あとは異世界に「行くだけ」だ!

四拾 六

第1話


深夜・・いや、時間はわからない。


なぜならこの空間に時間の概念などあるかどうかわからないからだ。




俺は走る。


追われている、狙われている。肌に殺気を感じる。


しかし俺にはわかっていた。




俺は別世界から来た特別な異能をもつ、いわゆる「なろう」系主人公、真、いや、勇者マコト。




賢明に走っているのに、息切れして死にそうなのに、武器もないのに俺の口元には笑みが浮かぶ。




でもさすがは異世界だ、こちらの世界の事は一瞬で頭に入ってきた。


俺の真名も、立場、能力も、そして・・


もう少しだ、もう少しで、この先を抜ければ光が・・・・!






ガサガサッ!と木々らしきものを両手で払いのけた先には満月が。




満月が俺を照らす、敵の正体もあらわになる。






「ふん、せいぜい5.6人ってとこだな、いいぜかかってきな!」




敵が一瞬怯んだ隙を俺は見逃さない。




「はっ!」小学校4年で辞めたが空手の手刀がこんな処で役に立つとはな!敵は倒れた。


「せい!」小学校5年で辞めたサッカーの蹴りがこんな処で役に立つとはな!敵は倒れた。


「おりゃぁああああ!!!!」現在絶賛独自研究中の魔法・・いや「波動」を放つと敵に動揺が走るのがまざまざと見て取れた。




「なんだよ、俺がこんなに強くて動揺してんのか?まだまだこんなもんじゃないぜ!」




俺は天を指さす。


暗がりに煌々と光輝く月が一瞬キラリと光った。


そして俺の手には、その月を刀身に映す一振りの聖剣が握られていた。


俺は聖剣の柄を両手に握って思い切り振り上げた。




「くそっ、俺にもまだうまく制御できない・・・・」聖剣は俺の両手から魔力マナを吸い上げてさらに輝きを増している。


「だが・・・」




ふらつく体をなんとかこらえ、渾身の力で振り下ろす。




「うまく避けるんだな・・そして!!帰ったら主に伝えなっ!


この俺の・・・力・・・を・・っっ!!!!!なぁあああああああああああああ!!!!!!!!」






そして静寂・・・。






「ふぅ、初戦イベントはこんなもんか・・ここは・・」






ふと眼下に目をやると小さな明かりがぽつぽつと見えた。




「やれやれ・・転生主人公も楽じゃないぜ。今日はあの村で情報収集といくか!相棒!」




俺は聖剣「グロリアスチェイン」に語り掛けた。












「終わった?」




雑木林の影から出来て来たのは、「いつもの」五月雨巡査。


ケーサツの人だ。




俺は溜息をついて相棒・・小学6年の修学旅行で手に入れた木刀・・をすっと、さりげなく腰の鞘に納めた。


3回目でようやくうまく行った・・・はおいといて。




「・・・・・んあんだよ!まぁた五月雨のオッサンでてきちゃったのかよ!


また現実かよ!見ろよ今日は満月だぜ!今日こそ異世界に召喚されるにふさわしい夜じゃねーの!なぁ!」




五月雨のオッサンを睨む。




「はいはいごめんね、こんな田舎町でも新月の度に山中木刀持って走りまわって、月に向かって叫ぶ小学生が居たら、ねぇ?一応保護しなきゃじゃない?」


「小学生じゃねぇ!もう中学生だ!」


「どっちも未成年で変わりないでしょ」




オッサンは懐中電灯を手に俺に手招きする。




「それに毎回言ってるけど、この崖、ろくに舗装されてないし、崖から落ちる危険だってあるんだよ?」


「わぁあーってるよぅ・・・オッサンが引いた線からは出ないようにしてるって!」




あーあ・・、またダメだったな、異世界転生。




駆けあがってきた山道をオッサンの懐中電灯の明かりを頼りに降りて行く。


駆けあがる時はあんなに軽かったのにな・・今は体も足も、相棒も、重い。




初めてこの道を見つけたのは小学4年の時。


なんかの理由で親とケンカして家を飛び出して、走って走って見つけた山道の先は切り立った崖だった。


戦隊モノで出てきそうな場所に大興奮したのを覚えてる、そして、驚くほど大きい丸い月を見たのも初めてだった。


あまりにも大きくて綺麗な月を見上げていたらいつの間にか眠っちまって・・・起きたら親父にめちゃくちゃ怒られた。


俺を見つけてくれたのは、この廃村に近い村、田んぼと畑しかねぇ村に来たばかりの


五月雨巡査、つまり今目の前を歩くオッサンだ。


それからはいつもこんな感じ。






「・・って・・」




つーか藪の小枝で腕擦りむいてるし。




「こんな暗い道闇雲に走ったら、そりゃすりむくよ。大きな怪我がなくて幸いだよまったく・・」


「・・・・」


「オッサンはさ」


「ん?」


「異世界行ったら何したい?」


「またそれー?もう、なんて返していいかわかんないよ」


「いいから!言えよ!」


「うーん・・僕は出世街道からははずれちゃってるからねぇ・・王様とかいいかもね」


「王様と、その出世なんとかは前聞いた」


「え、そう・・・・んじゃぁ・・・・魔王とか?」


「魔王なんて一番最初に聞いたっつーの!しかも魔王とか、俺の敵じゃん!言っとくけど勇者はダメだかんな!」


「はいはい・・・町人でいいよ、普通の・・」


「んだよそれ!夢ってもんがないのかよ!」


「いいんだよ、いいんだよ、何事も適度が一番・・・・はい、つきましたよ勇者殿」




オッサンが路肩に停めていた車の後部座席を開ける。




「いいよ、別に、チャリで帰るから」




藪にかくして置いたチャリを引っ張り出すと「今何時だと思ってんの?ちゃんと送るから、自転車はトランクに積もうね」


「・・・・でもよ・・・」




チャリはあっと言う間に車のトランクに入れられて、俺は車の後部座席に押し込まれての帰路となった・・・・


我ながら・・情けないぜ。




車の窓から月を見上げる。






「あーあ、今日こそ異世界転生できると思ったのになぁ・・・」














俺、草壁真には夢、というか、使命がある。


そう、異世界に転生するという使命だ。




小学生の時入院してた病院で暇つぶしに小説を読んでいた。


それまで小説なんか全然読んだ事がなかったけど、母さんが言っても言っても勉強しない俺を半ばあきらめて本屋で適当に俺の気を引きそうなかっこいい絵が表紙の本を買ってきてくれたのがきっかけだった。




最初は渋々だったけど、読んでみると面白くて、続きが読みたくて母さんに次の巻を買ってくれって電話でお願いしたほどだ。




勇者や魔法使いが魔王を倒したり、ドラゴンを味方につけて魔王を倒したり、知恵と勇気と友情で魔王を倒す物語を・・・


退院してからも学校の図書館で本借りて物語を読みまくった。




本屋にも行くようになった。


小説が沢山並んでて興奮した。


小説は色々読んでみたけど、やっぱりヒーローファンタジーものが好きでハマったんだ、異世界ものに。


所謂今俺が居る現実からある日異世界に転生した勇者が闘うって話は沢山、読み切れない程あって飽きないし、好きな本は表紙が擦り切れる程読んでいた・・・・そんなある日、言われたんだ。






「なに言ってんだよ、真ちゃんは立派なラノベ主人公じゃん」


「は?」




小学校の時転校してきた切咲龍太郎は、家が隣な事もあって親友だ。


龍が読んでる小説は俺には・・少し・・ちょっと・・エロすぎて訳がわかんねーやつばっかりだ。


たまに借りて読んでみたけど、やっぱりよくわからなかった。


妹がどうとか、幼馴染がどうとか・・だって俺には。




「真ちゃんには可愛い妹も、可愛い幼馴染もいるし」


「ああ、そうだな」




俺には妹が居るし、3軒隣には幼馴染がいる。




「妹の咲ちゃんはツンデレでも乱暴でもないし」




「そうりゃそうだろ、妹なんだし。大体龍、このまえ貸してもらった本、妹が凶暴でわがまますぎるぞ、いくらラノベだからってよー」




「あ、うーん・・ごめんごめん。それで幼馴染の夏樹ちゃんも素直で可愛いし」




「素直で可愛いのも普通だって、お前に借りる小説っていつも主人公に尽くして、報われなくて結局泣いて暴れてってやつ多くね?幼馴染っていうか、夏樹が普通だよ。兄弟みたいなもんだけど、付き合いも別段ねぇ訳だし、学校で会っても無視する意味っもねぇ」




「あぁ・・・うーん・・・それでね、真ちゃん、真ちゃんにはラノベに必須なキャラがそろってるんだよ?妹、幼馴染、僕みたいな解説役の親友」




「ふんふん・・・それで?」




「だから、立派なラノベ主人公枠確定な訳、あとは、転生して勇者になる「だけ」なんだよ!」






だよ・・・だよ・・・だよ・・・・・・・・・






俺の脳裏に龍の言葉が繰り返し廻る。




そうか・・・俺が今まで読んでた話は作り話で・・・・・、え、まてちょっと、どきどきしてきた。


そうか、ある日突然、なんて待つんじゃない!!


ひょんな事のひょんって何だよ!


俺が!・・・・・行くんだ!異世界へ!!!




ふと、あの日見た月が脳裏をかすめた。






それから5年、俺は中学2年になっていた。

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