第329話 終話、ロドネア戦記

[まえがき]

最終話。ちょっと長いですが、最後までお付き合いよろしくお願いします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 セルフィナの皇帝戴冠式から丸2年。この間ゲレード大佐は少将に、ボルタ中尉は少佐に昇進している。ソニアたちアービス連隊の中隊長もそれぞれ大尉に昇進している。


 モーデル軍の最高位であるキーンに対して、メアリーが軍の昇進どうします? と聞いて来るのでキーンが逆にどうすればいいかと尋ねたところ、大将であるキーンにつり合いをとった方がいいだろうということで、将校は全員昇進し、兵隊たちも同じく昇進している。そのぶん俸給額は膨らんでいるが、モーデル軍の総数は1万人に満たないため資金的な問題は全くなかった。



 ソムネア攻略の進捗しんちょくだが、エルシンとセロトを主力としたモーデル帝国の軍勢がアービス連隊と連携してソムネアの都市を次々攻略し、残るソムネアの都市は王都ハイスローンのみとなっている。


 これまで幾度となくモーデルからキーンのキャリーミニオンを使って降伏勧告をハイスローンに送っていたがすべて無視されている。その結果、最後の作戦として、この日ハイスローンの王宮への突入作戦が決行されることになった。ロドネア統一戦での最後の戦いとなるはずである。すでにハイスローンはセロト、エルシン両公国軍によって包囲されている。

 


 モデナの帝宮に隣接する駐屯地の訓練場に立つキーンの後ろには黒柱ブラックピラーを片手で支え持つデクスシエロが控え、正面にはアービス連隊2000名が整列している。


「ゲレード少将、これで最後ですね」


「長かったような、そうでもなかったような。超大国の最期であり、モーデルによるロドニア統一の締めくくりです。気を引き締めてまいりましょう」


「それじゃあ。先にいっています」


 ソムネアの王都ハイスローンにある王宮上空にはパトロールミニオンを送り込んでいるのでいつでも転移可能だ。


「お気をつけて」


 ゲレード少将の声を待たずにキーンはデクスシエロに乗り込んだ。間を置かずデクスシエロはソムネアの王宮の前庭に転移した。


 ゲレード少将が、ボルタ少佐に合図し、ボルタ少佐が号令を発した。


 サミー・ボルタは今では少佐ではあるが連隊先任兵曹長のつもりでこれまで通り号令係を続けている。キーンもゲレード少将もボルタ少佐にそろそろ後進と交代してはどうかと言っているが『最後の戦いまでは』と、かたくなに拒んでいる。そして、今日がその最後の戦いであるせいかいつも以上に気合の入った号令が訓練場に轟いた。


「アービス連隊、全隊、転移に備え!」




 ソムネアは旧モーデル帝国により亡ぼされた各国の遺臣たちによって建国された王国で、その動乱を生き残った軍事アーティファクト、デクススコルプを駆って周辺国を併呑しロドネアの4割強を占める超大国へと成長した国家だ。


 王都ハイスローンは、旧モーデル帝国時代デクスシエロによって焼き払われ現在は砂漠となっているサゴ砂漠の北に建設された都市である。


 ハイスローン自体は運河に囲まれた都市で、その中央にさらに運河で囲まれた王宮がある。王宮の正門は北側を向いており、宮殿は王宮の南側に建てられている。



 その宮殿内。玉座の間の最奥部で一段高くなった玉座に国王シャッダーム4世が沈痛な面持ちで座していた。すでに王宮の子女は秘密通路よりハイスローンの市街に逃がしている。


 戦いの物音が玉座の間に近づいてきている。


 シャッダーム4世の座る玉座の左右には左右6体ずつ、12体の漆黒の全身鎧を着た戦士像が立ち並んでいる。像の背丈は2メートル。像は床に剣先をつけた漆黒の大剣を両手で支えている。彼らの持つ大剣の見た目だけはキーンの『龍のアギト』に似ていたが、2メートルの像に似合った大剣であるためかなり大きい。


 シャッダーム4世の前には数名の重臣が控えていたがみな目を伏せている。


「何がいけなかった? ハイネリアに向かうデクススコルプが5万の兵ごとデクスシエロに焼き払われ、生き残った兵たちが逃げ帰ってきた時に和を乞えばよかったのか?」


 シャッダーム4世が重臣たちに問うているのか自問しているのか、小さな声でつぶやいた。


 もちろん、答える者は誰もいなかった。


「モーデルをないがしろにし滅びた先祖の国々と同じくソムネアもまもなく滅びる」


「……」


「皆は、敵にくだり命を長らえよ」


 その言葉で重臣たちが、一人、また一人と玉座の間を後にした。



 玉座の間に一人になったところで、シャッダーム4世は王笏を持ったまま玉座から立ち上がり、


「めざめよ、黒騎士! ニグラカバリロ!」


 シャッダーム4世の発した『ニグラカバリロ』の一声で、それまで像と思われていた12体の戦士像が床についていた大剣を一斉に両手で持ち上げヘルメットの前でまっすぐかざした。


「黒騎士よ、敵将を討ち取れ!」


 シャッダーム4世の声と同時に12体の黒騎士が両手で大剣を構え、床に足音を響かせて玉座の間を出ていった。向かうは戦いの喧騒けんそうの響く宮殿玄関大ホール方向。


 シャッダーム4世自身、敵将はデクスシエロを操る稀代の大魔術師キーン・アービスであることは承知しており、いかに黒騎士といえども太刀打ちできないことは分かっている。そもそも、デクスシエロがその気になればハイスローンもまた、南に広がるサゴ砂漠と同じ運命をたどる。わざわざモーデル軍がハイスローンを包囲したうえ王宮に攻め入ったということは、ハイスローンを滅ぼさない意思表示であることもシャッダーム4世は理解していた。


 シャッダーム4世は玉座の後ろの壁に飾られていた宝剣アーティファクト、『砂漠の怒り《ラコレロデラデゾルト》』を手にして鞘から抜き放ち剣先を自らの喉元に当てて首を一気に押し下げた。





 第1中隊長、ソニア・アブリル大尉は10名ほどの部下を引き連れ突入部隊の先頭として宮殿内を進んでいった。途中いくどかソムネア兵に出くわしたが、簡単に斃している。


 順調に進んでいったアブリル隊だが、通路の先から2メートルもある漆黒の巨人が複数すごい勢いで接近してきた。ソニアと彼女の部下たちはキーンに強化変性してもらった短剣を慎重に構えた。


 先頭の巨人がソニアに向かって大剣を振るった。20倍に強化中のソニアは構えを取っていたおかげで何とか巨人の大剣の一振りに短剣を合わせることができたがそのまま通路の壁まで吹き飛ばされてしまった。ダメージは入らなかったが、とてもかないそうにない。1体、2体なら数に物を言わせて何とかできるかも知れないが、巨人はざっと見10体、今の巨人の後に続いている。



「巨人は宮殿出入り口に向かっている。手出しするな。通路を開けて通してやれ。あとは連隊長に任せるんだ!」


 ソニアの指示で、後続の兵隊たちは通路の両側に並ぶ部屋の中に一時的に退避し巨人たちが通り過ぎるのを待った。


 退避の遅れた兵士たちは玄関方向に向かう巨人になぎ倒されたが、強化されていたため致命傷を負ったものはいなかった。



 王宮内は宮殿を除いて比較的簡単に敵兵を排除したようで兵隊たちが最初の転移地点である前庭に捕虜を連れて集合し始めている。王宮内の騒ぎは当然ハイスローンの市街にも伝わっているはずだが市内でのソムネア軍の動きはない。


 キーンは宮殿の出入り口前にデクスシエロを下ろし、宮殿内の掃討の終わるのを待つことにした。


 そうやってしばらくデクスシエロの中から見守っていると、漆黒の全身鎧をまとい同じく漆黒の大剣を持った2メートルほどの巨人数体が玄関ホールから前庭に押し出してきた。その巨人が大剣を振り上げてデクスシエロに向かってきた。


「なんだ? 見た目そっくりな真っ黒な巨人。人ではなさそうだ。小型のアーティファクト?」


 巨人たちが真っ黒な大剣をデクスシエロの太ももやひざなどに叩きつけてくるが、もちろんその程度でデクスシエロがどうなるわけもない。


「壊していいのかな?」


 キーンから見ればいつでも壊せるのだが、あまりに実力差がありすぎる気がして壊すことをためらっていたら、アービス連隊の兵隊たちが出入り口から数人戻ってきた。負傷者も出ているようで、脚を引きづり味方の肩に掴まって宮殿玄関から出てくる者もあった。


「まさか、この巨人たちにやられたのか。すぐに叩き壊してやる!」


 それまで剣先を地面につけて片手で支え持っていた黒柱ブラックピラーを持ち上げてデクスシエロは巨人を叩き潰していった。


 巨人も黒柱ブラックピラーの一撃を大剣で受けようとするが、大剣ごと黒柱ブラックピラーによって叩き潰され、あっという間に全滅してしまった。


 潰された巨人の体からは電撃を受けたような青白い光がいたるところから漏れ出て、そのうち粉々に砕け散ってしまった。


「一体何だったんだ?」



 キーンが黒騎士たちを叩き潰したころ、部下を引き連れ宮殿内部に進んだソニアは、玉座の間と思われる広間に達した。その部屋の奥の椅子の前には人が一人血の海の中で斃れていた。



 その日、宮殿内に突入した兵隊たちのうち15名ほどが黒騎士により負傷したが大事には至らなかった。




 ソムネアはシャッダーム4世の死をもって滅び、モーデルはソムネアの全土を掌握し、ロドネアの統一を果たした。ソムネアの広大な土地はモーデル帝国の直轄地となったわけだが、土地を治める人も治安を維持する兵士もモーデルではまかなえないため、当面エルシン以下の各公国に委任して治めることとなった。




 モーデルによるロドネア統一のしばらく後。


 キーンは、この春セントラム大学を卒業したクリスとの婚礼を6月に控えている。ジェーンは昨年サルダナの軍学校を1号生徒代表として卒業し、キーンのもとで少尉に任官していた。アイヴィーはセントラムの屋敷を引き払い、キーンとクリスの新居としてモーデルに屋敷を購入し今はセントラムで生活している。


 当のキーンだが、あわただしい日々を過ごしているわけでもなく、結婚式の準備はクリスとアイヴィーに任せたままでデクスシエロに乗って各地を飛び回っていた。セルフィナとの約束の海の向こうにでかける前準備として一度北に向かって飛び立ったデクスシエロだが、海上を千キロほど北上したところでそれ以上進めなくなってしまった。その後、東西、南と試したところ、デクスシエロはロドネアから千キロ以上離れることはできないことがわかった。




 セルフィナ1世の治世下、キーンにより全国に作られた街道網と運河網を軸にしてモーデル帝国は発展を続けていった。そういった交通網の整備は公国間の格差や垣根も取り払う一助となっている。


 また、モーデル帝国ではロドネアを囲む海の向こうを探検するため、これまでの喫水の浅い沿岸船舶ではなく喫水の深い外洋船を建造し探検隊を幾度か各方面の港から送り出した。しかし、どの探検隊もロドネアの岸から1000キロを越えて離れることはできず、ロドネアから1000キロの線はデクスシエロの限界線と呼ばれるようになった。




 ロドネア統一後、各地の土木工事を請け負ったキーンだが、ほんの数年でその仕事も終わってしまい、大層な肩書は持っていたがほぼ隠居状態で60歳まで帝都モデナで『魔力回路の開放』や魔術研究などをして暮らした。60歳時点でキーンは一度目にしたことのある場所にはパトロールミニオンを送らなくても転移できるようになっていた。さらに本人曰く『試しはしないが、デクスシエロのフェンディ程度のことは簡単だ』とのことだった。もちろん、キーンの言葉を疑う者はいなかった。


 60歳で全ての公職を辞したキーンは、クリスとアイヴィーを連れ故郷のバーロムに帰り隠棲した。


 バーロムの屋敷にこもった彼は魔術のことは二の次に歴史書『ロドネア戦記』の執筆を開始した。彼の死後世に出た『ロドネア戦記』は後世の歴史家のみならず文学者たちからも高い評価を受けている。本書は『ロドネア戦記』を下敷きに物語風に焼き直したものである。



 アイヴィーはキーンの葬儀の後、行方をくらましその後、人と会うことはなかった。


 キーンとクリスの一人息子は残念ながらデクスシエロを操ることができなかった。キーン亡き後、帝国の藩屏、デクスシエロはモデナの宮殿地下の格納庫で眠りにつき、次の操縦者を待っている。キーンの使用した大剣『龍のアギト』『金剛斬バジュラスラッシャー』はモーデル帝国の国宝として保管され、『ボルタのカミソリ』はボルタ家の家宝となっている。ボルタ家ではその他数本のナイフも家宝となっている。大剣『銘なし』だけはサルダナ公国軍軍総長執務室に飾られている。また、一時行方不明だったデクスリオンだが、遺跡の最奥、アイヴィーのいたコンテナ部屋の前で発見され、モデナの帝宮正門前に飾られている。



(完)



[あとがき]

これで、完結しました。

誤字脱字報告、フォロー、応援、☆、感想、その他ありがとうございます。

次話におまけとしてキーン40歳時の登場人物たちの役職等を載せています。

キーン著の『ロドネア戦記』の評価は作者ながら盛っちゃいました。ダハハ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る