってはすげー力になるんだ。


夢、憧れ、妹への嫉妬、そして夏樹ちゃんへの恋心・・」




「はぁ?咲への嫉妬?そんなのある訳ないだろ?!夏樹への恋心?!何だそれ・・前にも言ったけど・・」


「あったんだよ、真ちゃんはおばあさんや両親に可愛がられれてる妹に時折嫉妬してた、なぜなら「そこ」は以前の自分の場所だった


からだ、夏樹ちゃんには保育園に片思いしてた、それが「普通」だ」


「・・普通」


「まぁ、その記憶も俺が喰っちまったんだけどねーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」






龍はひとしきり声をあげて笑うと、ぴたりと止まり・・・・








「あぁ、またやっちまった・・・つーか、こっちが素の俺だから仕方ないよ、な!」




と俺の背中をバシンと叩く・・いつもみたいに。






「あひゃひゃぁーーーーーーーーーー!!!!あれは特上の力だったぜぇ!俺、ヒト族勇者だけど、魔法も勉強しててよかったわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!特にドレイン!吸収の力な!


あれがなかったらここまで回復できなかったし、魔王やバウニーから身を隠す事も出来なかったぜ!


あれもこれも全部!俺たちの友情パワーだからな!いやーーーーーーーーーーーーー、ほんっと何が原因かわかんないけど






お前をそそのかし続けて力を溜めて、しかも魔王と獣族に隠れながらもあっちの世界に帰れそうでよかったわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」




「え、帰るって・・・」




「そ、帰れそうなんだわ、お前の言うおまわりさん・・あれ、魔王な」


「え、」


「んで妹咲、幼馴染夏樹、あれはバウニーって聖なる獣族だ」


「は?」


「なーーーーーーーーーーーーーに、言ってんだよーーー!魔王の事はお前が俺に教えてくれたんじゃんか、ま、記憶は喰ったから知らないだろうけどな。それに咲ちゃんと夏樹ちゃんは最近力を取り戻しつつあったから俺が勘づいた訳。勇者の勘ってやつ!」




は?何だそれ・・・


なんでそうなる・・・


オッサンが魔王?


咲と夏樹が・・・獣族??




「なー、真ちゃんよぅ・・・」




龍が俺の肩を掴んで自分の正面を向かせた。




「喜べや、お前の周りには、お前の憧れるファンタジーいっぱいの「異世界」だったんだぜーーーーーーーーーーーーーーー?


気付かないって可哀想な事だよなーーー、俺が気付かないように記憶を食い散らかしてたんだけど!!!な!!!!!」




俺の肩をバンバンと叩いて嬉しそうな龍。


俺は口をあけて、アホみたいな顔をしてそれを見ている事しか出来ない。






だって、そうだろう・・・


誰しもそう思う。




なんで俺、異世界に行けるなんて思ってたんだ。


なんで本気で、本気で信じてたんだ。




あんな、勇者ごっこしてる歳でもないだろう・・勉強とか部活とかやってたはずだ、・・・何してたんだ俺。


龍に言われれば、出来る気がしてた、何でも、そう・・・・・




-あとは異世界に行くだけ-・・・なんて・・・・。




「ま、それも今日で終わりだ。真ちゃんと、魔王と獣属のおかげで俺の魔法陣も強化され、魔力も満ちた。


あいつらは今日にでも異世界の扉を開くだろう、馬鹿な話だぜ、俺の魔法陣だってーの、俺様が帰らせてもらう」




「え!帰る?!どこに!」


「いやだから、俺の世界に」


「龍は・・・どこに行くんだ?!」






今度は龍が、驚いた顔をして俺をみている。




「お前が馬鹿で単純な事は知ってるけど、ここまでとはな」






龍は人差し指で俺の額をつついた。








「いいか?




切坂 龍なんて人間はいない、お前の家の隣は長い間空き家だ。


五月雨 なんて警察官は居ない、この村には派出所もない。


お前に妹は居ない。あいつらがこの世界に来たのはつい最近だろう、家族に催眠をかけるのも楽な話だっただろう。


幼馴染の夏樹は中身の獣族が抜ければ元に戻る、


でもお前との記憶はないだろう、お前自身が言ってた通り特に交友もなかったみたいだからな




他に質問は?」






「・・・オッサンも・・龍も、咲も・・・・居なく・・・なるのか、夏樹・・・」


「夏樹ちゃんとはこれから仲良くなればいいさ、じゃ」




龍は立ち上がると踵をかえす。


制服姿の後ろ姿に


ふ と、勇者が纏うようなマントが翻るのが見えた。








いつもそうだ、龍はいつも制服姿で、いつの間にか俺の部屋にいて。


咲とは面識があったけど、母さんとは龍の話をした事がなかった気がする。


特にそんな事気にしてなかった。






する訳ないだろう、














俺にはただの日常だったんだから。


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