第2話 不良少年は多感な時期
校門からそう遠くない位置、校舎の左奥の建物。
集合場所である講堂に立て付けられた分厚く大きな扉をゆっくりと開けるテセル。
少し力を込めて取手を引く時も、ナギサが入った事を確認して閉める際も空気の圧が強く、見た目に比例して密閉した造りになっている。
「ほぇぇぇ……」
ナギサがとぼけた感嘆の声を漏らす。
それもそのはず、講堂内はまるで都会にある劇場のような観覧席が段々に並び、扇形に囲われた中央には滑りそうなほど磨かれた木製のステージが設置されている。
(著名人の講演会か、それとも芸術鑑賞か……用途としてはそれくらいしか考えられない。学ぶ分野も幅広いんだな)
そう無言で分析するテセル。
しかし、見回すうちに目に入ったものが思考を停止させた。
「…………?」
座席の一つに、耳の生えたニット帽を被る金髪の少女がポツンと座っていた。
小柄な見た目通り、興味深そうにこちらを見る彼女も制服ではなく、手が隠れるほど袖の長いボーダーシャツを身につけていた。
「(て、テセルさん……)」
テセルのパーカーの裾を申し訳なさそうに引っ張るナギサ。
彼女の見つめる方角にも、数多ある観覧席にまばらに座る私服姿の男女。
ざっと見るにテセル達を含めて十人が、定刻までの時間を無言で過ごしていた。
「たぶん、俺たちと同じなんだろう。そろそろ時間だし、席も決まっていないようだから、そこに座ろう」
「は、はい……」
またも緊張し出すナギサを席へと誘導する。
扉に近い最後尾の席にナギサを座らせ、テセル自身も腰掛けようとするとーー。
「オイオイ、入学初日からアベック登校かよォ」
尖ったような男の声が講堂いっぱいに響き渡った。
見れば扉右側、都合よく柱になって隠れた位置から、トゲトゲの赤髪に金色ピアスを身につけた男子が顔を出した。
髑髏がデカデカとプリントされたTシャツにダボダボのサルエルパンツ、チェーンネックレスを二重三重に下げた、ザ・不良と主張するような見た目。
一重瞼が不敵な笑みで歪み、曝け出された八重歯がぎらついて喧嘩っ早そうな印象を受ける。
「朝から校門前でナンパでもしやがったか? それともなじみかぁ? ま、どっちにしろセンスなさすぎだぜ。髪艶はいいがどーみても根暗だしよ」
近寄ってきた不良少年はテセルの奥に座るナギサの全身を舐め回すように見つめた。
「お前結構イケメンだしよぉ……それでそんな女しか捕まえらんなかったってこたぁ、よっぽどお堅いお家柄なんだろうよ」
「……っ」
彼がペラペラと大声で話すたび、ナギサの身体が丸まっていく。
その膝下に置いた両手の拳が、何かを我慢するようにワナワナと震えている。
「どーだ? そんな根暗野郎より良い女の落とし方ってのを俺が教えてやるぜ」
まるで「決まったな」とナルシストばりに赤髪をかきあげる不良少年。
あれだけ大声で話せば、講堂内にいる全員の目を集めるのも当然のこと。
「……あんた」
テセルは普段より重みのあるトーンで呟いた。
同時にナギサを不良少年の視線から守るようたちはだかり、そして真正面から見つめ合う。
「……なんだぁ? 今すぐ校門前に行きたいってのか? さすが坊ちゃん! 思春期真っ盛りじゃねえか!」
クックックと気味の悪い笑いを浮かべる少年。テセルとほぼ同じ背丈、その髪色と同じく燃えるような瞳の奥には、真顔で見つめる自分の顔が映っていた。
この時、テセルは様々な理由を考えていた。
何故、彼は俺達に話しかけてきたのか?
女子を連れている事を羨ましがったのか?
または、惚れた女子にちょっかいかけるノリでナギサ貶めているのか?
それともーー。
『お前結構イケメンだしよぉ』
「はっ」
突如その言葉が、その文章だけが鮮明に浮かび上がった。
その文面から察するに、彼はおそらくそうなんだろう、と。
結果、辿り着いた答えはーー。
「ーーあんた、俺のことが好きなのか?」
「ーーーーは」
「ーーえ?」
目の前の不良少年の表情が固まった。
テセルも予想していなかったのか、背後に座るナギサからも、疑うような声が漏れたような気がしていた。
「ぷっ」
「くくっ」
あたりからも堪え切れない笑いが漏れていた。
その様子に、まともに考えたテセルは首を傾げながらも再度彼に問い詰めた。
「あんたは俺に惚れたから、ナギサを貶しているのか?」
再度聞き返される不良少年。
本人も聞き間違いかと思い、再び質問を投げかけられるのを待っていた手前、それが聞き間違いではなかったことに気づき、全身鳥肌に襲われた。
「てっ、てめぇっ! んなわけねぇだろうが! どこをどう聞きやがったらそんな解釈になるってんだ!?」
さっきとは打って変わって慌てふためく男子。
何故顔を真っ赤にして自分の身を守るような姿勢を取るのか、テセルはよくわかっていなかった。
「……? いやいや、俺をイケメンだと言ったじゃないか。そう言われたのは初めてだし、まさか同性から言われるとも思っていなかったからな。最近は多種多様な文化が受け入れられ始めているし、いいと思う」
「お、おい、お前、何言ってーー」
「だけど、ごめんな。俺は男で、同性を恋愛対象として見ることはない。だから、お前の気持ちには答えられない」
「ーーーーーーーーっ!!」
不良少年が、フラれた。
なぜそうなったのか、彼自身理解していなかった。
驚愕した顔でヨタヨタとフラつく彼と、いたって真面目な顔で返答するテセルの背後で、ナギサはある事実にたどり着いていた。
(……こ、この人、天然だ! 超がつくほどの天然だ!)
あまりのショックに、その紺碧色の前髪の隙間から、サファイアのような大きな瞳がのぞいていることに、ナギサ自身も気づいていなかった。
「……お、おまえ、それ、ちがーー」
そう不良少年が弁解しようとした、その時。
「はいはーい、注目注目ー!」
ステージ上から講堂内に、通りの良い女性の声が響き渡った。
見れば、茶髪の後ろ髪を括ったスタイルのいい女性が、カツカツとヒールの音を立てながら進み出てきていた。
肩に乗せただけのマントコートに、足に吸い付いたレザーパンツ。Yシャツのボタンは三つほどあけ、豊満な胸の谷間が露わになっている。
「お、おいコラ! 邪魔すんじゃねえよ女ァ!」
対して不良少年が声を上げる。しかし、
「なによ、ジャック=ギルゲイル君? 初対面の同性をナンパするのはまた後にしなさいな。アタシは寛容だから、これが終わった後は応援するわよ?」
彼女の言葉に、またあちこちから笑いが漏れる。
「ーーーーっ!! どいつもこいつもっ!!」
爆発しそうなくらい真っ赤な顔で歯軋りするジャック。
彼は同じく真っ赤な髪を掻きむしり、講堂端まで歩き去っていった。
「さて、と。既に場はあったまってるみたいね。ギルゲイル君の勇気を讃えつつ、ここからは毎年恒例のあれ、行くわよ!」
「ギルゲイルって言うんじゃねぇ!」
そんなジャックの叫びを無視し、壇上の女性は片手を天にかざし、待ってましたと言うような高揚した表情で声を上げた。
「アサナシア学院、新入生歓迎試験の開催を、ここに宣言します!」
その発言を最後に彼女がパチンと指を鳴らすと、講堂という室内は崩壊した。
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