第2話

「ただいま~」




部屋の扉は開けっ放しだったから、そこから妹の咲が顔を出して、龍にも「ただいま、お兄ちゃん」と挨拶をする。




「うん、おかえり~、咲ちゃん~」




龍は咲に「お兄ちゃん」と呼ばれるとなぜか喜ぶ。


一人っ子だから妹が欲しい、と以前言っていたが何故か素直にその言葉を受け取れないでる・・・。




スポーツも出来て、成績もよくて、おまけに顔もよくて、部活に助っ人を頼まれたり、女子に告白されたりしてっけど全部断っている。


かと言って理由がある訳でもなく放課後は俺の部屋に入り浸っている。


たまには俺より早く俺の部屋に居たりもする。


かと言って何をするかと言えば、ラノベの感想言いあったり、ゲームしたりだらだらと過ごしている。


「ラノベ」や「なろう」という言葉を教えてくれたのも龍だ。正に解説役。




「こんにちわ、お邪魔します」




咲の後には珍しい事に幼馴染の夏樹までついてきた。




「おう、どうしたんだよ夏樹」




「うん、もうすぐ夏祭りあるでしょ?それで・・」と話しながら夏樹は部屋に入ってきた。




「私の浴衣、咲ちゃん用に仕立て直してあげようかなって」


紙袋からは、カラフルな浴衣と地味目な浴衣が覗いている。


「真ちゃんのも寸法直しおばさんにお願いされたから、あとで図らせてね」




黒髪がサラサラと肩で流れる音がする。


いい匂いがした。




幼馴染の夏樹。




ガキの頃から一緒だけど、体があんまし丈夫じゃなくて学校も休みがちだ。


性格も引っ込み思案で声も小さい。


俺とは家族同然の付き合いだけど、たまに家の用事とか、学校で話す、ただそれだけ。




「別にいいよ寸法なんて、それに夏祭りなんてまだまだ先の話だろ?」


「ごめんね、私、仕事遅いから、早めに始めたくて」


「それならなおの事」




俺はいつものように夏樹の髪をなでた。




「無理すんなっつーの」


「うん」




くすぐったそうにして笑う夏樹、何故か俺を足先で蹴とばす龍、そして・・・




「ちょっとおやつの時間にしよっかー」と、いつの間にか咲が飲み物とお菓子を持って来てくれた。




妹の咲。




昔はよくケンカをしたみたいだけど今は普通。


ばぁちゃんっ子で、いつもばあちゃんや母さんの手伝いばかりしてるから、最近じゃばあさんっぽく世話好きになってきた。


俺の弁当作ってくれたり、忘れ物届けてくれたりするデキた妹だ。






そんな世話好きな妹が夏樹の世話も焼くようになって、俺は知らないけど二人はよく会って勉強や話をしてるみたいだ。


まるで本当の姉妹みたいだと母さんは溜息をつく。


そしていつも最後に「うちの息子と交換してくれないかしら」とついてくる。




別に、異世界転生は俺の使命(運命)であって。


異世界行きを決行するのも月が綺麗な日だけだし。


学校の成績も悪くはない。


ただ、いつも帰ろうとするとオッサンに見つかって「迷子を保護しました」って体になるからご近所から騒がれるくらいで・・・








「聞いてよ咲ちゃん、夏樹ちゃん、真ちゃんてばまた異世界に行こうとしておまわりさんに止められたんだよ」




龍が口火を切ると、夏樹は心配そうに俺を見る。




「そうなんだ・・やっぱりあれ真ちゃんの声だったんだ・・」




夏樹の声は小さくて俺には聞こえなかった。




「今回はどうだったの?」




咲の問いかけに俺は肩を落とす。




「もうちょいでいけた気がするんだけどなぁ・・いつもいいところでオッサンが出てくるんだよ」


「夜8時すぎてたからね、お母さんがおまわりさんにお願いしたんだよ?」


「そうなんだけどさぁ・・・あーあ、異世界、俺が行ってやるって言ってんのによー」


「お兄ちゃんが異世界にいっちゃったら寂しいよ、ね、龍お兄ちゃん?」




くすくす笑う妹に、龍は「まー・・・・そうかなぁー俺はどっちでもー」と相変わらずでれでれしやがって・・・・。




「夜・・とか月の出てる日じゃないとダメ・・なの?」




夏樹の問いかけに「駄目なんだ!」と即答する。




「いつも言ってるだろ、俺は異世界の勇者なんだぜ?もしかしたら現世にも魔の手が忍び寄ってるかもしれないじゃねーか。


そいつらが活発になるのは夜、そして月の日の夜って決まってんだ!


なのに母さんときたら門限6時とか言いやがって、まだ微妙に明るいってーの!魔の時間じゃねーつの!」




「そ・・そうなんだ。魔の手か・・・ちょっと怖いね」


「安心しろよ夏樹!俺の近くに居れば魔物なんかよってこねーから!」




俺は夏樹に笑って見せる。


ちょっとビビらせちまったかもな・・・・・すまん。






「あ、あ兄ちゃん、絆創膏新しいの買っておいたからね、でもあんまり怪我しないでね」


咲がそう言い残して二人が妹の部屋に行くと「さて」と龍が立ち上がる。


「今日もごちそうさま」と謎のセリフを残し帰って行った。本当に意味不明だ。




「よし!」




俺は相棒を掴むと日課の素振りをする事にした。


















「はぁ・・・はぁ・・・・」






・・・なんだ?辛そうな声がする。




「・・・じょ・・・ぶ・・ですか?姫」




姫?うちにそんな名前のやつ居たか?


購買のばーさんが飼ってる猫が確かそんな・・・






「ええ・・・大丈夫・・・、でも真ちゃんの言葉には・・時々、本当に驚かされます・・・」


「くすくす・・私のお兄ちゃんですから!でも、本当は全部わかっているのかと思ってしまいます」


「真ちゃんの側は本当にあたたかい・・・安らぎます・・・でも、甘えてばかりはいられませんね」


「・・・・すみません姫・・、私ばかり力を得てしまって・・・」


「何を言うのですか・・こうして・・咲ちゃんの側に居られるだけでも」


「姫・・」








なに?




これ。






え?これって夏樹と咲の声だよな。


なんで耳元でこんな、え、俺素振りしてたよな、寝てんの俺?




どうしてそんな悲しそうなんだ咲。


どうしてそんな不安そうなんだ夏樹。






ふたりとも、どうしちまったんだよ!


俺が!俺が!




「俺が!なんとかしてやるから!!!!!!!」






ふわぁ・・・と甘い匂いがした。


あと・・懐かしい・・・・




「わ!お兄ちゃん!」


「!!!真ちゃん?!!」




気が付くと俺は妹と夏樹を抱きしめていた。






咲の話によると・・・夏樹が家に帰る頃俺は部屋で大の字になって寝ていたらしい。


うなされていたので、二人で様子を覗き込んだ所・・・俺が急に飛び起きて二人を


抱きしめた・・・と。






「悪ぃな、なんか・・・・」


「ううん、何か悪い夢・・見てたの?」




玄関まで夏樹を送っていくついでにとりあえず謝っておく。




「夢か・・?うぅん・・・・思いだせないんだよなぁ・・でもさ、なんかあったら俺に言えよ?」


「え?」




夏樹は不思議そうに首をかしげて、笑った。


その笑顔がなんか、消えちまいそうで・・・・「家まで送るわ」とかなんとか言いながら、


「でも、すぐそこだよ?」「いいから、荷物・・ああ、あと寸法だったよな、明日でいいか?」




夏樹の細い指から荷物を受け取ると、夏樹は素直に頷いた。






「おやおやぁ?!なんでもないんじゃなかったのー?勇者様ーぁ」




夏樹を送って行く姿が二階の部屋から見えたのか龍の声がしたが、・・・・無視した。








なんだろうこれは。


なんだこの感覚は。




溜息をついて寝返りを繰り返す。


これは知っている何かなんだ、それはわかるんだ、だけど言葉にならない、そして消えて。


そして、また浮上する。




何もないのに痛みさえ感じる。






こんなのは初めてだ。




「くそっ!」








時間は夜の11時。俺は布団を引き剥がすと相棒を手に取った。


相棒と共に家を抜け出すのは慣れたものだ。




まだ少し肌寒い。


全速力でチャリを漕いだ。


ドクドクと心臓が脈打つ、止まらない。




夏樹の白い肌が、サラサラ音をたてて流れる髪が、あの香りが頭の中で繰り返し繰り返し再生される。


それを見たのは初めてではない。


けれど、何かを感じたのは初めて・・・・いや、初めてではない・・・・・


知っている、俺は夏樹を・・・・・・・・








激しいクラクションの音に、はっと我に返る。






「真君!」




車の窓から叫ぶのはオッサンだった。




「・・・え、なんで・・」


「危ないからっ!スピード緩めて!!!僕の声!聞こえるかい?!!」






俺は・・・・頷いた。


いつにまにかペダルを漕ぐ足はアスファルトに着いて、向こうから車を降りて走ってくるオッサンを遠くに観ながら・・・・


俺は空を仰いだ。




昨日と同じ・・・綺麗な月が出ていた。










「なんで?」




またもやオッサンの車の後部座席に座らされて、月を眺めていた時、ふと感じた疑問を投げかけてみる。




「え?」


「なんでオッサン・・俺の事・・・・つーか俺、なんでこんなとこまでチャリで走って来たんだっけ・・・」




え?


え?!




ほんと、マジでわかんねー・・・・、なんだ?部屋で素振りして、そして飯食って、龍とゲームして・・・寝た・・・・よな。


あれ?




「・・僕が家に帰ろうとしたら君が自転車で山を登ってくのが見えて時間も時間だしね、慌てて追いかけてきたんだ。」


「・・あぁ・・そうか・・おまわりさんって・・・夜も働くんだもんな・・・・」


「うん、まぁ、何があったかはわからないけど、いつも助けに行ける訳じゃないからね、もうこんな事・・・・・・・・・、いや・・・・」






静かに車が停まる。






「これは、僕のせいでもあるし、君には本当に悪いと思っているよ」


「え?なんで、オッサンが・・・」




いつのまにかオッサンは、サイドミラー越しじゃなく、俺を見ていた。








「あのね、真君、実は僕、魔王なんだ」


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